あなたのニュートンのその奥のシナプスをジャック!お待たせしました。ボニー・メリディアニの時間です。待っていなくても暇つぶしにでもしていただけたらこれ幸い。謙虚な火星のDJアシラがお送りします。謙虚の部分は冗談です。

速報です。どうやら火星のテラフォーミング計画が次の段階に突入したようです。だからネルフも慌ただしい今日この頃。この計画は仮眠状態の使徒を移住させることに伴い研究者が増員されるため、副産物的に実現されました。さて、そのテラフォーミングについて今日はご紹介します。

テラフォーミング。それはいわゆる人工的に惑星を地球化すること。人類の生活に適した環境に惑星に変えてゆくのです。やり方はいたってシンプル。一、温室効果ガスで大気を厚くし火星を温める。二、温まり氷が溶け水が増えたら、地球から植物の種を持ってきて緑化する。三、植物が光合成し酸素がたくさん増えたら…完成!地球っぽい火星の出来上がり。どうです?簡単そうでしょう?百年あれば可能と言われていた計画も、技術が進み、十年もあれば十分とのこと。

私は先日、特別にその品種改良された種を見せていただいたんです。というのはこの前、メリディアニ基地局の脇で水溜りが発見されましてね。私よりも一足先に火星に到着して温室効果ガスを撒き散らしてくれた量産型エヴァさんのおかげなんですが、とっても感動しました。なんてったって火星に水が湧いたんですからね!そこでその水で種を育ててみたんです。品種改良のエリートな種はあっという間に、ポン!――発芽しました。

そこでこれから葛城調査隊がマリネリス渓谷まで地質調査に向かいます。マギシステムの計算では地下水が湧きそこで川になるのが来年あたり。そして最初の雨が確認され次第、この種をまずはタルシス高地に蒔くようです。いつか常緑のオリンポス山を臨むことができるのかも。まだまだ一面赤い砂漠なので想像もつきませんが。

今ではすっかり基地局のアイドルとなっているこの植物、その名もフタリメノリリスですが、すごく愛くるしいですよ。もうすぐ淡い水色の花が咲きます。綺麗だろうな。みなさんにも見ていただきたいです。感受性豊かなシナプスでキャッチしてくださいませ。

おっと、話が長くなりましたね。本日の曲は、ダニーボーイ。言わずと知れたスタンダードナンバーですが、原曲はロンドンタリー・エアーというアイルランドの民謡です。切なくて美しい旋律ですね。戦地へ赴く息子への想いを綴った曲と言われています。

それでは、どうぞ。



ダニーボーイ

君の叫びが僕を呼ぶ
谷から谷へ 山をくだり
夏は過ぎ 世界が死にゆく中
君は行かなければならない だから僕は待つよ

いつか戻っておいで 夏のあの場所へ
世界が静かに雪に染まる時でもいい
その陽にも影にも 僕はいるから
心から君を想っているよ

けれどもしも世界が死にゆく中
君が帰っても僕がいなかったなら
僕の眠る場所を探して
そっと別れを告げてほしい

僕には聞こえるんだ
君がやさしく僕を踏み締めたなら
僕はあたたかくて幸せな気持ちになれる
君がかがんで好きだと言ってくれたなら
僕は安らかに眠り続けるよ
君が帰ってきてくれるその時まで





世界でひとりきりの孤独。
ひとり。この世界で。この惑星で。
他に、誰もいない。

孤独な惑星に少年は生きている。

透き通った青空に手を伸ばした。
意味もなく、陽は輝く。

少年は眩しくて目を閉じる。瞼の裏に焼きつく、自分だけを照らす恒星。

アスファルトに注ぐ木漏れ日。葉は揺れる。風が通り過ぎてゆく。
永遠にあの夏の青さのままで、そこにある。
少年は知っていた。顕微鏡で見なくともそれはわかった。
硝子細工のように生きたふりをする粒子たち。
世界は止まっていた。

少年は歩き出した。

今日は何処まで行こうか。水溜りを蹴ってもいい。大声で叫んでもいい。
でも、そうしない。

橋梁。剥き出しの鉄骨。架設中。錆びていた。おそるおそる飛び乗った。
陽炎が見えた。
海岸線。打ち上げられた小舟。絡まる葦。枯れている。踏んだら何かが割れてしまった。
陽射しが反射した。つまずく。
朽ちかけた廃棄物。誰かの生活のゴミ。足跡。過去。忘れ去られた埋立地。
立ち竦む。

何を埋めたのだろう。
誰が、何のために、埋めてしまったのだろう。

誰もいない。

少年の見つめる先に海がある。海は見つめ返す。
海は埋まらない。だから少年は目を背ける。

水面はあまりにも眩しい。
そして少年に思い出させる。少年が背負っているものを。

そう、少年は背負っていた。

(お願い、いかないで)

もうひとりの少年を。向こう側の少年を。
抱えて先へ進もうとした。必死に祈りを捧げていた。
誰もが大切なものへとするように。

(いかないで)

海はずっと待っていた。愛しい面影を映しながら。
海は呼びかけている。

少年は孤独な惑星でかくれんぼを続けていた。





波打ち際を歩いてゆく。ずっと歩いてゆく。

「―――――」

海は囁き続けている。少年は駆け出した。

「―――――」

振り払おうとした。足を動かし耳を塞ぐ。息を切らす。
そして、立ち止まる。

橋梁は切断されていた。まるで他意のように。

少年は苛立つ。戻りたいのに。
少年を守ってくれたイヤフォンのやさしさへ。
戻りたいのに。
包帯の締めつけるやわらかい殻の中へ。

水面から一番遠い場所へ。

少年はかがんだ。頭を抱えた。

「シンジくん」

声が聞こえた。足場から――水面が見えた。無機質の骨組を浸食する、眩しい水面。青空の下で夕暮れ色に染まっていた。

少年は覗き込んだ。
少年は覗き返された。

「あっ」

そこにはもうひとりの少年が寂しそうに佇んでいた。
少年はふるえた。

「待って」

向こう側の少年は立ち上がった。

「お願い、いかないで」

何処かへ行ってしまう。こちら側の少年は手を伸ばした。届かない。
遠すぎる、背中。

「いかないで」

少年は叫んだ。

_確かなものだと感じていた
_けれどそれは脆く儚く散ってしまおうとした

「いかないで」

_全てのことには終わりがある

「いかないで」

―それでも僕は何度だって想うだろう

「会いたい」

だから、

少年は、

飛び降りた。

刹那、感覚がよみがえり、知る。

終わりが訪れる時、少年は、ずっと心で呼んでいた名前を口にした。

はじめて、 永遠を感じた。





水面に激しく打ちつけられる少年。
すると――世界は反転した。
衝突の痛み。水飛沫。深く沈んでゆく。なのに少年は苦しくない。

「目を開けてごらん」

少年は目を開けた。

「カヲルくん」

見えないのに感じる。もうひとつの存在。
重力を失くした体はバランスまで失って、舞い上がる。少年を導いてゆく。

「ここにいたの」
「ずっとね」

たゆたう海月に似た、想い出のホログラム。浮かんでは消えていった。
少年は身をゆだねた。

「言ってくれればいいのに」
「もちろんそうしていたよ」

少年は足下を見上げた。

「僕らはカノンを奏でていたんだ」
「カノン?」
「そう。美しい永遠のカノン。けれど君には哀しいカノンを」

あぶくが口から旅立ってゆく。もう遠すぎて見えない水面へ。あの遠くから憧れを抱いていた眩しい海。
懐かしい。少年は思った。

「そして音楽は新しくなったのに、君はまだそこにいるね」
「だって」
「こわいのかい?」
「うん」

心地いい。体はまるで昇ってゆくようで、

「はじめてのことってこわいんだ」

あたたかい。

「僕もはじめてだからこわいよ。けれどね」

あたたかい。

「君となら、きっと楽しい」

あたたかい。

「ふたり一緒ならいいことがあるよ」

海の底はまるで青空のようだった。だから少年は微笑んだ。
透き通った青空に手を伸ばした。
意味もなく、陽は輝く。

意味もなく。





少年は目を開けた。ぼやける視界。消毒用アルコールの匂い。
真っ白なシーツの上で手を伸ばす。知らない天井。
点滴の規則的なリズム。

窓辺では手折った花の匂いを嗅いでいる少年ひとり。
銀髪が陽を含んでなびいている。睫毛の間から赤い瞳が微笑んでいる。

「おかえり、碇シンジくん」

少年は赤い瞳を見つめた。煌めく赤い瞳。とても美しい、赤。
背中で洗いたてのカーテンが波打っている。明るい。その先は、窓の向こうは、光であふれていた。

「待っていたよ」

眩しすぎて見えないけれど、少年は知っていた。確かめなくてもそれはわかった。
だから少年は微笑み返した。

かつて、大切なもの同士を天秤に掛けられ、少年は苦悩した。
両手いっぱいに抱えてどちらも手放さなかった。
そして、どちらも失ってしまったと怯えていた。

けれど――窓の外からはやさしい風が吹いている。

「ようこそ、新しい世界へ」

大切なもののある世界で今、少年は目覚めたのだ。



綯交幻想



いかがでしたでしょうか。私はこの曲、Danny Boyを聞いていると音がずっと遠くまで響いてゆくように感じます。そして思い出しました。遠くには何があるんだろうと憧れて、でもいざそこへ歩き出そうとするとこわくなることを。自由は時に人を孤独な惑星へと連れてゆく。

皆さんにはそんな経験、ありませんか。私にはあります。勇気を振り絞って一歩一歩踏み締めてここまで辿り着けました。この赤い惑星へと。

では、このへんで。火星より愛を込めて。また会いましょう。


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