火星からあなたのシナプスをキャッチ!いつもご贔屓にどうもありがとうございます。ボニー・メリディアニのラジオパーソナリティー、アシラです。今日もここから見える景色は赤一色。もう違和感がなくなったので私も立派な火星人かもしれません。

火星って赤く見えますが実は地面の下は赤くないんです。これは長い間、太陽光線に晒されていたために表面の砂だけが酸化して色づいたため。規模の大きな話ですよね。

そんな赤い惑星ではよくつむじ風が見られます。地球で見られるようなもの、例えばアラビアの砂漠に立つつむじ風を想像してください。その砂漠地帯では稀に砂嵐が見られますよね。ですがここ火星では砂嵐はメガストームとなります。惑星全体をすっぽり覆ってしまうんです。そうなってしまうとなかなか、ね。電波的によろしくない。早く人工雨の装置の実用化が決まらないかな。

さて、楽曲の紹介にまいりましょう。みなさんはジャズの「枯葉」をご存知ですか?ジャズのスタンダードナンバーの代表格と言っても過言ではないこの曲、実はシャンソンのナンバーなんです。ジャック・プレヴェールの歌詞がしっとりと美しい。今回はその英語版の和訳を添えて。
どうぞ、お聞きください。「枯葉」――



枯葉

窓の外に流れる枯葉
赤や黄金の秋の色
僕は君の唇にあの真夏のキスを想う
その陽に焼けた手をずっと握っていた

君が去り日々は遠のき
もうすぐあの冬の歌が聞こえる
けれど君が堪らなく恋しい
枯葉の落ちるこんな時は



忘却の砂の夢


- セピアに染まった夕凪の詩 -


都市は砂に埋もれ夕凪の夢を見る。その夕凪はかつての湖畔、辺りを照らしたあの黄昏、静謐な微笑みと温もりと。
僕は赤い砂だけになってしまった世界を歩く。僕の足跡だけがまだ時が止まっていないことを、僕に教える。不規則で、ふと掠れ、線になり、時に翳りが溜まっている。流動する軌跡には、僕の彷徨う心が灼き映されていた。

息を切らして膝からくずおれた。地面は窪み翳りが差す。つくばって見上げれば砂埃の先、あの日が遠くに見えた気がした。あの人が僕に笑いかけている。そう思うだけで僕は何処までも行かなければという気持ちになる。もう僕にはそれしかできない。それしかできないんだと、また、立ち上がる。

赤い砂丘を渡りながら、僕は想い出を幾千の壷に沈めた。褪せた景色の中、壷に張った水鏡だけが鮮やかだった。覗き込むと水面が僕を強く照らした。揺らめく過去達が眩しすぎて、僕は、そっと、目を閉じた。

もう決して蓋を開けられることはないだろう。僕が瞼を下ろす時、蒸し暑い朝もやの匂いも――誰とも目を合わさないように歩いた通学路も――、窓の向こうの常緑の風も――教師の声も聞こえず気にした君のいないあの机も――、蝉の止まない夕暮れの曲がり角も――君に何を話そうか考え見上げたあの一番星も――、みんな、最後の別れを告げて、砂の下、永遠の眠りにつく。


僕の大切なものは誰にも渡さない
――もう、誰も奪うことはないけれど、

僕の心は誰にも知らせない
――もう、誰も知ることはないけれど、

僕は、想い出をすべて、埋葬した。


触れられない彼方、容赦なく一面の空が広がっていた。昼には灼熱の陽射しが僕を責め続けた。けれど夜には、僕の上に星々が瞬いている。来た道に埋められた幾千の想い出と同じくらいに。怖いくらいに澄んでいた。輝きを散りばめ流れるその一筋は、僕の隠した壷のあの煌めきを反射しているようだった。隠す、そう。僕はそれらを隠したんだ。

かつての都市の営みの灯を葬りながら――あなたの教えてくれた食卓を葬りながら――僕はひっそり種を育んだ。真夜中のベッドで吐いた溜息を葬りながら――あなたからは鳴らない電話を葬りながら――僕はひっそり花を咲かせた。


すべてと引き換えに、僕の罪は息づいている。


僕の片目は星を見ていた。けれどもう片目はあの人を見ていた。あの人が僕に笑いかけている。

螺鈿色の沈黙に僕は秘密の壷を取り出した。僕の抱える唯一のもの。その蓋を開ければ僕を照らす、あの夕凪。僕を映したあの瞳、僕に触れたあの指先、僕に囁いたあの言葉――すべて、僕だけのもの。

もしも息をしなくてもいいと許されたなら、僕は何を握り締めて旅立てるだろう。かつて僕だったものの最後のかけらは、何を連れてゆけるだろう。それはきっと、あの夕凪。肉体も記憶も失くした僕はただそれだけを抱えて舞い上がる。あの人の側に居られた時に感じた、あの気持ちだけを。


一陣の風に吹かれた僕は夕凪の夢を見る。頬に冷たい砂粒が、零れ落ちた。


その砂粒が僕に囁きかけた。彼の声で囁きかけた。僕は壷の中に手を入れて、水面に触れた。波紋、両手で掬う、光の水。星の輝きを宿し、僕を照らす。腕をつたい、滴になる。溢れてゆく。溢れてゆく。溢れて砂漠を燃やしてゆく。

燃えた砂漠は星空になる。僕は深く沈んでゆく。そして空に落ちたんだ。怖くはなかった。僕は両手で抱きしめていた。密かに咲かせていた花を。あの夕凪を。

幾千の壷に見送られ僕は旅立った。あの人はきっと、この花を目指して僕を迎えに来てくれる。僕はもう僕が誰かもわからない。何もわからない。でも、あの人――静謐な微笑みと温もりとだけはちゃんと覚えている。それだけが、あればいいんだ。



おっと何やら受信しました。これはハッピーエンドか?なんて不穏なシグナル。そうです、このラジオはハッピーエンド仕立て!なので続きをちょっと付け足してみましょう。



- フィルムの描く朝焼けの詩 -


この物語を読ませてもらった時、僕はどんな顔をしていたのだろう。そんな顔しないでよ、と苦笑されてやっと息を吐いたのだった。そこで自分が息を止めていたことに気づく。それくらい、僕は横殴りの衝撃を受けていた。

「こんな夢を見たんだ。なんだかカヲル君に知ってほしくて。」

何言ってるんだろうね、僕、とシンジ君ははにかんだ。

僕は長い旅から帰ってきたばかりだった。トランクを従えたまま、シンジ君に会いにきたのだ。彼とはずっと名のない関係を保っていた。それは何よりも大切なものだったけれど、互いに一歩踏み出すのを躊躇っていて、もうずっとこれが続くのかもしれないと思えるような関係だった。僕たちはその状態から目を背けるよう互いの趣味に夢中になった。僕は写真、彼は文章。そしてそれがいつの間にかそれぞれの夢となり、それぞれの将来になる。卒業したらもう理由もなく毎日は会えないだろう。本当にそれでいいのかを確かめるため、僕は飛行機に乗った。貴重な大学時代最後の夏休みを彼なしで過ごしたのだ。シンジ君は僕の行動をきっと寂しい裏切りと思っただろう。でも止めることもできない、僕らはそんな間柄だった。

僕はひと夏の間、世界各地をカメラを構えて旅をした。よく撮れたものは彼に絵葉書として送っていた。僕は彼に何かをずっと伝えたかった。でもそれは言葉にならなかった。まだ写真の方が少しは伝えられる気がした。そして旅をする先に、僕はある砂漠に辿り着く。赤く灼けた砂に埋もれ、誰からも忘れ去られた場所だった。

「驚いたな。これは…僕の描いた物語そのものだよ。」

僕はフィルムを巻く度に確信した。写真にはどうしても捉えたい物語があった。意識を集中させると舞い降りてくる遠い記憶のようなそれ。鮮明にしたくても、まるで遺跡を巡るよう。触れると乾いた砂となって崩れ落ちてしまうのだ。あまりの儚さに立ち尽くす。そう、僕はついに、物語を完結させることができなかったのだった。

「そういえばこの夢、カヲル君から絵葉書が届いた日に見た夢だ。だから君に見せたかったのかな。」

でも、僕はわかってしまった。今、唐突にわかってしまった。それは写真のインスピレーションだけではない。何故なら僕は――


君を触れられない彼方でずっと眺めていたのだから。そして夕凪の花を持つ君を迎えに行ったんだ。


「君は前世を信じているかい?」

窓の外、少しずつ空が群青色に明けてゆく。僕らは夜通しこうして語り合っていた。そのテンションでこの言葉も笑い飛ばしてくれるだろう。そう思って君を見たら、君が真面目な顔をしていたから、僕はまた、息を忘れた。

「もしも前世があったなら――僕はまた君に会えて、きっとそれが嬉しいんだね。」

君はもう、わかってしまったのかもしれない。

「だからこんなにドキドキするんだ。君が側にいるだけで。」

朝焼けの静謐がまるで神話を囁くようにして、ふたりを包み込んでいた。ひと夏どころか幾千の夏を越えて邂逅を果たしたかのよう、唇が触れただけで僕らはすべてを理解した。そして僕は、あの秘密の壷を想う。覗き込むと水面がそっと僕を照らして、眩しかった。



Autumn Leaves、美しい歌ですね。あなたも私もいつかは命に終わりを告げる。その時はどんなだろうとよく考えます。もしもその先、私たちが何かを持ってゆけるとしたら、きっと心の中にある何かなのでしょうね。ぼんやりとした明かりのような想い出のかけらたち。光はぼやけても明るいまま。その心から記憶を奪い去ってもそこには光が宿り、たとえその意味がぼやけてしまっても、私たちを照らしてくれる。そんなだったらいいな、なんて思います。

もうこんな時間。そろそろお別れのようです。火星も地球も時間は平等。そんな私たちを繋ぐのは秘密のヘルツ。そのシナプスで聞き逃しなくこの愛をキャッチして――おっとまた、不穏なシグナル。気持ち悪がらないでください!

DJアシラでした。また会う日まで。


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