Y. 繋がるモノローグ


(in BLUE)





君とやりたい事が

ひとつずつ増えてゆく

君と行きたい所が

ひとつずつ増えてゆく

君と分かちたい物が

ひとつずつ増えてゆく

なのにどうして

君はここにいないの





「なんでアンタが、あの、あの、エヴァンゲリオンに乗れるのよ!」

アスカが僕を見るなり駆け寄って来て高らかに絶叫した。

「そんなこと僕に言われても…」

僕はたぶん正論を言った。だって僕も何故かは知らない。


僕達のやり取りを聞いたクラスメイト達が意気揚々と好奇心の塊になって僕らを囲んだ。次々に飛び交う賞賛や感嘆や質問に、僕はあたふたし出したが、アスカは涼しい顔をして、知〜らない、と彼女らしいリズムの台詞を口を動かすだけで呟いて、さっさと自分の席に着いた。僕が対処に困っていると担任の教師が教室のドアを開けて、この喧騒を嗜めた。

僕の友達、惣流・アスカ・ラングレーは僕が三人家族で越してきた時からのお隣さんで、十の頃から仲良くしている。引っ込み思案な大人しい僕と、不器用で気性の激しいアスカは、一見噛み合わない組み合わせだけれど、嫌味ばかり言ってすぐに怒る彼女を僕は何となく受け入れていたら、いつの間にかいつも一緒に居た。本当は世話焼きで優しいし、意外と寂しがり屋だしで慣れてくるといい友達だった。

アスカはセカンドチルドレンとしてエヴァの訓練を定期的に受けている。先週はファーストチルドレンの綾波レイよりシンクロ率が高かったと何故か僕に自慢した。アスカは中学一年の頃から既に定期的にエヴァの試作実験などに招集される綾波を嫌っていた。アスカがライバル視しても、綾波は気にも止めないから、余計にアスカを苛立たせていた。中学二年になってようやくアスカも同レベルの実験に参加できるようになってからは、いい方向でライバル心を使えるようになったみたいで、僕が綾波と親しくするのを怒らなくなった。

僕は綾波を初めて見た時から気になって仕方がなかった。何度もアスカの目を盗んでは早く仲良くなろうと話しかけた。何故かと言うと、夢の彼に雰囲気がそっくりだったから。紅い目に白い肌。


ーねぇ、綾波はお兄さんいるの?

ー兄弟はいないわ。

ーじゃあ親戚で同世代の男の子っているの?

ー親戚はいないわ。どうして?

ーえ…い、いや、なんとなく…


今思えば少し話しする程度の友達に失礼な質問の仕方だったけど、僕は彼に繋がる唯一の手掛かりかもしれないと躍起だった。結果は虚しく収穫はなしだったけど、彼にも似ていて性格の相性もいい綾波と一緒にいると穏やかな気持ちになれたから、その後もよく話し掛けた。

半年位経ってから無口で無表情の彼女が話題を振ってくれたり微かに笑ってくれるようになった。そしてその度に僕はノートを丸めた凶器で思いっきりアスカから後頭部を叩かれていた。意味不明だ。けれど最近はたまに三人で話せるようになったし、後頭部もじんじん痛くならないしで良好だ。


僕は綾波とアスカの次にエヴァンゲリオンのパイロットに選ばれた。僕の性格からしたらあまり嬉しい報せじゃないけれど、今の僕には希望の一筋の光に照らされた気分だった。

先週海辺で夜明けを見た時から僕は変な妄想に囚われていた。僕と彼は共に闘った仲間という、頭のネジが三本くらい緩んだ設定に僕は夢中になっていて、戦士として身近に話題にあるのはエヴァンゲリオンのパイロットだけだっだ。僕は両親もネルフに務めているし、アスカはともかく綾波は僕とそう大差ない感じだったからもしかしたらと思っていた。だって僕がパイロットに選ばれて、彼もパイロットに選ばれたら、自然と無事に巡り会えるじゃないか。

僕がサードチルドレンに選ばれたと父さんから告げられた時、家族揃って久しぶりに夕食を食べていた。僕はテーブルに思わず箸を手から滑り落としてしまった。全身の興奮を抑えながら心の中ではガッツポーズをして草原を駆け抜けてるみたいな爽快さだった。父さんは大して感慨を見せなかったが、母さんは複雑な面持ちで…

「おめでとう。よくやったわね、シンジ。」

と言ってくれた。僕はなんだか褒めてもらえたみたいで胸がいっぱいだった。



その夜僕は久々に怖い夢を見た。僕はパイロットとしてエヴァに乗っていた。まだ操縦席のこととかよく知らないけれど、操縦を当たり前のようにしていた。僕は赤いエヴァと対決しながらどこかへ向かい下降していた。僕は誰かに裏切られて全身から怒りや憎しみや悲しみが沸き立っていた。

そして結末を見る前に目が覚めた。寝汗をかいて身体中が怠い。頭が重い。意識が冴えてもしばらく横になっていた。赤いエヴァ。アスカが自慢するエヴァも赤い。アスカと僕が対決していたのかな。僕らは今仲が良いのに、過去や未来はあんなに残酷なのかな。

ーただの夢ならいいけど…

次の夜はなかなか寝付けなかった。天井を見上げてあの星空を思い出す。彼を思い出す。ピアノの音色を思い出す。ずっとこうして考えていたら、怖い夢なんて見ないで彼に会えるかもしれないと思ったら瞼が急に重くなってくる。しばらくして僕は深い眠りに落ちた。



僕の意志に反して僕は今日も赤いエヴァと闘っていた。昨日の続きだとわかって、すぐに夢の中だと知った。全神経を集中させて目を覚まそうとも思ったけれど、心の声が僕に囁いた。

誰のことをこんなに怒っているんだろう。
誰のことをこんなに執着してるんだろう。
誰のことでこんなに胸が軋むんだろう。

嫌な予感がした。これは鮮明な夢だ。こんな夢は決まって彼が現れる。僕の全身は鳥肌を立てて冷たい汗が噴き出す。嫌だ。嫌だ。嫌だ。そんなのは嫌だ。

「シンジ君…」

僕の心臓はきっと潰れたのかもしれない。息が出来ない。体に力が入らない。眩暈がする。嫌だ!嫌だ!嫌だ!そんなのは嫌だ!

彼は僕の操縦するエヴァの手の内にいた。淋しそうに笑っていた。そしてーーー


彼の首は赤い水溜りに落ちた。



天井を見ていた。息が上がって体に力が入らない。指先が冷たくて震えてる。涙が止まらない。頭が回らない。時計を見たら深夜三時。まだ朝は来ない。寝たくない。もう絶対に寝たくない。彼は僕の操縦するエヴァの手の中で死んだ。僕が殺したんだ。僕は彼に対してどす黒い感情を抱いていた。でも、彼の首が落ちる瞬間には彼を愛してた。彼を恋しがっていた。

僕には到底理解出来ない世界だった。彼はもう居ないのだろうか、この世界には居ないのだろうか。負に満ちた黒い海に溺れてゆく。

彼に会いたいんだ。
彼と話がしたいんだ。
彼に触れたいんだ。


彼と一緒に生きていきたいんだ。



ーーーーー…

僕はサードチルドレンとしてネルフに正式に任命された。たまに僕の家にも来て親しくしてもらっている葛城ミサトさんが施設を案内してくれた。初号機の専属パイロットだと告げられ、プラグスーツとインターフェイスを支給された。分配されたまっさらなロッカーに僕は几帳面にそれらを置いた。なんだかどの行為も新鮮な驚きや楽しみもなく、懐かしさすら覚えた。きっとあの夢のせいだ。

「あ〜あとね〜、シンちゃんこれ〜。」

ミサトさんが楽しそうな口調で鞄の中を漁っている。

「ここの入館証なんだけど〜。ちょ〜っち待ってね!」

ミサトさんの鞄はぐちゃぐちゃの宇宙みたいに物が顔を出していた。

「あったあった〜!はい、コレ!」

ネルフのロゴを刻印した薄緑の封筒からカードを取り出した。それを受け取ると、その時引っ付いて重なっていた一枚がはらりと僕の足元に落ちた。僕はそれを拾った。同じ封筒に入っていたから入館証だろうか。ちらっと表面を確かめて、僕は雷に撃たれたみたいな衝撃で心臓が口から飛び出しかけた。


ーーー!!

ー彼だ!
ー彼だ!
ー彼に間違いない!

僕は震える唇をばれないようにきつく結んで、固く拳を握った。カードまで強く掴んでいた。どんなに頑張っても震えてしまう手。動揺を隠すために俯いて前屈みになった。

「だ、誰ですか?この人…」

さり気なく聞くふりをして彼のデータを一文字でも多く頭に叩き込む。

ー渚カヲル。十五歳…

ミサトさんが手を差し出しながら、ありがとう、と呟いた。

「シンちゃんと同じエバーのパイロットよ。もうすぐここに配属されるわよ。」

彼の顔写真を密かに撫でていたら、爆弾が落とされた。

「ええ!?い、いつですか!ミサトさん!」

駄目だ、素っ頓狂な声を上げてしまった。驚いたミサトさんの目が見開いてる。

「え〜っと、一週間後くらいじゃなかったかしら〜。彼色々と忙しいのよ。」

…一週間後。

「そんな後ですか…」

つい、本心を喋ってしまった。もうすぐなんて言うからもう廊下でも歩いてるんじゃないかと思ってしまった。ミサトさんが探るような目でニヤニヤしていた。

「やだ〜シンちゃん。渚君がそんなに気になるの〜?こういう子がタイプ〜?」

瞬間湯沸かし器のように僕は全身から発熱して真っ赤になった。耳まできっと真っ赤な僕は逃れられないこの状況を呑気なのに察しがいいミサトさんを恨んだ。

ーどうしてくれるんだ!否定の言葉も出ないじゃないか!人の気も知らないで!どれだけ僕が彼を探したと思ってるんだ!

耳から湯気が出そうなくらい真っ赤に俯いた僕をミサトさんが気の毒そうに見つめていた。ミサトさんが僕の手から入館証を取る。

「ま、あと一週間もしたら渚君はシンちゃんと同じエバーのパイロットなんだから、これからはシンクロテストだのなんだのって嫌って程一緒にいることになるわよ。今から楽しみに待ってなさい。」

大人の余裕を持った笑顔でそう言うと、仕事があるからと告げて最後にウィンクをきめてミサトさんはロッカールームを後にした。

僕はそれを確認して踏ん張ってた足を楽にしたくてへなへなと床に腰を下ろした。衝撃の余波が続いている。

「あ〜言い忘れたわ!」

いきなりドアから顔を出したミサトさんにまた心臓が鈍く跳ねた。

「ちょうど一週間後、シンちゃんは主要機関に挨拶回りがあるのよ。ご両親はもちろん知ってるんだけど、私がシンちゃんを連れてくことになっててね、朝八時に迎えに行くからよろしくね!必要事項はお母様から書類が渡されるから目を通しといてね〜。」

そう言ってミサトさんが手を横に振るだけのバイバイをして、やっと本日二度目の退場をした。それを見届けてから僕は盛大に溜息を吐いた。

ー一週間後なら、ちょうど渚君に会えないじゃないか。


それでも僕は有頂天だった。暗めの僕はそれでちょうどいいくらいだったが口元が緩みっぱなしで、アスカはきっとそれを見たら僕の後頭部を今度は角材で殴り出すんじゃないかってくらい、僕らしくはなかった。帰り道の中ずっと笑顔が止まらなくて、家に着いた頃には顔面が変に痛かった。

使命、探し物、僕の昔から追い求めてたものは見つかりつつある。あとは、約束した、彼を思い出すことだけ。約束の時は一週間後だ。できる事は全てやってみよう。


ーーーふと思い出す。悪夢。僕は彼を本当に殺したのだろうか。そんなことあるはずない。だって、殺す理由がないじゃないか。いくら僕を裏切ったとしても、殺すほどの裏切りなんてあるはずない。

急に出会うのが怖くなった。どうして僕は前世みたいなものを夢に見るんだろう。どうしてそれが彼との夢なんだろう。


ー僕は何かをやり直そうとしてるのかもしれない。

ーでもそれは、何を?何のために?


僕はその後一週間、努力の仕方もわからないパズルをきっちりとかたちに出来なくて、学校もネルフの用事も身に入らずにやり過ごした。

約束の日を前にした今夜、ベッドの上で僕は憔悴しきっていた。努力したらどうにかなるものならいくらでも頑張れるのに、もどかしさは何も手伝ってくれずに、ついに明日を迎える。出張で良かった。合わせる顔がない。それでも僕は少しでもヒントを貰えるように、彼に夢で会えるようにと祈りながら眠りについた。



ーーーーー…

僕はひどく白い無機質な壁に囲まれた簡素な部屋に居た。酷く辛い気持ちで生きた心地がしない。消えてしまいたい。背後に誰かの気配がする。次の瞬間に首元に誰かの両手が添えられてぎょっとした。カチッと機械音がした後首元が急に涼しくなる。首を摩るとずっと何かを付けてて蒸れてたみたいだ。恐る恐る後ろを振り向いた。

「あ、渚君!」

僕は彼を久しぶりに見て嬉しくてつい叫んでしまった。僕は初めて名前を呼べた。そうだ、初めて君の名前を呼べたんだ。君はきっと喜ぶだろう。

「…どうしたんだい?碇君…」

ーあれ、いつも僕を名前で呼ぶのに…おかしいな。

彼は大きな金属の輪っかを両手で持ちながら瞬きを重ねて困ったように微笑んでいた。僕の首に付いていたそれはまるで機械仕掛けの拘束具だった。


ーそして君はそれを躊躇いもなく君の首に着けてしまうんだーーー


僕は自分が理解するよりも先に、その黒いチョーカーを見るなりそれを奪い取って怒りに任せて地面に叩きつけた。今の僕はわなわな哀しい怒りで震えている。

「碇君、一体どうしたんーー」

「どうしたじゃないよ!何考えてるんだよ!いつも!いつも!君は僕を置いてどうしていつも先に死んでしまうんだ!僕のために、希望のためにって!…僕は…僕は自己犠牲なんて大嫌いだ!」

僕は何を言ってるんだろう。渚君が呆気にとられて目を見開いている。

「僕は君と生きていくために何度世界をやり直したと思ってるんだ!やり直す度に僕は全部忘れてしまって、何度君に死なれて苦しんだと思ってるんだ!君は僕の幸せがどうとか言うけど、一度でも君に先立たれてしまう僕の気持ちを考えたことあるの?僕が君の目の前で君の手で殺されたら君はどう感じる?辛くないの?」

怒鳴り散らして息切れした呼吸を整えて、自分でもよくわからないまま僕は続けた。

「僕の幸せは君と生きていくことだったんだ!君は僕のことを全然わかってない!君はバカだ!大バカだ!」

目からついに涙が溢れて、僕は泣きじゃくりながら何かを必死に訴えていた。不思議なくらい心が強く、強く、叫ぶ。

「僕は君が好きなんだ!好きな人と一緒に生きていきたいんだ!君がいなきゃ意味なんてないんだ!なんでそんなことがわからないんだ!バカ!わからずや!僕は、君が、大好きなのに…」

最後まで勢いは続かずに、嗚咽が混じって悲しく部屋に響いているだけだった。

彼は口に手を当てて、ただただ衝撃に打ちのめされていた。紅い目がちらちらと揺れて、指先が震えている。

静かな彼とは対照的に僕は声を我慢することなく子供染みた泣き声を上げながら手で力なくごしごしと濡れた頬を拭いていたけれど、次から次に溢れる涙の前ではまるで水気を顔に塗りたくってるみたいだった。その混沌とした状況は僕に永遠のような長さを伝えた。

「シンジ君…」

さっきとはまるで違う呼び掛けに驚いて顔を上げると、悲痛な顔をして涙をぽろぽろと流している彼がいた。無垢な泣き姿だった。彼は涙を拭くこともせず両手で僕の肩を抱くと僕に真摯に向き合った。彼の濡れて束になった睫毛がより長く見えた。

「ごめんね、シンジ君。ごめん。僕は…君に言われるまで気づかなかった。君の言う通りだ。どんな理由にしろ、僕は君に目の前で…先に、死なれてしまったらとても耐えられない。」

想像しているのか彼の顔はそう口にすることも酷く辛いとでも言うように、まるでそんな体験を思い出したかのように哀しく歪んだ。

「君の居ない世界なんてあり得ない。君も同じ気持ちだったんだね。だから、僕の居る世界を、やり直してくれたんだね。」

彼は掠れた声で言葉を必死に紡いだ後、嗚咽をひとつ飲み込んだ。

「ありがとう。君の気持ちを聞けた。とても嬉しいよ、シンジ君。」

彼は肩を抱いていた腕を背中に回して僕を優しく包み込んだ。そして、僕も君が大好きだよ、と伝える彼の囁き声はとてもとても甘美だった。

「ごめんね、もうあんなことはしないよ。ふたりでこの世界の仕上げをしよう。君と僕がずっと一緒に居られる世界を共に創ろう、碇シンジ君。」

僕を優しくあやすように紡がれる彼の声。その響きにうっとりと聞き入っていると彼が僕を抱く腕に力を込めた。

「渚君…」

僕も同じように抱き締め返す。彼の筋肉質で硬い背中の感触が心地良い。

「カヲルでいいよ、シンジ君。」

君が僕の耳元に優しく吹きかけるようにしてそう囁く。全身がふやけてしまいそう。

「カヲル君…」



ーカヲル君…

彼の名前を呼んだ途端、僕の目の前には朝日を浴びて明るく白んだいつもの天井があった。はっと深呼吸すると、心臓が必死に脈を打ち、体中の血管が振動していた。気分を落ち着かせるために胸に手を当てて、部屋着の布をきつく握りしめた。片方の手を頬に当ててみる。冷たく震えた指先。僕の目尻は濡れていた。

夢で曖昧に思い出していた過去が彼の名前を呼んで目醒めた時、全ての歯車が合わさってかちりと繋がった。

僕は全てを思い出していた。
僕の決意、僕の使命、そしてーーー


僕の幸せ。



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