鋭いサバイバルナイフみたいな銀髪、如何にも冷酷そうな血の紅の瞳、マウザー・ヴェルケMG34機関銃をぶっ放そうと身構えるそのお尋ね者。街中が彼をウォンテッド。懸賞金は暗黒街のギャングの首を束ねても手の届かない札束の山。それはーー…

「やっぱりアイツはシンジ君を見ている。」

僕のキュートな彼氏、なんだけれど…



トリガーハッピー、泪は何色



妄想は置いといて、ここは現代。眠らないのは24時間営業のコンビニくらいな安全地帯、我らがトーキョー。

前途のイメージ、カヲル君は僕の自慢の恋人で、実は使徒というヒトよりもスペックの高い謂わばアメコミ出身の銀幕の宇宙人って感じの、カッコイイにも程がある男子高校生だ。普段はヒトとしてこの要塞都市、第三新東京市に潜んでいる。

ふたりの出逢いはゲームセンター。UFOキャッチャーの前にいる僕の隣にカヲル君がやってきて、僕がずっと欲しかったペンギンのペンペンのぬいぐるみをコインも入れずに超能力の瞳で動かしサクッとゲットして、それを手に取り跪き「僕と結婚を前提にお付き合いしてください!」と叫び出したから、僕は「うーん、宇宙人と結婚って出来るのかなあ…」と冷静に頭では思いながらも、魂がビビッときて必死でコクコク頷いていた。運命の相手は瞳を見ればわかるもの。地球で結婚出来ないなら違う惑星で挙式したっていいじゃない。けれど、カヲル君の話を聞くと、なんと地球生まれだった。ならお正月も楽でいいよね。

そんな僕の大好きなカヲル君に唯一欠点があるとするなら、とんでもないヤキモチやきって所だろう。しかも相当な勘違いの方のやつ。

「あの子、幼稚園児だよ。」

「ああ。いやらしい目つきでさっきから君のお尻を眺めているよ。芽は早いうちに摘んでおかなければ…」

「ちょっと待って。何をするの?」

「殲滅する。」

「えっ!?や、やめてよ!」

窓が全部閉まっているのに不穏な風が銀髪を揺らし始めたから、僕は使徒の手を握った。

「ダメだよ!その力は地球の平和の為に使うんでしょ!」

「そんな決まりはないさ。」

「そうなの?!」

「これは君の守る為に敵を殲滅する力だよ。」

「ええ!?」

僕らはどうやら見解の相違があったらしい。

「カヲル君、僕、ここを出てクレープが食べたいな。」

「…けれど、殲滅を、」

「ベリー&ベリーパフェクレープを半分こしよ!」

「うん、そうだね。そうしよう!」

僕が気を逸らすとすぐにカヲル君はシトラスミントの爽やかな笑顔。それから僕を全方向から死守しようと紅い瞳を光らせながら僕の肩を抱いて歩く。使徒はとっても気分屋なのだ。

まあ、つまり、僕たちはカフェにも長居できないくらい普通のデートが難しい間柄だった。

カヲル君はよく殲滅という物騒な言葉を遣う。最初は冗談かと思っていたけど、視線の先のヤンキーの煙草から火炎放射が巻き起こった時、僕はそれがとっても本気なのだと知った。それから3ヶ月の間、僕の方が使徒から地球の平和を守る大事な役目を担っているのだ。けっこう疲れる。

「アイツ、さっきから…」

「あれはマネキンだよ。」

カヲル君は僕を歩くフェロモンか何かだと思っているみたい。街中の注目の的なのはカッコイイ君の方なのに。

「ねえ、カヲル君、お花キレイだね。」

休日の花屋には彩り豊かな様々な花が咲き誇っている。

「そうだね。少し待ってておくれ。」

するとカヲル君はお店に入ってから彼の唇の色みたいなチューリップの花束を抱えてきて、

「ピンクダイヤモンドさ。君に永遠の愛を込めて。」

と甘く囁きながらプレゼントをしてくれる。

「ありがとう!すごく嬉しい。」

カヲル君は本来、博愛主義者なんだ。たまに街路樹の辺りを歩いていると肩に小鳥が止まっているし、住宅街を通っていると野良猫を尻尾をくねくねついてくる。白い指先にサファイアみたいな色の蝶々をとまらせて僕の薬指にそっと渡してくれた時は、カヲル君はまるで御伽の国の王子様みたいだった。

「あの、私達も二人なんですけど、これから四人で遊びません?」

ゲッ、最悪だ。ナンパは一番、カヲル君が怒るところ。これが目に入らぬか!女子高生!チューリップの花束をどうかその目に映してくれ。

「君達、殲滅してほしいのかい?」

「はい?」

嗚呼、嵐の呼ぼうと旋回する生温かい風…

「ぼ、僕たち今、デート中なんで、失礼します!」

僕は瞳の紅く光っている使徒の手を取り駆け出した。スクランブル交差点にもすえた臭いの都会の人混みにも負けずに、ふたりの世界と人類の平和を守る為に。その為なら、僕は未知の勇気を出して知らない人へのカミングアウトも厭わない。

「はあ…ん?カヲル君?」

だいぶ静かになってきたビル街の並木道、舗道の真ん中で立ち止まり振り返ると、使徒はキラキラ真珠みたいな泪をぽろぽろ流していた。

「どうしたの?どこか痛いの?」

「…シンジ君が僕を彼氏だって紹介してくれて嬉しかったんだ。」

紹介はしていないけれど。カヲル君はヒトではないからこうやって喜怒哀楽のツボも僕には理解不能だ。

「僕たち堂々としてるじゃない。あの子たちは鈍感だったけど、ふたりでお揃いのペンペンのストラップを付けて恋人繋ぎで手を繋いでピンクの花束を持って並んで歩いてたら、大半の人は僕たちはカップルなんだってわかってくれると思うよ。」

「そうだったのか。知らなかった…」

だから周りの人類を敵みたいに見ていたのかな。

「えへへ。カヲル君って面白い。」

僕が思わずカヲル君に抱きつくと、持っていたチューリップの花束の蕾がいっせいにポンッと弾けて花開いた。

やっぱり僕の彼氏は暗黒街のスナイパーよりもお花畑の宇宙人の方が似合ってる。けれど、

「…どうやら発情してきてしまったみたいだ。」

「え?」

一難去ってまた一難。ちょっと使徒の鼻息が荒い。脈拍が急上昇の非常事態宣言発令。

「セックスしよう、シンジ君。」

「ち、直球すぎるよ…」

「そろそろいいだろう?出逢ってちょうど100日目だ。」

「えっと、」

「…生理なのかい?」

「違うよ!僕、男だよ!」

「そうか。シンジ君は男の子で、男の子は生理がないんだよね。」

僕はだんだん不安になってきた。

「ヒトのこと、理解してる?」

「解剖学的視点とフロイト的視点ではね。けれどもシンジ君は特別な存在だ。奇跡に常識は通用しないと思っているのさ。」

うん、使徒の思考回路はわからないや。

「それで、さっきの話を要約すると、人類の半数が僕達を恋人だと認知していないんだろう?そしてヒトは他人のオンナには手を出さない。仕返しの弾が飛んでくるからね。ならばちゃんとその事実を知らしめれば僕が殲滅する敵の数もより減ってくれるわけだ。」

どこで知識を手に入れてるのかわからないけれど、色々とハチャメチャだ。

「う、うん…?」

「だから、これからスクランブル交差点の上にA.T.フィールドを張って、そこでふたりで最高のセックスをしよう。あそこならよりたくさんの人に見てもらえるよ。それに都会はソーシャルネットワークの目がたくさんある。」

僕は開いた口が塞がらない。

「カヲル君、僕、うちに帰りたいな…」

「けれど、発情していて、待てないよ、」

カヲル君の社会の窓が今にもはち切れそうだ。これは、いけない。時間がない。

「カヲル君、空、飛べるよね?」

「うん。」

「僕、空飛ぶデートしたいな。それで雲の上で…」

僕は全身全霊でありったけのフェロモンを覚醒させて使徒の彼氏の耳もとでとびきり甘い声で囁く。

「エッチなことしよう、カヲル君。」

するとやっぱりカヲル君は待ってましたとばかりに僕をお姫様だっこして一目散に青空へと飛び立った。僕の捨て身の苦肉の策は使徒に通用したみたい。

「カヲル君、カッコイイ!」

僕が褒めるとご機嫌で指先をクルクル回して空に雲のインクで“I love Shinji♥”なんて流麗な筆記体で描き始めてしまうから、褒め言葉はそれくらいにすることにした。

「それにしても楽しみだね。子どもが出来るかもしれない。」

「もう!だから僕は男だよ。」

「ふふ。僕達は使徒とヒトさ。まだこの異種間で交配した記録は存在しない。だから、君のお腹に僕達の子どもが宿らないとは言い切れないよ。」

「う、嘘でしょ?!」

「本当さ。僕だって初体験だよ。嗚呼、僕達の子は本当に可愛いだろうね…」

僕はニワトリみたいに卵を産む自分を想像して、白目で気絶しそうになる。

使徒との恋はいつだって、一難去ってまた一難。今度は僕の頭の中で、子だくさんの使徒とヒトがピンクのチューリップ畑の真ん中で、白い翼の生えたウナギみたいた子どもたちとメリー・ポピンズごっこをしている奇怪な家族風景が横切っていた。御伽の国仕立ての衣装で幸せそうにウィンクしているのはやっぱりーー…

僕のキュートな彼氏、なんだけれど…


やっぱり使徒って、トリガーハッピー?

「カヲル君、お願いだからコンビニでゴムを買ってからにしよう!…あん!」



君と出逢って130日目、結局、僕らには子どもは出来ないみたいだった。使徒のカヲル君はやっぱりヒトよりもスペックが高くて、ヒト同士ではあり得ないようなスゴ技で僕を何度もフライアウェイさせ気絶させてくれたけれど、何日経っても僕の体調に異変はなくて僕のお腹が膨らむことはなかったのだ。若気の至りと言うのだろうか、僕は少しだけ、僕たちにそっくりな使徒とヒトとのハーフに逢えるのを期待していたみたい。なんだかペタンコなお腹を見て寂しい気持ちにもなっていたのだ。

けれど、朗報もある。

「あーん、して。」

「あーん…」

「美味しい?」

「うん!もう一度、シンジ君。」

僕らは繁華街の混雑したカフェでニコニコと休日のデートを楽しんでいた。え?使徒のマウザー・ヴェルケMG34機関銃はって?カヲル君はいたって穏やかな木漏れ日のようなヒト、じゃなくてシト、なんだよ。

どうやらカヲル君の今までのデート中のイライラは使徒の特性とかではなかったみたい。使徒もヒトも適度に“抜く”のが平和と笑顔の秘訣らしい。僕とイチャイチャするようになってから、カヲル君は殲滅なんてすっかり言わなくなっていた。

「そういえば、シンジ君。」

「なあに?」

「動画サイトで謎の飛行物体の映像が話題なんだけれどね、」

僕は嫌な予感がした。

「どうやら僕らの雲の上のセックス動画みたいなんだ。」

雲は激しい僕らの情事を隠しきれていなかったらしい。一難去ってまた一難はまだまだ終わらないみたい。


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