シッ!
ねえ、 続篇



「きいろいキリンさんみたいだったね。」

シッ!いわないで!シンジくんは小さな手のひらでカヲルくんのいけない口をふさいだ。

「ヒミツっていったよ!」

おねしょ。その響きは可愛らしいけれど、してしまった張本人には一大事だ。

カヲルくんとシンジくんはミサト先生にお昼寝の教室からこの誰もいない空き教室へと連れてこられた。おねしょでびっしょり濡れてしまったパンツとズボン。体を拭いてきれいにしたら今度は新しいのにちゃんと履き替えなくてはならない。しくしく泣きじゃくっていたシンジくんも今は泣き止みかけていて、つまりかけたお鼻をクンクンさせていた。そんなシンジくんを大事に大事に、カヲルくんはとても丁寧にお着替えさせてくれている。じれったいくらいゆっくりだ。だからシンジくんは、急に起きてここまでやってきたわんぱくな子はいないかと、さっきから真っ赤なほっぺで首を伸ばしてキョロキョロと窓の外を見張ってなければならなかった。ミサト先生がそんなわんぱくな子をつかまえて寝かしつけるはずだけれど、気が気じゃない。

「ぼくはうれしいよ。だってシンジくんのおねしょをみつけたセカイではじめてのひとになれたんだから。」

こいびとのぼくがおきがえをてつだいます、と言って聞かないカヲルくんにまたまた白旗を上げてしまったミサト先生。先生はちょうどその時、寝ぼけまなこでお友達のシンジくんを探しに教室を抜け出したレイちゃんの首ねっこをひょいっとつかんだ。

「セカイではじめてのひとはかあさんだよ。」

「おかあさんをかぞえちゃだめだよ。」

訳すると、お義母さん。

「だめなの?」

「うん。」

唇をツンと突き出しほっぺを膨らませたカヲルくん。シンジくんは、よくわからないけどわるいことをいっちゃったみたい、と眉を下げた。

「…ごめんね。」

「だって、おかあさんはここでシンジくんをおきがえさせたことはないだろう?」

「うん。カヲルくんがいちばんのセカイではじめてのひとだよ。」

すると、カヲルくんは満足そうに微笑んだ。一方、お義母さんと呼ばれた碇ユイは、息子が男の子とただならぬ関係なのではと真剣に考えてすぎて、仕事の書類に熱々のコーヒーを派手にこぼしてしまった。


ぽかぽか日和の昼下がり。もうすぐお昼寝の時間は終わる。遠くではちらほらとホシ組とクジラ組のにぎやかなざわめきが聞こえはじめた。

「よし。おしまい。」

ちょうどお着替えも終わり。カヲルくんは、ちゃんとはけたかな、とシンジくんのズボンの裾を引っ張って、ついでにパンツの裾も引っ張って、そしてついでに、小さな指をその中に入れてシンジくんのちっちゃなものもちゃんと納まっているかプニプニして確かめた。

「あん、さわっちゃだめ!」

「なんで?」

「なんで…?」

「うん、どうしてだい?」

「ええ!?」

カヲルくんはよくシンジくんにそう質問する。

「だって…」

「だって?」

そうすると、最初にシンジくんはちゃんとわかっていたことも、一生懸命考えれば考えるほど、こんがらがってわからなくなってきてしまうのだ。

「だって…」

それはいつもちょっとだけ、悔しい。

「…またおしっこしたくなったもん。」

だからこれは、なにかいわなくちゃ、とつい出てきた言葉。

「いま、したくなったのかい?」

「うん…」

でも、言ってみたらその通りになることもある。

「シンジくん、いっしょにおトイレにいこう。」

カヲルくんはすっかり恋人を通り越して保護者気分。シンジくんのおててをしっかり握り締めて廊下へ出た。ちらほらわんぱくたちが顔を出していたが、誰もふたりが何していたかなんて気にしなかったので、シンジくんはふうっと溜めた息を吐いてほっとした。

「せんせい、シンジくんとおトイレいってきます。」

「はいは〜い!」

ミサト先生のゆるい声が教室から返ってきた。ミサト先生はミサト先生で、この前元カレの加持リョウジにかけられた言葉で頭の中がいっぱいなのだった。


「え〜!?カヲルくんみてるの?」

「いっしょにするっていったじゃないか。」

いっしょにいくっていったのに、シンジくんは心の中でつぶやいた。トイレにはカヲルくんとシンジくんのふたりだけ。けれどすぐ側の廊下ではガヤガヤ声が行き交っている。いつ誰がここに着てもおかしくはない。一緒に並んでするならまだしも、自分がちゃんとおしっこできるかをミサト先生じゃなくひとつ上のカヲルくんに監督されていると知れたら、なんだかまずい気がする、とシンジくんは思ったのだ。

「いりぐちまでかとおもった。」

「シンジくんはぼくにウソをついたのかい?」

「えっ!?」

「ぼくはシンジくんをそんなわるいこにしたつもりはないよ?」

カヲルくんは眉毛をひょいっと上げてシンジくんをたしなめた。彼の中では保護者の使命感がメラメラと太陽のごとく燃えていたのだ。

「だって、ちがうもん…」

おしっこを友達に監督されるなんて、恥ずかしい。

「ぼく、ひとりでできるもん…」

困り果てたシンジくんは抵抗するが、刻一刻とその時は近づいていた。

「じゃあ…いいよ?」

カヲルくんがピクリとも動かなくなったのでシンジくんは降参した。またおねしょするよりはカヲルくんとおしっこしたほうがいい。シンジくんはカヲルくんといっしょに便器とご対面。そうしてもじもじしているシンジくんに、しないのかい?とカヲルくんがせっついてくる。う〜ん…とズボンをくしゃくしゃして脱ぎそうで脱がないでいると、

「またおもらししちゃうよ?」

なんて決定的なことを言われてしまって、あわててシンジくんはパンツを下ろして身構えたのだった。けれど、こんなに誰かにおしっこを見つめられたことがなくて、緊張したちっちゃなものからは何にも出てこない。長い沈黙。カヲルくんがまた何か言いそうで、あせってそこをフリフリ、でてこいでてこい、といっぱい力んで念じていたら、やっとの思いでピュッピュッチョロチョロ。おしっこは出てきたのだった。

「ちゃんとできたね。」

「あかちゃんじゃないからできるもん。」

無事ことが済んで、これ見よがしにズボンをきっちりはいてレバーを引いたシンジくん。勢いよく水が流れる。ひとりでできるっていったよね、と物言いたげにほっぺをふくらませていたら、

「おりこうさんだね。」

シンジくんのちっちゃなものに話しかけるようにして、カヲルくんがズボンの真ん中をツンツンと指で弾いたのだ。

「ああん!もう!やめてよぉ!」

またしたくなるだろ!怒って地団駄を踏むシンジくん。キール・ローレンツは孫の教育をどこかで間違ってしまったらしい。


「カヲルくんなんてし〜らない!」

教室に戻る途中、すっかり機嫌を損ねてしまったシンジくん。

「きげんなおして。」

チュッと小さなお口にごめんねのキスをしたカヲルくん。そうしたら、ゴシゴシお口を拭われて舌でペッペッとされてしまう。何かの間違いかともう一度、今度はギュッと抱き締めてからチュッチュチュッチュッといっぱいキスしたら、オエッとそっぽを向いてブー!唇をブルブル震わせ唾を吹き出されてしまった。カヲルくんはこのままショックで自分が死ぬんじゃないかと思った。

「も〜!」

青ざめたカヲルくんが手をつないだまま体育座りをしてしまったので、シンジくんは前に進めない。しゃがんで、おきてよ、と言えば泣きそうな声が返ってきた。

「チューをペッペするなんて…」

長くなりそうなのでシンジくんも一緒に体育座りした。

「ウソ!もうしないから。ね?」

「ぐあいわるくなってきたよ、シンジくん。」

「え?!ミサトせんせいよぶ?」

「ううん。シンジくんがチューしてくれたらなおる。」

なにそれ、と目をパチクリさせていたらカヲルくんが苦しそうに呻き出したので、シンジくんはあわててほっぺにキスをした。ちょっと持ち上がった首がまたしなる。もう一回したらまたちょっと上を向く。だから何度もチュッチュして、特別にお口にもチュ〜ッとしてあげたらカヲルくんがキュピーンと元気いっぱい、目をキラキラさせて背筋を伸ばした。

「カヲルくん、ヘンタイだね!」

ヘンだね、と言おうとしたけれどまだまだ二歳半のシンジくん。覚えたての言葉を朗らかに口にしてしまう。だからまたへたり込むカヲルくんに意味がわからない。でも、いっぱいキスして彼を元気を多くしてあげるのだ。ポンプみたいに少しずつ起き上がるカヲルくん。シンジくんはそれを新しい遊びだと勘違いしてクツクツと笑いながら楽しそう。カヲルくんがほんのりピンクになって浮上する頃には、ふたりはすっかり仲直りしていた。


「どうしておねしょしてしまったんだい?」

耳に手を当てコソコソ内緒話をする。こうするとふたりが一番仲良しなんだという気持ちになる。

「ぼくがいっしょにねていてよかったね。ほかのこがみつけていたらたいへんだった。」

シンジくんは、そうだ、あぶなかった、と思った。

「こわいゆめでもみたのかな?」

くすぐったくてフフッとなる。そこでシンジくんもカヲルくんの耳に手を当てた。

「カヲルくんのせいだよ。」

「ぼくの?」

すると、カヲルくんはゴクンとのどを鳴らしたのだ。シンジくんのタオルケットの中にしのびこんで、いっぱいちっちゃなものをいじくっていたことがバレてしまったかな、と密かに思った。カヲルくんはシンジくんが可愛くて可愛くて何かしたくて我慢できないのだ。

「うん。カヲルくんがね、ゆめで…ぼくに…」

シンジくんは天井を見上げた。なんだったっけ。一生懸命思い出そうと考えている。

「あ!あやなみがゾウさんしてる!」

と、向こうで仲良しのレイちゃんとアスカちゃんがぬいぐるみで遊んでいたので、シンジくんは一目散に駆け出した。

「はい、いかりくん。」

「カヲルくん、ぼくキリンさんだよ!」

ゾウさんとオウムさんとキリンさんがおままごとをはじめたので仕方なくカヲルくんも腰をおろす。カヲルくんはできればずっとシンジくんとふたりきりでいたかったのだ。

「カヲルくんはカバさん!」

アスカちゃんが鼻で笑うのを気づかないフリをして、シンジくんからカヲルくんはカバさんを受け取った。そしてカバさんらしくそれをノソノソと動かしながら、シンジくんはゆめでもぼくにあってくれているんだ、と思って嬉しくてたまらなかった。きみもぼくにあうためにうまれてきたんだね、とカヲルくんは隣のシンジくんに心の中でそっと語りかけるのだった。

「キリンさん、ぼくとけっこんしよう。」

「どうしてアンタはいつもけっこんするのよ!」

ちょうどその時、加持リョウジは、先日、カヲルくんに触発されて勢い余って言ってしまった自分の言葉にどうしようかとテンパりすぎて、コンビニのガラス扉が開いていると見間違って激突した。その先には同じ職場の妻に美味しいコーヒーを差し入れようとした碇ゲンドウが、驚きのあまり仰け反って棚の角に頭をぶつけて終いにサングラスを吹っ飛ばして青葉というバイト店員のスニーカーに粉々にされてしまった。


こうしてカヲルくんはバタフライエフェクトを生み続けてゆくのだった。


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