まな板の上で毒々しく赤い果実を切り分けながらシンジは鼻高々だった。
だって今日、

「お皿はここでいいかな」
「うん、ありがとう。用意したらすぐ行くから先に僕の部屋で休んでてよ」

世界一かっこいいあのカヲルが遊びに来てくれたんだから。



禁断の果実の味を知りたいの?



あの、というには訳がある。実はカヲルは世界初のデザイナーズベイビー。白い肌も赤い瞳も銀髪一本までもが人類の叡智と美的センスによって創造された。しなやかな肢体は完璧なバランスで筋肉をまとい、顔のパーツはどれをとってもお客様満足度200%でなんとかセレクション金賞のフォルム、配置、原子レベルで最高品質。誰もがひれ伏すかっこよさだ、とシンジは思う。シンジだけじゃない。世界中がそのゼーレが産み落とした奇跡を賞賛し讃えている。カヲルにはとてもとてもファンが多いのだ。シンジはその中でもピカイチコアな大ファンだと自分で勝手に豪語している。星10コじゃ足りないんだ、とシンジは思う。夜空の星を集めたって足りないんだ!そうやってシンジはカヲルの出生の歴史までも溺愛している。

カヲルはシンジの父が勤めるネルフの親会社、ゼーレの実験室で特別に生を受けた。その話を聞いた時は心を痛めたシンジだったが、カヲルから「別に大したことはないさ。こうして生まれて君と出会えたのだから」と聞いてから考えを改めた。そうだ。本人が言っていることが一番正しい。カヲル君が僕と同じ地球に生まれてきてくれたことに感謝しなくちゃ、と、シンジはあの日、教室の片隅で胸に手を当てたのだった。

あの日とはカヲルの転校初日。そんなに日は経っていないが懐かしい。カヲルが脇目も振らずまず自分に話しかけてきたことがシンジには自慢だった。けれど内実もひっそり理解している。それはシンジがネルフの関係者だからだ。そんなコネがなければ自分ごときがカヲルと同じ空気を吸えるわけない。恐れ多い。シンジは父経由でネルフに籍を置いていたのだ。『チルドレン』と呼称されている、いわゆるデザイナーズベイビーE計画の被験者たちのひとり。これはシンジにとって最大の強みだった。

『はじめまして、碇シンジくん』

あの日、休み時間にその美貌に見とれていると、一直線にシンジめがけてカヲルがやってきた。シンジは、これって映画のワンシーン?と思った。教室中が注目した。

『ずっと君に会いたかったんだ。よろしくね』

思い出すとまな板の果実のように頬が熟れてしまう。バカバカバカ!僕はバカだ!ああいうのはリップサービスっていうんだ。カヲル君は僕にやさしくしてくれただけなんだ!……そう思っても期待で心臓が変にピョコピョコと動き回る。

今日だってそうだ、きっと。僕のうちに泊まりたいなんて……ん、もしかして?いや、もしかしての次はないよ!僕はバカで最低だな!と自分にツッコミつつも、赤い皮から白い果肉をくりぬいて綺麗なサイコロに切る包丁。ボウルの中でヨーグルトと蜂蜜とその漂白したキウイフルーツみたいな果肉を和える。その間にも脳内はエスカレート。どうして僕にだけカヲル君はやさしいんだろう。そのやさしさには意味があるんじゃないかなあ?なんて考えて鼻息荒くしながらもう一度赤い皮の中にボウルの中身をとろとろ投入。ついに完成、ドラゴンフルーツのポピュラーレシピ。シンジはスーパーのレシピチラシを引き出しにしまった。

学校の帰り道、カヲルがいきなり

『どうやら鍵を忘れて来てしまったらしい。今日は君の部屋に泊めてもらえないかな?』

と耳許で囁いたからシンジは車に轢かれかけた。黄色信号だったのだ。マンションの大家さんにスペアキーもらえないの?とかゼーレの人は頼れないの?とか真っ当な疑問を飲み込んでシンジは

『いいよ…』

と呟いた。ちょうど今日は同居人がそれぞれの事情で留守をして誰もいなかった。膝が笑っていた。

『何か食べたいのある?』

それから、夕ごはんをごちそうするよ、と一緒にスーパーへ立ち寄った。有名人のカヲルは鞄から白いパーカー取り出して制服の上に着る。フードを深くかぶる。ふたりで同じカートを押す。デートみたいと思うほどシンジは難しい顔をして誤摩化した。一生懸命メニューを考えているフリをしていたら、カヲルも隣で真剣に食材を選んでくれた。ふたりの目の前には売り出しの黄色いポップが大きく貼り出されていた。

『シンジ君、これはどうかな』

いつもなら完全にスルーする南国の果実、ドラゴンフルーツ。派手な見た目はどうやって食べたらいいのか味すらもわからない。しかもちょっとお高めだ。家庭的なシンジは普段はやりくりに忙しくてそんな冒険はしないけれど、

『栄養満点らしい』

カヲルのその囁き声がとてもいやらしく聞こえて(もうこの時点でシンジの頭の中は妄想が大爆発)気がついたら真顔で「そうだね」と頷いて陳列に手を伸ばしていた。カヲルマジック。それからカレーの材料をかき集めてカートは疾走。人垣ができて騒動になりそうだった。

そんなに栄養をつけてどうするの?なんて脳内でツイートしかけた自分を殴ってシンジは何でもない顔をする。盛りつけた皿とソーダをふたり分、お盆に入れて自室へと運ぶ。デザートはゆったりとくつろいで食べようと思ったんだ、別に僕は自分の部屋にカヲル君を連れ込んだわけじゃない、絶対に違う、と言い訳しながらも皿の上のスプーンがカタカタと鳴ってしまう。

いきなりお泊まりだなんて!カヲル君に嫌われたらどうしよう!

シンジは心底カヲルに陶酔していたのだった。





「アントシアニンとは抗酸化物質でね」
「うん」

初めての果肉の味をどうにかゴクンと飲み込みながら、カヲルは何か考える前に喋ってしまう自分を呪っていた。

「アルブミンは解毒作用があるからね」
「うん」

絶対に面白くないのに健気に相槌を打ってくれるシンジ。カヲルはじんと感動を覚えながらも爽やかな笑顔を保つ。

すごく好きでたまらない相手が何故か自分のファンだった場合を想像していただきたい。カヲルは内面の混乱の最中、めちゃくちゃかっこつけていた。

デザインベイビー、一応はヒト属。『タブリス』なんて学名を登録され存在は特許まで取得しながらも見えない部分はロンリーハート。管理される生活に生きる喜びを見いだすことが出来なかった。そんなカヲルの世界の色を変えたのがシンジだった。父親に連れられてゼーレを見学している幼い姿を水槽越しからカヲルが見つめていたのは約10年前。両手をガラスについてキラキラと目を輝かせているその姿はまさにリリンの希望だった。カヲルはボコボコとLCL溶液の中で息を吐く。初めて自ら望んて息をした瞬間だ。

永い片想いはこじれにこじれて転校初日には既に息もつけないレベルだった。本物のシンジ君はこんなにも可憐なんだ!と心の中で絶叫しながらも取り繕ってまずは普通に会話した。そしていつ想いの丈を告白しようかと探り探り様子をうかがっていると、

『あんたは露骨すぎんのよ、バカシンジ』
『ち、ちょっとやめろよ…!』

関係は思わぬ方向へ。

『こんなヤツのどこがいいの?転校生、あんたの熱狂的ファンがこんなバカでよかったわね』
『ああもう…!』

仲良しのアスカがカヲルとシンジを冷やかしてきたのだ。そこで発覚するのはシンジがカヲルのファンだという(カヲルには)奇想天外な事実。シンジが求めているのはファンとしての従順のようだった。

そしてもうひとつ。シンジ曰く、彼女とは何でもない、ただのクラスメイトだ、と主張していたがさっき訂正が入った。実は同居人なんだ、と。

『だからさ、女の子っぽい物は全部アスカのだから触らないでね、怒られるから』

シンジは彼女には呼び捨てでしかも遠慮がない。明らかに自分よりも仲が良い。それで同じ屋根の下。怪しい。絶対に怪しい。きっとシンジ君は僕よりも……とカヲルの思考回路は猛スピードで空回りする。シンジ君は僕なんかよりも彼女のことを……熱っぽい溜め息をつく。

「カヲル君、疲れちゃった?」

成分の説明をしていたのに。いつの間にか前髪の間から一点を暗い瞳で見つめていた。

「楽しくなかったり嫌だったらちゃんと言ってね」
「そんなことはないよ」
「でも」

こういう時、シンジの前で憧れの存在を気取らなければいけないのが、つらい。カヲルは爽やかに微笑んだ。

「お手洗いを借りるよ。少し気分が優れないんだ」

眉が完全ハの字の涙目のシンジを部屋に置いてカヲルはトイレへと直行した。実際かなり体調がおかしかった。シンジはそんなカヲルを見送りながら、ああ僕はダメだな……絶対に嫌われた、もうおしまいだ……なんて失恋の準備を始める。ファン心理と恋心の違いは難しい。友達になってからまた切り抜きを集めてブルーレイを保存用まで買って貢ぐだけの生活に戻るのは死ぬほど苦しい。カヲルはシンジの部屋に来てから急に様子が変わった。さっきも10分は怖い顔して押し黙っていた。だからきっと僕は何かやらかしたんだ、シンジは項垂れる。好かれたくて必死で対等になろうと頑張ったのに。シンジは目尻をそっと拭った。





しばらくカヲルは硬直していた。それはいろんな意味で、である。

トイレの中でどれだけの時間が過ぎたのかわからない。カヲルは便座と対面しながら自分を見下ろす。どういうわけか、ズボンのチャックから顔を出している自分のペニスが直立していた。脈々と血管が浮いてさっき90°だったのにもう120°は傾いている。なんてことだ。

どんなに夢のように優雅なカヲルであっても肉体は普通に機能しているわけで。シンジを想えば膨らむし、夜な夜な白い欲望も飛び散るけれど。それは彼が望んでそうなったわけでちゃんと意識のコントロール下に飼い馴らされているものだった。

なのに今、先端から何かが勝手にコンニチハを始めている。どんなに、鎮まれ…!と念じても、シンジ君にこんな姿を見られたら僕は羞恥で死んでしまう……と最悪の事態を想像しても勢いが少しもおさまらない。おさまらないどころか刻一刻と……

「うっ」

シンジを感じるだけでこぼれる体液。カヲルは目を閉じ息を殺してシンジを想って情熱を発射させた。内心、めちゃくちゃ「君の家のトイレでこんな破廉恥なことをしてしまってすまない…!」と泣いて詫びた。

それなのに、

「……!?」

抜いてもおさまるどころか勢いを増してゆく。145°、破裂しそう。

カヲルは、どうして!?何故!?と賢い頭で答えを探しながらももう一度自身の手で慰めた。びゅるびゅると発射する。160°、こんな傾斜見たことがない。ブルブルと身震いして意識が朦朧とふやけてきた。

「はあ、」

身体中が熱い。熱いどころじゃない。全細胞が沸騰しながら敏感に痙攣している。困ったな……とカヲルは目に涙を溜めてシンジのことを考えた。シンジとのあんなことやこんなことを。その彫刻のような細い腰が揺れてしまう。

「シンジ君……」
『カヲル君?』

思わずそう囁いた時、ドア一枚隔てて、名を呼んだ愛しいひとの声が聞こえる。





シンジはもう30分近くカヲルがトイレに籠っていることが非常に非常に気になっていた。

どうしたんだろう?気持ちが悪いのかな?

部屋をぐるぐる小走りで回りながら考える。吐きそうならうがい用の塩水を持っていってあげたほうが……でもトイレ中に話しかけられるのってすごく嫌じゃないだろうか……

おなかを壊したのかな?まさかトイレが流れない?

そんな無作法なことうちのトイレがカヲル君にできるわけない!とシンジは怒りを床にぶつける。地団駄を踏んで悶絶。

もう心配で心配で心臓がトランポリンで新体操を始めた頃、シンジは気絶しそうになりながらトイレの前に這ってきていた。

『……ん?シ、シンジ君……かい?』
「もうずっとだから、その、心配で…」
『もう……出る、よ……んっ!』
「出るの?でも調子悪そうだね、大丈夫?」

う〜〜ん?と疑問のような声が聞こえてシンジは冷や汗が出た。

「あの、出るなら待ってるから、」
『うん、わかっ…た、くっ……っ…!』

地震?と思ったら違った。ガタンと物音が聞こえてシンジは慌てて部屋に帰る。怒ってドアを叩かれたのかと思ったけれど、冷静に考えると芳香剤が落ちたような音だった。

それからカヲルがやっと再登場するのは、シンジがお風呂を入れて、自作カヲルファイルに泣きながらお別れのキスをして、病んだ瞳で洗濯物を畳み終わったあとだった。

「だ、だ、大丈夫!?」

現れたカヲルはよろよろを前屈み、歩きながらシンジのベッドへと倒れ込んだ。汗だくで上気した頬、充血した目が一層赤い。

「う〜〜ん?」

カヲルののぼせた頭はハテナで埋め尽くされていた。何度も射精したはずなのに全然萎えない。それどころか連続絶頂の快感で髪の先までうずくのだ。ハアハアと息荒くとろんとした表情で見つめられてシンジはドキッしたが、それ以上にカヲルの生命の危機じゃないのかと感じた。あのカヲルがシャンとしていないで芋虫みたいにもじもじクネクネしているなんて明らかにエイリアンに身体を乗っ取られたか病気だ。

「救急車呼ぶ!?」
「いや、いいよ」
「でも」
「熱いんだ。ただ熱いだけ……」

お熱なのか、とシンジは思った。

「暑いなら脱いだほうが」

パーカーを、という意味だったのだが、

「そうだね」

とカヲルがいきなりズボンを脱ぎだしたからシンジはワ〜〜〜!!と驚愕の悲鳴をあげて顔を両手で覆ってしまう。そして指の間から目撃したのはカヲルの……シミだらけのパンツとその中に捕獲されている巨大なツチノコだったのだ。

「カ、カ、カ……!」

パニックになったシンジが、カヲルくうん!と非難の声をあげようとしたらもう何も考えられないカヲルがシンジの恥ずかしがり屋な反応が嬉しくて最後の一枚まで脱ぎだしたから今度はキャ〜〜〜!!と女の子みたいな奇声(またはファンの雄叫び)をあげつつもガッツリと指の間の目は見開かれていた。あまりのたくましさにシンジはへなへなとその場にくずおれてしまう。腰が抜けてしまう。

「どうしようシンジ君」
「えっえっ」
「僕はおかしくなってしまったよ」
「うんっうんっ」

床にへたりこんだシンジからはカヲルの顔は見えない。ただ起立した伝説の生物・ツチノコがもう爆発しそうなのが一望できた。シンジは何故かカヲルのたくましいツチノコに頷いていた。

「全然おさまらないんだ」
「やっぱり!やっぱりカヲル君はそういうのもすごいって設定されたんだね…!」

ドピュッと噴水を目撃してシンジは感嘆の溜め息を漏らす。

「ハア、ハア……一体何が起こってるんだ」
「そこまでかっこよくデザインされてるんだろうなと僕は実は思ってたんだ」
「どうすれば萎えてくれるんだ」
「そういうこと考えるのはよくないかもしれないしカヲル君も嫌かなと思うけど、でもファンなら一度は深く考察するよ」

つい真剣に観察してしまう。全身が火照るのを感じた。

「こんな姿君に見られたくなかった」
「考察が現実に……ああすごいや……」
「……」
「……」

ふたりが急に真顔になる。

「お互いちょっと冷静になろうか」
「うん」

そして間があいて、

「だ、だ、大丈夫!?」

振り出しに戻る。

ようやく立ち上がったシンジ。起き上がったカヲルの前にタオルをかけてあげて、ふたりはベッドの真ん中で正座をして向かい合った。

「どうすればいいか一緒に考えてほしいんだ」
「うん」

こっそり生唾を飲み込むシンジ。

「「よろしくお願いします」」

ふたりは深々と一礼した。

それからカヲルはあえぎあえぎ難しい話をしていた。いろんな専門用語やら手段方法やら。シンジは「そうだろう?」と同意を求められる度にタオルの上からでもしっかりわかる未確認動物から目を上げたがすぐに視線はそこへ集中。

「あんまり見ないでおくれよ……ん、」

その視線に興奮してまた反り返り胸を上下させてイッてしまうカヲルをシンジはまた羨望の眼差しで見送った。鼻の穴が膨らんでしまう。イッちゃう時もカヲル君はすごくかっこいいんだなあとしみじみ思った(末期)。

正直、何をどう難しく考えてもこういう時にすることはひとつだとシンジにはわかっていた。ひと通りカヲルの言い訳のようなものを聞いたらいつでも「僕でよければ……」と慰める準備はできていた。手でも口でもお尻でも。けれど、目の前のカヲルはなんだか悲しそうだった。

「僕に憧れてくれているようだから……こんな格好悪い姿を晒したくはなかった」

何言ってるのとシンジが健気に首を振る(ファンとしては嬉しいハプニングなのだから)。なのでカヲルは自分を縛り上げていた糸がプツンと切れた気がした。格好ばかりつけて肝心なことは何も言えずじまいだなんて(なんとここまで許されているのだから!)。

「シンジ君は同居人の彼女のことが好きなのかい?」
「全然」
「……恥ずかしくてそう言えないだけだろう?」
「ううん、本当に全然」

いきなりなんでそんなこと言うの?今は僕たちふたりきりなのに、とシンジは顔をしかめていた。昨日、自分の大事に隠していたプリンを目の前で悪魔のごとく笑いながら食したアスカを思い出す。他のヤツの話なんてしないでよ、もう!それを見つけてカヲルはどうにか覚悟を決めた。決めたら早いほうがいい。

「こんな状況で、こんな風に急かされて言いたくはなかったけれど」

カヲルは気怠い身体を奮い立たせてシンジの肩をしっかりと掴む。赤く濡れた瞳からは積年の想いがこぼれ落ちている。

「ずっと、君のことが」

その瞬間、夜の第三新東京市中に地響きのような爆音が轟いた。発電所に落雷が発生、市内が全域停電に見舞われた。

もちろんコンフォート17のシンジの一室も、だ。

「あ♥カヲルくん♥あ♥あ♥あ♥」

ベッドが大きく軋む音。そしてふたり分の床ずれの音。同市は予備電源までショートして停電の復旧にはしばらく時間がかかったという。けれどカヲルとシンジには関係がなかった。翌朝のニュースで聞いてもまるで他人事だった。暗闇は何もかもを筒抜けにする。ふたりはすれ違っていたものをがっちり重ね合わせたのだ。





シンジがネルフとゼーレの機密書類にサインしたのはそれから3日後のこと。デザイナーズベイビーはドラゴンフルーツに含まれる成分を摂取すると強烈に発情する。それは何故かわからない。情報は秘密裏に処理されて『完璧』に汚点をつけないよう研究者たちが日夜研究に明け暮れている。シンジは書類の山にすべて名前を書き終わる頃には、カヲルは本当に合法なやり方で誕生したのだろうかと、特務機関をやんわり疑い始めていた。何度も登場する『使徒』という言葉は一体全体何を示すのだろう。

「タブリスはあのフルーツよりも禁断の果実を見つけたんだ」

まな板の上、艶かしく完璧にデザインされた指が滑る。シ、ン、ジ、と描く指先。すぐ側の普通の手も滑って、シンクに果実が転がった。シンジは世界で一番かっこいい彼氏の片想いの物語を聞いてから、気の狂いそうな初恋にずっと悩まされている。

「くすぐったいよ」
「君の匂いを嗅ぐとエッチな気分になるよ」

それはまるで媚薬みたい。背中から聞こえる官能的な囁き声にうずいてしまう。世界が恋する完璧な美声だ。皿にコロコロと硬いバーガンディー色が盛りつけられてゆく。回された完璧な腕が悪戯にあちらこちらを撫で上げる。

「どうして君は僕に南国の果実を食べさせたいの?」

ゴクリと密かな期待の音が喉から響く。先日はプラムだった。その前はバナナ、イチジク、マンゴー……

「ラ、ライチは美味しいから、」
「タブリスはファンにやさしいんだよ」
「た、食べたくないなら、別に」
「特別なサービスだってするんだよ」

シンジはカヲルに促され、そのバーガンディー色の皮に爪を立てて剥いてゆく。プルンと芳しい半透明の白い果実が露になる。

「いただきます」

シンジの手に添えられた完璧な手が、その果実をすすんで完璧な唇に運び、美味しそうに頬張った。


top



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -