ハロー、地球。眠れない夜をお過ごしのあなたに、気怠い白昼の微睡みをご堪能のあなたに、宇宙の片隅よりご挨拶を。

ひっそりとあちらこちらの脳内シナプスをジャックしてお届けする、ボニー・メリディアニ。この番組ではDJアシラのセレクトした楽曲を、ある愛するふたりをテーマにした意訳と小さな物語を添えてお送りいたします。

あなたの街からはどんな景色が見られますか。こちらでは赤く激しい砂嵐も去り、壮大なヴェールに包まれた朝焼けを迎えております。火星にだって明けない夜は、ない。

第1回目の楽曲はクラリティ。メタファーを織り込まれた抽象的な歌詞に運命と依存とも取れる関係を私は感じました。

世界には自分とぴったり合わさるような魂の片割れがいる、なんてロマンティストは語りますが、そんなぴったりする相手なら一度くっついたら離れるのは難しそうですね。それを依存と呼ぶのなら、運命と依存は近しい間柄なのかもしれません。

それでは美しい火星より、愛を込めて。



砂時計の可逆性についての考察


果てしなく続く赤い砂漠。その透き通る砂の上をシンジは何処までも駆けてゆく。血のように生温かいそれを足裏で踏み締めて。砂丘の頂点で立ち尽くすと、ずっと向こうにいくつもの多面体の水晶がそびえ立っている。何処までゆけばいいのだろう。そう途方に暮れていると、さらさらと流れ落ちる地面に足を取られ、そのまま転がり落ちてしまう。はじまりの場所へ。

ー彼が好きなくせに。

「うるさい!」

自分の声に耳を塞ぐ。

ーもっと好きって言ってもらいたいくせに。

「うるさい!」

また立ち上がり歩き出す。もうどれくらいこうしているのか。シンジはボロボロになりながら唇を噛み締めて、涙を拭った。

「彼は使徒だったんだ!」

ーなのに僕の希望、なんだ。

シンジは聞こえないふりをして、うつむいた。

すると、白と黒の月が重なり、辺りが一瞬のうちに凍てついた。世界が深い闇に染まった。闇に浮かぶ薄明るい大地。その大地が硝子のよう裂け目に沿って、粉々に砕けてゆく。シンジはしがみつくものもなく、そのまま地面の底へと、落下した。

ひたすらに落ちてゆく。赤と青との夕焼けの空へと落ちてゆく。遠くで砕けた欠片が火花を散らして燃えている。懐かしい匂いの風に吸い込まれてゆくシンジ。その感触は、何故かあの白い手に撫でられているようで、とても哀しい。

「カヲル君…」

やがて風は止み、身をまかせていたシンジを包む透明な膜。重力を失くした身体は宙をゆっくりと旋回する。遠くでは水平線の向こう、いつかの日が沈んでゆく。

ーもう、いいじゃない。

「違う…」

ー認めなよ。好きだって。

気がつくと背中が何かに受け止められている。立ち上がるとシンジは星空の中にいた。手を伸ばせば届きそうな星たち。触れようとすると消えてしまう。シンジを包む膜が輝き、足元から金色の軌道が伸びてゆく。そこへと進めというように。だからシンジは歩き出した。

細い金の線は惑星の軌道のよう、夜空に描かれてゆく。まるで羅針盤みたいに。シンジは何かを予感した。そしてまた、知らないふりをした。何処までも歩いてゆこう。今はそれだけでいい。

けれど、心はいつまでもなんて隠しきれない。目を閉じれば涙は溢れてきてしまう。溢れた涙は零れ落ちる。落ちた雫は夜空に波紋を広げてゆく。

「シンジ君…」

目を開けると、そこには心に描いたひとがいた。シンジと同じよう輝きながら金の軌道に立ち、微笑んでいる。

「シンジ君…」

シンジは涙を止められない。波紋は重なり揺れてゆく。揺れる足もとのまま、シンジは彼から逃げようと、線の外へと駆け出した。

「待ってくれ!」

すると、身体を包んでいた透明な膜は弾け、シンジはまた空へと落下するのだった。夜の闇はやがて虹色の朝焼けへと変わってゆく。終わりのないと思った宙の最果てには、鏡のような海が張り詰めていた。そう、終わりは近いのだ。すべて、終わってしまう。

「シンジ君!」

見上げるとシンジを追いかけてカヲルが空へと落ちてきていた。シンジへと手を伸ばしている。

「来ちゃだめだよ!」

「どうして!」

「君は…」

ー大切なひとだから。

「…使徒だから!」

「けれど、」

カヲルは哀しく微笑んでいる。

「僕は、君が好きだ。」

シンジはくしゃくしゃになって泣いていた。まるい涙が浮かび、目の前の白い頬をかすめてゆく。だからカヲルはより深く身体を傾けた。手を伸ばせばその指先は、シンジへと届く。

「泣かないで。」

濡れた頬を拭う白い手。やさしい手のひらに、やさしい笑顔。シンジはずっとそれを待っていたのだ。生まれてからずっと待っていた、気さえする。

「カヲル君…」

ー僕も、

「…僕、も、」

ー君が、

「…君が、」

ー好き。

「好き。」

水平線が夜明けの色に染まってゆく。白の閃光がダイヤモンドを散りばめたよう一面に走ってゆく。ふたりの遥か下の水面はくつくつと震え出す。

カヲルとシンジはふたりが溶けてひとつになるくらいに強く、互いを求めて抱き合った。そしてもう離れないと、誓ったのだ。

すると海はエントロピーを超えてゆく。弾けるよう湧き上がり、プリズムの雫は勢いよく空へと溢れ昇ってゆく。明るい虹色の逆さ雨が、激しい光のスコールが、ふたりをまた空へと強く舞い上がらせる。

でも、シンジはもう怖くない。どうなったってかまわない。何度世界が終わっても、それでふたりが引き離されても、きっとこうして運命の彼方でまた、巡り会える。シンジはやっと、答えを見つけた。

「カヲル君…」

輝きに包まれながら、シンジはカヲルを見つめていた。カヲルは穏やかに微笑っていた。

「…また、会えるよね。」

「もちろん。君が、望むなら。」

明るい目眩に意識が遠のいてゆく。ふたりの笑顔が近づいてゆく…


……
………

「おはよう。」

シンジは静かに瞼を開けた。木漏れ日の中で、カヲルが微笑んでいる。

「また会えるって言っただろう?」



クラリティ


凍った波間に深く潜る
過去が息を吹き返す場所へ
身勝手な痛みの恐怖と戦う
それはいつだって価値のあること

ふたり衝突するまでそれを抱えていよう
互いに終わりを知っているから
時を刻むのは君の砂時計が砕けるまで
そして僕はまた君に溺れてゆく

だって君は僕の欠片
そうじゃないと願うのに
がむしゃらに追い求めて
戦い続けているけれど何故かはわからない

ふたりの愛が悲劇ならどうして君は救いなの
ふたりの愛が狂気ならどうして君は透明なの

赤い道を歩いてゆく
そして償いを断つんだ
それは僕らの地を深く切り裂き
すべての常識を忘れさせてゆく

僕が離れようとする時はもう何も言わないで
互いに選ぶものを知っているのだから
君が引いたなら僕は押し過ぎて
また僕は君へと堕ちてしまうのだろう

だって君は僕の欠片
そうじゃないと願うのに
がむしゃらに追い求めて
戦い続けているけれど何故かはわからない

ふたりの愛が悲劇ならどうして君は救いなの
ふたりの愛が狂気ならどうして君は透明なの



いかがでしたでしょうか。ZeddのClarity ft.Foxesでした。火星でも音楽は胸に響き渡ります。この音と音の組み合わせももしかしたら運命と呼べるのかもしれませんね。では、第一回目の放送はこの辺で。次回もお楽しみに。


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