2021.06.06
カヲシンwebオンリー「君のとなりで眠らせて3rd」
シンジ君お誕生日記念バースデーカードwebアンソロジーに寄稿したLINE風小説のその後を描いたショートショート!
特別な友達ができた。それだけで、誕生日の少し前がこんなにそわそわするなんて。
シンジは何度目かの寝返りを打って、スマホを見つめる。もしかしたら日付が変わると同時に「おめでとう」が届くかもしれない。だから日付の変わる5分前にアプリを開いたというのに、
「あ」
即既読を付けてしまった。
『シンジくん起きてるかい?』
待機しているのがバレバレだ。シンジは投げ出した足をジタバタさせた後、何食わない顔でフリック入力をする。
『起きてるよ』
『カヲルくんは眠れない?』
まるで自分の誕生日に気づいてない風を装ってみる。無理があるかな。けれどカヲルは乗っかってきてくれた。
『そうなんだ』
『そこでお願いなんだけれど
窓を見てほしい』
「窓?」
ついこぼれた独り言をそのまま送る。
『窓?』
『一緒に星が見たいんだ』
カヲルの声で再生された。彼らしいお誘いだ。きっとシンジが夜空の星を眺めている時、ちょうど0時のタイミングで届くのだろう──『お誕生日おめでとう』と。シンジはもう返事を決めている──『覚えててくれたんだ』。
『ちょっと待ってね』
シンジはベッドから起き上がり、窓へと向かう。握り締めたスマホはキーボードを映したまま。窓を開けて、気持ちを弾ませ見上げた空には──カヲルが浮いていた。
「あっ……え!?」
思わず指が滑って『あ』とだけ送信してしまうが、そんなことよりもまず電話だ。
「カヲルくん!」
「やあ、シンジくん」
電話に出たカヲルは朝の通学路で出会ったような爽やかさで手を振っている。月を背負って。
「何してるの!?」
「君に会いたくて」
「ちょっと降りてきて!」
強引な要請にカヲルがにんまり降りてくるが、
「おや」
すごい勢いでシンジに部屋へと引きずり込まれた。
「何やってるの!」
顔を真っ赤にして焦るシンジが予想外で、カヲルは目をパチクリさせた。
「天使だってバレたら大変だよ!」
「どう大変なんだい?」
素直な質問に、シンジもキョトンとしてしまう。
「それは……ネットニュースになったり、取材が来たり……なんで笑ってるの?」
真面目に指折り説明するシンジを眺め、カヲルはにこにこ嬉しそうだ。
「必死な君が愛らしくて」
「君のために言ってるんだよ!」
もう!と感情の矛先がわからずにシンジは頭を抱えてしまった。
渚カヲルは天使なのだ。天使名は「タブリス」という。羽根は見えないけれど、宙に浮いたり、不思議な力で機械を操るのはお手のもの。なので本当のことなのだ。
カヲルはあやとりを解くように、こんがらがったシンジの手を取り、ギュッと握った。
「一番に君を祝福したかったんだ」
俯いたシンジの顔を上目づかいでカヲルは覗く。
「お誕生日おめでとう、シンジくん」
赤い瞳が宝石みたいにキラキラと輝き眩しい。シンジはトクントクンと駆け出した心臓を飲み込んで、困ったさんなんだから、と心の中でため息をつく。
「ありがとう……でも無茶しちゃダメだからね」
「うん」
満足そうに頷くカヲル。心配してくれてありがとう、とシンジの手にキスを落とす。
こうやっていつだってカヲルの手の上で転がされてしまうのだ。カヲルと出会ってからというもの、シンジの心臓は忙しい。ドキドキする度、これはカヲルくんの秘密を知っているからなんだ、だなんて無駄な抵抗をするが、同じくらい、カヲルが別の誰かへ同じことをしたなら、学校を休んで1週間寝込む自信だってある。
「君にプレゼントがあるんだ」
心の準備もできないまま、甘く告げられ、手をやさしく引っ張られる。目的地は、自分のベッド。そう、シンジはカヲルにベッドへ連れ込まれようとしている。
──えっ、もしかして……
シンジは生唾を飲み込んだ。
──プレゼントは僕ってやつじゃ……
天使はそんなことしないよ!と頭の中のもうひとりのシンジが突っ込むが、気がつけば、ふたり並んでベッドで横になっていた。
「エンジェルキスを知っているかい?」
あわあわ緊張で気絶しそうなシンジに容赦なく、天使の微笑みで、カヲルは囁いた。
「寝ている瞼にするキスのことさ。君を見守ってるよという意味なんだ」
赤子をあやすようなカヲルの声に、シンジは痺れて動けない。
「本物の天使にエンジェルキスされるのは、この地球上で君だけだよ、シンジくん」
もうこの頃には、カヲルくんに身を捧げよう、とすら思っていた。
「おやすみ、シンジくん。夢で会おう」
シンジの手を握ったまま横向きで寝て、カヲルはシンジが眠るのを待っている。
──こんな状況で眠れないよ!
目がギンギンに冴えているのに、カヲルが期待した面持ちでシンジを眺めている。仕方ないから一生懸命、眠ったふりをする。寝息を立てて寝たアピールもする。なのに、瞼には何の感触もない。薄目を開けてカヲルを確認すると──スヤァ……
──カヲルくんが寝ちゃった……!
天使って寝るんだ!という衝撃から、じわじわとパニックになる。どうしよう、朝起きた時にカヲルくんと寝ていたのが見つかったら……でもシンジには、どうしてもカヲルを起こすことができなかった。カヲルの寝顔は、そう、まさに天使の寝顔なのだ。シンジもカヲルの寝息を聞いているとドキドキが安心に変わっていく。その自分より少し低めの体温が心地好くて、ほんの少し身体を寄せた。カヲルはほんのり甘い花の香りがした。
スヤァ……
…………
……
…
慌てて起きるともうカヲルはいなかった。窓には、朝と呼ぶにはまだ早い、紫の夜明けが広がっている。シンジはカヲルのいたシーツに触れてみた。冷たかった。そのかわり……
「……かわいい」
手乗りサイズのペンギンのぬいぐるみが横で寝ていた。そういえば前に、カヲルがシンジのスマホの画面を見て、
「僕を壁紙にしないのかい?」
とすこぶる自信家のようなことを言っていた。
「しないよ!」
シンジが反射的に答えると、不服だったのか、カヲルは少し唇を尖らせた。
「どうしてペンギンなんだい?」
「ペンギンが好きだから」
──僕が言ったこと覚えてたんだ。
本当はなんとなく壁紙にしただけだったのだけれど。シンジはふふっと嬉しくなる。頭の中はあんなカヲルやこんなカヲルでいっぱいだ。ふと、今何時だろうとスマホを探した。
わーーーー!!
声なき声でシンジが叫ぶ。画面をつけたら壁紙が、寝ているシンジの瞼にキスするカヲルの自撮りになっていた。そういえば、
「ふうん、僕よりもペンギンが好きなんだね」
そう、あの後、カヲルが拗ねていたのを思い出す。でもこんな……まるで大人の関係みたいな写真を誰かに見られたら大変だ。本人のシンジでさえ、見ているだけで汗が噴き出し手がふるえる。慌てて無難なペンギンに戻そうとした。戻そうとしたのに。
あーーもう!!
足をばたつかせて身悶える。ベッドで転がって枕に顔を押し付ける。君ならどうする?そうペンギンへ視線を投げると、お腹にボタンがあることに気がついた。ふるえる指で、押してみる。
『シンジくん、お誕生日おめでとう、大好きだよ』
シンジの心臓にクピドの矢が刺さり、二度と抜けなくなってしまった。
壁紙をそのままにして、シンジは熱いため息をつく。もう朝が待ち遠しい。自分だけの天使に早く会いたくてたまらない。あの宝石みたいな赤い瞳のキラキラを忘れないと思いながら、シンジは二度寝についたのだった。
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