ジェリービーンズの誘惑
シュガーヴェールの季節 続篇



ミャウミャウ!

にゃあ?


都会の片隅の路地裏その陰日向には、今日も誰も気にも留めない様々な恋模様が密かに潜んでいるのです。

「やあ、シンジ君!探したよ。」

網の目の住宅街はブロック塀に仕切られていて、道と道との交わるところの出会い頭に黒猫と白猫が鉢合わせしたようです。塀に沿って流していた長いしっぽが気まずそうにUターン。そしたら白猫の小さなお鼻がクンクンと黒猫のお尻の匂いを嗅ぎました。

「あ、やだ、」

「どうしたんだい?」

黒猫はくるんと白猫に向き合いました。耳の先からつま先まで毛羽立ちながら、神経質にしっぽをプンプン振っています。怒っているんだと思った白猫でしたが、黒猫のピンと張ったひげを見つけて、興奮しているんだなと思い直しました。

「いきなりお尻の匂い嗅がないでよ!」

「挨拶だよ?」

「まずはスリスリする約束でしょ。」

そうだったかなと小首を傾げて白猫はその銀色のふさふさした頬を、黒光りするツヤツヤの頬に擦り寄せました。そのまま互いにからだをこすり合わせてから、仕上げに鼻先をちょこんとつけて、ふたりはキスをしました。

「今日はハロウィンだよ。街へご馳走を食べにいこう。トリックオアトリートさ。」

「ご馳走…食べたいね、」

「どうしてゴロニャンしているんだい?」

おや、いつの間にか黒猫は地面に寝そべり背中をスリスリさせています。大きく一回転してからまた、クネクネと転がっています。

「だって僕、発情期だもの…」

「ふうん?」

「カヲル君のしっぽって、太くて長くてかっこいいね…」

「ありがとう。」

カヲルと呼ばれた白猫は優雅にお尻を見せつけました。しなやかに揺れるそのしっぽは興奮して毛が立っています。

「カヲル君からエッチな匂いする。」

「どこらへんからかな?」

黒猫が戸惑いながら近づいたら、案の定、白猫が首を甘噛みしてきました。

「やん!何してるの!」

「僕も発情期だからね。」

知ってるだろう?と目を細める白猫をひと睨み。黒猫はやさしく猫パンチをして、その誘惑をかわしました。さらりと身をひるがえしブロック塀に飛び乗ります。

「シンジくーん!」

「ダメ、こんな明るいうちに道の真ん中でなんて、」

「シンジ君…」

怒ってそっぽを向いていた黒猫ですが、みゃあ、と寂しそうな鳴き声がして地面のほうを見下ろしました。後ろからしっぽを引かれる気持ちがまだあるようです。

「なあに?」

「僕のしっぽ、どうだい?」

白猫はその立派なしっぽを震わせて微笑みました。しっぽと一緒に銀の毛のおおきいふたつのジェリービーンズが揺れています。プルプルと、たくましげに。

「にゃあん…」

それを見つけて思わずまた地面にゴロニャンしてしまう黒猫。からだが激しくクネらせて、まるで違ういきものみたい。

「カヲル君っておっきくてかっこいい…」

「おっきい?」

ハッとした黒猫が慌てて電柱にツメ研ぎをはじめました。何かをごまかしているようです。

「な、なんでもない!」

「おっきいって?」

「ダメ!」

「僕は太くて長くて…おっきいのかい?」

白猫はそろりそろりと電柱を抱き締めている黒猫に近づきました。

「太くて長くておっきいご馳走が食べたいのかな?」

「ビャン!」

ゴロゴロ喉を鳴らしながらそんなことを囁かれて、シンジと呼ばれていた黒猫は激しくのたうち回りました。

「僕、今すごくエッチな気分だから話しかけないで!」

ひげまでビンビンにした黒猫が興奮をもてあまして顔を地面に擦りつけました。そしたらかわりにお尻がピンと上を向いてしまいます。

「イケナイ子だね…」

もう我慢できない白猫は黒猫にひとっ飛び。そのからだに乗っかって首を強引に甘噛みして足でお尻を夢中になって押さえつけると、黒猫は待ってましたとしっぽを反らせてジタバタしてます。

「ご馳走をくれない子には悪戯しなくちゃね。」

「だ、ダメ!あっちで人間が僕らを見てるよっ…」

「そんなにお尻をくっつけてきて、まだそんなことを言うのかい?」

「あん!あ、あ、にゃ、にゃあああん!――」



「愛らしいねえ。」

またしてもここは第三新東京市の一角にある小さな一軒家の二階。おばけの裾のようになびくカーテンの側には、手のひらサイズのジャック・オー・ランタンが灯されていた。その間にはやっぱり恋人同士の少年ふたりが黄昏手前の昼下がり、肩を並べていつもの街を眺めていたが、片方は真っ赤になって両手で顔を覆っていた。

「何言ってるのさあ、」

「あんまりにも僕たちにそっくりだから、ついね。」

「僕、あんなに小悪魔じゃないもの。」

「またシンジ君は僕にイヤイヤしながらおねだりしているね。」

「僕じゃないよ!」

黒猫が絶頂の雄叫びをあげながら、おかしくなったんじゃというくらい背中を地面に擦りつけていた。そしてまたフガフガ鼻息荒い白猫が乗っかっても、怒るくせにまた興奮してジタバタして誘っている。それを何度も繰り返していて路地裏が騒がしい。何故か二匹ともこちらを向いているのだった。

「…僕らも今年のハロウィンは真似してみようか?」

「もう衣装用意したでしょ。僕はカヲル君にカッコイイ吸血鬼になってほしいの!」

「君の首筋にはいつもチューチューしているだろう?」

カヲルのその甘ったるい言い方に、シンジはモジモジ内股になる。そうして恥ずかしがっていると耳許に不敵に歪んだ唇が寄せられた。

「今夜のハロウィンパーティは病欠してふたりでご馳走を食べようよ。」

「え〜、」

「仮装はふたりきりで楽しもう?あのニャンちゃんたちみたいにね。」

「ダメだよお、」

「じゃあ勝負だ。しりとりで勝ったほうの願いを聞く。」

え、と驚く暇もなく、

「いくよ。しりとり。」

返事も待たずに勝負開始。

「…リス、」

「素敵な頬っぺた。」

頬っぺたを突つかれて、

「あ、た、タコ。」

「こんなに愛らしい耳たぶ。」

ロウソクの炎みたいな耳たぶをいじられて、

「え?ぶ、ブタ?」

「ただ側にいるだけで僕を幸せにしてくれるその笑顔。」

頬を撫でられ幸せそうに見つめられて、

「お?お、お、お菓子、」

「シンジくんが好きなのは?」

「カヲルくん…あ!」

騙された。

「シンジ君の負け〜!」

「ずるいよ!しりとりじゃなくなってる…!」

「ふふふ。」

それなのに、照れながらとっても嬉しそうに笑うカヲルに、

「えへへ。」

完全に絆されてしまうシンジなのだ。

「シンジ君はひっかかりやすいニャンね〜!」

「やだあ、」

「発情期ニャンですかね〜?」

「恥ずかしいよ〜!もお!」

脇腹を突かれてとろとろ甘く囁かれて、もう、くすぐったい。シンジがクネクネ困っていると、

「お尻のチェックしようかにゃ〜?」

「あ、やだ…!」

変な企みにつかまりそうになって、さらりとかわす。シンジのお尻を追いかけるカヲルとそうしていつまでも追いかけっこ。その様子を、フライングしたおばけやコウモリ、ある意味腐ったピクシーたちがご馳走があるとぞろぞろ集まってきて、賑やかにおどろおどろしく窓辺から覗いている。

「そんなことしちゃダメだってえ!」

「どうして?」

「だ、だって…」

ベッドに寝かされ絶体絶命。膝裏を持ち上げられてシンジの可愛いお尻がついに生け贄になる――

「僕、発情期、ニャンだもの…」

――と思ったら、トラップに嵌ったのはカヲルのほうらしい。枕の下、密かにしのばせていた猫耳カチューシャを装着してはにかむシンジ。

「で、でも悪戯したからご馳走あげない、ニャン…」

うるうるした瞳が恥じらって伏し目がちになってゆく。小悪魔の黒猫に変身して、誘っているのか拒んでいるのかわからないそんなことを言うものだから、カヲルとその他大勢の墓場からやってきたナニガシたちが悶死した。せっかく蘇ったというのに。

窓の外では白猫と黒猫がしっぽをハートのかたちにさせてイチャイチャと、もうすぐ夜になる街へご馳走探しのデートに繰り出したのだった。

Happy Halloween !


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