薄明に晒された二匹の熱帯魚。泳ぎ疲れたふたつの身体は、夜の静謐と朝の予感との間でそっと、息をしている。一刻一刻、時の足音が遅くなり、やがては聞こえなくなる事を、淡く心で、祈りながら。

「ねえ、カヲル君。」

「なんだい、シンジ君。」

「赤と青とが…堕ち合ってる。」

滑らかなシーツを波打たせて、絡まっていた足を解く。重なっていた肌が外気に冷やされて、シンジは少し寂しく思った。気怠く沈んだベッドのスプリング。銀髪が耳を触れる。不思議そうに顔を覗かれて、向かい合わせになる。

「…どういう意味?」

囁きは掠れていた。それはまだ夜が深く、ふたりがひとつになれずに泣いていた頃の名残。生まれたままの姿で、とても幸福そうに、泣いていた。

「僕、この時間が好きなんだ。空の色がとても綺麗で。でもなんて表現すればいいのかわからなくて。そしたらふと、思ったんだ。赤と青とがー…」

「堕ち合う…確かに。空が青く染まって、朝が赤く焼けて、混ざっているね。そして、溶け合っている。」

シンジはとても甘やかされていると感じた。カヲルはシンジのどんなことだって、丁寧に掬い上げてくれるのだ。

「でも紫ではないでしょ?絵の具なら赤と青を混ぜたら紫になるのに。」

その熱っぽい問いかけに笑みがこぼれて、

「そうだね。紫の空ではない。」

カヲルはこぼれたそれをひとつ残らず伝えようと、シンジの頬を撫でてゆく。

「だからふと思ったんだ。カヲル君と僕みたいだなって。」

「君と僕?」

「僕たちどんなに好きでも、一緒に寝ていても、朝起きたらひとつになってる事なんてないじゃない。」

まるで寓話や比喩のよう、およそ現実的ではない。

「…ふたりだけど、ひとつじゃない。」

でも、その奥に潜む熱情は、確かに自分の中にもある。

「そう。ひとりとひとりがふたりになるけど、ひとつにはなれない。」

たまに願ってしまう。心も身体もひとつになりたい、と。けれど足して二で割る事すら、彼らには出来ない。

「それは幸せな事だけれど、もどかしくもあるね。」

これからもその差異がふたりを苦しめるのだろう。

「うん。だから、そんな色。なんだかもどかしい。でも、すごく綺麗で感動する。」

互いの事が、好き、だから。

「ねえ、朝焼けの君はこんなにセンチメンタルでおしゃべりなのかい?」

「カヲル君にだけしかこんな事言わないよ。」

「ふふ。じゃないと僕が困るよ。こんな早朝に君が他の誰かと過ごすなんて、考えただけで堪らない。」

「それもそうだけど、」

君が好きだから。心を曝け出せるんだよ。シンジは想う。こんな事君以外に言ったら絶対に笑われる。でも、君は笑わない。ちゃんと受け止めてくれる。君も僕の事が、好きだから。

「…ん?」

「ねえ、もしも選べたら、どうする?」

「選ぶ?」

「僕とひとつになるのと、ふたりになるの。ふたりはこのままだけど、ひとつになったらもう離れ離れにはなれないよ。」

どちらも望んでいる。そう言ったら君はむくれてしまうだろうか。カヲルは想う。そんな罪深いことを聞かれてしまうと、心を隠せなくなる。愛は時にすべてを奪う。けれど僕は君を傷つけたくはない。

「きっとふたりでひとつになろうともがくことが美しいのさ。」

「でもそれって、」

手と手を取り合い見つめ合う。色の違う瞳の中に、ふたりは互いを探している。それは決して答えのない永遠の回廊のよう。どんなに巡っても孤独の影は迫ってくる。溺れないよう必死で追いかけても、背中に届くことはない。

「…それって?」

でも、その背中が振り返り、君が笑ってくれたなら。ふたりは想う。それだけでかまわない、と。

「なんでもない。ねえ、二度寝する?それとも、」

「紫にならないふたりを楽しもうかな。」

世界の片隅で境界線を重ねて、心音を確かめ合うふたり。体温を分け合って曖昧な時の中を泳いでゆく。朝があと幾らか歩を進めれば、またふたりはひとりとひとりに戻ってしまう。その為の準備を、彼らはしている。



大事なことだけ言わないふたり


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