息を吐いたら白くなる、そんな季節がやってきた。



少し身悶えるくらい



「もしかして、風邪?」

渚が赤い鼻をしてやってきたのでシンジは冷やかす口調になった。待ち合わせの駅前はちらほらと粉雪が舞っている。天気予報では午後からだったのに。やっぱり当てにはならないらしい。黒いコートに濃紺のマフラーは渚の白い肌をより透き通ってシンジに見せる。ふたりの間、ひとひらの雪の欠片にそっと手を伸ばす彼の姿は何処か幻想的だった。鼻からずびーっと気の抜けた音が漏れてそれを台無しにするまでは。

「やっぱ風邪かな。めっちゃ鼻水出るんだけど。」

ティッシュで鼻を拭う渚。シンジの視線が気になるのか、横を向いて顔を隠した。気にしなくていいのに。その言葉は胸にしまって、シンジはカイロを取り出して渚のポケットに忍ばせた。サクッと鳴って振り返る。渚はシンジを見た。カーキのアウターに身を包み、クリーム色のマフラーには角度によって口元が埋もれている。ああそうだ、渚は思った。シンジは寒がりだったとやっと思い出した。それなのに、5分も遅刻してこの寒空の下にずっと待たせてしまっていた。

「あっためといた。」

「ありがと。」

ごめんの代わりにそう呟く。ポケットに手を突っ込んでカイロをぎゅっと握り締めた。すると渚の体中に甘い痛みが走ってゆく。たまにこんな発作が起きる。シンジの何気ない仕草に胸の奥が苦しくなって、そうなるのだ。何故だろう。渚はもう一度、敏感な鼻をティッシュで押さえた。中学生の頃までは平気で鼻をかめていたのに。そんな自分の変化に気づかれただろうかと隣のシンジを盗み見たが、シンジは明るい鈍色の空を見上げていた。

今日は中学の頃に仲が良かったグループで会うことになっていた。渚とシンジは同じ学校に進学できたが、仲間のいくらかは遠くの高校に行ってしまった。だからこうして機会をつくらないとなかなか全員では会えない。画面越しのやり取りだけになるのは寂しいから、何かに抵抗するようにこうして顔を合わせるのだ。

――そう、何かに。


「そろそろ行こうよ。」

ふたりは繁華街の先を目指して歩き出す。遠くに行ってしまったひとり、トウジが中学のクラスメイトのヒカリと付き合い出したと仲間のアスカから聞いていた。第一志望校を蹴ってまで追いかけた彼女の恋はやっと鈍感な彼に届いたらしい。だからサプライズでプレゼントでもしようと渚とシンジは企んだ。背伸びした物でからかうか、ちゃんと祝ってやるかはまだ決めていない。

「びっくりだよね。」

「この今更感。」

「あれで付き合わなかったら流石にちょっと、」

どうかしてる、声が重なって思わず笑った。

「僕たちの間からついにカップル成立か。」

「次は誰だろうね。」

シンジの無邪気な声に渚は一瞬、ぼうっとした。つまずいたよう一歩立ち止まってまた、足をどうにかして動かした。

「シンジ君はどっちなの?」

「どっち?」

「女子ふたり。」

それはきっとレイとアスカのことだった。彼女たちとももうすぐ会う。今頃はまだ暖かい家の中だろうか。街路樹の続く舗道は赤茶のタイルのモザイク模様が綺麗だった。シンジは十歩先の幹を見上げた。寒そうに枯れ葉が一枚、時折の風に揺れている。もうすぐ枝から離れてしまいそう。あれが落ちたら言ってしまおうとシンジは思った。けれど、それは落ちずにふたりの後ろへ流れた。

「ふたりから選ばなきゃだめなの?」

「え?他にいるの?誰?」

「僕にだって選ぶ権利があるんだけど。」

少し早足になって渚の前を歩くシンジ。渚はその後ろ姿をじっと眺めた。微妙な話題だから怒ったのかもしれない。もしかしたら本当にふたりのうちに意中の相手がいるのかもしれない。見極めるように観察する。シンジの艶やかな黒髪はこんなくすんだ日でも輪っかを帯びて輝いていた。そしてそこに羽根を休める雪の結晶。この組み合わせ、奇跡みたいだな、ふと思った。

――奇跡…


「どうしたの?」

急に足音が消えたのでシンジが振り返ると、渚が数メートル後ろで立ち尽くしていた。驚いたような顔をして、何も言わない。小首を傾げて歩み寄ると、まだ呆然として何かを見ていた。シンジの瞳の向こうに別の景色を眺めているようだった。

「ねえ、どうしたのさ?」

「なんか…」

「なんか?」

「奇跡って気がした。」

「何が?」

「君が冬の世界にいること。」

「何それ?」

わからない。けれどその事実にすごく感動している自分がいる。渚は戸惑った。この沸き起こる情感を。溢れ出す不思議な想いを。ツンと鼻の奥を刺激するのは風邪の症状だけじゃない。やっと長い歳月を越えて巡り会えた気さえした。目の前の奇跡に。目の前のシンジに。

「去年も冬あったっけ?」

「…受験に長靴履いて行っただろ。」

確かに。今通っている高校の受験日前日に雪が降って、ふたりで埋もれそうになりながら会場に行った。それから入試のあと、一緒に合格祈願の雪だるまをつくったのだ。手のひらサイズのそれを密かに校門の隅にふたつ並べた。絶対に同じ学校に通いたかったから必死だった。そして渚は合格発表の日、その場所でヒカリが目を腫らして泣いている姿を見つけた。彼女は受かっていたけれど、ひとりの不在を悔しがった。その気持ちが痛いくらいに渚にはよくわかった。

「ごめん、何でもない。」

「渚おかしい。あ、前からか。」

「知ってる。」

それでもこの瞬間が大切な気がして、記憶に残すため空気の匂いを嗅ごうとした。鼻がずびっと鳴るだけだった。隣では何故か物思いに耽っているシンジ。そのままにして歩いてゆく。どうやらこの雪は気紛れではないらしい。道なりに進むとうっすらと既に積もりはじめていた。

「電車止まっちゃったりして。」

「そしたら凍死するんだけど。」

渚は鼻が止まらないらしい。何度か吸って、またティッシュ。心配になったシンジはその炎症の上、かたちのいい白い額に手を添えた。

「熱あるんじゃない?」

「うっそ。」

「ほんと。」

さっきから変な感じがするのはそのせいか。渚は納得した。こうしてシンジと仲良く並んで歩いていることさえ奇跡のように感じるなんて、まともじゃない。それは熱のせいなんだ。それでつい、シンジを抱き締めたくなってしまう。全部、熱のせいなんだ。渚のそんな熱っぽい瞳から逃れるように、シンジはまた前進した。

「早く買ってどっかで休もう。それ以上悪化したら送ってくよ。」

「いいよ、ひとりで帰れるし。」

「ふらっとよろけて駅のホームに落ちたりしたら大変だろ。」

「あは。僕が死ぬのは嫌なの?」

「当たり前だよ!」

そこは冗談通じないんだ、怒られてちょっと驚く。気まずくて苦笑する。不貞腐れた横顔にまた、甘い痛み。ちょっぴり申し訳なくて触れ合わないくらいに肩を寄せた。この沈黙に何を話そうかと考える。友達でいる時間は長いのに、今日はずっと話したかったことが山ほどある、そんな気がする。ありすぎてひとつだけを選べない感じ。

「あ、」

そうして悩んでいると、沈黙は「臨時休業」という貼り紙で打ち破られてしまった。


「ああ、ものすごいツイてる…」

一度、運に見放されるとことごとくそれは続く。他の店なんて思いつかないし、ファストフードもないし、コンビニは見つからないし、渚の風邪は悪化するしで、ツいてなさがフィーバーしている。ふたりは行く宛もなく、いつの間にか入り組んだ狭い路地の迷路を彷徨っていた。

「ここ、こんなに田舎だっけ。」

「駅まで戻る?」

「あ、待って。」

自動販売機に吸い寄せられて、小さな公園を発見。暖をとりたい。なのに、あったかいコーナーは少なかった。

「おしるこがいい?」

「殺す気?」

「コンポタにする?」

「風邪移すよ。」

「あはは。ならビタミン取りなよ。」

そして小銭を入れてホットレモンが出てきた時だった。気にもかけてなかった数字の羅列が一列に揃って、

「あれ!?当たってるんだけど!」

おめでたく点滅している。ふたりして戸惑っているうちに怒濤のカウントダウンがフィニッシュしそう。

「これどうするの?」

慌てて渚が同じボタンを連打したら、

「ねえ、僕、今ホットレモン押したよね?」

まさかのおしるこが登場。シンジは爆笑して空を見上げた。カシミヤから覗いた小さな顎の輪郭。淡い唇から白い蒸気が天へと立ちのぼってゆく。楽しそうに細めた瞳。長い睫毛が淡雪をつかまえて瞬いた。その仕草ひとつひとつが胸に刻まれて、時が急速に遅くなる。一秒に千回もの甘い発作が渚を襲う。そうして神様が渚に囁くのだ。これは奇跡なんだよ、と。渚は息を奪われた。

「ブランコがある。懐かしい。」

気がつくとシンジの背中が小さく見えたので、渚は慌てて呼び止めた。

「シンジ君、買わなくていいの?」

「おしるこ飲む。」

「え!?いいよ、別に。」

「もったいないし。」

「じゃ、僕が飲むから。」

「渚、おしるこ嫌いだろ。」

「でも、」

「奇跡は大事にしなきゃ。」

空気の粒子が震えた気がした。かじかむ手を缶に添えて、何でもない風に入り口のポールをすり抜けてゆくシンジ。渚はもしかして、と思う。シンジにも自分と同じ声が聞こえたんじゃ――けれど、ブランコで戯れてから並んでベンチに座る頃には、そんな疑問は雪のように消えてしまったのだった。


「電車止まったって。」

シンジは飲み干した空き缶を横にやって携帯画面をスクロールしていた。どうやらトウジとレイの使っている電車が止まってしまって、もう全員で会うのは難しいらしい。だから今日は中止。ふたりが早めに家を出たことは誰も知らないから、もうそれは無情にも決定されていた。

「最悪。」

「僕たちも帰れるかどうかわかんないよ。とりあえず駅に急ごう。」

「もう歩きたくない。」

「渚。」

怠い体のせいもある。でも何より、渚はこうしてずっとシンジを独り占めしていたいと思っていた。

「顔赤いよ。熱出てきたんでしょ。」

「かもしれない。」

「やっぱり早く帰ったほうがいいって。」

「家に帰っても何もないもん。」

この居心地の良さを手放したくない。渚は意固地になってテコでも動かない。一方、シンジはというと、渚の家には今日もきっと誰もいないということが気がかりだった。本人はあまり気にしていないようだけど、シンジはその生活の断片を垣間みる度に辛いものが込み上げた。決して口には出さなかったが、どうにかしたい衝動に駆られるのだ。

それは自分のためなのかもしれないけれど。

「しょうがないな。看病するよ。」

シンジは渚の顔を見なくて済むように手足をまっすぐ背伸びをした。

「いいよ。積もったら帰れなくなるし。」

「僕んちに来なよ。」

「君のお父さんに嫌われてるし。」

「今日、母さんと僕しかいないよ?」

「ほんと?シンジ君がおかゆ作ってくれる?」

「…別にいいけど。」

「じゃ、行く。」

一気にぬるいペットボトルを飲み干して渚が勢いよく立ち上がる。現金だなと苦笑しながら、それでも何処か足取りが覚束ない彼を守るように寄り添って、シンジは歩き出したのだった。


「そこ段差。」

「うわ、」

案の定。よろけた渚の裾を引っ張るシンジ。道幅が広くなってきたのに人にすれ違うこともない。いつもより近い気配。密かに息が上がってしまう。そっと横を盗み見ると、渚はカイロを交互に握り締めていた。震える指が凍ったみたいに強張っている。だからシンジは自分のカイロを渚のポケットにさりげなく落としてやった。

「いいよ、君のだから。」

「僕、もうあったかいし。」

言い合う気はない、そう両手を深くコートに突っ込んでシンジはすたすたと歩き出す。渚はそんなシンジをつかまえてポケットに手を入れた。

「嘘つき。」

そこに隠したシンジの手は氷みたいに冷たかった。

「風邪引いてないから平気だって。」

こんなに至近距離で手を握られて、シンジは渚を直視できずに目を伏せる。

「寒がりのくせに。」

「うるさいな。風邪のくせに。」

「言うこと聞いてよ。」

「君がね。」

「いいよ、こうするから。」

渚は無理やりカイロをシンジの右側に押し込んだ。自分のは左側。そうすれば、渚から一番遠いポケットにはシンジの分。シンジから一番遠いポケットには渚の分。そして真ん中、ふたつの繋がった手は、そのままだ。

「みんなあったかいでしょ。」

「…うん。」

ポケットの中でふたりの手はゆっくり解れた。交差点を曲がる頃には、指を絡ませるようにして握り合った。そこは15センチ四方のふたりだけの秘密基地。日常に紛れて、触れ合う箇所から感情が巡ってゆく。素知らぬ顔で、指先が心の暗号を解読する。

垂れ込める重い雲も、しんと静まり返った街も、誰もいない凍った路地も、粉雪が毛布で包み込むようにして、ふたりを世界から切り離す。今なら何だって願いが叶うような気さえした。だから、シンジは十歩先の軒を見上げた。溶けかけの雪がひと雫、時折の風に震えていた。もうすぐ角からこぼれてしまいそう。あれが落ちたら言ってしまおうとシンジは思った。そして――ぽたり。それは音もなく地面へと落下した。


「ねえ、渚。」

「ん?」

「渚はさ――」

マフラーに鼻先を擦りつけてシンジは言葉のない祈りを込めた。

「――好きな人、いる?」

くぐもった声は本心をぼやかすため。早鐘を打つ心臓が手のひらから筒抜けになってしまいそうで、怖かった。聞かなければよかったのかもしれない、言った途端、激しい後悔。渚に触れてる手が痛い。答えを聞きたくない。逃げ出したい。

逃げ出せばよかった。

「…いるよ。」

シンジは目を閉じた。急に体が何度も冷えたようだった。

「いるんだ。いつから?」

「なんで?」

「知りたいだけ。」

「知ってどうすんの?」

僕はどうするんだろう、シンジは思った。

「…大丈夫だよ。渚なら断る人いない。」

「無責任なこと言うね。」

「初めて会った時はなんか嫌な奴だなって思ったけど、違った。君はいい奴だよ。」

心と反比例して明るく振る舞うシンジの外側。必死で笑顔をつくっていた。瞬きをする度に払い落とそうとする、何か。それはずっとシンジの胸につかえていて、やがてこの雪のよう、音もなく積もっていった。そしてそれは果てしなく続き、時に厳しく時に夢のように、シンジに語りかけ続けたのだ。

――この雪景色に僕は何処までを望むことが許されるだろう?

シンジはそれを前にすると、いつだって戸惑った。そうして手を離そうとした瞬間、

「それだけ?」

許してもらえずきつく握り締められる。渚が立ち止まると、つられてシンジも足を止めた。

「僕ってただのいい奴なの?」

渚はただシンジを見つめた。シンジのその向こう側を、じっと見つめた。


思い起こせばそうだった。出会った頃の渚とシンジはいつも喧嘩してばかりだった。けれどある日を境にシンジは変わったのだ。あの日。そう、あれも冬の日だった。

――冬ってちゃんと来るんだ。

中学二年の初雪の日、通学路で立ち尽くして、シンジがぽつりとそう言った。一日で変わり果てた銀世界。渚の目の前、知らない街に何も知らないシンジがいるような気がした。夢から醒めたような深い瞳で見つめられて、渚はとても不思議だった。

――当たり前じゃん。

そう返すと、シンジはもう何も言わなかった。ただ、とても満足そうに微笑んだ。そしてそれから、シンジは渚を受け入れて、ずっと昔からの友達のように彼に接したのだった。雪解けの季節を過ぎれば、ふたりは気の合う親友になっていた。他の誰にも替えられない、かけがえのない存在になっていた。


神様は、ふたりにやり直せることを教えていた。


「…ただのいい奴なんかじゃないよ。」

空から雪が地面に降りるまでのような気の遠くなる沈黙の末、シンジはかすれた声でそう呟いた。息苦しそうに唇を震わせて俯いた。離れない手が痛い、でも、あったかい。だからもう、我慢できない。渚の手を強く握り締めて、何かに耐えるようにぎゅっと足を踏ん張った。

「僕が、今までどんな気持ちで君の側にいたか知らないだろ。」

そうして言葉にしてしまえば雪崩のように押し寄せる、波。シンジの瞳から次々と雫がこぼれる。肩を震わせて、とても静かに、言葉にできない想いを彼は噛み締めていた。そんなシンジを見たら、ほら。渚にまた、あの発作。降り注ぐ雪の結晶、その中にあの奇跡を見つけてから、渚は甘い痛みの来る場所を理解しはじめていた。それは遥か彼方の向こう側から渚自身が叫んでいるようだった。渚はしんと耳を澄ます。何かに。奇跡に。神様に――

――ああ、そうか。


渚は大きく深呼吸してから、かつて夢見たその一歩を、踏み出した。

「君が言ったんだから、責任取ってよ。」

シンジの肩を抱き寄せて、ふたつのおでこをくっつける。避けようとするから、断らないんでしょ、と耳許に囁いた。もうだいぶ高熱で、額はじんわり温度差がある。冷たい鼻先がくっついたり離れたり、ホットレモンとおしるこが混ざり合って、ほのかに香った。その涙に濡れて歪んだ顔の端々からは、結晶化した積年の感情がキラキラと震えていた。

「シンジ君の今考えてること、全部違うから。」

「渚、何もかも、ごめん…」

「ほら、全然違う。」

濡れた睫毛の先、揺れる瞳に訴える。その涙をすくえばふたりの間、おぼろげな遠い日々が露光して、空気の密度が濃くなった。それなのに、

「鼻水すごい出てる。」

渚の鼻は詰まりかけて啜っても啜っても水っぽいものが垂れてきたから、シンジは可笑しくて思わず吹いた。ずぴずぴ変な音まで出てる。ちっとも格好つけられない。でもそれでいいやと渚は思った。涙をこぼして笑うシンジが嬉しかった。

「もう、台無し。」

「ちゃんと拭いてよ。」

手にしたハンカチを鼻の下に押し当ててやさしく拭う。そんなシンジを至近距離で見つめていたら、また熱が上がった気がした。明るい眩暈がしてふらふらと、のぼせた顔が甘えるよう、シンジの肩に不時着する。渚はシンジの手を握ったまま、もう片方を背中に回した。柔らかい銀髪がシンジの首筋を撫でてくすぐったい。手のひらに舞い降りて解ける雪のよう、そうすることがしっくりなじむ。甘い痺れに少し身悶える、ふたり。

「いつからって、聞いたよね。」

「うん。」

「ずっと前からだよ。君が僕のこと好きでもないし、友達だとも思ってない時からだから。」

「好きでもないならあんなことはしなかった…」

シンジがどんな顔をしているのか、その熱い耳たぶの感触でわかった気がした。

――何度、僕は、

『なぜ人は自分以外の者に惹かれてしまうんだろう。』

――後悔したことだろう。

「そうだね…」

渚はその四文字にありったけのごめんを詰め込んて、シンジを抱き寄せる腕の力を強くした。するとおずおずと自分の背中にも同じように温もりを感じた。とても気持ちがよくて、ずっとこうしていたいと願った。

――ああ、これが、

『もし君が、僕を好きになったらどんな気分になるんだろう。』

――僕のずっと待ち侘びていたものだ。

だから、詰め込んだものの代わりに、渚はこう伝えることにしたのだった。

「ありがとう、シンジ君。」


息を吐いたら白くなる、そんな季節がやってきた。それは、僕たちがずっと待ち侘びた奇跡だった。


top



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -