XY. 棘






掬ってよ

痛みが

溢れても

貴方の器が

そこにあるなら

痛みも

大事だと

想えるから




ねえ、知ってる?村人に悪さばかりして恐れられてた魔女の話。残忍な魔女は酷い魔法で村人たちを痛めつけて怯えさせていたの。でもある時、賢いこどもが村に生まれて、何故魔女が悪さばかりするのか考えたわ。そして魔女の背中に棘が刺さっていることに気づいた。遠い昔に刺された棘はずっと魔女を苦しめていたの。そのこどもが棘を抜いてあげると、魔女は傷ついただけの優しい女に戻り、そのこどもは美しい青年に成長し、ふたりは愛に結ばれる、現代の切ない寓話。


私は魔女の気持ちが痛いくらい、わかる。




渚カヲルは私の予想を鮮やかに裏切ってクラスに溶け込んだ。初日の私との応戦が嘘のように、柔和な物腰でシンジ以外には平等に接するもんだから、みんな簡単に絆されたわ。バッカみたい。頭が悪いと簡単に忘れてしまうのね。エヴァに乗らせてください参謀長官殿〜とか言って敬礼するバカに、話してみたら悪いヤツやあらへんとか手のひら返すバカに、カヲル君って本当にすごいね何でも知ってるねとか崇拝するバカに、シンジ君こそいつもあんなに美味しいお弁当をつくれるなんて凄いよとかさり気なく自慢するバカ。今じゃ三バカが四バカに成長して、精神衛生上よろしくない事態。バカシンジは相変わらずのバカで、アイツに完全にデレちゃってる。騙されてるのよ、あのナルシスホモに。気持ち悪いったらありゃしない。アイツ、私やレイをシンジに隠れてたまに睨んでる。明らかに嫉妬ね。ねちっこいヤツ。この前もレイがシンジと話してるところを見ながら鬼の形相よ。ルネサンス期のテンペラ画に描かれた鬼よ。そんなものがあったらの話だけど。私とシンジが毎度の夫婦ネタでイジられる時は毎回アイツ、きっとこのまま目から光線出すんじゃないかしらってくらい危ない顔で私を睨みつけてくる。あれは羨ましいのね。まさに劣等感の塊。夫婦ネタは前まで嫌だったけど、今はそうでもない。アイツの負け犬顔拝めて清々しいもの。そう、アイツはそんなヤツ。器の小さなゲイ。わざわざ残念な女子たちが教室の外から見に来るまでもないのよ。通学路の取り巻きも、用もないのに最近やたらと私たちに話しかけてきて、アイツとお近づきになろうとしてる自分が一番可愛いと勘違いしてる女も。時間のムダだと教えてあげたいけれど、そんなことしたって残念が言葉通りに残念がって更に残念になるだけだから、それこそ時間のムダ。私は渚カヲルがキライ。大っキライ。だから私はアイツとゲームを興じることにした。アイツがご執心のバカがつくほどお人好しのシンジをアイツから引っ剥がしてやるわ。何もかも手にいれて優越感に浸ってる王子様は、本当に欲しいものだけは手に入らないなんて最高よ。別に私はシンジが欲しいわけじゃない。だってこれはゲームだもの。まあ、バカシンジの目を覚まさせてあげるいい機会にはなるわ。もう一度言うけど、別に私はシンジが欲しいわけじゃない。


こんな風に私の頭はぐちゃぐちゃにこんがらがってる。アイツが現れてから。順調だった私の世界に異物が混入して熱を出すみたいに、私の心も体も抵抗して闘うの。得体の知れないものに対して。

この爆発寸前の苛立ちが私の理性を鈍らせて、心と頭のバランスを逆転させた。このスマートな頭で他者から見える私を完璧に演出してきたのに。その鉄の鎧は誰にも壊されないはずだったのに。



「…それ、どういうこと?」

幼馴染みは呆気に取られた顔をした。

「言葉のまんまよ、バカね!」

ここは放課後の教室。まだクラスメイトが気を緩ませてのんびりとざわつく教室の片隅。

「だって、それじゃ…デートみたいじゃないか!」

ー何を今更。

「はあ?暇だから付き合いなさいってこのアスカ様が言ってるのよ!前からそうしてんでしょ!文句あんの?」

私はバカシンジを映画館へ誘った。観たい映画なんてないけど、渚カヲルが明日まで遠出をしていると聞いてチャンスだと思った。美味しいスイーツの店も目星をつけてて、ちゃっかり奢らせる魂胆。新しいライムグリーンのワンピースも買ってあるし、それにお似合いのオレンジのエナメルのパンプスとお揃いのカラーのネイルも買った。準備万端よ。

「でも…明日は、用事があるんだ。ごめん。」

「はあ?私より大事な用事なんてあるの?」

胸がちくって針で突かれる。

「明日は…ネルフに定期検診に行かなきゃならないんだ。ごめん、アスカ。」

そんなこと、私聞いてないわ。シンジだけが呼び出されてるなんて、私知らない。

「…仕方ないわね。じゃあ…これから行くわよ。」

「え?」

「私はどうしても映画を観たい気分なの!今から行くわよ!」

「…委員長を誘えばいいじゃないか…」

「なんか言った?」

「…いや、別に…」

「ほら、モタモタしない!早く支度して!」

シンジは明らかに嫌そうで、のろのろ帰る準備を始めているから、本当イラつく。明日のことを断る理由も疑いたくなる。みんな気づいてないけど渚カヲルが現れてから、シンジは少しだけ変わった。見えないくらいの変化なのになんだか別人みたいで、調子が出ない。言えば仕方なしに何でもひょこひょこついて来たはずの幼馴染みは、もういないんじゃないかってたまに思って冷やっとする。この感覚が気持ち悪くて、キライ。



ーーーーー…

「ねえ、アスカの観たかった映画って本当にこれだったの?」

「うっさいわねえ、なんで今日のアンタはいちいちつっかかってくんのよ。」

「それはアスカも同じだろ。」

「私は元からこういう愛らしい性格なの!」

「意味がわからないよ…」

「次行くわよ、次!」

「え!まだあるの?」

「私はお腹が空いたらすぐ食べなきゃダメなの!もう、さっさと来なさいよ!」

たまたまやっていた映画を観たら、すごくつまらなかった。展開のテンポの悪さとアクションシーンのダサさ、甘ったるくて中身のない脚本、小手先だけのモンタージュ、揃いも揃ってバカバカしくて堪らなかった。何よりも咄嗟に適当にこれが観たかったと豪語した映画があんな出来で、シンジにセンスを疑われたことが一番屈辱的だった。



「アスカって通な感じのヨーロッパの映画ばかり観ていた気がしたから。」

シンジは好きなスイーツを頬張って満足気に舌鼓を打っていた。シンジはいつも似通った雰囲気のいかにも女子が好みそうなふんわりした甘酸っぱそうなものを頼む。今日は秋の新作のマンゴーソースとマロンクリームの季節のシフォンケーキ。結構気に入ったらしい。生地がキャラメル風味でマンゴーに合ってるよ、とか聞いてもいないのに天使みたいな笑顔で報告してくるから。

「期待外れだっただけよ。私も内容知ってたら見に行かなかったわ。」

昔からそうしているように私が大きいひとくちをシンジのケーキから奪ったら、シンジも私のニューヨークチーズケーキを律儀に小さく切り取って口に運んだ。シンジはアールグレイがお気に入りで、たまにハーブティーを頼む。私はコーヒー一択。私たちはそうして今まで生きてきた。

「よくオススメの映画貸してくれたよね。」

「最近は忙しくてチェック出来てないから、またいいのあったら貸すわよ。」

「僕たち初めて会ったのは僕が今の家に越してきたあの日だよね。もう四年も前か。懐かしいなあ。」

「…違うわよ、バカ。」

「え?」

私の吐き捨てた言葉に目を見開いて、口を半開きにして驚くバカ。

「…四歳の頃よ。アンタ五歳まであの家に住んでたでしょ。」

「そうだけど…あれ?覚えてないや、ごめん…」

たかだかシンジが忘れてしまった、それだけなのに、私の心臓からちくちくと棘が生まれて自分自身を刺してゆくみたいだった。

「…仕方ないわよ。天才は五歳までの記憶が鮮明にあるって云うでしょ。凡人との差はそこよ、そこ!記憶力よ。七光りのアンタと違って、正真正銘実力でエヴァのパイロットの座を勝ち取った私と、可哀想なほど凡人のアンタが記憶力に差があっても、それは当然のことなのよ。」

ーそう、当然のことなのよ…


シンジは申し訳なさそうに眉を下げて曖昧に笑って紅茶をすすった。私が何を言っても生温かく見つめるその瞳は、今日はまるで同情するような慈しみを持って私を見据えた。シンジはそんな顔しなかったのよ。アイツが来るまでそんな顔しなかったのよ!


「私、用事思い出した。先帰る。」

「え?もうすぐ暗くなってくるし送ってこうか?」

義理堅いアンタの優しさはこういう時にはただの毒なのよ、バカ。

「いい。ここはアンタの奢りね。」

「はあ?いつも割り勘だろ!」

私はそんな抗議は無視して早足で外に出た。繁華街はまだまだ騒がしくて人でごった返していた。ほんのり黄昏た雑踏を掻き分けて帰路につく。群衆に埋れて夕陽に照らされた私はまるでアンニュイな古めかしいフランス映画の主人公だった。そのフィルムはきっと焼けたように彩度が低く掠れていて、私を絶妙にぼかして切り取っている。




ーーーーー…

「あんたたちがわるいのよ!わたしはしらない!」

勝気な赤毛の小さな女の子が数人の男の子たちに囲まれている。女の子は四歳で、男の子は五歳くらい。この年齢の一年の差は大きくて、体格に両者は随分差があった。

「でもおまえがやったんだろ!」

砂場で彼女がひとり寂しく遊んでいたら、通りがかりの男の子たちが彼女の渾身の力作の砂の城を蹴り上げた。見事に滑らかだった四角錐は彼女の目の前で無惨に崩れ落ちてしまったから、わなわな震えて怒りに燃えた女の子は男の子が手にしていたロボットのおもちゃをぶん取って遠くへ投げた。投げた先がブランコとすべり台を備えた遊具の角にぶつかり、黒のロボットの頭と腕がもげてしまったのだ。

「あんたたちがわたしのおしろをこわしたのよ!あんたたちがあやまりなさい!」

「うっせーよ!おれのこわしたおまえがべんしょうしろよ!」

さっきまでおもちゃを手にしていた男の子の拳が振り上がった。

「き、きみたちもわるいんだ!」

すぐ側から小さく震えた叫び声が聞こえた。遊具の影からおずおずと小さな男の子が現れた。女の子と同じ四歳だけれど、若干女の子よりも小柄だった。

「だって、そのこがいっしょうけんめいにつくったのに、こわすなんて…いけないよ。おとこがおんなにてをだすのもだめだって…かあさんもいってた。」

しりつぼみに弱々しく震えるか細い小さな男の子の声。

「おれがだしたのはあしだ!」

怒りに顔を赤らめた男の子のがらっぱちの大きな声がふたりの力の差を表すようだった。

「どっちもおんなじだよ。」

泣き出しそうに蚊の鳴く声で小さな男の子は頑とした抵抗をした。

「ちびがなまいきなんだよ!」

ずかずかと小さな男の子に相棒のロボットを失くした男の子が歩み寄り、小さな男の子が手にしていた形のいい小さな銀色の笛を取り上げた。そしてそれを思いっきり公園の一角に茂った草むらに投げつけたのだ。あ、と小さな呟きと共に笛はきらりと陽の光を反射したのを最後にその茂みの中に消えた。

ばつが悪そうに男の子たちがそそくさと公園を出ていったから、女の子と男の子はふたりぼっちで立ち尽くしてしまう。

「あんたばかね!」

可愛らしい顔をピンクに染めて男の子の方へと歩み寄る女の子。

「え…」

今にも泣き出しそうに瞳を潤ませた、まあるい頭の男の子は驚きに声を上ずらせた。

「…あんたがわたしをまもらなくても、わたしはひとりでたたかえたわ!」

ふん、と鼻を鳴らして腰に手を当て三角をつくって、もう片方の腕は肩下まで伸ばしたその艶やかな赤毛を掻き上げた。

「ごめん…」

男の子は俯きながら泣きそうに掠れた声で謝る。

「…さがすわよ!」

髪を掻き上げた手は今度は小さな人差し指を男の子に向けてぴんと伸ばしていた。

「え?」

俯いた顔を上げて今度はどうしたものかと驚愕して目を見開く男の子。

「しかたないからあんたのおもちゃさがしてあげる。いくわよ。」

女の子は男の子の手を取り、手入れのあまりされていない雑草の茂みへと向かった。

それからふたりの小さな手が男の子の小さな笛を見つけるまでに少しばかり長い時間がかかってしまう。その笛を見つけるまでふたりはあちこち砂や草に塗れて、気がつけばふたりの体は泥だらけになっていた。


「これ、あげる。」

やっと見つけた綺麗な銀色の笛を男の子は差し出した。

「あんたのたいせつなやつでしょ?」

汚れた頬を肘で擦りながら女の子は怪訝な顔をした。

「もういっこ、おそろいのあるから、あげる。みつけてくれてありがとう。」

女の子の手のひらに男の子の手のひらから銀の笛がぽたりと落ちた。

「もうかえらなきゃ。じゃあね。」

男の子が手を振って公園の門をくぐった。あっと言う間に小さくなったその背中を見つめながら女の子は心の中でそっと呟く。

ーありがとう、ばかちび。



女の子は五歳になった。あの同い年の男の子が隣に住んでいるとわかってから、毎日のように隣の庭を覗いているのに、今まででほんの数回しかすれ違わなかった。ある時は二階の窓から庭を通る男の子が見えて急いで駆けて外に飛び出しても、見えたのは遠ざかる家族乗りの車の後ろ姿だけだった。ある時は庭でボールで遊んでいたら、隣の庭に帰宅した三人家族を見かけたが、両親に囲まれた笑う男の子に話しかける勇気はなかった。けれど最近はなかなか隣の家族を見かけない。どうしたんだろう、と女の子は知的な顔に見合った頭で密かに考えていた。

「ママ!むかってみぎのおとなりさんはどうしたの?」

「碇さん家のこと?お隣さんはね、お引越しするのよ。別のおうちに行くの。」

「うそ!いやよ!」

「あら?仲良しだったの?仕方がないのよ。色々事情があるのよ。」

「わたしはみとめないわ。ママ、どうにかしてよ!」

女の子は珍しく大粒の涙を流して泣きじゃくった。


女の子はそれから一週間、食い入るように二階の窓や庭から隣の家を覗いては、もうすぐ居なくなる男の子を想って涙をぽろりと零した。

「アスカちゃん、お隣の男の子が今からお引越しよ。」

日曜日の朝、はっと女の子は飛び起きて青ざめた顔で慌てて窓に貼りついた。まさに今男の子は庭を通り、門をくぐっている。下に降りたら間に合わない。

咄嗟に昨日握りしめて眠った笛が手の中にあると気づいて窓を開け放った。そして力一杯その銀の笛を吹いた。

まっすぐに澄んだ音色が辺り一面に広がり、透明な槍のように飛んでいった。それが男の子の背中に当たったのか、男の子は後ろを振り返った。きょろきょろと見渡す姿にもう一度女の子の笛は甲高く音を飛ばす。男の子が見上げると隣の家の二階の窓から女の子がじっとこちらを見下ろしている。男の子はもたもたとズボンのポケットからお揃いの銀の笛を取り出して口に当てた。女の子よりも柔らかで優しい音色が響き渡った。そしてふたりは一瞬の別れの挨拶を終えて、ゆっくりと離れていった。



ーあのときはありがとう!

ーきみは、もしかして、あのときの、おんなのこ?



そうしてふたりは暫しの別れを告げたのだった。




ーーーーー…

「アンタがうちの隣に越して来たって云う、碇シンジ?」

「そうだけど…君は?」

「アスカよ。惣流・アスカ・ラングレー。ついて来なさい。」

「へ?」

「あんた学校のこと、全くわからないんでしょ。私が特別に、教えてあげる。」

少年は玄関先で偉そうに腕組みをして、明るい青い瞳をギロっと自分に向けている鮮やかな知らない少女に戸惑っていた。

「早くしなさいよ!遅刻するじゃない!」

「わっ!」

少女はつかつかと少年に歩み寄り手首をぐいっと掴んで引っ張った。されるがままに攫われるようにして腕を引かれる少年はたどたどしく歩調を合わせながら言ってみる。

「あの、えっと…ありがとう。」

訳もわからずに取り敢えず強引な謎めいた厚意に感謝をしてみた。

「…こっちこそ。ありがとう。」

極めて何気なくさっぱりとしたトーンで不覚にも感謝は返ってきた。

「え?」

聞き間違えかと思わず大きな声で聞いてみると、

「何でもないわよ。さっさと歩きなさいよ!」

頬をピンクに染めた少女が何故か今度は鬼の形相で少年を睨みつけている。

「いたっ!」

少女の空いているもう片方の手は拳をつくり、少年の丸い頭めがけて降りかかった。

「もう、意味がわからないよ…」

頭を摩りながら少年は半べそをかく。けれども手首を掴んだ少女の腕は決して振りほどかなかった。


女の子がやっと、ありがとう、と男の子に声に出して伝えられたのは出逢ってから七年目を迎えようとする春のことだったのだ。




ーーーーー…

ーバッカみたい。あの頭の悪いシンジが覚えてるはずないのに。

ー名前も知らなかったし、たった一度公園ですれ違っただけなんだから。

ー…それでも…私には大切な想い出だった。

ー大切だったのよ…


夏の海を連想する明るい青の瞳からぽろりと透明な涙が零れ落ちる。その横顔は小さかった勝気な女の子よりも凛と強く美しかった。夕闇がその輪郭をシルエットにして、まるで彼女を慰めるようにそっと涙を隠してくれた。その肩から垂れ下がるバッグの中には、いつも彼女のお守りになっている銀色の笛が忙しない歩調に合わせて音もなく揺れていた。



ーーーーー…

「出張オツカレサマ。」

二日後の放課後。シンジは職員室に雑用に行かされていた。案の定、まるで恋人の帰りを待つように銀髪の色男はつまらなそうに頬杖を突いている。

「…どういう風の吹きまわしだい?」

ちっとも面白くなさそうに形式ばった微笑みを貼り付けて紅い瞳だけこっちを見据えて、どうでもいいと言うようにそう呟く。余裕なのは今のうちよ。

「一昨日、シンジが何してたか知ってる?」

見えない力が私を突き動かす。けれども、心臓は嫌な予感に怯えるように早鐘を打った。

「…どうしてそんなことを聞くんだい?」

今度はあからさまに面白くないという感じでビスクドールみたいな顔の眉間に皺を寄せた。そうこなくっちゃ。

「私とシンジ、デートしてたの。映画館と新しく出来た話題のカフェに行ったわ。シンジはあそこのスイーツ気に入ってた。」

動揺の隠しきれずに瞬きを増やした紅い瞳。この男のせいで空いた心の穴の中に清々しさが広がってゆく。

「やっぱりアイツはアレを頼んだのよね〜、いつも通りで笑っちゃう。読みやすいったらありゃしないわ。私はアイツが何を注文するかもわかるの。私とアイツ、定番があるの。嫌ってほど一緒にいたから、なんとなくわかるのよ。」

笑みを深めて我ながら迫真の演技でまるで恋人を思い出すようにしてセリフを読む。

「だって、私たち、ずっとそうしてきたから。」

廊下の足音に気づいて振り向くと、何食わぬ顔でシンジがちょうど教室に入ろうとしていた。目の前に視線を戻すと何の嫌味の言葉もひとつ紡げずに陰を深めて俯いたつまらない男がいた。

「…いい気味。」


ー私からアイツを奪おうとするからよ。


捨てゼリフを吐き捨てて、私はそのまますぐ帰った。シンジが私に、またねアスカ、と言って手を振っていたから振り向かずに手だけ振って挨拶をした。シンジを見ると私の心臓は棘に刺されたみたいに痛んで小さく潰れる。だけど、渚カヲルのこの世の終わりみたいに青ざめた顔を拝めただけでもやった甲斐があった、とこの心に言い聞かせた。



私はこのゲームに勝ったのよ。

そう、勝ったのよ。



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