Merry Creamy Christmas !


最近になって突如はじまった儀式。青いチューブから白いクリームが絞り出されて、同じくらい白い肌の上で伸ばされていく。その湿り気のある手はもうひとつ、少し日焼けした健康的な手を包み込み、同じように保湿する。他人にハンドクリームを塗ってもらう感覚は、思い出すとなんだか照れてしまう。健やかなのにいやらしく、秘密的なのだ。

前に気になってカヲルに聞いた。

「自分には塗らないの?」

するとカヲルは困ったように微笑んだ。

「君に塗る時に一緒に潤うからね」

シンジはカヲルがそれを彼自身のために使っている場面を見たことがない。


同居人のミサトからお使いを頼まれて来たドラッグストアであの青いチューブを見ながら、シンジは首をひねった。クリスマスプレゼントが決まらない。去年、あのシンジの手を保湿してくれるやさしい友人から不意打ちの贈り物が届けられてヒヤヒヤしてしまったのだ。まさか口約束もしていないのに。イブの夜に自宅の玄関でマフラーを首にかけられ、シンジは彼に謝罪する羽目になった。失念したわけではない。シンジの元にサンタクロースがやって来たことはないのでプレゼントを渡すという発想がなかったのだ。

テスターを肌に乗せて塗りたくる。棚にはいろんなパッケージと香りのクリームが並んでいる。いくつか手首や腕に区分を決めて試してみたが、最終的にぜんぶ混ざってしまってどれがどの香りかわからなくなってしまった。

(僕が使った分を返すつもりで…うーん、芸がないな)

一年前、自分もマフラーを贈りたいから一緒に選ぼうと伝えたら断られた。もうお揃いのを買ったから大丈夫、と。プレゼントは要らないから一緒に巻いてデートに出かけたい、と半ば冗談めかして告げられ、それを承諾してしまった。結局映画のチケットもカフェでもおごらせてもらえず、シンジはお返しするタイミングを失ってしまったのだ。

(マフラーっていくらしたんだろう?)

だから今年は気合いを入れて早めに選んでいるというのに。なかなかいいものが見つからない。シンジは多い日用のナプキンのふわふわタイプ、お買い得用を無表情でレジに置いた。男の子だというのに……すっかりそんな苦行にも慣れてしまった。

こんな風にぞんざいに扱われるのが常だから、カヲルの存在は神様から貰ったご褒美だと、シンジは密かに思っている。


日が暮れるのがやけに早いから損した気分だ。放課後は気がつけば夕焼け手前の陽の色で、暗く白い。同級生で同居人のアスカが仲間を集めて輪の真ん中に立っていた。

「17日なんだけど、プレゼント交換するから」
「急だな。次の土日で買うしかないじゃん」
「いつもオタクグッズを通販してるんだからあんたはネットで買えるでしょ」

ずれたメガネを鼻の上へ持ち上げるケンスケ。横ではトウジがジャージのファスナーをいじりながらヒカリに「プレゼントコーカンってなんや?」と説明を促した。ひとりひとつプレゼントを購入する、そのプレゼントは誰の元にいくかわからないかたちで交換する。ヒカリがそれを噛み砕いて言い終えると、予算は千円までよ、と主催のアスカが付け足した。

あぁ、経費がかさむし悩みが2倍、そうシンジが天井を仰ぐと、急にトウジが教室の隅に行きコソコソもぞもぞし出した。目を凝らして覗き見ると、なんとあのトウジが、リップクリームを塗っていた。

「ゲッ!お前なに意識高い系イケメンみたいな行動してんだよ!」

黙っているシンジの後ろでケンスケが煽るからトウジはたじたじになって振り返った。

「こりゃ医薬品ちゅーやつや!」
「医薬品でもブスは治らないんだぜ」
「ほっとけ!口が切れただけや!」

いわく、爆笑中に唇がピリッとしたら切れ目ができていて、見兼ねたヒカリが購入してあげたらしい。

「そのやさしさが怪しいわね、ふふ」
「別に、妹が同じ症状だったからいいのを知ってただけよ!」

一連のからかいを聞きながら、シンジは内心不穏にドキドキしてしまった。そうだ。シンジの家事で荒れてしまった手を見つけたら、ハンドクリームを渡せばいい。なのにカヲルは彼が塗ろうとするのだ。

まあ、何よりも自分でハンドクリームを買えばいいのに、と自嘲する。なぜかそうしてはいけないような気がしている自分の謎の遠慮が恥ずかしい、そんな心地だった。


店内の狭い通路で何度も人にぶつかってしまう。イブ2週間前のショッピングモールなら致し方ない。なんとなく入った雑貨屋はクリスマスモード一色で、その1日のためだけのグッズが同属のモンスターのように群生している。シンジはツリー型のガラスに入ったミニチュアクリスマスツリーの電飾のスイッチを入れた。隣ではスノードームの中で聖なる夜の慎ましい家を揺らせて雪を降らしている。

「リサーチしよう」

そうカヲルに誘われて土曜の昼からウインドウショッピングなう。そのリサーチは今日のシンジには二重の意味を持つ。ちらちら赤い瞳の動向をうかがっては彼の欲しそうなものを探す。はずが、一分に一度は綺麗な顔と見つめ合うかたちで向き合ってしまう。ほら、また目が合ってお互いのツリーと聖なる夜を交換した。

「こういうのもいいかもしれないね、シンジ君」
「でも予算オーバーだよ」
「君が欲しいならプレゼントするよ」
「クリスマスプレゼントで?」
「ううん、今日は何度も僕を見てくれるから、そのお礼さ」

妙ちきりんな表現をされて一気に耳まで上気した。要らないよと物を置いてそそくさと別の島へと離れていった。そこはたまたまコスメコーナーで、半歩後ろをついてきたカヲルの手にはさっそくホワイトムスクの香りが広げられて、シンジのかさついた手へ覆いかぶさろうとしていた。ちょっと引いてみたものの避けるまではできずに、少年同士が手を握り合う怪しい構図。近くにいたOL腐女子がすかさず美少年達の愛の交歓についてツイートする。

通路を挟んで反対側の雑貨屋にはスノーマンを模した可愛い手袋がカゴいっぱいに入っていた。ふたりは白と黒の色違いを同じように片手につけて、シンジ君コンニチハ、カヲル君ゴキゲンヨウ、えいえい、とこれまた可愛らしく応戦していて、シンジはふと我に返った。つい。つい、カヲルの甘い空気に流されて甘々な雰囲気になってしまう。緩んでいた口元を引き締めてシンジは手袋をカゴに戻した。

「カヲル君は何かほしいのある?」

なんだか状況と人と物の多さに酔ってきて投げやりになる。けれどさりげなく気を配ったはずだったが、

「シンジ君」
「……はい?」
「こんなに愛らしく生まれてしまったのが君の罪だね」
「ふ、ふざけないでよ!」

結局大きなリアクションをしてしまって、完全に周囲の視線をロックオン。ただでさえ千年に一度は堅い絶世の美少年・カヲルはサンタクロースよりも目立ってしまう存在なのに。シンジは「君の罪だね」あたりで白い指が頬に触れてきたせいで、首を仰け反らせて奇妙なフォームのまま固まっている。

「ふざけてないけど……そうだな、あったかくなるものがいいな」

カヲルの手に操られたスノーマンがシンジの潤った手をまさぐり、握手した。


結局ふたりは輸入雑貨店で海外のお菓子を詰め合わせてプレゼントにした。クリスマス会当日では、シンジはアスカからのを、カヲルはシンジからのを手にした。手書きの小さなカードにカヲルがほくそ笑んでいる横では、アスカがシンジに「ちゃんと使いなさいよ」と詰め寄っていた。シンジの手に持っているのは三個入りの色違いのハンドクリーム。星型のボックスには金の星型のチャームがついていて、いかにも女子な感じだ。きっとつけた途端、女の子らしい香りを身にまとってしまう。

「女子力上がっちゃうな碇」

ま、そんな扱いにも耐性のついているシンジの胸中は(ハンドクリームか……これ使ったらカヲル君はどんな顔するんだろう)という複雑な謎の気遣いが占拠していた。

クリスマス会は楽しいまま幕を閉じた。そしてその帰り道、カヲルはシンジに「イブの夜、また同じマフラーを巻いてデートしよう」と意味ありげに耳打ちした。心臓が高鳴って変な期待をする。その期待に自分が気づいてしまう前に蓋をした。

「今年はね、ミサトさんの彼氏が仕事だから夜は家でパーティしようって言われたんだ」
「そうなんだね。よかったじゃないか」
「どうせミサトさんは酔っ払うだろうしアスカは散らかすだろうし、後片付けはみんな僕だよ」
「でも嬉しそうだね」
「……そうかな」

街灯とイルミネーションに照らされてイチョウ並木からはらはらと落ちる葉が黄色い雪のようだ。隣にいるカヲルは冬の精みたいで、シンジはたまに同性の友人の魅力に吸い込まれそうになってしまう。時間が止まって、気がつけば、美しい冬の精と見つめ合っていた。

「カヲル君は予定ある?」
「特にないよ。いつもと同じさ」

だから失念してしまう。カヲルは天涯孤独の身の上なのに。

「えっと」
「僕はクリスチャンでもないしね」
「うん」

自分の家とはいえ、本当の家族でもないし。間借りしている身の自分が仕切れる類のものじゃない。自分なら他人の家のパーティに誘われるなんて嫌だが、カヲルはきっとシンジのいる場所ならどこだって喜ぶだろう。自惚れではなく、彼はそういう態度なのだ。けれど、シンジは誘えない。心苦しくなってしまう。

「ああでも寂しいな。イブに君と会えないとしたら」
「会おうよ、夜までは空いているんだから」
「ふふ、やっぱりクリスマスはいいね。君と会える口実になる」
「口実なんてなくてもいつも会ってるじゃない」
「会えない日もあるじゃないか」
「そういう日はやりとりしてるよ」
「君はそれで満足なのかい?つれないな。僕は君に毎秒会いたいというのに」

冗談めかして微笑むカヲル。そうやってさりげなくシンジの杞憂を察知して気を回す彼は、いつだって穏やかに瞳をほころばせる。君の気にしていることはなんでもないよ、というように。シンジはその表情にとても弱い。それは神様からの大切なご褒美なのだ。

その日の夢ではスノーマンになったカヲルが「あったかくなるものがいいな」と囁いてシンジをギュッと抱き締めていた。シンジも抱き締め返そうとしたが、よく見ると体温でカヲルの肌が溶け出しているので、シンジは慌てて青いチューブを絞ってカヲルに塗りたくった。カヲルは「気持ちいい」と色っぽい吐息を漏らし、シンジがその声に体の芯をジンジンさせていたらキラキラ舞う雪と一緒に聖なる夜の慎ましい家が揺れて、そこはスノードームだと気づき、シンジはツリーのイルミネーションを消さなきゃみんなに見られてしまうと焦燥した。未明に目覚めたシンジは「手袋……」と呟いた。


「メリークリスマスイヴ!」

会って早々カヲルがそう声がけして、青いチューブを取り出した。

「今日は寒いからね」

そしてまたシンジの指先まで丹念に保湿してから鞄の中のラッピングバッグを手渡した。シンジがそれを開けたらすかさず、片方ずつ手に装着する。あのスノーマンの手袋だ。

「ありがとう。もしかして自分用に同じの買った?」
「もちろん」

シンジは自分のカバンから全く同じラッピングバッグを取り出した。カヲルに開けてもらうと、中からは色違いの同じスノーマン。

「僕たち考えてること同じだね」

その幸せそうな言葉を聞き、カヲルはらしくなく驚いて、照れるように目を伏せた。まるで愛の告白をされたかのように。見たこともない顔をされてしどろもどろしてしまうシンジに、神様はひとり溜め息をつく。彼が君をどんなに好きで、毎日どんなにキュンキュンして、恋心に息絶えそうになっているのか、君には思いもよらないんだなあ、と。

「シンジ君、さっき見えたんだけど…ハンドクリームを出して」

アスカから貰ったものを一本取り出すとさらっと没収されてしまう。

「これは僕が預かるよ」
「え」
「君の手に触れる口実なんだから」
「口実なんて……」

言い終える前に口をつぐんだ。僕は何を言っているんだ。

「そうだ」

カヲルはまたカバンから何かを取り出す。それは青い、ハンドクリームと同じ名前のリップクリームで、シンジは自分につけられるのかとギョッとした。けれどカヲルは彼自身の口につけた。

「唇も健やかに保ちたいからね」

そんな妙ちきりんな表現をする友人にホッとするのも束の間、リップクリームを塗ったカヲルの艶やかな唇が、シンジのそれに近づいて、チュッとぴったりくっついた。冬の精が溶けそうなほど真っ赤になって、シンジは立っているのもやっと。神様は嬉しくってつい、ふたりがこの後スケートリンクで抱き合いながら転倒して、もう一度キスしてしまうシチュエーションもこさえることにした。すると聖なる夜には、時間の問題だった両片想いが互いにバレて、ふたりは自分の自由意思で、三度目をすることになる。リップクリームがはみ出てしまっているのに気づいて、シンジは恥ずかしそうにスノーマンで顔を覆った。それがふたりの新しい儀式になったのだ。神様はそんな仲睦まじいふたりを見下ろし、クリスマスっていいなぁと、満足げに頷いた。

カヲルは聖なる夜の奇跡に感謝して、アーメン、サンタの神様、と両手を合わせた。彼は興味がないことには雑なのだ。そして神様の見ていぬ隙に喜びをむくむく元気にさせてこんなことを考えている。

(次はボディクリームだね)


top
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -