貞 Q





教室がいつもよりもどんよりと薄暗かったからアスカは雨のせいかと思った。けれどよく考えてみると今日は梅雨の中休み、曇り時々晴れの模様。窓から見える青灰の空から視線をスーッと左にずらすと、カヲルが隅で膝を抱えてうずくまっていた。

「アイツどうしたのよ?」
「すごく落ち込んでるみたい」

束ねたカーテンの裾を頭のてっぺんに乗っけながら青白い顔で無表情。なかなか不気味だ。シンジは心配そうにカヲルを見つめた。

「見りゃわかるわよ。なんで落ち込んでんのよ」
「たまごっちが死んじゃったんだって」
「…なに?」
「たまごっちがね、死んじゃったから落ち込んでるんだ」

色々言いたいことがありすぎてぜんぶ引っ込んでしまった。

「だからたまごっt」
「聞こえてるわよ!ちょっとついてきなさい」

アスカはシンジを強引に引っ張ってカヲルの前で仁王立ちする。

「バッカじゃないの?」
「ほっといてくれよ」

カヲルの指にぶらさがっている楕円型のおもちゃ。画面の中では十字架の墓前に黒いオバケがただよっている。初代たまごっちは休み時間に一人前に人生を憂いている14歳よりも年季が入ってることが本日のトリビアだ。(時が経つのは早い。)

「フーン。アンタってシンジ以外でも本気になることがあるんだ?」

シンジの眉がピクッとはねる。カヲルが真顔でアスカを見上げた。

「まさか。そんなはずないだろう」
「じゃあなんでそんなになっちゃってんのよ」
「この子にシンジくんって名前をつけてたんだ。だから僕はシンジくんをこ、殺してしまっ…うう」
「シンジはここで生きてんでしょーが!」

アスカに背中を平手打ちされてシンジは前につんのめった。そのままカヲルの前にしゃがみこむ。

「元気だして、カヲルくん」
「大丈夫かい?ううっ」
「また育てればいいじゃないか」
「それがよくないんだ」
「ええ?どうして」

カヲルが説明するにはこうだった。たまごっちでカヲルは「もしもシンジが小さくなってしまった場合にちゃんとお世話できるのか」をシミュレーションしていた。けれど三日前にたまごっちを無くしてしまって、結局たまごの中のシンジくんは天に召されてしまったわけだ。ピーッと。

「ごめんよ。もしもそうなってしまっても僕は君を救えない…」
「カヲルくん、僕は小さくならないから大丈夫だよ」
「使徒の思考回路は意味不明だわ」

呆れすぎてアスカは席に戻ってしまった。

「でも僕はどんなことがあっても君を守りたいんだ」
「ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ」

シンジはカヲルの手をやさしく両手で包み込んだ。気持ちを込めて天使の微笑み。ありがとうと、そして、

ごめんね

と。三日前にカヲルのたまごっちを盗って校庭の鳥の巣の中に隠したのはシンジだったのだ。


「君と?」

これがカヲルの口癖だった。カヲルはシンジと何でも一緒にやりたがった。

「カヲルくんアイス食べる?」
「君と?」
「う、うん、僕と」

はじめはそんな応対でよかった。学校でおしゃべりしたり登下校するだけの間柄なら。
けれどふたりが互いの部屋に泊まり合うようになると話は変わってきた。

「お風呂入っていいよ」
「君と?」
「ち、違うよっ」

シンジはドキッとした。反射的に口調も強くなってしまう。

「もう寝よっか」
「君と?」
「ちが…!いや?えっと…うん、僕と?」

同じ場所と時間という意味ではそうだったから…

「カヲルくんはあっちだよ」

でもやっぱり。カヲルのためにベッドを用意したのに床に敷いたシンジのふとんにカヲルが入ってきた。

「一緒に寝ようよシンジくん」

嫌だといえばそれで済んだ。でもシンジは断れなかった。

「誰にも内緒だよ」

真夜中の魔法にかけられて。ふとんの中でカヲルに抱きしめられながらシンジは夢うつつでそう囁いていた。

「どうして?」
「どうしても。僕たちだけの秘密ね」

ずるいくらい甘い声にシンジは自分でも驚いた。どさくさにまぎれてカヲルの匂いを嗅いでいる自分にも。

「いいね。僕たちだけの秘密」

でもカヲルは意識しまくりのシンジとは対照的にとても安心した顔をしていた。シンジはそれがとても気になった。シンジの心の中に住むもうひとりの小さなシンジがプンプン怒っている。

『カヲルくんは余裕綽々じゃないか。きっと僕のことなんて何とも思ってないんだよ』
『ぜんぶ僕の勘違い。本当に僕のことが好きだったら今頃ドキドキして眠れないんだ』

目の前のカヲルは超快眠だった。

『あーあ。僕って恥ずかしい。期待していたのに』
「嘘だよ」
『キスされたらどうしようって2回も歯磨きしてたくせに』
「…!」

シンジはカヲルに背中を向けた。こぼれる涙を隠すために。

「…君と?」

夢の中でまでそう言ってシンジにぴったりくっついてるくせに。なのにシンジだけが火照った体を持て余している。

だからささやかな復讐だったのだ。

「君と?」っていうと
「ううん」っていう。

「一緒に?」っていうと
「違うよ」っていう。

「ふたりで?」っていうと
「ひとりで」っていう。

そうして、あとで
さびしくなって、

「シンジくんとしたい」っていうと
「これを僕だと思って」ってたまごっちを渡す。

こだまでしょうか、
いいえ、違います。

……?

それは恋の病。だってそれを真に受けてたまごっちに夢中になったらなったでシンジはこうなっちゃうんだから。小さなシンジは呟いた。

『正解は「これはシンジくんじゃないよ」だったのにね。残念!』

一方、全然面白くないのは死んでしまったたまごっちだ。彼はミサトのお宝たまごっちとしてタンスの中で棺桶のように眠らされた挙げ句、復活したと思ったら今度は野外で三日三晩の放置プレイ。

『俺はツイてないな…今まで一度も生を謳歌したことがない』

雑な性格のミサトは世話をはじめて次見るときは墓参りの有様だった。

『こんな運命なのはすべて俺が小さいせいだ』

たまごっちは怒りにふるえた。

『俺は小さすぎて自分の世話すらままならないのに小さいからすぐに忘れられてしまう。この無念、誰かに味わわせてやりたい…』

その日はちょうど夜空に雲がまばらで星が輝いていた。だからたまごっちの願いは空の向こうまで届いてしまったってちっともおかしくはない。と思う。


次の日は土曜日だった。雨の日はカヲルとシンジどちらかの家で遊ぶことが習慣だ。だからカヲルは「どうする?」とメールしてみたんだけれど、携帯はいつまで経っても着信ゼロ。シンジの話では今日はミサトもアスカもアウトレットセールに行って夕方まで帰ってこないはずだった。

「おかしい…」

おかしいといえば最近のつれない態度もそうだ。

「浮気?」

ふたりはソウルメイトだから絶対そんなことはないはずだけれど、カヲルは気がついたらシンジたちの住処コンフォート17の前にいた。チャイムを鳴らしても反応ナシ。使徒の必殺技・流し目でロックを解除し、シンジの部屋のドアをそっとノックした。

「シンジくん、僕だよ」

かすかな物音を感じてカヲルは部屋の中に入った。

「シンジくん?」

部屋はいつもの通りこざっぱりと整頓されていた。ただし一点。ベッドの上に服一式が脱ぎ捨ててあった。脱皮さながらに。携帯は充電器に差したまま。カヲルはベッドに近づいた。その隅には――

「か、かをるくん…」

なんと手のひらサイズのシンジが裸でうずくまっていたのだった。やっと手にしたティッシュで前を覆いながら。

「……」

カヲルは完全にフリーズした。


「こういう不測の事態はあるんだね」

やっと落ち着いたカヲルはシンジを手の上にやさしく乗せていた。手のひらに感じるのは柔らかい肌の質感。ティッシュは体の色を透かしている。シンジはおびえてふるえていた。

「どうしよう…どうしちゃったのかな」

ぷるぷる目に涙をためている。
かわいい。

「ごふっ…これは大変だ」
「え?」
「何か悪さをされていないかチェックしないと」
「悪さ?」
「ほら、投薬とか、施術とか…」

カヲルは夢心地でぼそぼそとそう呟いてシンジからティッシュを剥ぎ取った。

「そんなのされてないよ!」

体を丸めるシンジの手足を無理矢理開いて入念に目で確かめる。

「やだー!やめてよ!」

お尻の穴まで調べる勢いで指先で丹念に撫で上げてチェックする。

「あーん!!」

何をやっても不可抗力。子どものように声を張り上げることしかできない。シンジが半泣きでピクピク痙攣しているのを見てやっとカヲルは我に返ってシンジを解放した。指をバックから小さな股に滑らせてふぐりの下をちょうど確かめていたのだ。キュッキュッと。もちろん何もされた形跡はない。

「カヲルくんひどいよっ」

カヲルに引き出しからハンカチを取ってもらってシンジは体にぐるぐると巻き付けた。腰に力が入らない。実はさっきちょっと何か出てしまったのだが小さいからとぼけていたらわからないだろうと、シンジはなかったことにした。

「ごめん、僕にもわからないことで…」

カヲルはカヲルでむくむくと体の奥の方から沸き起こる感覚をしらばっくれているのだった。

「とりあえず僕の家に行こうよ。あのふたりが帰ってきたらいろいろと厄介だろうから」

ミサトとアスカが自分をおもちゃにするのを想像して青ざめるシンジ。カヲルの提案をうんうんと二つ返事で了解した。カヲルはもちろんこんなソーキュートなシンジを誰にも見られたくなかった。そそくさと胸ポケットにシンジを入れて両手で大事に押さえながら、いざ、自分の領地へ。傘を肩にかけながら、それでもシンジが濡れないようにA.T.フィールドでバリアを張った。シンジは朝からの不安がやっと和らいできて、カヲルの心音を聞きながらうつらうつらといつの間にか眠ってしまったのだった。


自分と同じ大きさのたまごっちが「やーいやーい!ざまあ!」と追いかけてくる夢から目覚めた時、シンジはカヲルの匂いを感じた。生あたたかくてふかふかなクッションは指、ふうっと前髪を揺らす風は鼻息、シンジはカヲルの手に包まれて眠っていた。

「おはよう」

カヲルはベッドの上に横になっていた。ずっとシンジを見ていたのだろう。全然眠くない顔をしていた。

「あれからいろいろ考えてみたんだ」

カヲルの手が観覧車のゴンドラのように滑らかに動く。視線の先、大きなカヲルの笑顔が広がる。

「僕は何があっても君を守ってみせるよ」

大きな手に引き寄せられてシンジはカヲルの大きい唇に頬いっぱいにキスされた。ブチュッと押しつけズボッと吸いつく不思議なキス。ちょっぴり痛かった。

自分の体を見下ろすとシンジはチューブトップのワンピースを着ていた。さらっとした生地にはパステルの花柄が散らばっている。

「駅前のお店で売っていたアームカバーで工夫してみたんだ。女の子みたいで嫌かもしれないけれど」
「ううん、どうもありがとう」

無いよりはずっといい。さっきみたいにカヲルに圧倒されて体がおかしくなっても布一枚分は誤摩化せる。

「あっ」

脇で挟まないとずり落ちてしまうとしても。あわや逃げる裾をつかまえたら、お尻が丸見えになってしまった。

「お直しが必要だね」

ごくん、生唾を飲み込む音が5.1サラウンドの大音量で聞こえてきた。


「これでしばらくは大丈夫だよね」

シンジが寝ている間にカヲルがミサトに連絡を入れておいてくれた。だから土日はバレずに済む。最悪月曜も風邪で熱があるとか、数日はインフルエンザでとかそんな言い訳を押し通せるかもしれない。でもその先はわからない。

「ずっとこのままだったらどうしよう」

机でカヲルが針仕事をしているのを眺めながらシンジは重い毛布をたぐり寄せた。大きかったら指一本でも引き上げられたのに、今は力いっぱい腰を屈めてやっとこさだ。

「その時はずっと僕がシンジくんの側にいるよ」
「学校は?」
「君が行かないなら僕も行かない」
「義務教育なのに」
「通信制とかあるだろう?ふたりでパソコンの前でも授業は受けられるさ」
「でもごはんは」
「僕がつくるよ。掃除も洗濯も、身の回りのことは任せて。ほら」

にっこり微笑んだカヲルがシンジへと振り返る。

「できた」

カヲルがつまんで広げる花柄。ワンピースはちょうどいいサイズに仕上がっていた。

実際、カヲルは何でも器用にできたから心配はいらなそうだ。それに仕方なくカヲルとずっと一緒にいるなんていうシチュエーションはなかなか願ったりかなったりじゃないか。シンジは思った。

とりあえず今はこの状況を楽しもう!

「ーー3、2、1…もういいかい?」
「もういいよ〜」

けれど大きさに差があると一緒に遊べることが今までとは違ってくる。ゲームはシンジに不利すぎるし漫画は読むのが大変だしで、シンジがカヲルの肩に座ってふたりで映画を観ていたけれど、つまらなくて途中で喋ってばかりいた。その間ずっとシンジは小さいことを活かせる遊びを考えていた。今しかできないようなことを。そして見つけた。

「シンジくーん、降参だよ、どこだい?」
「ちゃんと探してよ」

かくれんぼ。カヲルの焦り始めた横顔を机の脚の後ろから眺めるシンジ。高いところは難しいけれど平面ならちょろまか見つからないように動き回れる。

「もうやめよう、シンジくん」
「見つけてよ、カヲルくん」

心配でたまらないカヲルの声が嬉しくてゾクゾクした。

「カヲルく〜ん!」
「あ!」

一瞬、足下にシンジを見つけて驚いたカヲル。シンジはそのまま本棚の裏に隠れてしまった。

「もう見つけたよ!いいだろう?」
「ダメ〜今のはナシ」
「もう嫌だよ」

泣きそうな響き。カヲルはしょぼんと体育座り。

「つかまえてよ」
「あ!」

シンジのいたずら心が炸裂。ちょっとだけ顔を出して今度はベッドの下にもぐってしまった。

「待って!待って!」
「こっちだよ〜」
「待ってよ!」
「ここまでおいで〜」
「シンジくん!」

おそるおそるカヲルが手を差し込んでもシンジには届かない。

「そんなんじゃ永遠に僕をつかまえられないよ〜」

カヲルの動きがピタリと止まった、
次の瞬間、

「わーん!!」

信じられないかもしれないが、それはカヲルのギャン泣きした声だった。


「君は僕の心臓なんだ。わかるかい?」
「うん…」

まさかカヲルが泣き出すなんて。シンジは罪悪感できゅうっと縮こまった。心配で心配で心配で心配でカヲルはたまらないのだ。泣き止んで鼻をかんで今はお説教タイム。

「シンジ君はずっと僕の半径30センチ以内にいるんだよ」
「ええっ」
「僕の心臓なんだから側になければ大変だろう?」
「うーん…」

へんてこな屁理屈。でも頷かなければならないらしい。こわれもののようにシンジを両手でくるんで逃げられない高さにかかげているカヲル。汗ばんでもじもじしてもちっとも離してくれそうにない。

「わかったよ」
「もう僕から離れない?」
「うん」

カヲルはたまごっちの一件でかなりナーバスになっているようだ。

「ありがとう」

だからこれは因果応報。こうしてシンジはカヲルの胸ポケットに収納された。


それからはふたりは片時も離れずにぴったりと寄り添っていた。シロップの容器と彫った爪楊枝で離乳食風すりおろしカレーを食べた。カヲルと一緒にシンジは浴槽に浮かべた洗面器のお風呂に入った。紙コップをアレンジした特製ミニトイレを設置した。まるで本格的なキャンプみたい。ふたりでアイディアを出しながら作り上げていくのはワクワクした。楽しんでいるうちにあっという間に寝る時間だ。

「僕が寝ていても心臓は?」
「…30センチ」
「おりこうさんだね」

満足そうにカヲルはシンジにおやすみのキスをした。あのちょっぴり痛いバキュームキスを。シンジはカヲルの耳の横でハンドタオルをかけ目を閉じる。相変わらずの超快眠の寝息を聞きながら。でも、

「う〜ん」

眠れない。カヲルはかすかな寝息しか立てないのに小さな耳にはゾクゾクする圧力で迫ってきた。吐く息は首を振る扇風機のリズムでシンジを吹きさらす。しばらくはカヲルの銀色のまつ毛を数えていたが上が179本、下が121本だとわかった。今度は無限の髪の毛を数えてウトウトしてきたとたん、寝息にかすかな喉の音が混じってシンジはたちまち目が覚めた。ズキュンとした。カヲルが寝返りをうって反対を向いてしまう。寝苦しそうにまた呻いた。ドキドキが止まらない。いつも死んだように静かに寝ているのに。小さいとちょっとした変化にも気づきやすくなるのかもしれない。カヲルの乳白のうなじと肩のラインをうっとり眺めていたら次はううっと仰向けになった。銀のまつ毛はふるえている。シンジは立ち上がった。

半径30センチなら何をしてもいいのだ。シンジはカヲルの周りを散歩することにした。シーツのシワの波につまずいたり毛布の小山によじ登ったり、シンジはカヲルを起こさないよう細心の注意を払って歩いていった。カヲルの体に沿って進み観察する。そして気がついたのだ。カヲルの下腹部に大きな膨らみができているのを。

『カヲルくん勃起してる…』

自分の横ではいつも超快眠なのに…と複雑な心境のシンジ。彼も男だったのだ。

『僕には興奮しないのに?』

ふと立ち止まる。思い悩む。と、ベッドが軋んであわててシンジが後ろに逃げた。勢いよく横向きになるカヲル。もじもじと足を直角に前に出して手はシーツを握り締めている。扇風機のリズムは中から速へ。寝息が熱っぽく湿ってきた。

シンジは抜き足差し足、横倒しの下腹部に近づいた。ツンと部屋着の綿100%がつっぱっている。まるで凶悪な妖怪が生まれる瞬間みたい。むくむくと少しずつ膨らんで角度を上げていくその変化が小さなシンジにはダイナミックに感じられた。ドクンドクンと脈打つ妖怪の鼓動。シンジの口の中に唾液が溜まった。カヲルはどんどん興奮していった。

「わっ」

寸でのところで飛び退くシンジ。カヲルがまた寝返りをうったのだ。我慢できずに体をねじって片足をつき立てて、なんだかもがいているようだ。シンジはカブトムシが密に引き寄せられる足取りでカヲルの股の間を目指してゆく。はだけた毛布をよけて膝小僧のアーチをくぐって、そうして辿り着くとそうそうたる光景が大パノラマで広がった。

立派なカヲルのお山を見上げるシンジ。抑えつけられても負けじと布を持ち上げる内側は、その全長は、自分の背丈をゆうに超える。小さなシンジは圧倒された。同時にひどく惹きつけられた。真夜中には魔法をかける魔物がどこかにひそんでいる。魔性のぬくもりに触ってみたい…シンジは熱に浮かされて、カヲルのズボンに手をかけた。

巨大な男根トーテムポールへはまず体の厚みを登らなければいけない。それはフェンスを超えるレベルの難関。簡単に思うかもしれないが、綿に覆われた少年のフレッシュな肉というのはすこぶる足場が悪かった。シンジはテントの裾をしっかりとつかんで腕の力でぶら下がってみる。何度か頑張る。足を引っかけられる場所はないか。布がたるんで柔らかいけどしっかりとしたスポットを見つけた。シンジは足をかけてみた。そう、ちょうどカヲルのふぐりのあたりをぐにゃっと踏んづけた。

「ん…」

カヲルが大きく呻いた。けど、手を離したらもう登れない。シンジは布にぶら下がってもう一歩足を進めた。ぐにゃ。スルッ。ぐにゃ。スルッ。スルッ。なかなか足が定まらない。なんだかさっきより高度が低い気がしてきた。さあもういっちょ。ぐにゃ。スルッ。えいっ。スルッ。スルッ。ズルッーーブルンッッ!

「!?」

シンジはバネの衝撃でシーツの上に投げ出された。手にズボンを握ったまま転がった。ああ、そうだ。その、つまり、あの、ズボンが脱げた。

『ああ…!!』

カヲルはノーパン主義だったらしい。シンジの頭上には赤みがかった乳白のトーテムポールがそびえ立つ。ピーンとパンパンでドクンドクンで、まあそんなさまざまなオノマトペが浮かんでくるたくましさだ。シンジはしばらく見とれていた。見とれている場合ではなかった。

『どうしよう…』

真夜中ってのは脳ミソがピンボケになる。シンジはこの不測の事態を元通りにすることで解決しようとした。が、そのためにはまたカヲルによじ登ってなおかつズボンを引き上げアレにかぶせなければならない。あの古代の神殿にありそうな白く太い柱みたいなのに。

シンジはとりあえずトーテムポールをゴールに設定した。脱げた部屋着のゴムの部分が足場にはちょうどよかった。それに足をかけてヨイショヨイショ。太ももをクライミングする小さなシンジ。たまにピクッと振動してそのたびにずり落ちかけたが持ちこたえた。太ももの付け根はスベスベな素肌。なので慎重に四つん這いで渡っていく。そんなアスレチックをクリアしてどうにかシンジはカヲルの下腹部に無事到着。ピクッと何度かなっていたからだろう。トーテムポールの先端はキラキラと聖水をたたえて月明かりを宿していた。星が流れるみたいに大きな雫がひとつ垂れる。

『すごい…』

真夜中、それはグロテスクではなく神聖だった。もうすぐさらに聖なるものを噴射しそうな充血ぶり。シンジはそのたくましい筋に触れてみたくてたまらなかった。こんなチャンス二度とない。嗚呼、どんな感じかこの手で確かめてみたい。シンジは吸い寄せられていく。小さな足が着地するとピンと腹の筋肉が張って、ももに、つま先に、こめかみに、伝わった。ヒクヒクふるえていく下腹部。カヲルは刺激に耐えられずに大きく呻いた。地響きのよう。息が荒く速くなるとそれだけ胸とつながった腹だって波打つのだ。シンジはあわてて手を伸ばした。聖なるトーテムポールへと。足をしっかりと踏み締めた。白く太い柱のその付け根へと。

「はっ…!」

カヲルが強く息を吐いて腰を浮かせた。地面が急に斜めになりバランスを崩すシンジ。そして、そのまま目の前の柱に、間一髪で飛びついたのだった。ぎゅむっと。

「しんじくんっ…!!」

カヲルは寝ながらシンジの名を叫んでから驚いて飛び起きた。

「!?!?」

そして彼が見たものは――振り落とされないように両腕両脚で自分のペニスに、弾けそうに限界まで膨張したペニスにしがみついている小さなシンジだったのだ。カヲルはその衝撃映像(現実だが)を見るやいなやドクドクドックン…!激しく射精してしまう。腰を突き上げ遥か彼方、白い流れ星がシンジの頭上に弧を描いた。ドピューッと。


「カヲルくん、元気だして」

白いネバネバで汚れてしまったシンジを洗面器風呂に入れながらカヲルはさめざめと泣いていた。ば、ぶ、ぼ、と奇声を詰まらせ、いっこうに泣き止む気配がない。さっきまでは追いつめられた某議員のようにギャンギャン泣き叫んでいたからそれに比べればまだ、さめざめの程度。シンジはカヲルにあまりショックを与えてはいけないことを学んだ。

「ごめんね」

シンジだってカヲルの立場だったら一週間は寝込むはずだ。真夜中の魔物は去りシンジはすこぶる反省した。

「いや…ぼ、謝らなければいけないのは、ぶ、僕の方なんだ…」

けれどカヲルは違うことで心を痛めていたらしい。ギャン成分まだまだ多めなカヲルの懺悔を翻訳してみるには、こういうこと。カヲルは小さなシンジにエッチな気分になってしまった。ほんの出来心だった。でもどんどんエスカレートしてしまう。止められない。いやがるシンジにあんなことやこんなことを無理やりしてしまった。真っ赤に熟れたシンジはほろ苦い味がした。カヲルはシンジに同じ味をぶっかけようと企んて小さなシンジを――とまあ、カヲルも涼しい顔をして欲望にまみれていたのだ。

それを聞いてシンジは嬉しかった。

「ごめん…ぐ、ごめんよ…」
「わかったからもう泣かないで」
「僕は君を…ご、傷つけてしまうかもしれない…ぶふぉっ」
「気にしないでよ。好きならそういう時だってあるよ…きっと」

嬉しいことはもちろん隠すことにした。

「いや、ないよ」
「あるよ」
「ないよ」
「あるって」
「あるはずがn」
「僕だって誘惑に勝てずにカヲルくんのアソコにしがみついてたんだからそうでしょ」
「……寝ぼけた僕が君に無理やりそうしたんじゃなくって?」

やばい、いい具合に誤解していたらしい。

「んー、僕たちはすれ違いがあったんじゃないかな」

シンジはお風呂からあがった。カヲルがハンドタオルでやさしく水滴を拭った。そして手巻き寿司みたいにくるむ。そのままゴンドラにエスカレーションしてもらうと、泣き濡れたカヲルの大きな顔の前でシンジは両手を広げた。近くにきてよと小さな両手が呼んでいる。カヲルの顔がおずおずとシンジに近づく。触れそうなほどの距離でピタッと顔は止まる。その先は、キスしてしまうから。カヲルの顔は上気した。

「ごめんね、カヲルくんのたまごっち盗んだの僕なんだ」
「ええ!?」

大きな声が小さな内臓にぶつかってシンジは大ダメージ。カヲルが謝る。

「でも、どうして」
「どうしてだと思う?」
「わからないよ」

シンジはじれったくなってきた。

「カヲルくんが余裕綽々だからだよ」
「?」

カヲルの顔にたくさんのクエスチョンマークが描いてある。

「超快眠だから」
「??」

ああもう、全然伝わらない。

だからシンジは、

「一緒に寝てるのにカヲルくんがこうしてくれなかったから」

カヲルの大きな手のひらで背伸びをした。両手で大きな唇を押さえてその真ん中にチュッと小さな唇を合わせたのだ。カヲルにはうぶ毛が触れたくらいにしか感じられなかったが、シンジがキスしてくれたとわかっただけで全身がズッキュン。射抜かれて甘く苦しく破裂した。興奮がドクンドクンと駆け巡るのがシンジにも聞こえてきた。

やっぱりシンジは嬉しかった。

それからふたりはもう一度眠ることにした。カヲルもシンジも同じ大きさだったらなと内心密かに切なかった。そうしたらこの後ももっとあんなことやこんなことができるのに。

ようやく眠れたシンジはまた夢を見た。たまごっちが「許してやんよ」と遠くに去っていく背中を見送る不思議な夢を。


「…あれ?」

翌朝、シンジはカヲルと同じ普通サイズになっていた。素っ裸でカヲルの隣で横になっていた。小さなワンピースがご丁寧にもシンジのトーテムポールにジャズトフィット。恥ずかしくってコソコソとそれを外した。するとトーテムポールは綿100%のお山とごっつんこした。

「余裕綽々じゃないよ」

顔を上げると切なそうな赤い瞳。次の瞬間、視界がぼやけて暗くなる。眠りにつく前、願ったことが本当になったのだ。その願いはやっぱり空の向こうまで届いてしまったのかもしれない。カヲルとシンジは気持ちのままに、抱きしめ合って、キスをした。


イットな妄想
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