X[. アンドロジヌスの気紛れに
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どうしてもほしいもの
きみはどうしててにいれたいの

もしそれを
てにいれてしまったら

もうそれを
ほしくはならないの

どうしてもほしいもの
もしそれが
てにはいらないからだとしたら…



ぼくはどうすればいいの





Case.1  アリスブルーの抒情詩


好意を伴う行為。贈る。碇くんが教えてくれた、言葉、笑顔、お味噌汁。温かい。切ない。心を贈る。物を贈る。替わりに貰う。心を貰う。貰うから贈る。贈るから貰う。気持ちのいい、循環。終わらない、循環。行為を伴う好意。


「綾波は今、何を読んでいるの?」

「…フランツ・カフカの、変身。」

「へえ、すごいね!面白い?」

「ええ、主人公がある朝突然巨大な虫になってしまうの。」

「それは…すごいね。この前はサガン、ありがとう。最後の結末が切なくて、たまに思い出すんだ。」

「こちらこそ、星の王子さま、面白かったわ。」

「ごめん、僕、綾波より幼稚なものばかり読んでるね。でも、僕あれ好きなんだ。なんだか泣けて。」

「幼稚なんかじゃないわ。私は赤い薔薇が好き。彼女の気持ち、わかるもの。」

「ほんと?嬉しいな。僕はラストの主人公の気持ちがすごくわかって、いつも星が見たくなってたんだ。」

「そうね。碇くんは星が好きなのね。」

「え?なんで知ってるの?」

「この前は銀河鉄道の夜を貸してくれたから。」

「あ。僕、似たようなものばかり貸してたかな。ごめん。」

「そんなことないわ。私、星の王子さまとても気に入ったから、もう少し借りてていい?」

「うん!もちろん。気に入ってくれて嬉しいよ。いつでもいいから、気にせずに持ってて。」

「それは困るな。次は僕がそれを読みたいからね。」

「カヲル君!いつの間に…」

「やあ、シンジ君、お待たせ。行こうか。」

「う、うん。綾波、またね。オスカー・ワイルド、もう少しだから、読み終わったら感想言うね。」

「私もいつでもいいから…待ってる。またね。」



ーーーーー…

ーふうん。幸福な王子か。彼女ならサロメかと思ったが。


今日はシンジ君の家へ行きたい、とさり気なく肩を抱くと、慌てながら身を固くした君は突然の申し出を頭で噛み砕く前にあっさりと了承した。

『今日は父さんも母さんも帰ってこないから…』

そう君は言い訳をするみたいに呟いてからまたはっと顔を赤らめる。その仕草が愛おしくて小さく笑ってから君の肩から腕を離す。

ふたりとも気持ちの上では充分に成熟していたが、互いにひとりとひとりがふたりになるまでの道程と、今歩んでいるふたりになってからの道程との、事が進む緩急の差に、僕らの距離はあやふやに近づいたり離れたりして若い熱を持て余していた。

君が最後の砦を明け渡さない理由も、僕は薄々気づいている。けれど僕からはそれには触れない。君が自分で理解するまで僕に出来る事は、君の心の壁を薄く薄く剥いでいき、僕の心が透けた壁に映り込むまで、やめないこと。今はそう思っている。

「それ、綾波から借りたんだ。オスカー・ワイルドの短編集。」

よく整えられた綺麗好きそうな部屋の壁際にある机に置かれた一冊の本。文庫の紐が後ろの薄い厚みを区切るために挟まれている。僕はそれに一瞥をくれていた。

「…幸福な王子はもう読んだかい?」

「え、そっか。カヲル君は読書家だからもうとっくに読んだんだね。幸福な王子は読んだよ。最初の方だったから。」

「どう思った?」

「え?」

「王子とツバメをどう思った?」

そうして、僕はリリスの魂が記憶を絶やしながらも僕を痛切な眼差しで見据えている気がした。彼女は知ってか知らずか君に問いかけている。君が他者に望む関係のかたちを。僕はつい聞いてしまった問いの答えを待ちながら、最後の運命を告げられるかのように心を凍らせた。

「…僕は…王子とツバメは幸せになったと思う。王子は、立派だよ。ツバメは死んでも、哀しい死じゃなかった。だってその世界では辛い運命だったけど、次の世界では、ずっと幸せになれたんだよ。それは王子のおかげだよ。ツバメは王子に出会えたから、小さな幸せを犠牲にしても、大きな幸せに辿り着けたんだ。」

段々と熱っぽく伝える君に胸が熱くなる。ほっと息を吐いて僕の表情は緩んだ。

「…僕は、王子のこと、カヲル君を思い浮かべて読んでいたよ。」

シンジ君が照れ臭そうにふんわりと笑った。僕の緊張は君に気づかれていたのかもしれない。

「…僕も、君に出会えたから、幸せになれたんだよ。」

君の言葉。ふと、無言のまま見つめ合う。全身の鼓動が高鳴り鼓膜まで脈を打つ。

「…飲み物、持ってくるね。適当に休んでて。」

耳まで真っ赤にした君はそそくさと部屋を出て行った。



「他にはどんな本を借りたんだい?」

僕がベッドに腰掛けながら本をぺらぺらと手の中で転がして開くドアに向かって言葉を掛けると、トレイの上にポットとふたつのカップを乗せて、クッキーを数枚並べた貝のような可愛らしいお皿を乗せて、君が顔を出した。

「あ、これ、ちょうど昨日作ってみたんだ。今日カヲル君家に持っていこうとしてたから…よかったらどうぞ。」

ありがとう、そう伝えてクッキーをひとつ摘まんでひと口噛むと、柑橘の香りが爽やかに広がった。

「美味しい!君はお菓子まで上手なんだね。これは…レモンかい?」

「うん、レモンクッキー。口に合ったみたいでよかった。それとね…」

口に含んだ紅茶は君の好きなベルガモットの香しさを湛えた茶葉、アールグレイだった。

「綾波にはこの前はサガンの『悲しみよこんにちは』を借りたんだ。」

「サガンか…」

中流階級の大人びたアンニュイな少女セシルの、悲しみへと続く残酷な悪戯。

ー…これはセカンドのことか。

「あと、村上春樹のノルウェイの森とドストエフスキーの白痴も。僕読むの遅いから交換するペースが遅くて、綾波はもう僕が一冊読み終わるうちにどんどん先に…」

「…交換って?」

「え…あ、僕ら一年くらい前からオススメの本を交換してるんだ。それで読み終わったらお互いに感想を言い合うんだ。」

彼女は明らかにシンジ君自身も含めた周りの人間達を彼女なりに解釈して、シンジ君に問いかけていた。そして、彼から答えを貰う。口数の少ない彼女の考えた、心の中の深い交流。シンジ君は無意識にその循環の輪に身を置いている。僕の知らない間に君は、彼女と深く交わっている。

「…それは、面白そうだね…ねえ、シンジ君、それよりも…」

僕等は六畳一間の部屋にふたりでベッドに腰掛けていた。僕は君の分までそっとカップを机に置く。

「君に触れたい。いいかい?」

「え…?ちょっと…」

言い終わると同時に君の太腿を撫でた僕の手に手を重ねて諌める君。

「…カヲル君!」

「…キスマークを付けたい。」

「え?」

「キスして出来る痣の事だよ。」

僕はそっと君の首筋を指先で撫でた。

「あ!あれ…!この前慌てて絆創膏貼ったじゃないか…!ダメだよ、ダメ!」

この前のこんがらがった夜の次の日に体育があって、着替えの時に僕がそれの存在を教えると、君は慌てて手持ちの絆創膏を首に貼った。真っ赤になりながら僕の瞳を睨みつけて、授業中ずっと君に寄り添おうとする僕に辛く当たっていたのだった。

「今度は見えない処に付けるよ。」

「見えないところ?」

「そう…」

そう言って僕はまた君の腿を摩る。

「…ここ。」

「え…!ここじゃあ、まだ見えちゃうよ…」

秋も深まっているけれど、体操服の冬用への変換はまだもう少し先だった。

「…ここら辺なら見えないよ。」

僕はそうして君の内腿の付け根までそろそろと指先を這わせると、君は小さく叫んでから僕の手を両手で強く押さえつけた。もうすぐで指先は君の愛らしい真ん中に当たっていた。

「…だから、ダメだって…」

君が溜息混じりに呟いて、耳を赤くして俯いた。

「ゆっくり進んでいきたいと言ったのは君だよ。」

僕が駄々を捏ねる様にして呟くと、潤んだ瞳が僕を見上げた。

「…それだけ?」

「……」

「キスマーク…だけ、だよ…」

「うん。」

僕が静かに君の身体を支えてベッドに寝かせると、既に君の瞳はとろんとしていた。僕がベルトに手を掛けると息を詰めて足をぎゅっと内側に寄せるので、僕はスラックスの留め具まで外してから君に覆い被さり、大丈夫だよ、とだけ言って額に軽く口付けながらファスナーをするっと下ろした。君が僅かに震えながら顔を両腕で隠してしまったのを少し申し訳なく思いながら、なるべく優しくスラックスを膝まで下げると、か細くて白い足が焦ったそうに内股を擦っていた。染みひとつないきめ細かな素肌は、特に内側にかけて生まれたてのように瑞々しくて、僕は思わず喉を鳴らした。僕は艶かしいそれの左足に狙いを定めて丁寧に片足だけスラックスから抜き出す。その脱がされてゆく過程に堪らずに君が右の掌を身体の横に下ろしてベッドの上掛けを手繰った。少し大きめの白のシャツが奥ゆかしく腿の付け根を隠しているのがいやらしく僕をそそり、溜息を熱くしてシャツを腰まで捲ろうと手を掛けたらすかさず君の両手が飛んできて布が合わさる中央の繋ぎ目をぎゅっと掴んで引っ張った。君の顔は我慢の限界と言う様に目を固く瞑り眉を寄せていたので、ここは僕が折れた。腿に掛かった布だけ小さく除けてから、僕は美味そうな内腿に舌を膝から付け根まで内側を沿う様に這わせる。君の苦しそうに漏れ出た喘ぎが堪らなくて、僕の身体が沸き立つ様に汗で蒸れる。僕は期待に薄く笑みを浮かべながら君の両膝を広げてから股の間に座って、膝を持ち上げて僕の太腿に君の腰を置く。

「あ!カヲル君…!」

君の両腕が自身を支えようと身体の脇で肘を付く。君の片足の膝を腰が浮くまで高く上げてまた内腿をねっとりと舐め上げると、君の腰がびくりと宙に跳ねる。身体を傾けたままに動いたのでシャツがずり落ちて、下着に包まれたままに君のそれが露わになってしまっているけれど、目を背けるように固く目を閉じて赤く染まった顔を横向かせた君は気づかない。ひどく甘い誘惑に身体が火照り熱が昂るけれど、僕はあの夜の前科があるから、あまり苛めないように、と自分に言い聞かせて、素直に内腿の付け根の柔らかそうな部分に唇を落とすときつくきつく長めに吸い上げた。

君の身体がしなって、甘い嬌声が小さな部屋に響き渡る。君が長く住み続けていて、今は不在だが、君の両親が住む家で君を支配するようにして貪る行為は、永年のその僕等を苦しめた二人への因縁も嗾けて、背徳に濡れて満足を促し僕を煽った。僕は興奮して思わずぼうっとした頭で目の前にある、半ば膨らんだ君の中芯を下着越しに口に含む様なキスを、してしまった。

「あん!」

吃驚する程甘く甲高い嬌声に僕がぱちくり瞬き顔を火照らすと、君はじたばた暴れて僕の束縛を解いて、這って直角に壁が交わるベッドの隅へ逃げた。スラックスが脱げて抜け殻のようにベッドに投げ出されてしまい、生脚に靴下というフェティッシュな状態で壁に背を押し付けて自身を守る様に頭を埋めながら膝をきつく抱える君。

僕はシーツの上に手を突きながら君の元までにじり寄ると、君はふるふると怯えて叫んだ。

「…こ、こないで!」

ーああ、またしても僕は…

僕は少し距離を置いてそのまま座り項垂れた。

「…ごめん。」

「いつもそればっかりだ!嘘つき!」

「…そうだね。ごめん。つい…」

「いつもいつも!嘘つき!嫌いだ!」

「そんな…君を好きだからそうしてしまうんだよ…」

そう言って弱りきった僕は君に近づいて君を抱きしめようと両肩に手を伸ばすと、君が身を捩って腕を前に交差させて防御した。

君は顔を隠していたけれど、間近にその姿を見ると、君の身体は既に火照りきっていて、息を荒くしていた。膝を擦り合わせて、爪先は耐えるように握られ、身を震わせて、僕を全身で既に感じていた。

僕は君が熱を持て余していると気づいた。心の整理がつかないままに、身体がひたすら僕に平伏そうとするのをなんとか耐え忍んでるんだと感じた。

ー君は、苦しんでいる…

「君は、僕が、怖いかい?」

君が黙って俯いたまま頭を横に振る。

「僕と、ひとつになるのは、怖いかい?」

君は動かない。決め兼ねているのか。

「僕は…君を愛しているよ。」

君は黙って聞いていたから、僕は続けて言葉を紡ぐ。君に伝わる様に、真心を込めて。

「…だから、君の身体を知りたい。それが君自身を深く知る方法のひとつだからさ。君を知りながら、ふたつの存在がひとつになると云う願いを叶えようとしたい。でもそれは決して叶わないとも知っている…終わらない旅なのさ。」

「だから…いつか、ふたりでその終わらない旅へ歩み出したい。今はその旅の始まりへのレッスンだよ。君が終わりと思っている場所は、始まりの場所なのさ。」

僕はそういうと、ベッドから降りて鞄を持った。

「僕の言葉を考えてみてほしい。あと…」

僕はドアノブを回して戸を開けながら君を見た。君はそのままの姿勢で固まっていた。

「…今度、僕も君に本を渡したい……クッキー、ごちそうさま。」

僕は君を残して部屋を出た。君を想いながら、後ろ髪を引かれながら。今、ふたりがあの部屋で過ごすのはとても危険だから、仕方が無いと自分に言い聞かせて。

アリスブルーが振り返り、クリムゾンに射抜かれる。

『私は碇くんと、言葉で深く繋がってるわ。それに彼はいつも笑ってくれる…貴方は泣かせてばかりなのね。』

僕は胸が灼けるように痛んだ。彼女にだけは、負けたくない。君を想う気持ちだけは…

そして、小さな歯軋りをして、僕は静かに君の家の玄関を出た。



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