ふたりは一緒にベッドに座ってその壁を見つめていた。

「なんか違うね」
「…増えた?」
「元からふたつだよ」
「…色変わった?」
「元から可愛いピンクだよ」
「じゃ、なんだよ。元は星型だったとか?」
「君のチクビはいつから星になったのさ」



ピーチくぱーチク



渚はそれを“シンジ君のチクビ”と呼んでいた。壁のシミ、魅惑的な桃色の点ふたつ。幽体離脱の視点でシンジは、ふたりして自分の乳首を視姦している微妙な気持ちに襲われた。やりきれなさに目をそらす。

「ねえ、そもそもなんでアレが僕の乳首なのさ」
「あんな不自然な場所にシンメトリーの可愛いシミが現れるんだよ?僕の怨念に決まってんじゃん」
「怨念?」
「シンジ君のチクビへの執念が具現化されたってわけ」
「ふうん…いや、ふうんじゃない」

危うく騙されるところだった。

「わざわざヒトの乳首にするなよ!ふたつの点なんて普通目だろ!」

シミュラクラ現象的にはそうだろう。

「じゃ、君はアレが目に見えるの?」

だが、渚に再三刷り込まれてしまったせいで哀しいかな、今はもう自分の乳首にしか見えなかった。

「…ひとの乳首で遊ぶなよ、」
「遊んでないよ。真剣にアレで君のおっぱい妄想して抜いてるんだから」

シンジの中の人が般若の顔になった。つまり自分の乳首が辱められ怒りのあまり沈黙した。

こういう時はブチギレるための釣り糸を垂らすもんだ。食ってかかってきたらそれ相応の正当な怒りを相手にぶつける。シンジは渚を無視しようとした。そしてなんかつっかかってきたら暴れ出そうと、目を閉じて己の中の眠れぬ獅子を呼び覚ました。

「あ、わかった!」

その時だ。携帯が鳴った。新着だ。

『シンジ君のおっぱい成長してない?』

既読してしまった…全力の後悔。雪崩のように既読が増える。

『あれ?勃ってない?』
『もしかしてコーフンしてる?』
『コレお告げじゃない?』
『☆〜(ゝ。∂)』

液晶を割りそうになったので電源をオフにした。せっかく釣り糸を垂らしたのにその糸でキャッキャと弄ばれてる気分。虚しい。

「僕、本当に怒ってるんだけど…」
「あは!やっと喋ってくれた」

引っかかってしまった…眠れぬ獅子はとぼとぼと退散した。

「ねえ、僕たちそろそろキス以外のこともしたくない?」
「…」
「乳首開発してあげるよ」
「やだよ!」

するといきなり変なフラグが立ちはじめて、シンジは慌てて後ずさった。

「気持ちいいの好きでしょ?」
「か、カイハツって何だよ!」
「もしかしてこわいの?」

シンジは胸を隠していた手をそっと戻した。

「大丈夫だよ。レベルが1上がるだけだよ」
「なんのレベルだよ!」

答えになってない。カイハツって??そう思っている隙をつかれてしまう。ベッドに押し倒されてしまった。

「やだって!」
「別に痛くないよ」
「そういう問題じゃない!」
「じゃ、どういう問題?」
「え…」
「シンジ君は寝てるだけでいいから」

制服のシャツがインナーがめくられてしまう。裾を引っ張り合う押し問答は渚の勝ち。ぺろんと露になってしまった、ふたつの可愛い桃色の点。

「な…にする、の?」

シンジは半ば降参して泣きべそをかいていた。

「リラックスしてよ。こうするだけだから」

安心してと渚が笑う。そして顔が胸に埋まる。シンジは怯えながら、ふわふわの銀髪を抱えた。

「…ふう、」

乳首が熱く濡れてゆく。やさしい唇に滑らかな舌先に。絶妙な力加減。くすぐったくてたまらない。

「ん、くすぐったい」
「…ちゅっ」
「変な感じ、」
「…チュパチュパ」
「何が起こってるの?」
「混乱しないでよ」

渚が顔を上げて笑った。シンジの頭を撫でてもう一度潜る。  

「これが…カイハツ?」
「…ちゅくっ」
「そんなに吸っても何も出ないって」
「知ってるよ」

クスクス笑う鼻息が濡れた乳首をノックした。

「ん…」

シンジが身をよじった。

「気持ちいい?」
「わ、わかんない」
「ほんと?」

渚の指先が突起の先端をはじく。電気が走る。シンジの腰がちょっと浮いた。はじかれた場所は少しずつ固くなっていた。  何かがはじまりそう、シンジはそう思って、性欲に負けた。彼の乳首には開発途中のプラカードが掲げられたのだった。


そして数日後、渚は全速力でシンジの元へと駆け出していた。

『シンジ君のおっぱい成長してない?』

これは本当にお告げだったのだ。

「シンジ君!入るね!」

連絡を受けてやってきたシンジの部屋。シンジは死んだようにひっそりと眠っていた。

「渚のせいだ…」

毛布にうずくまりながらシンジが呟いた。頬にはいくつもの涙あと。目の下に絶望のクマが浮かんでいた。

「と、とりあえず見せてよ」
「やだ」
「確かめなきゃ何とも言えないよ」
「絶対やだ」
「だって君の気のせいかもしれないだろ」
「…」
「ほら、起きて」

渋々シンジが起き上がる。もう生気が残ってない絞りカスみたいな動き。待ちきれない渚がスポンとTシャツを脱がすと、ぷるん。そこにあるシンジの胸はなんと…うっすら膨らんでいた。

震度測定不能の大激震である。無言の渚が血走った眼で眺めていると、

「やっぱり膨らんでるよね?」

その反応で察したシンジ。乾いた笑いも乾かずに、じわじわ涙が込み上げてくる。

「ジロジロ見るなよ、」

そして腕をクロスしてその可愛いおっぱいを隠したはいいが、その下にはほのかな影が、寄った真ん中にはわずかな谷間ができていた。

ものすごくいやらしかった。

「ごめん、ちょっと…!」

カッチカチになってしまった危険物を処理するために、渚はトイレへと退散した。

大人にはまだ遠い中性的でひ弱な少年の身体。痩せてはいるがほどよく幼く柔らかな肉もついている。キメの細かい艶やかな白い肌、甘い質感の桃色の小さな突起、そこに曖昧に成長した膨らみが、みずみずしい果実のように存在感を増している。それを持て余し困り果て、隠して涙するシンジ。凄まじい背徳感。

「どうしよう」
「もしかして母乳ができたんじゃん?僕が吸ったから」
「ええ?!」
「…出したらなおるかも?」
「出すってどうするのさ!」
「揉んだら出てこない?」

必死なシンジは自分の胸をぎゅむっと両手で鷲掴んだ。頬っぺたを真っ赤にして恥じらいながらもモミモミモミモミ…

「ご、ごめん、また…!」

刺激が強すぎた。渚はトイレへと以下同。

「ねえ、ちゃんとしてくれない?」
「だってシンジ君がエッチすぎるんだもん」
「僕は好きでこうなったわけじゃないんだよ!」
「わ、わかってるよ!」

ひと通り悲しんだらいつもの調子に戻ってきたシンジ。もう既に二回も抜いてかなりお疲れの渚だが、彼はシンジの頼れる唯一の彼氏だ。ちゃんと心配している姿を示そうとその隣で真面目腐っていろいろとググりはじめた。今の時代、端末から何だって答えが導かれる。

「…あ。たまにあるらしいよ思春期に。ホルモンの関係だって」
「ほんと?病気じゃない?」
「…病気でなることもあるって」
「うそ」
「でもホルモンバランスでなるのは男子の60%って書いてある。あは!なら僕もなっちゃうかも」
「…それ、なおるの?」
「うん、一時的だってさ」

よかった〜と大きくため息。安心したシンジが両手を伸ばし笑顔でシーツに寝そべった。と同時に可愛いおっぱいがぷるんとなって、危険物が傾斜した。

でも、渚には言わなければならないことがある。

「シンジ君」
「なに?」
「念のために病院には行ってね」
「え、だってなおるんだろ?」
「でも万一ってことがあるじゃん」

めんどくさい、そう言うシンジに渚は眉を吊り上げた。

「もう君だけの体じゃないんだよ」
「なんだよそれ」
「本気で言ってるんだよ!もし病気だったらどうするのさ!」

渚の目がより赤く感情的になっている。すごく心配しているらしい。シンジは渚の気持ちが嬉しかった。ちょっと下のほうは説得力に欠けるがそれは見ないようにした。

本気で心配してくれてる…

「…わかったよ。行くから」
「約束だよ」

小指と小指で指切りげんまんする時には、シンジは渚をもっと好きになった。

「…ところで、さ、」

それから渚は奥歯に物が挟まったようにおずおずと、

「…揉ませてよ」
「は?」

自らの下半身の忠実なしもべとなった。

「おっぱい揉ませて」
「…」
「一生のお願い」

コイツは10秒前の愛しい彼氏と同一人物なのだろうか。両手を合わせて神頼みなんてしてやがる。

「一生のお願いはこの前、僕のパンツ見るので使っただろ」
「来世のツケで」
「どういうことだよ!」
「僕もおっきくなったら揉ませてあげるからさ、ね?」

ちょっと気になる提案だが、シンジは脱いだTシャツを拾った。そしてそれを奪われて放られた。

「だって今しかないんだよ?この機会を逃すなんて耐えられない」
「そこは耐えろよ」
「お願いだよ、シンジ君…減るもんじゃないし」
「僕は減ってほしいんだよ!」
「ならいいじゃん!なおさらだよ、ね?」
「…」
「ね?ね?」

変なところで口が立つ。シンジは狐につままれたようだがなんだか渚の言う通りのような気がして、彼の一生のお願いを叶えてやった。

微乳を揉みしだかれるとシンジは溜め息を震わせながら開発途中の乳首をピンと立派に起こした。そこに存在してはいけないような官能が匂い立つ。我慢できず、渚はその先端に吸いついて夢中でちゅぱちゅぱしたあとに、気がつくと三度目の危険物を爆発させてしまっていた。

「ごめん、思春期だから、つい」

自分のベッドを汚されて、シンジの中の人が明王の顔になる。

「…僕おっぱい星から来たおっぱい星人だから」
「なら巨乳の彼女でもつくったら?」
「違うよ!シンジ君専門のおっぱい星人」

それからしばらくの間、渚には「カイハツ禁止!」の令が布かれたのだった。


その後。

「ねえ、全然小さくならないんだけど」

シンジは可愛いおっぱいを気にして体育の授業も休みがちになっていた。渚は心配のあまり「おっぱいのことを考えないとシンジ君がよくなる」という彼なりに厳しいげん担ぎで密かに徳を積んでいた。

「…検査はどうだったの?」
「問題なし」

もともと白い顔が不気味なくらい蒼白だった渚に色が戻ってくる。

「やっぱカイハツのせいじゃない?」
「しばらくヤッてないじゃん」
「…うん」
「じゃ、他に原因があるのかも」

そんな時こそ某先生である。渚はスマホ片手にググりはじめた。今の時代、端末から何だって答えが導かれる。

「…もしかして、豆乳飲んでる?」
「うん毎朝。なんで?」

なんてことだ。あちゃーと渚は仰け反った。

「飲み過ぎると男でもおっぱいが大きくなることがあるんだって」
「うそだぁ!」

シンジはちょっと加減して言っていた。実はその爽やかな飲み口にハマっていて、朝晩欠かさず大豆イソフラボンを愉しんでいた。

となると、渚の中のおっぱい星人だって黙っていない。

「君の今までのおっぱい星人へのツケを払ってもらいます」

それからシンジはおっぱいだけでイカされるまで渚に許してもらえなかった。その異星人の逆襲を、壁にある“シンジ君のチクビ”がいつまでも、じっと見守っていた。


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