「志望動機は……何、かな?」
店長はそのカリスマに圧倒されていた。
「そうですね――」
カリスマはニッコリと微笑んだ。
「――恋をしたからです」
▽ ▽ ▽
その@ 相田ケンスケの証言
“ 俺はたまたま後ろに並んでいただけだったんだ ”
「あたためますか?」
「ふたりで一緒にあたため合おう」
「…お持ち帰りしますか?」
「喜んで」
俺の住むオンボロアパートから徒歩5分の場所にコンビニが出来た。前のコンビニが潰れて不便だったから俺は改装工事中からずっと楽しみにしていた。ちょっと変わった名前だが、まあ他の大手とも遜色はなかった。俺の好きな硬いグミも売ってるし。真新しさもあって俺はホクホクしながらレジの列に並んだ。
が、
「ちょっと待て」
つい俺はこんなことを聞いてしまったんだ。
「なんで君は何も持ってない彼にあたためますかって聞いたんだ?」
ツッコミどころ満載で、むしろツッコまない方が失礼かとも思った。
「え…っと、」
いつもの俺はお節介とはほど遠い存在だったんだが。
前の客が振り返った。
「僕がお答えしますよ」
カリスマみたいに綺麗な男。ちょっと笑えるくらいのハイスペックな男だ。
「僕らはずっと小さい頃に出会ったんです。まだ…そうだな、試験管に入っているくらいの時期です。僕らはずっと一緒にいました。それだけで世界は薔薇色になりました。幸せの色です。
けれどその状況はずっとは続かない。ここでレジをしている彼――シンジ君は引っ越してしまったんです。僕らは離れ離れになりました。僕は苦しくて涙が枯れ果てるまで泣きました。つらかったな…」
カリスマはコンビニ店員をうっとりと見つめた。
「それから僕は成人して自由を得て彼を探しに旅に出ました。シンジ君の手がかりになるものは何でも追いかけた。そしてやっと見つけたんです。彼のtwitterアカウントから所在地を割り出して」
「え?僕のアカウント知ってるの!?」
「もちろんだよ」
コンビニ店員がそわそわしはじめる。
「そうして僕らは再会し、結ばれました。20年の時を超えて。想いは少しも色褪せずに光を増す。だからこうして愛を確かめ合うんです」
「そうだったのか」
俺はなんだか申し訳なくなった。ドリンクコーナーから缶コーヒーをふたつ持ってきて店員に差し出した。
「邪魔して悪かったな。これ、俺のおごりだ」
「そそそんないいですよ!そんなっ」
「幸せになれよ」
俺はこういう恋バナにめっぽう弱かったらしい。柄にもなく目から汗が垂れかける。俺は謎のシンパシーを感じていた。
その時だった。
「まだいたの」
奥から出てきた白色美少女。制服を着ているから店員らしい。カリスマに箒の柄を向けている。
「シフト終わったんだから早く帰って」
「いいだろう別に」
「仕事の邪魔」
「少し話をしていたんだよ」
「一方的に口説いてるだけじゃないの」
「おや。今日はやたら好戦的だね」
美少女店員は裏に消えた。そしてトイレで使うあの“スッポン”ってヤツを手にして戻ってきた。戦闘準備完了らしい。
「お、落ち着いてよ綾波!」
美少女戦士はアヤナミといった。
「それにカヲル君も!」
カリスマはカヲルクンといった。
「つれないな。君と愛を深めてはダメなのかい?」
「ダメじゃないけど…ん?アレ?」
店員が恥ずかしそうに真っ赤になった。
「ああ、胸が苦しい。僕はただ君との馴れ初めを話していただけなのに」
「な、馴れ初め?」
「詐欺師」
アヤナミがぽつり。
「変なことばかり言って碇くんを困らせないで」
「君には関係ないだろう?」
ハア?
どうやら俺はヤツに一杯食わされたようだ。
「またしようね。コンビニではじまるラブごっこ」
「うん…?」
「おつかれさま、シンジ君」
「お、おつかれ――」
「愛してるよ」
「!?」
そうしてカヲルクンは店員の頬にキスをかましてカリスマの星へと帰っていった。俺はやっとレジにシャケ弁を置く。そこで気づく、缶コーヒー。
(あいつ、1本持っていきやがった…)
「572円になります」
(こいつ、2本分俺のおごりにしやがった…)
そして俺はホラ話に無駄な出費をして帰宅。ふとんにダイブ。
「なんだ〜〜あのコンビニは〜〜!!」
釈然としないマイハート。
俺はまるで夢でも思い出す見たみたいに頭の中を整理した。どうやらカヲルクンはシンジクンに猛アタック中らしい。それが気に食わないアヤナミ。
「三角関係だな…」
リアル、リアルだ。
「ハイスペックなカリスマゲイと色白美少女戦士の間で揺れる地味でノンケな主人公…」
リアルか…?
俺は浪人の勉強に飽き飽きしていた。机に散らかったフィギュアを片してニコ動の実況とシャケ弁を完備。俺は久々にノートを取り出す。似顔絵に矢印をつなげる。ラブ?登場人物のプロフと属性。ラブなの?多少の妄想の産物。俺のコンビニ相関図。
こうして俺はこのチャートを完成させるためにあのコンビニの常連になった。
え?勉強しろだって?
余計なお世話だ。
そのA 綾波レイの証言
“ 変なのがやってきたので対処しています ”
私はコンビニ『NERV』でアルバイトをしています。
「ヨッ!ここで会ったが百年目〜」
「あ、昨日のお客さん」
「なあ〜あいつ本当にバイトなんだな」
「そうですけど」
「君も大変だな〜」
コンビニには変な客も来ます。
「おケツ、狙われちゃって」
「そ、そんな言い方やめてくださいよ…!」
…………………………。
「あれ、綾波」
「新聞交換しといた」
「ありがとう。僕の仕事だったのに」
「一緒に検品やりましょう」
「わかった。じゃ、僕は仕事がありますんで」
「え〜」
碇くんはいいひと。だからいろんなひとを引き寄せます。
「あ、それ重いから僕がやるよ」
「はい」
「綾波っていつも手際がいいよね」
「そう?」
「うん。僕も見習わなきゃなって思うよ」
私も引き寄せます。
「おふたりさ〜ん。イチャついてるとレジのイケメン君が怒っちゃうよ〜」
「わっ!棚の間から覗かないでくださいよ!」
やさしいからみんな無遠慮です。
「シンジ君!ちょっとお願いできるかな」
「あっ今行くね」
「ほ〜らな。爽やかスマイルの裏っ側はネッチネチのドロドロだぜ?」
「…コンビニに何しに来てるんですか」
「覆面調査しに来てるんだよ〜なあんて」
…………………………。
「ンギャア!!」
だから碇くんは私が守ろうと思います。
「はっハサミが…!」
「おや。ハサミがスニーカーに刺さったようだね」
「あなたは呼んでない」
「僕も君には呼ばれてない。けれどシンジ君がかわりに君を手伝ってというからね。嫌なら僕は戻るよ」
…………………………。
「ここからこっち側を検品して」
「やり方がわからないな。シンジ君に教えてもらわないと」
「仕方ないから私が教える」
「チッ」
「ふたりとも!客の俺にハサミが刺さってるんだけど…!」
碇くんのためならそれくらいどうってことありません。
「この度は本当に申し訳ありませんでした!」
碇くんにはどうってことがあるのかもしれませんでした。
「いや、別に擦り傷だったからいいんだけどさ。スニーカーもボロだったし」
「碇くんのせいじゃないわ。この人が変態行為をしていたせい」
「変態!?君が俺を刺したんだけど…!」
「謝ってほしいならその靴に謝ります」
「はい!?」
「ちょっと、」
「碇くんの邪魔をしたからあなたには謝らない」
「むしろ今の状況だと君が彼の仕事の邪魔してないか?」
…………………………。
「僕もそうだと思うな。君はシンジ君の邪魔ばかりしているね」
…………………………。
「……綾波?」
「呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってや――」
「わあ!綾波、落ち着いて」
「とても気持ちの悪い病み方だ」
「カヲル君!」
私は誰にどう思われても構いません。だって碇くんは。
「綾波のことそんな風に言うなんて僕だって怒るよ?!」
私のことをとても大事にしてくれます。
「……ごめん」
「別に。気にしてないから」
「シンジ君もごめんね」
「ううん、僕も強く言ってごめんね」
「みなさん俺のこと忘れてません?」
私はそれだけで幸せです。
けれど碇くんは少しだけ変わりました。
「カヲル君ってかっこいいよね」
「そうかしら」
「恋愛偏差値高そうだよね。カヲル君目当てのお客さんもいるし」
「……」
「きっと今も彼女がいるんだよね」
「いないと思う」
「え!?異性から見たらいないように見えるの!?」
碇くんはあの人を気にします。
「あの人、碇くんが好きだっていつも言ってるから」
「そ、それは僕をからかってるんだよ」
「からかう?」
「ん〜なんて言うか、初対面の時に前の駐車場で倒れているのを見つけて僕が助けたんだ。それですごく感謝してくれて。その延長線のノリかな?僕を楽しませようとしてるのかもね。カヲル君はすごいんだよ。コンビニなんて言ったことがなかったんだって!珍しいよね。だから僕が店内を案内したんだ。ちょうど綾波がいなかった時だよ。それでカヲル君は――」
碇くんはあの人の話をすると止まらなくなります。
それに感情的にもなります。
「……」
「どうしたの?」
「う、ううん!何でもない!」
彼らしくなく。それはあの人がよくわからない人たちに囲まれていた日でした。
「店員さーんサインくださーい!」
「婚姻届に!キャハハ」
「アハハハ」
「君たち早くおうちにお帰り」
「えーん何その塩対応〜おこぷん」
「ワラ。その顔ガチエモキュンなんで〜インスタあげちゃう〜いぇあ」
「ごめんね。君たちの言語がわからないんだ」
「テンアゲ!!」
「やばたん!!」
「秒で孕むし」
「パネェ」
よくわからない人たちは店内を抜け出し。
「ねえ、そこの割と本気な店員サン?」
外で掃除をしていた碇くんを呼び止めました。
「……」
「マジモフりてぇきゃわたんの君?」
「……え、僕?」
「これリアルに私たちのガチIDなんで〜」
「あの池様に渡してくれたらぁぷぎょへんざしてJKが喜びます」
「神対応よろ」
「……はあ」
「とりまレリゴーしますか」
「どのパティーン?」
「サイゼ安定」
「り」
そうして彼女たちが立ち去ったあと。
「……」
碇くんは受け取った紙をビリビリに破きました。
私に嘘をついて。
「変わらないな君は。ふふ」
そしてあの人は隠れて確かにそう言ったんです。
私は碇くんが心配です。
「綾波、発注しよう」
「あの人は?」
「……知らない」
碇くんはあの人が異性に好かれるのと同じ数だけ彼に意地悪をします。
そんな人ではなかったのに。
「アララ喧嘩中?それで仲良く作業ですか〜」
「ケンスケさんは何しに来てるんですか」
私に不思議なくらい仲良しに振る舞うことがあります。
あの人の様子をチラチラと気にしながら。
「なあ、これもうすぐ割引になる?俺の最愛のティラミスなんだけど」
「1時間後に」
「1時間後かよ〜」
変な客にも同じようにしてあの人の気を引いています。
「……はい」
「お!20パーオフ!わり〜な、心の友よ」
「仕方なくですよ。変態でも常連さんなんで」
「この〜ツンデレしやがって〜」
するとあの人は碇くんの手の上で転がる演技を始めます。
「シンジ君!」
「……何?」
「レジの調子がおかしいんだけど、見てもらえるかな?」
「……わかった」
影で薄ら笑いを浮かべながら。
「ふふ」
私は碇くんが心配です。
以上です。
そのB 葛城ミサトの証言
“ 噂には聞いていたんだけどね ”
私は葛城ミサト。
「おっひさ〜!リツコ〜!」
「用件は手短にして頂戴」
「何よその冷たい態度!久々に会ったのにぃ」
「司令にこのレポートを催促されてるのよ」
「なになに?……あ!」
「部外者は見ちゃダメよ」
ちょっち仕事でミスをやらかしちゃってあっけなく左遷されちゃいました。
「ケチ〜」
「自業自得でしょう?」
「司令だってミスくらいするのにぃ」
「立場が違うのよ。まあいいじゃない、リョウちゃんとはうまくやってるんでしょう?」
「フン、なんであいつがこんな仕事やりたがったのかしらねぇ」
「あなたの為って言ってほしいんでしょうけれど、それだけとも限らないわね」
リツコがこういう目をする時はたいてい何か裏がある。もちろんチョベリバの方よ?私は知らないフリをした。
「フランチャイズの店長って意外と大変なのよ。現代の闇ね。企業は儲かるし地域にはうまく溶け込めるけど」
「養成計画は順調?」
「シンジ君はね。他の子たちは、まぁ……」
私は気まずくなっちゃって、目を逸らした。
「まぁ?」
「……アスカはバックレてそのまま、レイはこの前客に刃物を刺してたわね」
「想像以上ね」
「ただでさえ人員不足なのにトラブルばっかり!で、新しい子が来たのよ」
「新しい子?計画に関係ない経費は落ちないって司令から言われたでしょう?」
「でも加持君は問題ないって。言い分は司令から了承済みだの一点張り」
リツコは煙草に火をつけた。長く煙を空に吐き出す。これは考え中ってこと。
「ね?なんか臭うでしょ?」
「……そうね。調べてみるわ」
「え?私は?」
「あなたは大人しくコンビニ経営してなさい」
「や〜ん、つれないわねぇ」
「これでも何かとかばってあげてるのよ」
「ケチ〜ケチ〜」
「言いたいことがあるならもう少し売り上げを増やして頂戴」
親友の文句に私はグサリ。
それからまたリツコから連絡があったのはもう少し先だった。
「どうしてレジに誰もいないの!?」
「い、いますいます!!」
私は愛憎まみえた子供たちのお守りの毎日。
「レジにもぐって何してるのよ」
「小銭が落ちちゃって」
「僕が落としてしまったんです。誤解を招いてしまいすみませんでした」
つってもハタチ超えてるんだけどね。
「いるならいいわ。私が聞きたいのはね」
ここでは私が指揮を執る――表向きはコンビニ経営。
裏ではチルドレン養成計画と呼ばれている。
「売れ筋のティラミスがどうして発注されてないの?」
「僕です。新作の宇治抹茶シュークリームに切り替えようかと」
「ダメよ〜渚君、売れ筋なんだから。棚を増やせばいいでしょう?」
「気をつけます」
「シンジ君、アスカは?」
「また来てません。ジモメンと遊ぶと言ってました」
「ジモメン?人?」
「さあ」
「まぁいいわ。ふたりともよく聞いて。レイも早くいらっしゃい!」
三人はしおらしく私の前に一列に並んだ。この、葛城元三佐・現店長の前に。
「あなた達の働き次第でNERVがフランチャイズ化するかどうかが決まります」
みんなには一応こういう説明で納得してもらいました☆ミ
「シンジ君、昨日の売り上げは?」
「えっと……50万ちょいです」
「ダメよそんなの!ロイヤリティや経費を差し引いたらカツカツじゃない!」
「(僕に言われても……)これでも増えたんですけど」
「倍額にしなさい」
「はい?」
「目指せ100万円!ブイブイいくわよ!」
「ブイブイ?」
「無茶ですよ!言うのは簡単だけど……」
シンジ君はイライラするといつも手をグーパーする。見てるこっちがイライラする。おっと……最近すぐMK5しちゃうのよね。反省反省。
「わかりました。が、売り上げを倍にするのはちゃんと策を講じないと」
渚君がすかさずフォロー。シンジ君の手を握っていた。
「店長は何か考えがあるんですか?」
お姉さん、そういう優しさに弱いのよ。
「そうね。これはずっと考えていたことなんだけど。まず制服をプラグスーツにしましょう」
「え」
「もちろんインターフェイスも着けるのよ。それで日替わり商品を設けるの。その商品を一点お買い上げごとに一枚、握手券を配布する。月1で握手会のイベントを開催ってのはどうかしら」
「それはコンビニの仕事でしょうか」
「物事には柔軟さも必要よ、渚君。あなたはかっこいいんだからそういう長所を存分に発揮して――」
「ミサトさんはいつも僕達に無茶ぶりばかりだ……」
そして、シンジ君がこういう内気な子にありがちな方法で、キレた。
「ミサトさんのわからず屋!!」
ふぅ。私の何がいけなかったのかしら。
「何もかもよ」
数時間後、リツコは野良猫を撫でながら反比例する辛辣さで私にそう言った。ひどくない?
「シンジ君は真面目にやっているのにあなたが人気商売みたいな発想をするから」
「でもけっこうイイ線いってたと思わない?」
「それがダメなのよ」
「ダメって何よ。何がダメなのよ」
「司令はあなたの目標の達成以上に達成の過程を注視しているわ。つまり、あなたにはエレガントさが欠けてるのよ」
「綺麗事じゃ勝てない闘いだってあるのよ」
「そうね。それでもやり方ってのがあってよ」
なんとなくシンジ君の気持ちを味わってしまった。そしたらリツコが本題を切り出した。
「それで、あの新人君なんだけど――」
え???
そこで私はまたプッツンしてしまうワケ。
「ゼーレお抱えの子ってどういうことよ!?」
「まあまあ落ち着けよ、葛城」
リツコから情報を聞いてすぐに加持君へと駆け出した。ゼーレとはネルフの親会社。私はあいつが本当はネルフとゼーレの二重スパイだってことをちゃんと知っていた。
「何企んでるかと思ってたら!誰の差し金!?今度はどんな陰謀に加担してるのよ!?」
「物騒なこと言うなよな。とりあえず深呼吸しろ」
「あんたは改心したと思ってたのに!!」
あ〜んもう。心の中はぐちゃぐちゃ。
「最近ピリピリしすぎだぞ。この仕事がそんな不満か?」
「私は司令を見返したいのよ!左遷の汚名返上したいの!だからもうトラブルなんてまっぴらなのよ!!」
「左遷?司令がそう言ったのか?」
「三佐からコンビニの店長よ!どう考えたって左遷じゃない!」
「出世かもしれないじゃないか。ネルフがフランチャイズ化したらコンビニも一大事業だ」
「んなわけないでしょ!!!話をはぐらかさないで!差し金は?陰謀は?」
「お前の考えているようなことじゃない」
「じゃあ今度こそちゃんと説明しなさいよ……」
私は泣きながら、シンジ君はあの後こんな風に泣いていたのかしら、と思ったものよ。
「お前は口が軽そうだからなぁ」
「……」
「じ、冗談だよ。ちゃんと説明するから。落ち着けよ。な?」
それから私は聞いた話はとてもとても不思議で、本当は今ここでみんな明かしちゃいたいんだけど、やっぱり本人の口から聞いた方がいいでしょ。
ね?シンジ君?
そのC 碇シンジの証言
“ 僕は本当にわかっていなかったんです ”
どこから話せばいいんだろう。僕はネルフでエヴァンゲリオンのパイロットとして働いています。通称サードチルドレン。成人済みなのにチルドレン。ここ笑うところです。でもそんな職業名は変だから職業欄にはサービス業とか書いてしまう、そんな弱気な僕。立ち籠める将来への不安。今時対宇宙人の軍事産業なんて流行るわけないよね。仕事の意味もわからない。でもネルフはいくら怪しくても父さんの大切な会社だから。僕は諦めて仕事以外に人生の喜びを見い出そうとしました。
仕事以外って言えば趣味とか恋って答えが多いですよね。でも僕は趣味がないのが悩み。実はここも笑うところです。何でもすごく夢中になれる人がうらやましいな。そういうのは才能だと思う。僕はけっこう色々コレかもって挑戦したけれど、結局は退屈な時間に好きな音楽を聞くくらいに落ち着きました。これも趣味にカウントしていいですよね。
でもさ、僕は思ったんです。何でも平均かそれ以下の僕にはすごい恋が待ってるんじゃないかって。恋愛って才能じゃないでしょう?運というか運命?僕はそういうのをずっと待っていたんです。こんな平凡な僕を救ってくれる奇跡のような出会い。はい、他力本願です。
それが、渚カヲル君だったんだ。
彼はコンビニの駐車場でまるで砂漠の真ん中で遭難した人みたいに倒れていたんですよ。それだけでも僕にはすごくカッコイイこと。それなのに、彼、こう言ったんです。
「僕は君に会うために生まれてきたんだ」
すごいですよね!彼は駆けつけた僕を見つけるなりそう言ってから気絶しました。僕はぶるぶると震えました。武者震いです。人生で一番のインパクトだったから。
「それはセカンドインパクトさ」
「一番なのに?」
「そうだよ」
彼の不思議な話に僕は魅了されました。
「僕たちは仕組まれた子供なんだ」
「何を仕組まれたの?」
「運命だよ」
聞いているだけで僕は自分がつまらない人間じゃないんだと思えたんです。
(カヲル君にTwitter垢バレてたなんて……)
僕はスマホを覗き込んで『運命の相手が現れた、かも?\(//∇//)\』という頭のおかしいツイートを削除するかどうか悩んでいました。うーん。
「ま、もう見られちゃっただろうし」
でも僕は削除しなかったんです。出来なかったんだ。
「遊ぼうよ、シンジ君」
「遊ぶ?」
「うん。僕がこのコインを投げて君が裏表を当てるのさ。当たったら君の願いごとをひとつだけ聞いてあげるよ。外れたらその逆さ」
「いいよ」
カヲル君はコインをまっすぐ高く投げました。僕は頭上で煌めくコインを眺めました。そしてそれは魔法みたいにカヲル君の白い手に着地したんです。
「僕が当たったようだね。それでは願いごとを言うよ」
それから僕らのコンビニではじまるラブごっこはお客さんに盛大にツッコまれて、最終的には綾波の衝撃の刃物事件へと発展しました。ケンスケさんはこの日のことを『刀鋏乱舞』と呼んでいます。
「レイは物騒な部分もあるからシンジ君にはちゃんと見ていてほしかったんだけど」
「すみません……」
はあ。その頃ミサトさんは僕に厳しかったな。僕はメンタルが豆腐だからすぐに瀕死になりました。
「彼女は仕事の不満を君に当たっているだけさ。気にすることはないよ」
チャリン――カヲル君が小銭を床に落としてふたりで探します。これは僕らが内緒話を内緒話らしくする一種の儀式です。
「でも……元はと言えば僕が原因だから」
「何かあったのかい?」
「僕らはもともと別のサービス業だったんだ――」
ネルフ本部に出社していた時代に僕はミサトさんの命令を無視しました。ネルフのマスコットキャラ・ペンペンと一緒にスカイダイビングする企画を無理やり任されたからです。公式ブログにその動画をアップするなんて僕の仕事ではないと思いました。そしたらミサトさんは父さんから異動されてコンビニの店長になりました。僕らを連れて。
「それはどう考えても葛城店長が悪いよ」
「そうかな。僕が言うことを素直に聞いていればミサトさんは好きな仕事を続けられたんだよ」
「それは君の犠牲の上に成り立つべきではない」
僕の手をカヲル君は握りました。ふたりはしゃがんでいて、お互いの顔が近くて。僕はカヲル君のやさしさに視界が涙でにじんだのを覚えています。
「実は穴だらけのプラグスーツを着て飛び降りて風圧でどこまで破けるかっていうちょっとエッチな実験だったんだ。股間はペンペンで隠しなさいって。女子だと問題になるから男の僕が担当になって。でも僕は男だけどそういうことすごく苦手で……嫌だったんだ。僕は逃げちゃダメだって何回も思ったのけど、結局は逃げ出したんだ」
「君がやらないでくれて本当によかったよ」
カヲル君は目から光線を出しそうな鋭さで天井を見上げました。怒ってくれているような横顔が、嬉しかった。
「君がそれをやらされていたら左遷どころじゃ済まされなかった……」
「どういうこと?」
「ふふ、つまりね、僕は君を愛してる。そういうことさ」
カヲル君の天使のような微笑み。それだけで僕の心は癒されました。
でもこの時の僕はまだよくわかってなかったんだ。
「シンジ君、元気だして」
少しずつ、僕があのことの気がついたのはついに僕がミサトさんにキレてしまった後だったんです。
「あ……」
僕がバックヤードで泣いているとカヲル君がやってきました。彼の手にしていた物は何だったと思います?HAR◯BO――クマさんのかたちをしているカラフルなあのグミでした。
「コレ……」
「好きだろう?」
それは僕のお気に入りだったんです。
僕には落ち込んた時にこのグミを噛み締めながら星を眺めるおまじないがありました。
「ありがとう」
僕は袋を開けて、ひとつ、赤い、まるでカヲル君の瞳みたいな色をしたグミをつまみました。
「いただきます」
僕はそれをじっくりと噛み締めます。
「僕はこうして星を10まで数えるんだ。そうするとつらい気持ちも消えるんだよ」
するとカヲル君はこう言ったんです。
「……覚えていたんだね」
僕は意味がわからずに首を傾げただけでした。
でも、その夜のことでした。
「久しぶり、父さん」
父さんから久々に電話がかかってきたのは。
『うまくやっているか?』
「うん。父さんは元気?」
『ああ』
父さんは用もなく電話を掛ける人じゃなかった。
『お前に言っておきたいことがあってな』
「何?」
『お前は体外受精だったろう』
試験管……
プクプクあぶくが赤い水に揺れている。僕はそんな夢をよく見ました。
「そうだったね」
『お前は覚えていないかもしれないが、お前のいた施設にはもうひとり、男の子がいた』
僕は他人事のように聞いていました。
『けれど男の子はただの男の子ではなかった。だから私達は引っ越した』
馴れ初め……ふとそんな言葉が浮かびました。
『それでだが、少し前にその子がお前に会いたがってると先方から申し出があってな。私は反対したんだが。問題ないか?』
「うん」
『何か思い出したか?』
「ううん」
『ならいい』
電話は普通の人なら切らないタイミングで、けれど父さんのタイミングで切れました。一方的に突き放された僕は呆然と天井を見上げます。
どうしてカヲル君は僕のおまじないを知っていたんだろう?
誰かに喋った?違う。
Twitterで呟いた?違う。
バックヤードで食べた?違う。
僕のチョイスでお店には全種類揃えてあるけれど。
あ、
その時です。僕の鼓膜の内側で、ビリビリと紙を破る音が聞こえました。
『おわかれのてがみなんてこうしてやるんだ!』
『シンジ君……』
『ぼくひっこさない。ずっとカヲルくんといっしょにいるんだからね』
聞こえるのは、幼い男の子の声。僕の目の前に鮮やかな、遠い景色。
『君はいつまでもこんな施設にいない方がいい』
『ぼくがいっしょなのはやなの?』
『君といることが何よりも幸せだよ。どんな実験されても君を想うと耐えられるんだ』
『じっけん?』
『君の知らなくていいことだよ』
『カヲルくんはないしょのうそばっかり』
幼い男の子がしゃがみました。真っ白い男の子もしゃがみました。
『じゃ、こうしよう。僕達はしゃがみこんだら嘘はつけない』
『いいよ』
『シンジ君は僕のことが好きかい?』
『だいすき。カヲルくんは?』
『大好きだよ。どんなことがあっても僕は君を忘れない』
あ、
『ぼくもわすれないよ』
『なら僕達は大丈夫。どんなに離れていても心は一緒だから』
『でもカヲルくんはさびしくない?ここでひとりきりになっちゃうよ』
『……寂し、く、ない』
『ひどいや。ぼくはさびしいのに』
あ、
『寂しくなったりつらくなったら……覚えているかい?』
『おまじないのこと?』
『そう。これを食べながらお星さまを10までちゃんと数えたら、どうなるかな?』
『つらくなくなる』
『そう。これからは僕は君を守れない。だからこのおまじないをひとりでするんだよ』
『……ふぇ、』
『泣かないで。さあ、もう時間だ。これを飲んでごらん』
あ、
『いい、まずそうだもの。ねえ、くまさんたべよ?』
『飲んで。これはくまさんの代わりなんだ』
『かわり?』
『そう。飲んだらぜんぶ、悲しいこともぜんぶ、忘れられるから』
『うーん……わかった』
『シンジ君』
『ん?』
『いつか、この施設から出られる時が来たら、必ず君を迎えに行くからね』
『うん、まってるね』
幼い男の子は青い液体を飲み干しました。
『……10、数えてごらん』
『10、9、8、7、6――』
終わりが近づくと、目の前の真っ白い男の子は泣いていました。
『――さ、ん、に……い…ち』
『……ごめん』
そしてぜんぶが真っ白になった――
「……なんてね」
「は?」
「君が僕達の相関図を書いているから教えてあげたんじゃないか」
カヲル君の話し声が聞こえてきます。
僕達は今、第三新東京市の冴えないコンビニで働いています。
「俺はフツーの事実に基づいたのを書きたいんだけどな」
「何か事実に基づいていない箇所があるかい?」
「いやいやいや!何もかもおかしいだろ!これじゃ厨二の黒歴史――」
「いいじゃないですか黒歴史でも」
「ンギャア!」
僕は棚の間から目を光らせました。やられたら……ね?
「心臓が止まったぜ!」
「仕返しですよ」
「ちゃんと心臓は動いているようだよ」
「ひどい店員達だな。ま、そんなことより」
ケンスケさんは僕の肩に腕を回してこしょこしょ内緒話をしました。
「君は誰が好きなの〜?」
だから僕はこう答えることにしました。
「僕の幸せのために自分の存在すら消しちゃえる人かな……薬を飲ませてね」
「このコンビニではヤンデレがブームなのか?!刀鋏女子にカリスマサイコに投薬男子に」
「ってことで。僕達は仕事がありますんで」
僕はカヲル君の手を引いてレジに戻ります。カヲル君は怖いくらい静かでした。
チャリン――僕は小銭を落としました。
「もう嘘はつけないよね」
「……そうだね」
「ここへはどうやって来たの?」
「オーナーが古い知り合いで協力してくれたんだ」
「怖い目に遭った?」
「ううん。大したことはない」
「体は大丈夫?」
「薬が切れたらたまに倒れるくらいさ。あの時はラッキーだったよ。君がいてくれて」
「あ、嘘ついちゃダメなのに」
「ごめん。君の言う通りさ。倒れたふりをして君の気を引いたよ」
「あはは」
「ふふふ」
「……見つかったら、大変?」
「大丈夫。今じゃ僕はゼーレの後継者候補。僕は君を迎えに来たんだ」
カヲル君は僕を見つめました。グミと同じ真っ赤な瞳で。
「あのおまじない……君は忘れていなかったんだね」
僕らはレジの下に隠れて額を合わせました。
「10数えたら、僕達のつらい気持ちが体から抜け出して」
「宇宙のどこかで星になる」
それはまるで呪文のよう。
「僕達の悲しみは星を生んで」
「朝が来るまで夜を照らす」
ふたりにふるふる降り注ぐ。
「カヲル君が教えてくれたんだね」
「シンジ君が教えてくれたんだ。どんなにつらいことがあっても君を想えば朝は必ずやって来るって」
見つめ合ったら一緒の気持ち。
「おかえり、カヲル君」
「ただいま、シンジ君」
ささやかな愛の挨拶。
とたん――コトン。物音がしました。立ち上がると、
「あ、」
缶コーヒーがふたつ並んで置いてありました。粋な客の計らいらしい。
ん?待てよ。
「……未払い」
「おごりじゃないようだ」
窓の向こう、駐車場でダブルピースしながら退場してゆくケンスケさん。
途中でぷぎょへんざして(?)JKさん達に囲まれています。
「そんなに見つめられても助けないよ〜。ね?」
「そうだね。たかられても仕方ないさ」
「アレ?ハイタッチしてる。意気投合したみたい」
「戻ってくるようだ」
「イヤァ〜俺も人が良くってね〜この連絡先を渡されちまってだなぁ」
カヲル君と僕は顔を見合わせました。
「聞こえた?」
「ううん」
「いやいや、もらっていただかなきゃあの子達にティラミス奢んなきゃなんないんだけど」
「ティラミス4点ですね」
「合わせて960円になります」
「チョッ!?」
「こうやって売り上げを伸ばしていくんだね、カヲル君」
「そうだね、シンジ君。このまま目標を達成しよう。僕達の未来のために」
「えへへ」
「うふふ」
コンビニのバイトも悪くないってその時にやっと思いました。僕達は寄り添いながら手をつないでレジを打ちます。器用でしょう?
「このコンビニはどうなってるんだよ!」
これが僕の証言のぜんぶです。それからのことはご想像にお任せします。
どんなにしつこく聞かれても答えられませんからね!
▽ ▽ ▽
一方、バックヤードでは……
「愛、か」
そんなコンビニをモニター越しで見つめている者がふたり。
「チルドレン養成計画、成功だな」
「ああ」
「これからはフランチャイズの時代、老人達はそう言ってるが……お前はそれでいいんだな?」
「時代にはそれに適した稼ぎ方がある」
「汎用人型決戦兵器もフィギュアにした方が売れるとは。皮肉だな」
「パイロットのフィギュアの出来も上々だ」
「試作品はもう見たのか」
「ああ」
「ほう。それは楽しみだな。コンビニの玩具コーナー、レジ前にでも設置するのか?」
「1番くじにした方がもっと稼げる」
「やれやれ。そうだな」
陰謀は暗躍する。
NERV、軍事やめるってよ
← top →