どうして童話の中ではお決まりのハッピーエンドが待っているんだろう。

例えば、カエルの王様。お姫様の落とした鞠を拾ってきたカエル。そのカエルと友達になる約束をしたのにお姫様が逃げて、カエルは追いかけて、一緒に夕食を食べて、それで寝室に入ってきたカエルをお姫様は壁に叩き付ける。そしたら何故かカエルの魔法が解けて立派な王様になって、本当に何故かわからないけれどふたりは結婚する。幸福な結婚を。ねえでも、自分を壁に叩き付けた相手と結婚したいかな?

それなら王様の忠実な家来・ハインリヒの方がずっといい。主人がカエルにされた時、悲しみのあまり胸が張り裂けないように鉄の帯を胸に三本巻いちゃうくらい想ってくれてる人の方が。なのに王様が選ぶのはお姫様。わけわかんない。

そう僕がブツブツ言っていたらカエルと一文字違いの僕の彼氏はこう言った。

「日本ではカエルにお姫様がキスをすると魔法が解けるヴァージョンもあるんだよ。」



サマーラッシュに泣かないで
オプティミズムに染まるよ 続篇



寝覚めたばかりの僕はそんな昼間のことを思い出していた。今はもう夜。夕食の時間はとっくに終わってる。せっかく夏野菜カレーを作ったのにそれからちょっとふて寝していたら、僕抜きできっとミサトさんもアスカも先に食べちゃったんだ。薄情な同居人たち。落ち込んでる僕を気遣って起こしてくれなかったんだな、と思うことにしよう。そして僕はまた枕に顔を押しつけた。涙に湿った枕カバー。その理由は、僕がそのカエルのお姫様になってしまったからだった。

今日のカヲル君は変だった。元々変だけど、そういう意味じゃないんだ。だって僕はちょっとやそっとのことじゃもう驚かない。
最近だと、いきなり通学路の真ん中で王子様のように跪いて真っ赤な薔薇の花束を掲げた彼氏が「君と結ばれたい!」と僕の目前でポンッとその情熱のつぼみを花咲かせても、僕はやり過ごした。
夜に「外に出てごらん」って彼氏からラブメールが来て(この時、僕はオーロラのリボン結びも天の川でI LOVE YOUのデコ文字も覚悟した)ベランダに出てみたら、第三新東京市のビル群の無数の窓が電光掲示板の如く「君とつながりを感じたい」と点滅してスライドしていても、僕はやり過ごした。気絶せずに踏ん張った。だって僕は使徒の彼氏。こんなことは彼の常套句のようなものだもの。僕はメルヘンの耐性はバッチリなんだ。

なのに、今日は違った。

カヲル君は僕を部屋に招待した。そしていつもみたいに頬っぺたを指で突ついてココ♥と合図して相手がキスする拍子に向かい合ってチュッとしちゃう遊びを交互にしていた。僕たちはスイッチが入るとどこまでも甘々で、僕はたまに思わせぶりな声で彼氏の名を呼んだりする。でも今日はちょっと意地悪して、さっきの話題を引っ張って「カエルくん」なんて耳許で囁いた。僕の中で最大級のエッチな声で。

そうしたらカヲル君はちょっぴり切ない顔をして、それを不思議に思っていると、ギュッと息もできないくらい僕をきつく抱き締めた。でもいつものじゃれ合いだと思って僕はされるがまま、カヲル君が僕の口に吸いついてもされるがまま。らしくなくって荒っぽい、深くて激しい、奪うようなキスだった。それもいいかなと思って僕もなんとなく応えていた。気持ちよすぎて頭がぼーっとする。脇腹を触られて僕が感じてピクンと腰をくねらせるとカヲル君の興奮した吐息が意識の遠くで聞こえた気がした。そこで僕はあの人魚姫の夢みたいな夜を想う。綺麗だった。水中のキス、蛍光インクの青い宇宙、そして…“プランB”。空飛ぶ使徒の声が頭で響いて、あ、となる。気がつくと僕は彼氏の下敷きになっていた。

「ん…カヲルくん?」

急に童話の世界から現実に引き戻されて、ヒュッと胸に風が吹く。覆い被さる体を押し戻そうとしたら逆に押さえつけられた。その手は熱く湿ってる。見上げると火照った浅い呼吸の使徒が、まるでヒトのように生々しく発情した顔をしていた。知らない人みたいだった。そして余裕ない手つきで履いているズボンを勢い良く下ろす。中から飛び出してきたものは…

焼き付いた記憶は僕の全身の毛穴から侵入して僕を犯すようだった。僕は生まれて初めて完全に勃起して屹立した大人のペニスを見た。もしも彼のが普通の大人のそれだったならの話だけど。カヲル君のソレはすごく大きくてたくましくてカッコよかった…怖いくらいだったんだ。僕はそれを見た途端、体の奥から男らしい力がみなぎって、つい全力で思いきりそれを跳ね飛ばした。僕の彼氏は壁まで吹っ飛んだんだ。パンツを下ろしたまま。

『今までのは演技だったの!?』

僕は頭で考えるよりも先にキレていた。そして次の瞬間、世にもおぞましい言葉を吐く。

『使徒なら使徒らしくしてよッ!!』

「最低だ、俺って…」

静まり返った部屋で響くと、ん?なんか自分の声じゃないみたい。(虚勢を張り過ぎだ。)「僕って…」と小さく言い直してみる。

「碇シンジのわからずや…」

僕は自分に人生で一番腹を立てている。怒りが悲しみに変わってゆく。別に恋人なんだから、興奮して勃起して、ちょっと先走ったって何の問題もないじゃないか。なのに僕は誘っておいて壁に叩き付けた。あのカエルにひどいことをしたお姫様と変わらない。

ーだってカヲル君は絶対いきなりそんなことしないって思ってたんだ…

謎の安心感。それを信じて疑わなかった。

ーあんなに王子様みたいに振る舞ってたのにいきなりヒトみたいに…野獣みたいに…

でも僕は、言ってはいけないことを言ってしまった。

ーカヲル君、もう僕のこと、嫌いになっちゃったかな…?

そう思うと哀しくて苦しくて、じわりと涙で視界が滲む。それでも言い訳をするなら、僕は怯えたんだ。まるで僕のかわいい使徒じゃないみたいで、普通の高校生が普通にセックスするみたいで、僕は違う誰かに押し倒された気分だった。違和感がナイフみたいに僕を突き立てたんだ。

ー仲直りで流星群の花火を降らせるピーターパンの君が、デートで宇宙の海に連れて行ってくれる王子様の君が、そんな風に初めてをするの…?

僕は妙な期待をしていた。もしかしたら雲の上で、もしかしたら前人未到の秘境で、僕らは結ばれる、なんて壮大な妄想をしていた。それは全部彼氏のせい。カヲル君が僕にメルヘン病をうつしたんだ。それなのに、いきなり、何も言わずに、君はパンツを下ろした。

僕は枕の下からあのヒトデを取り出した。月の光でキラキラ輝いている。きっとカヲル君は雲の上で「君に星をあげよう」なんて言ってそれをくれたんだと思う。僕が寝ちゃわなかったなら。そうしたら、僕らはきっと雲のベッドの上で満天の星々に囲まれて、初体験をしたんだろう。僕はそんな夢が見たくていつもこのヒトデを枕の下に忍ばせている。それなのに。

ーやっぱりカヲル君、ひどいや…

恥ずかしくて普段はツンツンしちゃうけど、僕は、カエルの王様は壁に投げつけるヴァージョンよりもやさしいキスの方が好き。隠れロマンティストなんだ。

カヲル君はそんなこともわからないの?


ーーーーー…


僕は何もかもうまくいかない現実に押し潰されそうだ。

ーシンジ君…あぁ、シンジ君…

頭の中はシンジ君でいっぱいだ。あまりに辛くて考えないようにしても、どうしても彼で体中がいっぱいになる。するとたちまち僕はまた、勃起した。

リリンが性交するのは子孫繁栄のためだけではない。気持ちよくなるため、互いの心を確かめ合うため、精神を通じ合おうとする、魂を同化しようとする。決してひとつにはなれないのに、まるでそうなれるかのように。

単一生物である使徒の僕にそんな衝動を教えてくれたのはシンジ君だ。僕はこんな気持ちがあるなんて知らなかった。そしてもう、完全に参ってしまったんだ。

シンジ君が好きで好きでたまらない。ひとつになりたい。身も心も分かち合って、僕らだけの世界にいたい。けれど僕は失敗した。最初の失敗は、あの海のデートの帰り道だった。

星の大好きなシンジ君に星をあげたかった。いつでも彼の手に届く星をと、ヒトデを星に見立ててプレゼントしたかった。僕は雲の上で跪き、最愛の恋人へ告げる。「君に星をあげよう」と。そうしたらきっとシンジ君はそれを受け取ってくれて、もしかしたら感極まって僕らは自然とプランBへ移行できたかもしれない。空の上でふたりきり、契りを交わす。そんな美しい世界を君にも見せてあげたかった。

なのに僕は、肝心な時にA.T.フィールドでの夜間飛行をゆりかごモードにしてしまった。そこはスリル満点のアトラクションモードにして、アドレナリンを上昇させる手筈だったろう!僕は何度もそう自分を責めた。

そうして追い詰められた僕は立て続けにシンジ君に求愛した。まずはリリンのプロポーズを見習って大きな花束を捧げて愛の告白をする。するとシンジ君は「ありがとう…」と呟いてから「ここ、通学路だよ?」と言った。僕だってそれは知っている。同じ学校の生徒だからね。だから僕はこう推察した。繊細なシンジ君はやんわりと返事を先送りにしたのだろう。僕が傷つかないために。こんなに愛し合っているのに。

僕は瀕死のプライドで更に長考した。そして結婚の催促と勘違いされたのかもしれないと反省した。使徒の僕にだって高校を卒業する前に結婚の申し込みは重荷かなとは察していた。(逸る気持ちは自重している。)だから僕はもう一度チャレンジした。もっとストレートに伝えれば想いが通じるかもしれない、と。そして今度は、愛のビルディング・イルミネーションの中、ベランダにいるシンジ君へと駆け寄ると、

『もう、カヲル君!要塞都市を乗っ取る必要ないでしょ!』

激おこだ。出だしがまずい。僕は気絶寸前だった。

『けれどシンジ君…君へのこの溢れそうな想いを伝えたくて、』

気を振り絞って空中で片膝をつく。

『あぁ、もう、この気持ちを抑えられないーー』

『そこは抑えてよ!』

『…え?』

『メールするなら普通にしてよ。恥ずかしいじゃないか!』

『は、恥ずかしい…?』

僕はその時やっと悟ったのだ。シンジ君はそのやさしい心で無理に使徒である僕と付き合ってくれているけれど、本心では普通の恋人が欲しかったんだろう。今までの僕の感じていた現実は自分よがりの幻想だったのだ。そう思うとやりきれなくて、僕は泣く泣く撤退した。そして絶望の夜を明かし、悩んだ末に僕は、これからはリリンらしく振る舞おうと決心した。よく教室でクラスメイトが自慢し合っている“そういうムードになってヤッた”武勇伝を模倣することにしたのだ。

確かに後ろめたさはあった。リリンを模倣しても僕はリリンではない。使徒だ。それどころか、僕は今まさに、性交の代償として彼からリリンらしさを奪おうとしている。あぁ!けれど、シンジ君ならきっと事後承諾でも許してくれる。迷走した僕は自分に言い聞かせる。交われば、ふたり交わりさえすれば…あぁ!後はどうなったって僕とシンジ君は永遠に離れられないんだ!その時の僕は野獣そのものだった。そして命運尽きた僕は、カエルの如く壁に叩き付けられてしまう。露になった局所への恐怖を感じながら、プライドは粉々に砕け散った。でも目の前のシンジ君は…本当に怯えていたのだ。

ーシンジ君を怖がらせてしまった…

君は怒りながら、泣いていた。僕はもう何が何だかわからない。世界の全てがわからない。君の言葉を反芻すると僕のコアはひび割れて青い血を流してゆく。

ー使徒らしく…君がそうすることを嫌がっていたのに、何故…?

いくら泣き叫んでも君の心はわからない。僕は使徒だから、きっと他のリリンよりもわかってあげられない。それが本当に悔しくて悔しくて、このままだと形状崩壊してしまいそうだ。

けれどね、シンジ君。

君もまだわかっていないようだ。

何があっても、たとえどんなに拒まれようとも、君を諦められない僕を。

僕は普通のリリンの男ではないんだよ。


ーーーーー…


結局、自分の作ったカレーも食べる気になれず、僕はシャワーを浴びてまたベッドに横になった。そうしてすべて洗い流したつもりだった。なのにどうしても、カヲル君のあの立派な昂りが脳裏から離れない。体がドクドクしてしまう、中に熱がこもってしまう。もう我慢できない、そう思ってオナニーをしたくても恋人をカエルのように扱った罪悪感が半端なくて、パンツまで手を伸ばせなかった。うつ伏せで耐えて、耐えきれずに悶々としたまま、僕は逆上せた体を夜風に晒そうとベランダに出た。

こうして星空を見上げているとを僕の使徒が隠れているんじゃないかと思ってしまう。あの時、僕は本当に2センチ浮いていたのだろうか。この空を超えていったデートの時も、やっぱり君は僕とエッチなことをしたかったんじゃ…そこで僕の頭の面積いっぱいにあの、勃起のイメージ。すごい。カッコイイ。お尻の奥がキュンとなる。僕はカマトトぶってすごくエッチじゃないか、バカ。

溜め息を吐いてまた部屋に戻ると、携帯が光った。メールだ。慌てて僕は携帯を見る。大好きな名前。『起きてるかい?』やさしい文面にじわっと汗ばむ。『起きてるよ』指が震えて打ち間違えばかり。『今から行っていいかな?』『うん』『よかった』「やあ、シンジ君。」

僕は背後から聞こえる声に絶叫した。腰が抜けかけて尻餅をついたまま振り返ると使徒がクローゼットから参上した。

「やあ、じゃないよ!!いつからいたの!?」

「5分前から。」

「か、カヲル君のエッチ!」

5分前ってどれくらい?僕は心底オナニーしなくてよかったと思った。

「シャワー上がりの君は確かに魅力的だけど、誓ってシャワーは覗いていないよ。」

おどけてウインクして、そっと僕を起こしてくれるカヲル君。僕はチラッとその股間を横目で確認した。真実を知ってから見てみると、やっぱりすごいものが隠されているオーラがある。

「驚かせてしまったかな?」

どっちの意味でか一瞬悩んだ。

「と、当然じゃない…」

でも抱き締められて自意識過剰な僕は急にへなへな萎れて弱々しい声を出す。こんな悪戯、いつもなら地団駄踏んで怒るところなんだけど、もう何年も会ってない気分で胸がドキドキして、言い返せない。僕はカヲル君に頬を擦りつけ抱き締め返した。

「昼間のお詫びがしたいんだ。魔法の時間が終わるまで、僕に付き合ってくれないかい?」

「…うん、いいよ。」

『シンちゃん、何か叫ばなかったー?』

「何でもないです!おやすみなさい!」

ご飯の時に起こしてくれない同居人の許可なんて、気にしない。

「君と出掛けたい。」

「どこへ?」

まさか、エッチな場所へ?

「君に本物の星をプレゼントしたいんだ。」

その時、ぐらんと目眩がした。でもそれは僕じゃない。世界が、ぼんやりと揺らめいたのだった。



さっきまでは自分の部屋にいた。なのに一瞬で、僕は使徒とふたりで、無限の暗闇にいる。

宇宙から地球を見下ろす感覚ってどんな感じだろう?と天文学の本を読みながら考えたことがある。でも実際に体験すると、どんな感じだろう?なんて呑気なものじゃない。果てしない無に浮かんだらジェットコースターなんて妖精だ。すごい圧迫感。ミジンコになったみたい。恐怖で細胞が痛くなる。

「わああ…」

腰の抜けた僕をカヲル君が大事そうに抱き寄せてくれた。

「怖いかい?」

「うん、怖いよぉ…」

情けない声でしがみつく。薄い夏の衣服じゃ互いにドクンドクンと脈打つのが筒抜けだ。カヲル君が興奮してきて僕と距離を取ろうとしても僕はめちゃくちゃに両手両足で木登りみたいに掴まるから、変に刺激されてふたりとも勃っちゃって、一緒に息が荒くなる。

「こ、こんなに君が怖がるとは…思わなくて、あは、」

抱きついていて顔が見えないけれど、嬉しそうに困った顔でぎこちなく微笑んでいる姿が想像できた。

「ごめんね…あッ、」

明るい星の塵がすぐ側を横切った。僕が慌てて妙な響きの声を漏らすと、隣で喉の鳴る音が聞こえた。カヲル君の下が硬く膨らんでゆく。僕はこんなことにまでカヲル君は感じてしまうんだと思うと、彼と同じくらい興奮した。

「ぼ…僕は使徒だから、こうしてA.T.フィールドを使ってエンタングルメントを抽出して時空を分断させられるんだ。そしてフィールド内要素をブレーンで独立させて余剰次元を新たに構築し…つまり、僕らは今タイムスリップしているんだ。」

自分からフランクに説明してくれた。

「タイムスリップ?」

「そう…ここは40億年後の同じ座標だよ。あの赤く大きな星は太陽が赤色巨星になった姿さ。そして金星にそっくりなあの星が地球。水星はもう太陽に飲み込まれてしまった。星々の配置が見慣れないだろう?今、アンドロメダ銀河と天の川銀河が衝突、合体してひとつになったんだ。銀河の星々はほとんどぶつからずにこうして絡み合い、10億年もの間、5千億個の星々がこうしてダンスをしているのさ。」

長い前置きを早口で喋った後、使徒が恒例の指パチンをする。途端にリモコンのボタンを押したみたいに急に空間が早送りになる。遠くにあった銀河模様が動き出す。

僕らは時空を歩いていた。まるで360度、銀河の宝石箱を掻き混ぜているようだった。ふたつの銀河が手を取り合ってワルツを踊っている。ありとあらゆるものが優雅に流れて、輝きと色彩は廻って巡っている。痺れるくらい綺麗だった。時々すごい迫力で微惑星が僕らの側を通過する。たまに僕らを突き抜ける。その度に僕が、あッと叫んで夢中でしがみつくと使徒はいつの間にか発熱して汗をかいていた。白い手は僕のお尻をためらいがちに触っている。いつも涼しそうな低体温の恋人が汗を流すのを僕は初めて見た。首筋を指先で拭ってあげると震えてしまう。そこでカヲル君は降参するように項垂れた。

「あぁ、ごめんよ、隠しきれない…君と触れ合えると、頼りにしてもらえると、僕は嬉しくてすごく興奮してしまうんだ。どんなに押さえ込もうとしても自分の意志に反して…勃起してしまう。すぐに最大に膨れてペニスが射精しそうになる。僕はS2機関を持っているから精嚢がすぐに満タンになってしまって自慰しても精力が衰えないんだ…だからずっとエッチな気分で…君としたくなる。」

そんな事細かに正直な説明をしなくても。僕の体温が一気に上がる。でも君は恥ずかしそうな横顔。悔しそうな声だった。きっと君のことだから、この綺麗な星々のダンスに囲まれながらふたりで舞踏会をしたかったんだ。手を繋いでくるくる回ってガラスの靴を履いたシンデレラと王子様みたいに。なのに今、浅い呼吸で性の衝動と闘っている。

「僕も同じだよ…」

僕はしがみつくのをやめた。僕だって男だもの。彼氏がピンチの時に守られてばかりじゃダメだ。目の前の弱りきった赤い瞳を見つめて白い手を僕の体に這わせてゆく。そして下の膨らみにそれを添えた。

「カヲル君が好きだから。」

同じように見つめて、同じように触れて、同じように感じる。何も言わなくても、心まで同じ。僕らはそれだけで理解し合い、シンクロして唇を重ねた。合わさった吐息に酔う。やり場のない鼓動に身悶えて僕らはゆっくり宇宙の片隅で旋回した。無重力の中で踊っている。体を離して僕がするりとターンすると、君は切なそうな顔ですぐに追いかけてきて、僕の腰を抱く。脇腹がくすぐったくて身を縮めて僕がクスクス笑っていると、引き寄せられて、重力がない体がクルンと傾いてしまう。そんな僕を抱き留める熱い君の腕。零れそうに潤んだその瞳は僕だけを見つめている。

「僕は君の引力に惹かれて廻っているんだね…」

そんなこと言われてしまうと、胸が苦しい。僕はきっと何か言わないとその赤に吸い込まれてしまう。

「どんなものでもこうして終わってしまうの?」

「事象の地平線の外はわからない。けれど僕が傍観してきた宇宙ではそうだった。」

地球も、天の川銀河も、やがて滅んでしまうんだ。宇宙でさえも。想像もしなかった。

「傍観してきたの?」

「使徒は時を持たない生命体だからね。文明のない世界ではただ傍観をするしかない。ずっと、ずっと。」

僕が死んじゃってもずっとカヲル君は生き続けるのかな…そう思うと胸が張り裂けそうだった。でも、そんなこと、聞けるはずもない。僕は無理に笑ってみせた。

「みんな変わってしまうんだね…」

「変わらないものもあるよ。」

カヲル君は僕に微笑みかけた。

「僕たちさ。君が僕へ契りを交わしてくれたなら、僕たちは永遠に孤独ではない。」

カヲル君は宙に浮いていてもまるでガラスの地面があるように僕の前で跪いた。もう何度もこうさせている。あぁそうか。僕は思った。あの時も、あの時も、こういう告白だったのか。熱烈な愛の言葉ばかり毎日伝えてくれるから、いざという時にわからなかった。いきなり皮を破って野獣になったと思っていたけど、僕はきっと彼を不安にさせるトンチンカンな反応をしてしまったんだ。

「時を超えて、君に誓うよ。」

手を取り合って、見つめ合って、カヲル君と僕は世界にふたりだけだった。

「真実の愛を。その愛で、誰にも見られない世界を君に見せてあげる。僕は、君と違う種族だけれど、リリンではないけれど、君を幸せにする。永遠に。」

使徒は僕の手に熱烈なキスを落とす。小さく銀の眉が歪んだ。

「でも君は、そんな大きな代償を払っても僕といたいと本当に思ってくれるのだろうか…それが君にとっての幸せかどうか、僕にはわからない…君にそんな運命を背負わせる資格があるのかさえ…」

「カヲル君の言うことはいつも難しいや。」

チラチラ揺れる瞳の中に、僕がいる。

「でもね、これなら僕にもわかるよ。」

僕はカヲル君の手を引っ張った。重力のない体を僕に寄せて、密着させる。抱き締めて、全身で、好きと伝える。

「昼間はごめんね。ひどいこと言っちゃった。でも僕、わかったんだ。僕はそのままのカヲル君が好き。やさしくて、夢見がちで、使徒の君が。」

するともう限界のカヲル君は小さく震えた。強張りが弾けそう。小さく食い込む指先。息を止めて、それから大きく息を吐いて、悶えていた。

「シンジ君…」

「ありのままの君と一緒にいたいんだ。」

「いいのかい?」そう聞こうとしたその瞳をキスで塞ぐ。そして腕の中に閉じ込めて、僕の使徒にこう告げた。

「いつかみんな終わっちゃう、でもこの瞬間は今だけだよ。」

「Nunc est bibendum, nunc pede libero pulsanda tellus…」

「何?」

唇が、言わせないでおくれ、と声もなく呟く。懇願の瞳から一筋の帚星。だから僕も唇だけで伝える。今を永遠にしてよ、と。

泣きたくなる程明るく美しい世界でようやく僕らは我慢するのをやめた。誰も見ていない。宇宙にふたりきり。だらしなくズボンを膝までおろして体を弄り合う。もう何が起こっても、どうなってもいい。カヲル君が僕の乳首をちゅぱちゅぱ舐める。余裕のない使徒とヒトの初体験を神様に笑われてしまうかもしれない。カヲル君の指先は僕を隅々まで確かめていた。そしてついに、辿り着く。あぁこんなところを誰かに触れられるなんて。背骨をゾゾッと駆け上がる恍惚。カヲル君が僕の中に入ろうともがく。無重力の海の中、ふたりで深海魚みたいな動きになる。絶対に入らないと思ったのに。僕は嬉しくて喘ぐ声が止められない。ふにゃふにゃとろけそうで、僕の声じゃないみたい。そしてまた「カヲルくん」と耳許で囁いた。僕の中で最大級のエッチな声で。

その時だった。世界が広い光に包まれて目眩がしたのは。



気がついたらふたりは僕の部屋にいた。フローリングの床の上、見慣れた天井を見上げている。

「んあぁ…!」

急に重力が僕にのしかかって、僕の中の使徒がドクンと存在感を増した。はち切れそうな質量が重みを連れて僕を攻め立てる。その凄まじい快感に声が抑えきれず、僕は思わず目の前の白い肩に噛み付いた。

「ご、ごめん…んッはぁ、君とひとつになるのが気持ちよすぎてA.T.フィールドのコントロールが…ん、」

いつも肝心な時に。謝りながらも使徒は僕にグッと腰を深く沈めた。みっちりと埋まっている強張りが、ピストン運動を始める。ねっとりと僕の中を掻き混ぜる。魔法の時間5分前に不時着の我が家。僕はさっきの叫び声で隣のアスカが壁に耳を当てて僕らの音を聞いて入るんじゃないか、察しのいいミサトさんがいきなり部屋に入ってくるんじゃないか、そう全神経で気にしていた。焦った僕は粟立つ素肌で恋人にすがりつく。神経が立って余計に体の感度が上がる。ある箇所を擦られると僕の体は淫らに反り返り引き攣ってしまう。快感が溢れそう。肌と肌がぶつかり合うパンパンという卑猥な破擦音がどんどん強く小刻みに、同居人に見つかりそうなくらい部屋中に響いても、僕は必死で叫ばないようにすることしかできない。止められない。

「ふゅ〜〜〜〜〜…ん、ん、ん、んぁ、あッ、ああッ!!」

そしてリズミカルな泣き声を歯と肩の隙間から漏らしながら、強烈なひと突きに爪先を突っぱねる。使徒と僕が絶頂に痙攣するのにそう時間は掛からなかった。

童話の中の端折られた部分。カエルだってお姫様だって、こんな瞬間があったなら、大半のことはどうでもよくなっちゃうかも。恋って理屈じゃない。僕はそんなしょうもないことをふと頭の端で思っていた。

「ありがとう…」

熱い潮が引いてゆく。夏の夜風とふたりの体液の湿った匂いが混ざった部屋。窓辺では閉め忘れたカーテンが揺れている。その月明かりに照らされた床の上では繋がったまま、カヲル君が肩で息をしながら僕の指ひとつひとつにとても愛おしそうにキスをしていた。

「僕の魔法は解けた…」

君がいるからもう永遠に孤独ではない、そう囁いてとても静かに泣いていた。だから僕はそんなかわいい使徒に祝福のキスを贈る。僕はお姫様ではないけれど、君にきっとハッピーエンドをあげられる。

だから僕を、魔法の時間が過ぎてもずっと、この素敵な童話の中にいさせてください。

「ところでシンジ君。」

「…ん?」

「使徒と契りを交わした者は、使徒の体液を吸収して体内に取り込み、遺伝子配列を再構築、血液の赤血球をコアとしてS2機関を生成し、パターンが青になるんだ。」

「ちょっとよくわからないや…」

「君は僕と同じになったんだ。永遠の存在に。」

「…ロマンティックな表現でしょ?」

「ううん、事実。」

どうやら僕の迷い込んだ童話では、カエルとお姫様がキスをしたらお姫様がカエルになって、いつまでもふたりで幸せに暮らすらしい。

めでたしめでたし。


……なの?


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