あなたのシナプスはゆるんでいたりふやけていたりしませんか?ボニー・メリディアニ、はじまります!
さあ、目を閉じて火星に想いを馳せて頭をからっぽにしてみてください。そうです、感度良好!あなたの心にマーズ・アタック!DJアシラです。

いよいよ火星に砂嵐がやってまいりました。前にお話した通り、火星の砂嵐は惑星全体をすっぽりと覆ってしまいます。雨が降らないから止めるものがないのが理由。ということでネルフが人工の雨を降らせるガジェットの開発に成功いたしまして、試験的に運用がはじまっています。砂嵐だったり雨だったりで電波環境がかなり不安定な火星の弱小ラジオ・メリディアニ基地局。聞き苦しいところがあるかとも存じますが、くれぐれもご理解のほどを。

さて、本題に入りましょう。落ち込んだ時に聴きたい音楽ってみなさんはありますか?自分が信じられない時、自分を嫌いになってしまいそうな時、そんな音楽を持っていると少しだけ落ちた闇から抜け出しやすくなるかもしれません。そして今日ご紹介するのがシンディ・ローパーのトゥルー・カラーズ。個性的な彼女が歌うのは、自分らしさを応援する彼女の強いやさしさでした。



本当の色

哀しい目をした君へ
落ち込まないで
うん、わかっているよ
勇気を出すのは難しい

たくさんの人がいるこの世界で
君はすべてを見失ってしまうこともできる
そして君のなかにある暗闇が
君をちっぽけに感じさせるだろう

でも僕には君の本当の色が見えるよ
光り輝いているんだ
僕は君にしかないその色が
大好きなんだ

だから怖がらないで
君の色を見せることを
君の本当の色を
本当の色は
まるで虹のように美しい

ねえ笑ってよ
不幸にならないでほしい
僕は思い出せないんだ
君が最後に笑ったときを

もしこの世界が君をおかしくして
もう耐えられなくなっているなら
僕を呼んでごらんよ
ずっと側にいてあげるから

そして僕は君の本当の色を見るだろう
もう君は隠しきれない
君の本当の色を
僕が君を好きなわけを

もう怖がらなくていいんだ
僕に本当の君を見せて
君らしい色を
それはまるで虹のようなんだ

君が最後に笑ったのはいつか思い出せないなんて

もしこの世界が君をおかしくしているなら
耐えられない重荷を背負わせているなら
僕を呼んでよ
すぐに飛んでいくってわかってるだろう

僕が君の本当の色を取り戻してあげる
君は隠しきれていないから
僕には君の本当の色が見えるんだ
僕の大好きなその色が

だから怖がらなくていい
君の本当の色を
君らしさを
本当の色は隠すことなんてできない

君は君だから
僕は君が好きなんだ

だからもう怖がらなくていいんだよ
君らしさを見せることを
君らしい本当の色を
本当の色は
まるで虹のように美しい



やわらかい時間


「シンジ君!」

待ち侘びた声がして頬が熱くなる。ちょっとの距離なのに改札からカヲルが駆けてきた。それだけでシンジは嬉しくて思わず笑みがこぼれてしまう。

「ごめん待たせてしまって」
「ううん、僕のせいで……なんかごめんね」
「そんな水臭いことを言うんだから相当弱っていると見たよ」

普段着のカヲルとスーツ姿のシンジ。シンジの目がほのかに充血している。30分前、カヲルは帰宅したアパートの前で携帯に耳を当てた。ふたりが社会人になって早2ヶ月。なんだかんだで忙しくてシンジとの電話は久しぶりだった。といっても毎日LINEはしているが。文面では元気そうでわからなかった。何も言わない電話口。ちょっぴり時間を巻き戻すと、シンジは駅前の真ん中で立ち尽くしていた。急にガードパイプにしゃがみ込み、ふるえる手で携帯を握り締めた。そして何も考えられずただカヲルの名前をプッシュするのだ。何度かのコールのあと自分の名前を囁くやさしい声を聞いて過呼吸気味になってしまう。まぜこぜになったいろんなものがあふれてしまう。言葉にならない泣き声をあげるシンジにカヲルは告げた。

「そこで待ってて、今すぐ行くから」

電話を切ってシンジはどばっと流れる涙に肩を小刻みに揺らしていた。数分後、シンジは安心して泣くのをやめた。涙が引っ込んでしまうと猛烈な恥ずかしさに襲われる。僕は何してるんだろう。でも、すぐに思い直すのだ。そのおかげでカヲルに会える。秒針が重たくなるくらいシンジは今か今かと待ち侘びた。するとやっとこさ、カヲルがやってきたのだ。大荷物をしょって。

「どうしたのそれ」

大きなリュックを片方の肩にかけてカヲルは笑った。

「秘密道具さ。準備していたんだ。いつかこの日が来ると予想していたからね」
「ふーん?」

シンジは首を傾げた。リュックサックはカヲルが歩く度にタポッとかカサッとか不気味な音を立てている。

「さあいくよ」
「どこへ?」
「僕らの第三新東京へ」

それはこの大きな都市の名ではなくターミナル駅のこと。つい3ヶ月前までふたり一緒に通った大学の最寄り駅だ。シンジはわけがわからずに、でもカヲルに身を任せて電車へと先を急いだ。時刻は午後9時。もたもたしていたら終電に間に合わない。タイムリミットは頑張っても2時間半弱。辿り着く距離を加味したらそこには2時間しかいられない。今日は平日のまんなかの水曜日。社会人は明日も社会の歯車としてちゃんと朝に立ち上がらなければならない。こう思うときシンジは息が苦しくなる。すごく窮屈だなと感じる。それでも朝が来たらちゃんと起きられるんだから不思議だ。

「久しぶりだね」
「ずっと会いたかったよ」

でもそんなことは今考えないと決めた。だってこの瞬間だって1秒1秒さよならへと向かっているのだ。シンジは少しでも時がゆっくりになるようにカヲルをまじまじと眺めた。カヲルは相変わらずかっこよかった。学生のあどけなさがどことなく洗練されたように見えるのは気のせいだろうか。人は数ヶ月でそんなに変われるのだろうか。シンジの知らない間にカヲルは刻々と手の届かない他人になるのかもしれない。シンジは胸がきゅうっとなった。

「このままふたりきりで南の島まで行ってしまおうか」
「いいね。どの島にする?」
「ガラパゴス諸島はどうだろう。僕らもガラパゴス化するんだ」
「ガラパゴス化?」
「ビーチでアシカと一緒にひなたぼっこしてても誰にも気づかれない進化のことさ」
「なあにそれ」

ああやっぱり変わってない。シンジはそんなことが嬉しくてしばらく頬がゆるむのをやめられなかった。


「懐かしいね」
「つい最近まで来ていたじゃないか」

そして電車は目的地のホームへと停車する。シンジは胸がいっぱいになる。階段を駆け上がるふたりの足音。何度ここに帰りたいと思ったことか。馴染みの改札を左に折れて速度をはやめる。来ようと思えばこんなに簡単にやって来られるのにどうしてもそれができなかった。ふたりは線路沿いの坂道を一目散に走り抜けていく。

それからカヲルに連れられてやってきたのは市街地が一望できる展望台。沿道がテニスコートくらい幅を広げて張りでている。舗石タイルが敷き詰められて一段高くなっているからちょっとした広場のようだ。そこから見下ろす景色は無数のオフィスビルや商業施設が所狭しと生え並んだスマートシティ。シンジはここでカヲルと一緒に働きたかった。でもどれもこれも一次面接でダメだった。実力をうまく発揮できない緊張型なのだ。

「こんなところで何するつもり?」
「僕の調査結果を実践するのさ」

リュックサックを歩道に置いて、カヲルは外ポケットから紙を一枚取り出した。

「どれにするかい?」

そこには『シンジ君のストレス撃退リスト』と赤く銘打ってあり、奇妙な単語がリストアップされている。

「シュッシューって何?」
「選んでからのおたのしみさ」
「うーん…カヲル君セレクトで」

1ヶ月ぶりの再会だからか、シンジはふわふわした高揚感で決めきれなかった。

「渚カヲルおまかせフルコースを選んでいただきどうもありがとうございます」

カヲルがおどけて深々とお辞儀する。得意げにリュックをあさって新聞紙を取り出した。

「思いきりやるんだよ」

そして何故だろう。シンジは地べたに座りながら新聞紙を破るハメに。

「もっともっとビリーッと」

ヒステリックな洋画のヒロインを真似してシンジはビリビリビリーッと威勢良く新聞紙を散り散りにする。その周りではちぎれた紙を風にさらわれないようカヲルがちょこまか回収していく。可燃ゴミの袋がどんどん膨らんだ。そんなおかしなふたりを通りすがりのカップルがクスクス笑いながら車道にはみ出て避けていった。

「恥ずかしいよ!」
「確かにこれは屋内向きだね」

カヲルは忙しなく次の秘密道具を探しはじめる。時間は限られているのだ。

「消臭剤をかけまくるって対処法があるんだよ」

霧吹きを訝しげに見つめるシンジにカヲルが説明。中は水だからどこにかけても安心らしい。ふたりで向かい合いガンマンの決闘さながら霧吹きをかまえていた。

「カヲル君ワールド炸裂しててわけわかんないや」
「わからなくていいよ、感じるんだ!ほら!」

そしてカヲルがシュッと放った瞬間、空気を読んだ風が向きを変えた。それでシンジにかかったのが原因でふたりは互いにかけ合うことに。スーツなんてどうにでもなれ。キャッキャはしゃぎながらスプレーを撃ち続けた。でもミストも積もれば水浸しになる。服がビチャビチャになってきて、このまま続けたら風邪を引いてしまうということで平和協定は結ばれた。

「これじゃストレスが解消されてるのか溜まってるのかわかんないよ」
「言ってくれるじゃないか。ならこれはどうだ!」

はりきって掲げたわりにはそれは見慣れたイヤフォンだった。ぷらんとやる気なさげに垂れ下がり揺れている。カヲルはスマホをいじって画面に音楽のプレイリストを表示させる。

「口パクで歌ってね。サビでは手拍子をして」
「ええ?」

有無を言わせず、思いきりね、と念押ししてシンジの耳にイヤフォンを装着。途中ジャック部分を自分の耳に挿し込むという謎めいたギャグに披露してから、カヲルは音楽を再生させた。

流れてきたのはシンジが学生時代に大好きでよく聴いていたあの曲だった。今でも落ち込んだ日の通勤電車でたまに聴くので一字一句歌詞はしっかり覚えている。シンジははにかみながら小さく口を動かした。

するとどうだろう。いきなりカヲルが道端でノリノリで踊りだしたのだ。シンジと同じく口パクをして。仰々しさがミュージカルさながらだ。身振り手振りが面白いくらい迷いがなくて、シンジは思わず吹き出した。これもしかしてずっと練習してたんじゃないの?ひとり暮らしの部屋で。そんなカヲルを想像すると腹の底からの笑いが止まらない。シンジは身をよじらせながら口パクを頑張った。サビに入って手拍子をする。と。カヲルが慌ててとびきりのダンスに切り替えたのだ。

「ズレてる!!カヲル君ズレてる!!」

シンジとカヲルの音楽性の違いだろう。シンジの手拍子に合わせるとカヲルが明らかに半テンポ遅れてしまうのだ。シンジはもうこらえきれずに爆笑した。ヒイヒイ苦しくあえぎながら立ち上がり、自爆するなら一緒にと、カヲルに合わせて腰を振って踊りだした。踊らぬバカより踊るバカだ。恥ずかしさなんてもう吹っ飛んでいた。ふたりで楽しく手を取り歌いエキサイティングしていると自転車の学生が拳を振り上げイェイイェイ笑顔で通り過ぎる。バカが伝染したのだ。

シンジは涙が出るほど笑った。こんなに楽しいのはいつぶりだろう。夜空に向かって大きく口を開けて笑う。シンジはこのまま時が止まってくれたらと星に願った。

「いいね。そのままあの街に向かって今の気持ちを叫ぶんだ」
「どこの熱血教師なのさ」

迷惑じゃないかなと左右を見渡し心配したけれど住宅街はずっと離れていた。10時も過ぎると車も人通りも少ない。シンジは今のテンションなら何でもできる、そんな気がした。

「楽しい〜〜!!」

大きな声を出すなんてドキドキしたけど、思いきり息を吸って、頭をからっぽにしたら、言いたいことはこれだった。感じるままに叫んでいた。カヲルは満足そうに親指を立ててシンジの後につづいた。楽しい〜〜!!と。

うっすら汗をかいて(霧吹きのせいでうっすらどころじゃないけれど)それからふたりは地面に横になっていた。カヲルはシンジが汚れないようにレジャーシートを用意するはずが忘れてしまった。シンジはそのまま寝そべりたい気分だったからかえってそれが清々しかった。

「腹式呼吸で自律神経を整えるんだ」

おなかに手を当ててすーっと吸って、はーっと吐く。吸うとおなかが膨らんで、吐くとおなかがへっこんだ。視界いっぱい広がる星空はところどころ雲がかかっていたけれどシンジは打ちのめされていた。本当にきれいだった。特別な空だった。

「はあ……」

必死になって心のアルバムに保存する。つらくなった時にいつでも眺めていられるように。

「イメージしてごらん。理想の毎日を送っている10年後の君を」
「10年後って。30超えてるじゃないか」
「うん。30超えてる最高の君はどんなことをしてる?」

歳をとるなんて考えるとシンジは気が滅入った。けれどカヲルは逆に楽しそうなのだ。この違いはいったい。シンジはその理由が知りたくて、10年後の理想の自分を思い描いてみることにした。

理想ってなんだろう。今までは普通に幸せになれればいいやと思っていた。でも普通ってなに。ふたを開けてみれば、みんなの人生はそれぞれどこか違っていて参考にはならなかった。仕事で成功して結婚して子どもができてなんて一般論もあるけれど、シンジは仕事で成功してもそこそこ嬉しいくらいで最高じゃない。結婚するのも子どもを持つのもピンとこない。心から望んでいるわけじゃなかった。それって理想とは言わないなとシンジは思った。

そんなことするくらいなら今みたいにずっとカヲルと遊んでいたい。別に毎日24時間遊びたいわけじゃない。1日数時間でいい。学生のころだって毎日は会えなかった。だから毎日会えるなら最高だ。それなら仕事だって前向きに頑張れるんだけどなあ。でもそんな理想って子どもっぽすぎるかな。

シンジがそんなことを考えてぼーっとしていると手にむくもりを感じた。振り向くとカヲルが手を握っていた。シンジを見つめて微笑んでいる。

「無理やり大人になろうとしなくてもいいんだよ。君は君のままで」

なんでぜんぶ見透かしてそんなことを言うんだろう。シンジにはわからない。ただ、この言葉が胸に刺さってどくどくと染み込んで、それが涙腺からあふれだしてしまうのだった。うるうる膜を張った瞳を歪ませて、シンジは笑った。

「……うん」

カヲルがとても幸せそうに頷いた。その先では涙がひとすじ、こぼれて消えた。


「帰ったら早く休むといいよ。睡眠は心と体の栄養なんだ」
「そうする」

時刻は11時30分過ぎ、ふたりは第三新東京駅の改札の前にいた。

「本当に送らなくて大丈夫?」
「僕を送ったら終電なくなっちゃうでしょ」
「タクシーで帰るよ」
「大丈夫だって」

カヲルは名残惜しそうにシンジの頭をひと撫でした。

「次からはつらくなってからじゃなくてつらくなる前にちゃんと言ってほしいな」
「そしたら毎日そうしちゃいそうだよ」
「それでいいじゃないか」
「なにがいいのさ」
「なにもかもだよ」

そう言うとカヲルはシンジにハグをした。シンジはその愛情表現に慣れきっている。同じ強さで腕をまわした。

「今日はどうもありがとう」

かすかに感じるカヲルの匂い。どんな匂いかと聞かれても答えられないけれど、シンジにとってそれはすごくいい匂い。嗅ぐと心がやすらぐのだ。体の力が抜けて気持ちがすっと落ち着いた。もしかしたら、これが唯一の替えのきかない秘密道具なのかもしれないと、シンジは思った。

このひと月、これが足りなかった。そう思いながらそれって変な中毒だなとくすぐったくなる。シンジの胸が匂いを吸ってすーっと膨らむ。密着するカヲルの胸もすーっと膨らむ。もしかしたらカヲルにとって自分の匂いも同じなのかも。

「もし僕がカヲル君とシェアハウスしたいって言ったらどうする?」
「今すぐにでも荷物をまとめる」
「そっか」

それから。シンジは帰りの電車のなか夢見心地で理想の毎日を練っていた。ふたり同じ場所に住めば家賃も半分でいい。仕事があっても平日は朝と夜の数時間一緒に過ごせるし、休日だってずっと一緒。遊び放題だ。今まで遠慮してなかなか自分から遊ぼうって声をかけられなかった。休日は何しよう。家賃が浮く分お金が余るし、その気になれば旅行もできちゃう。あ、もしかしたらもっと良い場所に住みたいとか目標ができるかもしれない。それはふたりでこれからじっくり話し合わないと。

明日カヲルにそんな理想の毎日の話をしたらどうだろう。きっと嬉しくて「楽しい〜〜!!」って叫びだすかもしれない。それともまたへんてこなダンスで魅了してくれるかも。

気がついたら、シンジは明日が楽しみになっていた。



Cyndi LauperのTrue Colorsでした。いかがでしたでしょうか。

私たちは学校に社会に人の波に飲まれて処世術を身につけていきます。でもその時に譲れない一線を超えてしまったら。自分らしさに目を閉じて遠くまで流されてしまって、いつか本当の自分がわからなくなってしまったら。振り返った時にその目に映っているものはどんな景色でしょう。鏡を見てそこにいる人が誰だかわからなくなる前に、私はこの曲をあなたに聞いてほしいです。

自分探しの旅はほどほどにね!なんて。火星の赤い砂にまみれたDJアシラでした。次回もお楽しみ、に――ッ―…――…ッ………


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