近いけれど遠い不機嫌な君に
止まない時を少しだけ遅くする君に 続篇




思いがけない不時着


もうすぐ夏が終わる。八月の末、夏休みの過ぎ去る足音を耳許で聞く。それはとても寂しい。もう決して戻ることのない時間。僕は自分にやり残したことはないかと問いかけて、やるせなくなる。出来ればそのかけがえのない時を楽しさで埋め尽くしたかった。忘れられない瞬間ばかりを集めたかった。けれど、中学の最後の夏、僕は窓の外の蝉の声を遠くに聞きながらずっと机と向き合っていた。大切な夢のため、教科書のインクの匂いとノートをめくる音に僕の青春は奪われる。初めて好きな人を近くに感じた夏なのに、残酷なくらい晴れ渡る青空から目を逸らしてまた、方程式からひとつの解を導いた。

「メール…」

携帯にはさっきから僕を悩ますひとりの名前。何度も僕の手を止めて空想に連れてゆくのに、そんなことは知らないで、メールには励ましの言葉が綴られている。

「君のせいで捗らないのに、」

僕は画面を見つめながらそのままベッドへ不時着する。頭の中で、その文面を送り主の声で再生して、熱っぽい溜め息を漏らす。5分経ったらまた頑張るから。そう自分に言い訳して、一昨日の今頃にタイムスリップ。目を閉じて、記憶の解像度を上げて、ひと夏の想い出を追体験する。



受験生の貴重な寸暇でシンジがカヲルに会いにいったのは言うまでもない。夏祭りもプールも映画も、カヲルがいなければ今の彼には何の魅力も持たなかった。中距離恋愛は思ったよりも大変で、いくらメールをしても電話をしても、好きな人に会える1秒には敵わない。シンジはカヲルに会いたくて会いたくて堪らなかった。

最後に会ったのは一ヶ月前。日曜に勉強を教えもらう約束は七月で頓挫した。何故なら、やっと想いが通じ合えたふたりが同じ部屋に何時間も一緒にいるのだ。勉強だけ淡々とやれるはずもない。意識しすぎてシンジは勉強が頭に入らないし、カヲルはシンジを見つめないではいられなかった。高校生のカヲルは少し体も大人びていて別の欲求も芽生えている。4週目、カヲルはシンジを説得した。ふたりのために会うのを控えよう、と。シンジは、僕のこと嫌いになったの、と動転して泣いた。それからシンジがカヲルの気持ちを理解するまでには時間が掛かった。けれど、今ならわかる。

「ひ、久しぶり…」

八月、シンジは猛勉強をした。カヲルに毎日、勉強の経過を電話で褒めてもらうのが嬉しくて、必死になって目標の課題をこなした。おかげでシンジの成績はカヲルの高校を射程距離内に収めるまでに到達。シンジはそのことをすごく感謝している。

「すごく、会いたかった…」

カヲルはシンジを見つけて夢見心地で呟いた。照れ笑いで伏し目がちなシンジ。この前、最後に見たのは彼の泣き顔だった。カヲルは我慢できずに、駅前の歩道橋の隅の物陰までシンジの手を引いてゆく。そして久々の再会に、ふたりは長い長い抱擁をした。ギュッと胸に埋もれるくらいに抱き締められて、シンジは甘い目眩を覚えるのだ。鼻から息を吸い込めば、大好きなカヲルの香り。

「荷物持つよ。貸してごらん。」

「いいよ。僕、持てるから。」

それでもカヲルはシンジの両肩から、ぶら下げた鞄を半ば強引に奪ってしまう。物言いたげなシンジにひとつ年上の余裕の笑みを浮かべてから、半歩前を歩いてゆく。斜め後ろでシンジはカヲルの色づいた耳朶を見つめていた。人目につきにくかったとは言え、白昼に堂々と抱き締められたことにも驚いた。視線の合わないこの距離に、カヲルは自分と同じように、どうしようもないくらいの恋しさを胸に秘めてくれてるのかもしれない、そんな期待にシンジの体は浮いてゆく。ふわふわとよろけそうになる。

「よくノルマを達成したね。」

今日、シンジはカヲルの学生寮に泊まる。相部屋の人とは話がついていた。そのために、シンジは今日と明日にやるべき勉強を昨日までにしっかりと片付けてきた。睡眠時間を削って血眼で頑張った。シンジはどうしてもこの夏にカヲルとの想い出を作りたかったのだ。

「花火買ってきたんだ。」

忘れられない日にするなら特別な場所へ行こうかとも提案された。けれどシンジはカヲルの部屋を選んだ。1秒でも多く一緒にいたかったし、ちゃんと確かめておきたかったのだ。自分の目指す道の先を。

「メールの通り、材料は買っておいたよ。」

一緒にのんびり過ごして、夕飯を作って、手持ち花火をして。ふたりなら、それだけできっと、最高のひと夏の想い出になる。シンジは、今からもう何もかも忘れないようにと感覚を研ぎ澄ました。その横でカヲルは高鳴る鼓動をどうにかして諌めていた。



余所見と傘立てとシンメトリー


寄宿舎は思っていたよりも質素だった。陽射しの眩しい南側には実りすぎたゴーヤがツタで厚い日陰を織っている。その横で少しだけ涼しくなった夏風が梢の影を雨染みの外壁に揺らす。住宅街よりも奥まったそこは草いきれの濃い匂いがした。ひっそりと佇んで勤勉な学生を騒々しい下界から囲っているよう。カヲルがそこを選んだのもわかる気がした。

「良い場所だね。」

「君とこういう関係になるのなら、選ばなかったよ。」

照れくさそうに頭を掻いて、君への気持ちを断つために選んだ場所なんだ、と告げるカヲル。シンジは一瞬、息を忘れた。ざわめく胸を抑えて辺りを見渡せば、もう玄関先のくたびれた空っぽの傘立てでさえ、切ない色を帯びてくる。そして階段を昇りながら、一段上を歩くカヲルの背中を、ぎゅっと抱き締めたくなるのだった。

夏休みでほとんどの学生は帰省しているらしい。誰にもすれ違わなくてシンジはほっとした。けれどそれも寸刻。カヲルの部屋を初めて見た時、シンジは内心穏やかではなくなった。

小綺麗な内装、シンメトリーな配置、左右に勉強机がふたつ、中央に二段ベッドがひとつ。生活の境界線が使っている人間の性格の差でくっきりしている。殺風景な奥の空間、そして乱雑で汗臭そうな手前の空間。言われなくてもカヲルがどこで生活しているかがわかった。

「汚くてごめん。そいつには物を片せと再三言っていたんだけどね。」

初めて聞く他人への言葉。シンジは胸がヒヤッとした。

「仲、いいの?」

「全然。必要なこと以外は話さないよ。」

それで納得したくても、変に冷えた心臓が言うことを聞かない。きっと大丈夫、そう思っていたのに。誰かが毎日、自分よりもカヲルの近くにいる、その感覚がついに現実になり、呆然とする。急に様子の変わったシンジを緊張していると思ったのか、カヲルは飲み物を取りに階共用の冷蔵庫へと、そそくさと部屋を出ていった。

ドアが閉まったのを確認すると、シンジは静かに物が積み上がったスペースへと移動する。持ち物でその住人を想像しようとした。折れ曲がった雑誌ですら、生活してるんだ、とまざまざと感じる。荒々しい人なのかな、どうだろう。もう見たくないと思いながらも目を凝らして見てしまう。

けれどものの数秒でまた、ドアが開く。シンジは仰天した。

「あれ?」

現れたのは見知らぬ好青年。

「ふうん、君か。」

したり顔でシンジをニヤニヤ品定めしている。シンジは自分よりも大人びたその青年を見て固まってしまった。

「取って食う訳じゃないよ。僕はここの住人。ちょっと忘れ物してね。」

成長期は1歳差でも随分かけ離れているように感じる。シンジは飄々とした彼の態度に人見知りの癖が疼く。本人を目にしたらきっとヤキモチをやくだろうと数分前までは思っていたのに。全くカヲルとは空気の違う彼にどうしていいのかわからない。青年はシンジに近づこうとした。シンジは思わず後ずさりした。

「今日は出て行く約束だろう!?」

そしていつもより乱暴な物言いでカヲルが慌てて部屋に入ってくる。一直線でシンジまで駆け寄って、まるで獣から守るかのように抱き寄せた。今まで見たことのないカヲルの一面。これにはシンジも驚いて目を丸くする。青年もキョトンとしていた。彼は根はいい奴なのだろう、事態を察して、からかっただけだよ、と目当ての物をポケットに突っ込んで、何も聞かず、すぐに部屋から退いてくれた。

「何かされたかい?」

「う、ううん。」

過剰な擁護。いつの間にかふたりの体がぴったりとくっついていて、シンジは全身が心臓になったみたいだと思った。

「ねえ、彼って僕たちの関係を知ってるの?」

その心臓が爆発する前に、ゆっくりと体を離して、弱々しくそう呟く。

「知らないよ。気になるのかい?」

「そりゃそうだよ。カヲル君と一緒に住んでる人だもの。」

気の緩んだ途端、急に高波のように綯い交ぜの感情が押し寄せる。それが嫉妬なのか不安なのか興奮なのか、わからない。けれどシンジは不機嫌な顔でそっぽを向いた。どんどん知らなかったものが増えていって情報処理が追いつかない。カヲルは自分だけのものじゃないと心に言い聞かせる。それでも自分だけの彼でいてほしい。そう我が侭を言いたくなるほど、今のシンジにとってカヲルは甘えられる存在だった。

すると、シンジの視界が暗くなる。息の掛かるほど側にカヲルがいた。

「恋人らしいことをしよう。」

青年が出て行って間もないのに、カヲルはシンジにキスをせがむ。二段ベッドの柱にもたれて追い詰める。あの人がまた戻ってきたら、気持ちとは裏腹に反射的に顔を背けたシンジを、今度は無理やりベッドへと押し倒した。

「余所見してはいけないよ…」

両腕をついて覆い被さるカヲル。その顔はさっと朱が差し切なく歪む。シンジは戸惑った。他の誰かに興味を持ってはいけないよ、と怒られてるみたい。こんなに感情を剥き出しにしたカヲルをシンジは初めて見た。

「余所見してないよ…」

唇の触れそうな密度で囁き合う。指先で白い頬を撫でてゆく。近すぎて瞳の奥の心が透けて見えてしまいそう。その余裕のない表情が嬉しくて、両手で包んで引き寄せる。二度目のキスは一度目よりも背伸びをした。互いをゆっくりと知ってゆく長い睦言のようだった。


どんなに時を止めたくても、やがて陽は沈み、夕暮れの寂しさを隠すようにふたりは明るく振る舞った。夕飯はあのゴーヤを拝借してチャンプルを作った。カヲルから緑のカーテンの話を聞いて、シンジは調理法を教えてあげたかったのだ。料理をするふたりの肩はずっと触れ合い、なんでもないことでも愉快そうに笑顔を向ける。夜の帳の下ではもう、鈴虫が鳴き始めていた。



ひと夏の想い出


閑散とした駐車場に水を張ったバケツを運ぶ、ふたつの影。砂利の真ん中に食堂から貰ってきた空き缶を置く。蝋燭に火をつけ蝋を垂らして立て掛ける。小刻みに震える炎に花びら紙を千切った先端を当てる。けれど、

「風で消えちゃうね。」

微風でもすぐに火が消えてしまう。その度にしんみりとした間が生まれる。

「僕が風よけになるから点けてごらんよ。」

「危ないよ。」

「大丈夫だから。」

風上にしゃがんで両手で火を明かりを守っているカヲル。揺らめく橙に照らされて、美しい彼の顔が幻想的に浮かび上がった。シンジは今、かけがえのない瞬間に立ち会っている、そう思った。時の音を聞いた気がした。

「ほら、カヲル君も。」

シンジの花火が火花を散らす。カヲルを呼んでその先端から火を分けたら、彼の手からも音を立てて明るい火花が吹き出した。違う種類の花火を、綺麗、と囁き合って、灯火が途切れないようにその熱を移してゆく。はしゃいだシンジがその火で宙に線を描き、カヲルは離れてゆくシンジを追いかけた。

染め上げる愛しさは何でもないところに転がっていたりする。シンジが振り返ると、淡い煙の中で紅紫に照らされたカヲルがシンジを見つめていた。ほんのりと涙目で、何かを語りかけてくるようだった。息を呑んだ。カヲルも金糸雀に彩られたシンジを見て、そう思った。そうして時が止まってゆく。ふたりはその火が消えてしまっても、暗闇の中でずっと見つめ合っていた。


湯気にもくもく湿気った室内。シンジはひとりで逆上せている。顎がつくまで深く浴槽に浸かってもう随分経つ。まるでかくれんぼをしている子どものようにずっとそこを動かない。

寮生活をしたことのない者なら入浴が共同の大浴場の可能性なんて知りもしない。シンジが脱ぐのを躊躇っているとカヲルは気を利かせて彼を見ないように先に浴室へと進んでくれた。同性でも恋人同士。昼間は舌を重ねてキスまでしたのだ。意識するのは当然だし、体だって変になりそうになる。

意を決して浴室に入るとしっぽり濡れたカヲルの銀髪が見えた。振り返らない。だからシンジはさっと体を洗ってカヲルの横へと滑り込んだ。局所を見られないように気を遣って、膝を抱える。カヲルのも見ないようにした。それが暗黙の了解だと思っていた。

けれど、湯に慣れてきたシンジが話し掛けようと横目でカヲルを覗いたら、もう既にカヲルはシンジを見ていた。逆上せたのか目元まで真っ赤になってシンジをぼんやり見つめるカヲル。白い手が水中に浮く。シンジは触られると思って身を硬くした。

すると、ごめん。カヲルは急に我に返ってそう言って立ち上がり、浴室を後にした。とり残されたシンジはポツンと座ったまま、ごめんって何、と頭を抱える。考えれば考えるほど考えられずに、ただひたすら恥ずかしくって体を縮こめていた。そしてさっき、最後に線香花火をした時のことを思い出す。

身を寄せ合ってふたつの丸い火の玉を見つめていた。もう終わってしまうんだと、寂しさにふたりして言葉を忘れて。花火は終わらせないと抵抗するよう、しぶとく猩々緋をまるまると咲かせていた。でも、カヲルの大きくだまになったそれが音もなく落ちてしまう。シンジは、あ、と呟いた。そしてカヲルは、

「君をもう、帰したくない…」

と呟いた。さりげなく、けれど、とても内に秘めた声だった。それが耳に残って離れなくて、シンジはひとり湯に浸かり、痛いくらい切なくなるのだった。


着替えて部屋に帰ってくると、カヲルは寝る準備を整えてくれていた。もちろん客用の布団なんてない。枕もひとつ。でもそれは覚悟していたからいい。シンジをひどく緊張させるのは、思い詰めて顔も上げないでベッドに腰掛けているカヲルのその姿だった。シンジは、どうしよう、と思った。急に心臓が暴れだす。そうして立ち尽くしていると、カヲルが重い口を開いた。

「シンジ君の裸が見たい。」

それは突拍子もない言葉だった。

「…え?」

高校に受かるまでキスだけにしようと言っていたのはカヲルだった。勉強に専念してほしい、君の邪魔をしたくない、と頑なに言っていたのはカヲル、なのに。

「ずっと想像してるんだ。いけないとわかっていても、そればかり考えてしまう。」

カヲルはひとつ年上の高校生。体はもうほとんど大人。中学の頃よりもずっと背も伸びていた。昼間、一ヶ月ぶりにカヲルの半袖から覗く筋肉質な腕を見た時、体の輪郭が随分男らしくなったとシンジも感じていた。そして思い出す、浴室でのあの潤んだ瞳。そこでやっと、カヲルがずっと我慢してくれていることにシンジは気づいた。

「触らない。ただ、確かめたいんだ。君の体を…」

そわそわと落ち着きを失くして俯くカヲル。シンジの周りにも随分、初体験を済ませたクラスメイトが増えていた。カヲルの周りなら、もっとそれが顕著なはず。それなのに。カヲルは自分に会わないと言った時、どういう気持ちだったんだろう、とシンジは思った。

「ひと夏の想い出がほしい。」

静謐の部屋に響く、懇願の声。カヲルは最初はそんな気はなかった。微塵もなかったかと聞かれたら嘘になるが、ちゃんと自分を抑えられる自信があった。でも離れていた一ヶ月の間で、シンジはとても成長していた。自分の知らない場所でどんどんシンジは大人になる。それを目の当たりにして、焦りが彼を急き立てた。何より、その魅力に抗えなかった。

「ごめん…もう言わないから。忘れておくれ。」

黙っているシンジを見上げて怖くなったのだろう。泣きそうな顔で無理に笑って、そんなことを言うカヲル。足踏みをしていただけなのに。シンジはすごく申し訳ない気持ちになった。

「君がそばにいるだけで僕は満たされるんだ。」

そして、まるで自分に言い聞かせるように一生懸命、想いを伝えてくれるカヲルを、シンジは心から好きだと思えた。

シンジが手を伸ばし電気が消える。カヲルは彼の表情を知り、打ちのめされた顔をする。月明かりと遠くの街灯がシンジを艶かしく照らす。立ったまま、Tシャツの袖を捲り、ゆっくりと持ち上げる。はらり、それが床に落ちて、ひと呼吸、ズボンがするすると彼の脚を滑って脱げた。踝まで下ろして外せば、下着一枚しか身につけていないシンジが、恥ずかしそうに両手を前で組んで、カヲルを心細そうに見つめていた。

カヲルもシンジを倣って床に服を散らす。石英のような素肌が露になる。その彫刻のような体にシンジは生唾を嚥下した。とても美しく成長していた恋人。触れてみたい、と見つめていると、同じような瞳にかち合う。自分の目もあんなに欲に濡れているのかと、心臓がとくんと跳ねる。カヲルはシンジに手を伸ばせば触れられる距離にいた。でも触れなかった。だからシンジが彼の手を取って、ベッドまで誘ってゆく。

シーツの上に静かに寝そべるシンジ。ベッドの端に腰掛けて、カヲルは隅々までシンジを観察した。その赤い瞳に触れられているみたいで心音が早くなる。シンジは脚を擦り合わせて身をよじった。粟立つ腕を摩り上げる。後ろも見せて、と甘く囁かれてゆっくりとうつ伏せになる。シーツに頬をつけて目の端でカヲルを見ていた。その顔はまるで肌を舐めているみたい、とシンジは淫らな気持ちになった。

それからカヲルは遠慮がちにその不可侵の領域へと侵入した。シングル幅のベッドで並んで横になる。肌が触れ合う。シンジはそれ以上触ってこないカヲルが焦れったくて、キスをせがむ。カヲルは慌てて間を取った。昼間と逆の状況が面白くてシンジは微笑む。その笑顔に抵抗できず、理性は瓦解。カヲルはもう夢中でシンジに口づけた。導かれるまま彼に覆い被さって、抱き締める。肌と肌が擦れて灼けるように熱い。汗ばんで敏感になる。

「もう、駄目だ。いけないよ…」

カヲルは舌を抜いて両脇に手をついて体を浮かせた。ふたりの隙間に、下着を突き上げて硬くなってしまったカヲルの下半身が見えた。カヲルは困った顔をしてそこを抑える。そう。ふたりには約束がある。けれど、

「この夏、カヲル君も頑張ってくれたから。」

シンジはそう言って微笑んで、おもむろに窮屈そうなその下着をずらした。そして中からもう濡れている大人のものを取り出して、ゆるゆると手に包んで上下させた。カヲルは張り詰めた吐息を漏らす。そして彼が腰を痙攣させて欲望を弾かせるまで、その行為をやめなかった。

精液の飛沫を肌に浴びて、熱いと感じた。立ち籠める生臭い体液のそれ。でも嫌悪感はなかった。初めて嗅ぐ好きな人の青春の香りは、ただただとても幸せだった。

「シンジ君、好きだよ。」

「僕も。」

気怠そうに、でも満たされた顔をして自分を抱き寄せるカヲルに、シンジは忘れられない想い出が出来たと感じた。ありがとう、とその額にキスを落とす。きっとこの夏に毎日遊んだとしても数年後にはみんな忘れてしまう。でも今日は絶対に忘れない。いつまで経っても、忘れられない。



5分どころか1時間も想い出に浸っていた。窓の外には夕暮れの気配。僕は慌てて起き上がって、付箋で区切った今日のノルマを確認する。まだ何ページも残っていた。

「カヲル君のせいで全然集中できないよ!」

そしてまた、ベッドへぱたり。熱い溜め息を吐いて、指をくわえて甘噛みする。

「やっぱりしてあげなければよかった…」

思い出すのはそればかり。ちょっとエッチな気分になっても、好きな人はもう置いてきてしまった。遠くの街に。

――遠くの街。君のいる場所。

そこを胸に描いてまた僕は起き上がる。携帯には君からの励ましの言葉。よし、とひと言。また教科書をノートに向き合って僕は真剣な顔をする。シャープペンシルをカチカチ鳴らす。

大切な夢のため、教科書のインクの匂いとノートをめくる音に僕の青春は奪われる。でも僕には忘れられないひと夏の想い出がある。

「…だから、頑張る。」


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