Z. 38万4,403kmの恋


(in RED/in BLUE)





ねえ 世界は 残酷だね

ーどうしてだい

だって みんな いつかは 消えてしまう

ー限りあるものは美しいよ

僕は 再会のない 別れは 嫌だ

ーまたいつか巡り合えるさ

全てを 忘れて しまう じゃないか

ー新しい自分になるだけだよ

僕は 僕として 君に 会いたい

ーなら世界を創り直せばいい





in RED




ーああ、そう云うことだったのか。

肢体を投げ打って適当に横になっていたら、いつの間にか寝てしまっていた。久々に長く眠れたからか、視界がはっきりと明るい。いや、そんなことよりもさっきまで居た夢の鮮烈な告白が身体中をどくどくと脈動させていた。

ーシンジ君…


「シンジ君…」

質素な作りのホテルの一室に彼の最愛の名前が響き渡る。彼はしばらく惚けて力無く横たわり、寝返りを何度か打ってから熱を持て余した様に急に立ち上がり、そそくさとシャワーを浴びに行った。

水圧と熱が彼の滑らかな肌を洗い流してゆく。俯いて頭から強いシャワーを浴びている彼は、意識の隅々までがまだあの夢の中で、ひとつひとつのシーンをじんわりと噛み締めていた。遠くで聞こえる熱湯の勢いが飛散する残響音。

少年の泣き姿。幼い子供の様に両手で抱えても溢れてしまう心を必死で言葉に乗せて、全身で叫んでいた。

目の前で銀色の前髪が水分を含みきれずにぽたぽたと雫を垂らしてゆく。

大粒の涙が綺麗な漆黒の瞳から溢れていた。少年の願いがその粒の中で碧く輝いていた。

ー君の願い…

ーそうだったんだ。君の願いが僕らを夢で繋いでいたんだ。僕をずっと混乱させて心を掴んで離さなかった夢たちは君の仕業だったんだね。

ふっと鼻から笑いが漏れた。心まで洗い流されて行く様に、彼の心は十数年ぶりに軽くなった。その後さっとシャワーを済ませて再びベッドに腰掛ける。彼には気づきたくないある可能性がさっきから頭を占拠していたのだ。

彼の欲望に濡れた夢とは少し毛色の違った夢があった。彼はその夢でも欲望に忠実に従っていたけれど、やけに生々しくて、その夢を見てから彼はしばらく何も手につかなかった。たまに今でもその夢のふたりを思い出しては熱を吐き出している。

ーあれは、つまり、僕らの体験、だったのかな…

ベッドの上のふかふかの枕に顔を埋めて悶絶した。余りに恥ずかしくて耳まで桜色にして小さく呻き声を漏らす。生々しい唇の感触を思い出して堪らず唇を噛み締めた。予想外の展開だ。斜め上どころじゃない。

ー僕はシンジ君の前では紳士でいたかった。彼に格好いいと思われたいし、いつだって僕にうっとりしていてほしい。だから慎重に事を進めていきたかったのに。

あんまりだ、彼は枕にうつ伏せながら呟いた。

ーあの時、久々に夢で会えたシンジ君に興奮していた。僕の昔の部屋で寝そべる君が懐かしくて愛おしくて…

彼は下心を抑えきれずに、窓際に少年を誘って跪いた。そして彼のありったけの力を振り絞り、告白と云う名の求愛をした。そして強引にベッドまで誘い、縋るようなキスをして、少年に受け入れてもらったら感極まって涙さえ流した。しかも、夢が続けば続く限り行ける処まで行くつもりだったから、彼は欲望を包み隠さなかった。身勝手なキスだったかもしれない。

ヒトとしての感情が芽生えてから、彼には浮世離れした耽美な行動が難しくなってきていた。動悸はするし緊張はするし、涙も出る。感情の色も深く多彩になった。全て対象が少年、碇シンジにのみ、と云うのは流石に彼のヒト非ざる者としての特殊性を際立たせてはいるが。

後悔してももう過ぎてしまった事なのに、彼は感情の波の中で、夢の中とは云え、少年の前で本性を剥き出しにしてしまった過去の自分を呪った。

ーシンジ君、僕に幻滅してしまったかな。

けれども、彼の顔はほんのりふやけていた。美しい紅い瞳を穏やかに細める。

ー君が全部思い出してくれたなんて…奇跡が起きたんだね。願いは世界に留まったんだ。

彼は満たされていた。少年が自分を全く忘れてしまう孤独に苦しみ続けていたのに、朝目覚めたらその足枷が外れていた。自分に翼があったならそのまま羽根を動かして少年の元まで飛び立っていきたい、と彼の心は願っていた。

ー不公平だと思っていた関係は、お互い様だったんだね。シンジ君も忘れてしまう事を苦しんでいたなんて。それに君は運命に立ち向かって、遂には僕の願いまで叶えてくれた。

想い人を胸に描いて、瞳を閉じる。

ーありがとう、シンジ君。

そしてゆっくりと開いた紅い瞳には、澄んだ濃い青空が窓枠に切り取られて水鏡の様に映し出されていた。





in BLUE




ーああ、そういうことだったんだ…

ーカヲル君…


「カヲル君…」

僕はようやく探しものを見つけた。僕は君を、見つけたんだ。この朝を、この目覚めを、遠い昔からずっと待ってた…


朝ミサトさんが迎えに来た時、僕は以前のように接する事ができるか心配だった。全て思い出すというのは残酷だ。彼女の人間性を同居人のよしみで僕は知り過ぎている。彼女が僕と共に居てくれた思い出も、今はある。

アスカにも綾波にも今は抱き締めて咽び泣いてしまう自信がある。アスカは辛い心を抱えながらも凄く頑張っていた。それに、楽しい思い出もたくさんある。辛い思い出も。

綾波は、いつも僕を守ってくれたし、僕も彼女を守った。彼女なりに僕を想ってくれたし、僕も彼女には言葉にならない気持ちを募らせていた。

ふたりには共に闘った連帯感や遠く離れた兄妹のような親しみがあるんだ。


今朝目覚めたばかりの頭で母さんと台所で鉢合わせしたら思わず泣き出しそうになって、急いで自分の部屋に引っ込んだ。父さんは…この世界で頑張ってくれたから、許そう。何も言わない。

学校のみんなやネルフのみんなとは、態度が変わらないようにしないと。まだ出会ってない人には久しぶりなんて言わないように。昔と今をごっちゃに話したりなんかしたら大変だ。


ーカヲル君は、こんな大変な事をひとりきりで背負っていたのか…

胸がきゅっと苦しくなった。さっきは夢で彼を責めてしまったけれど、今はきっと辛かっただろう彼を優しく労わってあげたい。過去を独りで背負っていた彼の気持ちが少しだけわかって、僕はまた違う角度から彼を好きになった。



ーーーーー…

「そういえばシンちゃん、渚君は明日からご出勤みたいよ〜。」

全ての仕事を二人で済ませた帰路の途中、助手席の僕の隣でミサトさんが唐突に行った。突然の話題でぎくりとした。

「そ、そうなんですか…」

「明日シンちゃん予定なかったら、これから同じパイロットで頑張ってく仲間だし、顔合わせに来たらどう?」

車を運転しながら、前を向いたまま、さりげなく。彼女なりの気の利かせ方だった。

「ありがとうございます。都合がついたら、お邪魔します…」

「やだぁもうシンちゃんもネルフの人間なんだから、お邪魔します、じゃないわよ〜。」

ミサトさんが愉快そうに笑った。


僕らは第三新東京市直通の電車の来る駅で別れた。一緒に帰るのかと思っていたらミサトさんは別の用事があるからと言って、僕を駅で降ろしてから車でそそくさとどこかへ行ってしまった。加持さんの所だろうか。


僕は明日学校も休みだし、すぐに帰らずにせっかくの旧東京を散歩でもしようと駅を後に歩き出した。僕らの街よりも自然が多い街だった。さっきミサトさんの車の助手席から川沿いに広がる緑の奔放に広がった土手が見えた。もうすぐ夕暮れ時だからきっと綺麗な夕陽が見られるだろうっていう理由だけでそっちに足が向いてしまった。夕焼けの水辺はあの日の湖畔を思い出すから好きだ。


思ってたよりも土手はいい場所だった。長閑にのっぽの葦が揺れてさわさわと擦れた気持ちいい音がする。地面に目を凝らすとたくさんの植物が今日を生きていた。視線を遠くにすれば、川の向こうに細やかな街並みが霞んでいる。要塞都市よりもずっと背の低い建物が凸凹と並んでいた。温もりを帯びた柔らかい線の描写。流れる川はやんわりとした夕陽の光を受けてたくさんの光の粒が水面を転がっていた。

ー僕はちゃんと世界を創れた。

ーそのことを君は褒めてくれるかな。

もっと先の景色が見たくて僕は歩き出した。砂利がきしきしと音を鳴らして僕が歩いてることを告げる。

ー僕の見ていた夢は何だったんだろう。

ーなんで僕は過去の断片の夢を見られたんだろう。なんで過去が変わったりしたんだろう。

ピアノの前での約束、かつてのカヲル君の部屋でのあのキス。途中から僕の想像が割り込んできたのかな。でもそれにしてはよくできていた。だって、本当のことのように生々しかったから。

遠くに水鳥が渡ってゆく。黒い影が全てを朱く染め上げた夕暮れに際立って幻想を描く。まるで違う世界に迷い込んだような錯覚。僕はどこに居たんだっけ。

ー君に会いたいな…

もうすぐ会えるとわかっていても。

ー君はまた僕を覚えてくれてるよね?

僕が言えることじゃないけれど。

ー夢の君のように僕を想ってくれてる?

自惚れてるかもしれないけれど。


君は僕を想ってくれた。
僕だけを、想ってくれた。

だから、君は僕を救えなかったね。
君自身を、想わなかったから。

だけど、僕は君に教わった。君が何度失敗を繰り返しても、僕を護ろうとしてくれる姿に、ありのままの僕を受け入れてくれる心に。諦めないということを。愛する人を守る、守る為に、愛する人を生かす世界を守る。僕らは互いの欠けているものを補った。

僕は君から愛を教わり、世界を愛した。強さを教わり、世界から目を背けなかった。そして、君を愛することができる世界を創った。君のいる世界。その為に僕は果てしない使命を背負った。君と共に。

君が僕を想う代わりに僕は君と世界を想う。僕がその想いをかたちにしようとするなら、君はきっと君も世界も大切にするね。君はそういう人だから。君が盲目でいてくれるから、僕がふたりの目になるよ。だから一緒に僕が描いた世界を生きていこう。

僕らはふたりでひとつの運命を生きるんだ。
いつだって、きっと、そうだったんだ。

ーこの気持ちを今すぐ君に伝えたいよ、カヲル君。




in RED


頭の中が君で埋め尽くされて、それは全て幸せなかたちだったから、僕は夢見心地に微睡んで、ぼんやりとただ何もしなかった。そうしたら気が付けば夕方になっていて、上体を起こして窓を見やる。ひたすらに朱く染まりゆく街並。

ふとまたあの土手に行こうと思った。暫く見納めだ。君と僕の出会った日を思い出す、世界に取り残されたような景色。そっと胸に語りかけるような静寂の時。君にまた会える予感に満ちた夕凪の鎮魂歌。

燃えるような朱。千切れた雲が空の彩りの境界を曖昧にする。虫達が散り散りに鳴き始めて、かつての蝉の轟く声に想いを馳せる。

運命に引き寄せられるふたりの長い影が重なったあの時、僕が君を見つけて、君が僕を知る時。僕は気付かずに君に恋をしていた。一瞬にして深く恋に堕ちていた。

蝉のざわめきが遠のいたことに気が付くのはそれから長い長い君への旅路を経た後。ふと、僕の世界に君しかいない事に、どうしてだろう、と思ってしまった。世界が君を前にして霞んで消える、その意味を考えた。

君が好き、君しか要らない、君が欲しい…本当は君を抱き締めたい、君とキスをしたい、君とひとつになりたい…それは、つまり……

僕はヒト非ざる者として、そんな風に誰かを好きになるなんて思ってもみなかった。身体を求める、それはヒトが恋をして抱く欲望のかたち。


この世界のひとつ前の世界で、僕が息絶える少し前。君の泣き顔を見て、キスしたいと思った。身体に触れて、君を抱き締めたい、一緒になって君を攫ってしまいたい…僕は君に手を伸ばした。

次の瞬間、目の前が暗転して、僕は月に目醒めた。その気持ちの余韻に浸りながら、君を攫えばよかったと思った。君に触れられない痛みに身体が疼く。そして上体を起こしたら、真っ青に輝く美しい惑星が見えた。君の色。僕がずっと大切にしている君の色。


ぽたり、雫がゆっくりと落ちる。また、ぽたり。


僕はその時初めて泣いた。
地球と月との遠さに泣いた。
君と僕との遠さに泣いた。

君が好きだ、と心が叫んだ。
君が恋しい、と心が叫んだ。
君に会いたい、と心が叫んだ。

僕は蒼い星に気づかされた。


ー僕は君に、恋を、しているんだ。


初めての涙は僕の肌に垂れて馴染んだ。悠久の時の中で、ヒト非ざる者が心を覚えた。ヒトに恋をした。ずっと愛している人に、恋をした。僕は自分の流した涙を震える指先で救ってみた。指を濡らしたそれは、確かに君がよく流していたもの。

僕は君に近づいたんだ。
君と同じ心を持ったんだ。

長い道程だった。

蒼い星が僕を見ていた。



ーーーーー…

「シンジ君…早く君に会いたいよ。」

ー君が、恋しいよ。

夕焼けが深くなる。君を想って歩いていたら随分と遠くまで来てしまった。全てを燃えるような朱に染め上げる夕陽が酷く懐かしくて、君とまた出逢う予感すら覚える。それは僕の胸を甘く締め付けて、僕の心を此処ではない何処かへと忘却させる。君の心のある場所へと。君を想う。

川辺から水鳥が飛び立つ。静寂を破る羽ばたきの音。彼らは何処へ向かうのだろうか。僕の想いもそうやって飛び立って、君に届くのだろうか。

僕はあの時の様に鼻唄を歌う。

大気に滲んだ夕陽が僕を隅々まで朱く染め上げた。じわじわと遠くの街へと赤が欠けてゆく。何故かその様が胸に切なく沁みて、鼻唄の旋律を揺らした。

『主よ、人の望みの喜びよ』

僕の想いが君に届く様に、僕の心は君を描く。



in BLUE


水鳥の最後の一羽が夕焼け空の彼方に消えた。ああ、行ってしまった。なんとなくそう思って切なくなる。

夕陽は君との出会いを思い起こさせるけれど、同時に僕を悲しい気分にもさせる。

ー全てはいつか終わってしまうんだ。

僕の心はそう呟く。


君の僕へと伸ばされた腕ーーー


胸がきゅっと痛くなる。息ができない。君が遺した僕の心の傷痕。君は僕の元から去っていゆく。何度も、何度も。傷は重ねられてじくじくとしたまま治らない。

僕はあの時、君の腕を掴めなかった。お互いに遅すぎた。君が死んでしまってから、ふたりの間に確かに愛があったと気づいた。僕は君を失くしてから、苦しくて苦しくてもういっそ、死んでしまいたかった。君にもう会えないならこの命に意味なんてないと思っていた。


ーーー。



ーーーーー…

「シンジ君、君は運命って信じるかい?」

カヲル君は何気ない顔をして僕に聞いた。

「どうだろう…あったら、一体、どんな感じなんだろう。わからないや。」

考えたこともなくて、僕は苦し紛れに俯いた。何も考えてない奴と思われたくなかったのに、何も思いつかなくて恥ずかしい。

顔をほんのり赤くした僕に君は穏やかに微笑んだ。変な事を聞いてごめんね、と優しい言葉を添えて。そしてある少年の話をしてくれた。神話になる少年の話。


『昔、ある少年が居た。彼はとても寂しい思いをして生きていた。彼に寄り添い守ってくれる人も誰も居ない。ある時、彼は大人たちの戦争に巻き込まれて、戦士となった。彼は優しい心の持ち主で、闘わされる度に心が傷ついた。けれども彼は同時に人の温もりも知った。彼の寂しさは薄らいだ。争いは次第に激しさを増して、ひとり、またひとりと彼の周りから居なくなった。そして彼は独りきりになった。そんな時、彼は天使に出逢った。天使は彼を好きになった。彼を護ろうとした。でも、すぐに天使は力が足りずに彼を残して消えてしまう。そして天使は知るんだ。少年は神に選ばれて、世界を創る力を持つ運命にある。神になるために、世界をちゃんと創るために、何度も何度も少年は生まれてくる。そして天使も生まれてくる。少年は世界を完成させる為に、天使は少年の神話を完成させる為に。少年はいつか神話になる。そのためにいつも苦しい運命を背負っている。そして今日も、少年は闘っている。』

カヲル君の瞳が悲しく揺れた。僕を見つめる眼が深くて吸い込まれそうだった。

「その少年はどうなるの?」

僕はそのお伽話の少年と天使を、まるで僕とカヲル君みたいだと姿を重ねてしまって、結末を知りたくてどきどきした。ふたりとも、頑張ったなら幸せになってほしい。

「わからないんだ。今も闘っているから。」

カヲル君がその指先を僕のに重ねた。あやすように指の形に沿って撫でて、僕の指の間に君の指が割り込んで、ぎゅっと握られた。

僕はあまりにも不思議で、何も言葉にならなくて、もう何も聞かなかった。カヲル君が暫くしてふと小さく息を吐いて、僕に向かって静かに微笑んだ。


聞けばよかった。
君は何かを伝えようとしていたんだ。



ーーーーー…

ーーー君は僕に何かを伝えようとしていたんだ。

生きる希望を失くした僕に再び降り注ぐ一筋の光。それはまるで天使の君が運命を背負った僕を優しく導くように照らす。

僕は世界をやり直せるなら、と考えた。気が狂いそうな孤独の中、その考えに縋って生き抜いた。

君に会いたい。
君に想いを伝えたい。

そのために僕は強くなった。もうこんな壊れかけの世界は創ってはいけない。みんなが幸せになって、争いも無くて、心があたたかいままでいられる世界…

ずっとずっと考えていた。より良い世界を心で描いたら、君が笑ってくれている気がした。僕はその美しい世界を創るためには何が必要か考えた。僕にできる事。君のいる世界を描くために必要な事。僕は君と生きるために、みんなが幸せになる世界を創るべきだと思った。それが少年と天使の責任だと思った。


ある時、僕の心に呼応するみたいに、それは起こった。

ファイナルインパクトが世界を破壊してからの、永遠の一瞬。
僕が新しい世界を創造するための、零の地点。



ーーーーー…

ーねえ、少年は運命を成し遂げたよ。

ー天使がいてくれたから。

ー君がいてくれたから。

ーカヲル君。


「カヲル君…」

僕は夕暮れの景色に埋もれて、呟いた。夕陽の赤が君のようで、僕の心にそっと触れる。

「カヲル君…」



はっと息が止まりそうになった。燃えるような赤い世界で、懐かしい鼻唄が聞こえる。メロディは違うけれど、すごく、すごく、愛おしい響き。まるで愛を囁くような、旋律の向かう先を慈しむような、甘い歌声。

僕は慌てて探した。高鳴る胸が求める姿を。まさかとは思っても探さずにはいられなかった。必死になって、目を見開いて、ひたすら辺りを見渡すとーーー


銀髪の少年がいた。

河岸で燃える赤を浴びて。

コラールを鼻唄で紡ぐ後ろ姿。



君が、僕が心に描いたら君が、すぐ側にいる。



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