君とクラゲで白昼夢


自分は無敵な気がする。今の渚はまさにそんな感じ。窓に映るイケメンは誰?渚カヲル。廊下を通るイケメンは?渚カヲル。みんな渚カヲルが大好き。

―横顔もまあまあか。

もし渚カヲルが謎の赤い水槽で培養されてる人外の設定だったら完璧だけど。渚は思う。人間でもまあまあだな。

昨日シンジが渚に話し掛けてきた。髪の毛にゴミついてるよって触ってきた。何ソレすごい前兆じゃん、と渚は思う。

…恋じゃない?

ついに渚カヲルの罠に落ちたか。調子に乗りすぎて笑いが止まらない。そんな表情筋をシメてトイレの鏡の前でイケメン百面相をしていたら、廊下を通り過ぎざまの不審物を見ているような視線とかち合う。シンジだ。運命の策略か。恋の予感か。待て。ここは女子トイレか。ドキドキ渚がキョドっているとそのまま素通りされそうになる。

「シ、シンジ君、ねえ」
「何」

慌てて廊下に飛び出し腕を掴む。振り向くシンジ。

「……」
「?」
「えっと、これどう?」
「どうって?」

本当は先に気づいてほしかったけど。

「髪」
「…髪?もうゴミついてないよ」
「そうじゃなくて」

渚の頬がほんのり染まる。なんだかもう、タジタジ。

「髪型!」
「それがどうした」
「……もういい」

アイツには褒めてたくせに。

先週、レイが髪型を変えた。渚には違いが全くわからなかったが、シンジは彼女の変化に気づき「似合ってる」と話しかけた。だから真似したのに。スタイリングにいつもより5分も時間かけたのに。気づかないの?イライラする。ちょっと納まりがつかない。

「シンジ君、ねえ」
「今度は何」

なんで自分が呼ぶと嫌そうな顔するんだろう。渚の胸がチクッとなる。

「今日僕と帰りたいなら予定ないけど」
「何の話だよ」
「だから一緒に帰ろうって」
「嫌だよ」

もう黙ってられない。

「どうして僕のこと好きなのにそんな態度なのさ!」
「は!?僕が君を好き?」
「好きだろう?」
「誰が言ったのさ?」
「僕」
「は??君、正気?」
「うん」
「…別に君のことは好きじゃない」

渚がよろめいた。

「どうして」
「なんで僕が君を好きじゃなきゃいけないのさ」

そう言われて初めて考える。自分が好かれない余地について。

「……君、へんなの」

迷惑そうにスタスタ行ってしまうシンジを、呆然と見送る渚。

渚はとても変わっていた。それが彼の魅力のひとつでもあった。のに。


「君、へんなの…」

復唱。現在、授業を華麗にサボタージュ。大の字で寝そべって遠くにチャイムの音を聞く。渚は屋上の特等席で雲のかたちを眺めていた。ほら、アレなんて、クラゲみたい。

―へんってカッコ悪いとかダサいとかいう意味?

好意は当然返されるものだと思っていた。それなのに。渚はシンジを見るとドキドキするのに、その逆は?

そうだ。認めよう。渚はシンジがとても気になる。シンジのことを想うと「好きってどんな気持ちだろう?」とか「キスってどんな味?」とか柄にもないことを考える。さっきだって柄にもなくカッコつけた。シンジの前だからだ。なのにいざそうやって話し始めると、頭が真っ白になってビックリするくらいつまらないヤツになる。それがもう、物凄く、嫌。

別にシンジに何かを求めているわけじゃない。ただ笑いかけてほしい。つまらないって顔はしないでほしい。なのにどうして僕にだけ手に入らないの?渚は思う。

―みんなにはフツーに笑ってるのにさ…

それから渚は急に自信がなくなった。自信のなくなった彼は眠くなって、フニャフニャになってしまった。


渚は変な夢を見た。そして誰かの呼ぶ声で目が覚めた。

眩しくて目を細める。体に異変。ハッとする。股間を見てみたら…フル勃起。テント張ってる。そして空を見上げたら…何とも言えない顔をして目が点になっているシンジがいた。

「や、やあ!」

何この現実。一応、試しに爽やかにキメてみたけど。その手に乗って僕は見て見ぬフリなんてしてやらないからな、と辛辣な視線。必殺スマイルで笑いかけてもダメらしい。渚はもう諦めた。全部やめた。ちぇ、とぼやく。ちぇ、じゃない、とまた非難の視線。

「早退ってことにして君の鞄持ってきた」

悲しいくらいモッコリしているソコから目を逸らしてシンジは渚の鞄を置いた。

「じゃ」
「待ってよ」
「何」
「つれないね」
「鞄まで持ってきてやったのに」
「ティッシュ持ってる?」

シンジが鞄からティッシュを取り出す。上体を起こした渚がそれを受け取って、ズボンのファスナー、全開。事態を察したシンジは思わずワッと声を出した。

「いきなり脱ぐなよ」
「キツいんだもん」
「僕もう行くから」
「行かないでよ」
「ハァ!?」
「座っててよ」

タガの外れた渚はもうカッコつけるのをやめた。隣の空いてるスペースをポンポン叩く。ひとりでシコるの寂しいから、みたいなことを言い出す渚に、君頭おかしい、とシンジは降参。おずおずと隣に座った。ちょっと好奇心があった。

すぐ側でゆるゆる息子を扱く音を聞きながら、シンジは興奮している渚の息づかいに耳を澄ました。あぁもうイキそう、なんて悩ましい声で囁かれて、体がドクドクして膝を抱える。う、と呻いて床擦れの音。もう限界そう。シンジは手をギュッと握った。

渚ってどんな顔してイクんだろう、その誘惑に勝てなくてシンジがチラッと横目で見たら、なんと渚と目が合った。火照った顔でシンジをとろんと見つめている。しかも目が合った時に思いきり射精された。

「あ、飛ばすなよッ!」

びゅるびゅる飛び散るイカ臭いソレ。制服のズボンに白くて粘っこいのが引っかかる。それはすぐにティッシュで拭き取ってもちょっとカピカピになってしまった。

「あーもう!最低だよ!」
「外で出すって気持ちいい〜」
「どうしてくれるんだよ!」
「あは。それしばらく洗わないでね」

笑うな!とムキになって怒られて、渚は嬉しかった。いつもとは違う怒り方。ちゃんと仲が良いみたい。初めてシンジと通じ合えた気がした。

「シンジ君のせいなんだから怒んないでよ」
「なんで僕のせいなのさ」

清々しい。スッキリしたら完全に肩の力が抜けた。

「君の夢見て勃起したんだもん」
「何だそれ」
「夢でクラゲになってたんだよねぇ」

自然体の渚にシンジは惹きつけられる。言葉足らずのヘンテコなセリフに興味津々。シンジも警戒心をなくした。ふたり並んで座って空を眺める。

「…クラゲになって何してたの?」
「シンジ君とエッチなこと」
「嘘つけ」
「クラゲになった僕が海水浴してるシンジ君を捕まえて、たくさんある触手で君の体を」
「変態だな!」
「今頃気づいたの」
「開き直るな」

なんなんだ一体。そう思って耳まで真っ赤になっていても、シンジは渚の側を離れなかった。ウブだと指摘されたら屈辱だというのもある。でも一番の理由は…楽しかったから。

別にそんな下ネタ受け流せるぞって顔で平静を装うシンジ。頬が赤いまま目で雲を追ってたら、横の渚が笑い出す。気になって振り向いたら、指が頬っぺたに突き刺さった。

「何するんだよ!」
「かわいい」
「なっ、」

キスしそうな距離で微笑む渚。シンジはすごくドキッとして、何故か思いきり彼を張り倒した。キスされると思ったのか、胸キュンを隠すためなのか。さっぱりわからない。

「じゃ」

そうしてまたツンツン怒ってさっさと帰ってしまった。渚を置いて。

「あーあ…」

行っちゃった。盛大な溜め息。もっと喋っていたかったのに。残念そうに空を見上げる。クラゲの雲ももう見つからない。残るのは生臭いティッシュだけ。でも、ま、いいか。渚は思う。これからはもっと楽しくなる。渚はそう期待をせずにはいられない。

一方、早足で廊下を歩くシンジは頭から湯気が立っていた。あんなハチャメチャな状況だったのに、どうして居心地が良かったんだ。どうしてもう喋りたくなるんだ。どうしてあの顔が忘れられないんだ。イク時の、あの、切ない顔が。


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