X. 片割れを探して


(in RED)





求めていたものが目の前に現れたら

迷わずに掴み取る者もいれば
躊躇って後ずさりする者もいる

前者と後者の想いの丈を比べて

前者の方が大きいと云うのなら
君は失う事が少なかったんだ

後者の方が大きいと云うのなら
君は得る事も少なかったんだ

愛は人を強くする
同じくらい
愛は人を弱くする





元々ひとつだった魂が裂かれてふたつになる。片割れが片割れを互いに探し合う。けれども片割れと云っても半分同士ではない。それは魂の数だけ千差万別に、いびつに大きさが違う。そしてもしも裂かれたかたちが、片方が大き過ぎて、片方が小さ過ぎると、小さい方が大きい方を求め過ぎて心が不安定になる。大きい方は欠けたものが小さくて穏やかでいられるが、小さい方は欠けたものが自分よりも大き過ぎて堪らなくなるからだ。均衡が取れずに不公平に歪んでしまう。元は同じ魂だったのに。

「可哀想な話だね。」

腰まで長い黒髪の少女が深妙な面持ちで相槌を打つ。つなぎを纏い、手には油絵具の様々な色が掠れている。

「そうなんだ。彼女の魂は…」

ラフな服全体に彩色の汚れを作っている短髪の青年が両手をめちゃくちゃに動かして…

「こんななのに、俺の魂は…」

青年の親指と人差し指の先が力を込めて小さな小さな隙間を作る。若干引いている女友達と云う雰囲気の少女が、顔面を必死で深妙に保ちながら…

「その気持ちを描いてみたら?」

と励ましていた。夕方の廃れた街の端にあるアトリエと側に沿って広がる大河の間にある土手の草むらに腰掛けるふたりの画学生。



ー妙な話を聞いてしまった。全くもって同情してしまうよ、今の僕は。

ポケットに手を入れて土手沿いの径を歩く彼。日本で喧騒を離れたい時は、川沿いの土手が良い。手軽に穏やかな夕暮れに向き合える。けれどたまに、こうした変なすれ違いをする。
しゃりしゃりと小石が奏でる郷愁の音。彼は気持ちを落ち着かせるために只管歩く。背を無鉄砲に伸ばした葦の群落が生温い風に大きく靡く。夕陽に照らされた形象が光の粒を纏い、さらさらと輝きを変えて微かに虹色に揺れた。

ーだとしたら僕と君の関係は不公平だね。君は今、とても幸せそうだ。



僕は今、日本にいる。此処は旧東京。第三新東京市ではない、穏やかな方の、華やかな都市。

この世界ではセカンドインパクトは起こらなかった。南極でセカンドインパクトが以前起こった同時刻に死海文書の新書が見つかり、執り行われる筈だった秘密裏の計画は全て中止された。そしてその新書を元にゲヒルンは解体、ゼーレは新体制の特務機関ネルフを軸に要塞都市やエヴァンゲリオンを建造した。

僕はゼーレ直属の立場に在る。委員会を始め一握りの上層部には使徒として知られているが、以前と異なり手厚く扱われ特別なポストを与えられた。ここ十数年はゼーレの中で仕事をこなしながらドイツに居た。その中で明らかに改訂されている死海文書の新書の内容を探ろうと何度か試みたが、厳重に保管され情報が一切漏れてこないので、結局まだ閲覧出来ずにいる。

セカンドインパクトを体験していない全機関は以前のそれよりも、穏やかに運営されていて、僕は内心このままエヴァンゲリオンのパイロットとしての役職を与えられないんじゃないかと焦っていたが、最近になり漸く本部の準備が整ったのでマルドゥック機関を自演して正式にフィフスチルドレンとして任命され、ネルフにも所属する手筈となった。

一週間前にようやく恋しかった日本の地に着き、手始めの仕事をこなしつつ、明日の正式な任命までこうしてシンジ君の創った在るべきかたちの世界を流離つつ眺めている。本音を言えば、落ち着かずにいてもたってもいられずに、頭を冷やすために漫歩している。今すぐにでも彼に会いたい気持ちと怖くてまだ会いたくない気持ちが綯い交ぜになって、自分が解らなくなり自問自答を繰り返す始末。



事の発端は、日本に来てすぐにネルフ本部に足を運んだ時に起こった。シンジ君が居るかもしれないと思うと、なかなか寝付けずに散々寝返りを打っていたに、その甲斐虚しくその日は会えなかった。代わりにとても不可思議な事実に遭遇する。

碇ゲンドウにゼーレから頼まれて表には存在し得ない資料を渡しに行った。彼は今まで見た彼とは違い、穏やかな表情をしていた。けれども相変わらずの鋭い眼光で僕の顔をまじまじと覗いて、多分知っているであろう使徒としての性分を見定めていた。そこへ軽いノックの後に現れた人物が、碇ユイだ。

一目見てそうと解った。データのみで容姿は知らなかったが、息子のシンジ君にとても良く似ていたので、結びついた。僕に気づくと彼女はゆっくり近づいて来て徐に口を開いた。

「貴方が渚カヲル君ね。はじめまして。私は碇ユイよ。ここの技術開発部で今貴方の乗る予定のエヴァンゲリオンを造っているわ。よろしくね。」

微笑みながら差し出された手を前に、驚きのあまりに頭が真っ白になった僕はきょとんと立ち尽くしていた。心配してか首を傾げて顔を覗き込まれて、僕は明らかに動揺してしまった。シンジ君と仕草と面影が重なってしまったのだ。碇ゲンドウの鼻に掛けた渇いた笑いを聞いて我に返った僕は形だけの握手を済ませて早々に立ち去った。

ー一体どうなっているんだ!シンジ君のお母さんが此処に居るなんて!世界が変わり過ぎている!

軽くパニックになった頭を絞っても考えが纏まらずに僕はゼーレとしての権限を利用して内部情報を閲覧した。シンジ君には申し訳ないが、彼のデータを調べた。彼の事が事細かに記載されている。彼はもうサードチルドレンとしてネルフに所属していた。

彼の幼少時に碇ユイが不慮の事故に遭い個の肉体から乖離、寂しい少年期を過ごすまでは同じだ。しかし、彼が十歳の頃、サルベージ計画が成功。また家族三人で暮らしている。

僕は冷や汗が出た。喜ぶべき事実なのに胸の奥が鈍く軋む。

その後、セカンドチルドレンと接触。友人としてよく共に過ごす。中学一年時にファーストチルドレンと接触。中学二年時には、友人が増えて精神的成長をーーー

ここまで読んでからぱたりとページを閉じた。指先が冷たくなって震えていた。


ー彼はもう孤独ではないんだ…

奥歯を噛み締めて、この事についてじっくり考えた。

ーシンジ君はどの世界でも孤独だった。故に僕が必要だったんだ。

孤独に沈む彼を僕が慈愛を込めて包み込む。悲哀に俯く彼に僕がそっと笑顔を向ける。絶望に悩む彼に僕が希望を諭し側に寄り添う。


ーならばもし、シンジ君が孤独でなくなってしまったなら、僕の存在は一体どうなってしまうんだ!


はっとして息を飲んだ。眩暈に襲われ頭を抱える。

ー君の幸せを願っていた筈なのに、僕は…僕は、最低だ…


数日前から睡眠を奪っているこの問題をぼんやりと想い出していた。恋い焦がれた彼に早く会いたいのに、会わせる顔がない。実際は明後日に会えるかもわからないのだけれど、いざという時の心構えを今から身につけておきたいから、今こうして夕陽に照らされてひとり歩いている。

第三新東京市まで直通で一時間もかからない三番目に大きな都市に仕事で来たが、その帰り道に出くわした夕焼けがあまりにもかつてのあの日の夕陽に似ていて、帰るのを先送りにした。この街の土手は特に懐古の情緒があって気に入った。このまま歩けばあの日に辿り着けそうだ。


染め上げる朱。世界を包み込む。ひとつの青を残し、際限無く続く赤。


ー君はきっと忘れてしまっている。

ふと立ち止まり、苦く表情を翳らせた。

ーだから僕は君にはじめましてと云おう。

自嘲の笑みを口先だけで浮かべて、俯く。

ーーー。

掌を力無く広げて意味も無く見つめる。夢の中では僕はこの手で、何度も彼を愛撫していた。自分の劣情に狂い、何度となく口では言えないこともした。夢の彼は僕を受け入れてくれた。全てを受け入れてくれた。身勝手な妄想だ。それに、彼とピアノを弾いていた。一番心が安らぐ時間だ。ピアノ……約束ーーー



僕は遠い夢で交わした約束をはっきりと覚えていた。ずっと胸に大切にしまい、自分の妄想の産物だ、果たされる筈がない、と幾度となく心を掻き乱しても、隅の方では小さな碧い焔を灯す様に、もしかしたら、と思っていた。僕は此処に来るまで幾種類もの、僕を想い出した彼との甘い再会を想像しては胸を焦がしていた。

ー君との約束、僕は覚えているよ。

僕はまた前を向いて歩き出した。

ー果たされなくてもいいんだ。

砂利を踏む音がさくさくと鳴って、僕の足取りをより強く形作る。

ー君にまた会えるだけで充分だ。奇跡を願うよりも、今在る君を、愛したい。

愛する、この神聖な響きを持った言葉を考える時、僕の頬は微かに色付く。

ー君が好きだよ、シンジ君。僕も君に好いてもらえる様に、努力するよ。

近い未来に胸が高鳴る。君を想う気持ちが僕の足取りを軽くした。


僕の魂はずっと君を探している。



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