オナ禁って知っているだろうか。
効能としては、人間に進化する。時間が有効活用される。そして何より…
みずいろのころ
「ファーストのどこがいいわけ?根暗だし陰険そうだし君には全然似合わないんだけど」
最近元気の少ない渚を気にしてシンジが話し掛けた矢先。こんな言葉が返ってきた。シンジは思春期に敏感なレンアイ事情をからかわれて心底怒った。ものすごい怒った。
「…もう君とは友達じゃない」
そう告げられた時の渚はお母さんに「もうあんたなんて知らない」と置いていかれた子どものような顔をしていた。
話がぶつ切りだって?そんなことはない。これからが本題だ。
あれから何日も学校を休む渚を心配してシンジは彼に会いに行った。そしたら、
「わざわざ来たの?僕はもう友達じゃないんだろ」
冷たくされた。
「…友達じゃなくてもどうでもいいわけじゃない」
「なかなかめんどくさいね」
「…」
「いいよ。入りなよ」
こんな辛辣なことを言う渚をシンジははじめて見た。いつもならシンジが玄関前にいると嬉しそうにそわそわするのに。心臓が冷たいけれど、押し掛けた手前上がることにする。
「これ…君が病気だったらと思って」
差し入れに清涼飲料水の山を机に置く。渚が薄笑い。
「病気じゃないから持って帰ってよ」
シンジは唇を噛み締めた。
「病気じゃないなら僕に怒ってるの?」
「別に」
「別にってなに」
「どうでもいいじゃん」
「さっきからなんなんだよ!人がせっかく見舞いに来てやってんのに!」
そして渚の冷めた視線にシンジはドキリとする。
「君が勝手に来たんだろ」
シンジは生きた心地がしなかった。じわっと目が熱くなる。涙がこぼれるなんて悔しい。表面張力で持ちこたえて玄関へと一目散。
でも、
「待ちなよ」
玄関のドアノブに触れた瞬間、腕をつかまれてしまう。
「勝手に来て勝手に帰るなよ」
「離せよ!」
「…」
「離せ!」
それでも渚は爪が食い込むくらいシンジをつかんで離さない。
「この前、君言ったよね」
この前――それは先週、渚とまだ友達だったシンジがここに来た時のこと。渚は雑誌に男同士の恋愛の記事を見つけてこう言った。
『シンジ君も僕のこと好きになったりして』
そしたらシンジはこう言った。
『男は男を好きにならないよ』
そこで渚が『可能性はゼロじゃないじゃん』と言ったら、
『気持ち悪いな』
面と向かって言われてしまった。
渚は何もなかったふりしてまた雑誌に目をやった。見ながらページをめくっていた。悲しい顔で。
「どうして男が男を好きになっちゃいけないのさ」
なんで今のタイミングでこの話題?シンジは混乱する。押し黙る。
「僕のこと嫌い?」
「…」
「嫌いなの?」
「…」
「ねえ」
「…知らないよっ」
シンジは何も答えないで思いきり腕を振り切る。渚の頬に当たってぶたれた格好になってしまう。あ、とシンジが驚いて立ちすくむと唇の切れた渚がうつむいている。舌が血を静かに舐めた。
「それが答えか」
違う、とシンジは言おうとした。けれど声が出なかった。そして、
「もう嫌われてるなら」
渚はシンジを服を引っぱって激しく床に押し倒した。シンジが頭を打って呻くと、
「やさしくする必要もないよね」
その上に覆い被さった。
体を押さえつけられて身動きがとれない。シンジがパニックになってもがいていると、さっき赤い血を舐めていた舌先が、首筋をつーっと舐める。シンジははじめての感覚に身震いした。耳の後ろにキスされて、あのシンジにいつもやさしくしてくれていた白い手が乱暴にベルトを解こうとカチャカチャ鳴らす。シンジが体をピクンとさせると渚は明らかに興奮していた。シンジは襲われると思った。
「やだ」
自分が女の子みたいな声を出したのに驚くシンジ。わけがわからなくて涙がこぼれる。渚の体重に体がどくんどくんと反応する。こわくてこわくて体に力が入らない。ベルトが外れた。
「こわいよ、渚」
ガタガタ震えるシンジに問いかけるように囁かれて渚が止まる。シンジを見つめる。
「常識を無視して君のこと考えるのはこわい」
そしてシンジは込み上げて止まらない嗚咽にきゅうっと喉を鳴らすのだ。
「でも、こんなことされても渚を嫌いになれない」
なんで、と叫ぶようにしくしくと泣くシンジ。渚はその上で顔をしかめた。
頬は火照って真っ赤だった。
シンジが悲しいと自分も悲しい。胸が苦しい。
でも、
「ごめん」
「…」
「オナニーしていい?」
「…は?」
「嫌だったら目閉じてて」
シンジが聞き間違えかとキョトンとしてたら渚が勢い良くズボンを下ろしてパンツに手を突っ込む。中のものを取り出してゴシゴシ扱きはじめたから、え、ちょっと待って、とシンジが防御の構え。なんでもう限界そうなの、慌てて体を渚の両足の間から抜こうとしたら運悪く膝が上下する手に当たってしまう。その刺激で渚は射精。驚きの早さ。なんでそんなにっていうくらいの量の精液が噴射されて、シンジの顔までぱらぱらと降りかかる。
「ご、ごめん…!」
散々絞り出した後で正気に戻った渚は自分の精子にまみれて放心しているシンジを発見。着ていたシャツを脱いでその顔を拭いた。が、余計に塗りたくられた。
「だからこんなに謝ってるじゃん」
どうしようもなくてシャワーを浴びたシンジは渚の部屋着と下着(渚は新品だと言い張ったがどうもあやしい)に身を包んで渚のベッドでふて寝したいた。
「もう君に顔射しないから」
「そこじゃない」
風呂でシンジがせっせと今度は泡まみれになっていると、そのドアにもたれて渚がポツポツと懺悔した。
『ごめん、何もかも』
『…』
『最近イライラしてたんだよね。なんでだろう』
『…』
『オナ禁してたからかな』
『…!』
『するとモテるって聞いたけど意味ないね』
『…』
『あんな量出るなんて。世界新記録とかじゃん?』
『…』
何度謝ってもなかなかこっちを向いてくれないシンジに渚はどうしていいかわからない。もうどうしたらいいの、とベッドの横に座りながら頭をそのヘリにすりつけてグリグリしている。あんまりにも子どもっぽくて呆れてシンジが向き直る。
「渚はもうモテてるじゃん。なんでもっとモテたいのさ」
「…好きな子にモテたいんだよ」
「好きな子?」
「それこの期に及んで僕に言わせるつもり?」
さっきの予期せぬ発情を渚なりに気にしているらしい。耳が赤い。照れている。シンジは真っ赤になりながらも、そんなに気にすることないのに、なんて内心は思っていた。こわかったことよりも仲直りが嬉しいシンジ。そのやさしい顔に渚はドキドキした。
「シンジ君を彼女にとられたくなかった」
「彼女?」
「シンジ君と運良く隣の席になったヤツ」
なんだか甘えたような声でシンジは笑いそうになる。すぐ側で見つめ合っているふたり。その心が少しだけ透けて、少しだけ素直になる。
「綾波のこと?友達だよ。バカだな」
「じゃ、なんで彼女といると嬉しそうなのさ?」
「思い過ごしだよ」
「そうは見えないけど」
「今日僕は彼女の誘いを断って君に会いに来たんだけど」
ちょっと照れくさそうに言われて渚はぽかんとした顔をする。一瞬のタイムラグ。急に沸騰。もう嬉しくて爆発しそう。そして、
「もう君に嫌なことムリヤリしないから」
心を込めてそう誓う。シンジも、僕も嫌なこと言ってごめん、と謝り合いっこ。いつの間にかいい感じで微笑み合って、なんだかキスできちゃいそうだな、なんて渚は思った。ふたりの顔がだんだん近づいてゆく。シンジの瞼が閉じようとした。
「仲直りのキスする?」
もうすぐの距離で。君の嫌なことだったらと思って、と一応聞いてみた渚。
とたんに枕が渚の顔面を直撃。いい感じの空気はどこへやら。
「君は本当に猿だな!」
シンジは差し入れたペットボトルを飲みはじめて文句をブツブツ言っている。でも内心は…
―そこは聞かずにするとこだろ!
こんなことを思って不貞腐れていた。
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