唇(ノボリ)


テーブルの上に置いておいたライブキャスターから着信音が聞こえた。
手に取り、画面を確認すると、電話の主はナマエの恋人からのものだった。
仕事の時間なのにどうしたのだろう、という疑問を持ちながらも、ナマエはライブキャスターのボタンを押した。
画面には自分の恋人、ノボリの顔が映しだされた。

「こんにちわ。どうしたんですか、今ってお仕事の時間じゃないんですか?」

投げた問いかけの返事は意外なものだった。

『ナマエ、今から少し時間ありますか?』
「えっ、大丈夫・・・ですけど」

何を言っているんだろうか、と思いながらもノボリの質問に答える。

『でしたら、一緒に遊園地の観覧車に乗りませんか?』

観覧車。
仕事中のノボリからは考えられない単語だった。

『だめ・・・でしょうか?』

それでもあまり会えない彼からのお誘いは嬉しくて。

「行くっ!行きます!!」
『では、今から30分後にバトルサブウェイの入り口で』
「はい!」


―――わぁ、ノボリさんと観覧車だぁ・・・!


ライブキャスターを切ると、ナマエは急いでクローゼットのドアを開けた。


―――――――


お気に入りのワンピースと大人っぽいがどこかナチュラルなメイクを施し、
待ち合わせのサブウェイの入り口付近へとナマエはやってきた。
サブウェイマスターの証の黒いコートを見つける。
ノボリはナマエの姿を見つけると、ナマエのほうまで歩いてきた。

「ノボリさん!待ちましたか?」
「いいえ、今来たところにございます」
「よかったぁ・・・」
「では、参りますか」

す、っとさりげなく出された手。
目を丸くしてノボリを見れば、ノボリは頷いた。
次第に表情が明るくなっていく。
ナマエは嬉しそうにその手を取った。
ぎゅ、と手を握り、共に歩き出す。
目指すはライモン遊園地の観覧車。

「おや、ノボリさん。こないだはどうも!」

観覧車の前につくと、見知らぬ年配の女性に声をかけられる。
格好からして、観覧車の受付スタッフと言ったところだろう。

「こんにちわ、ハナコ様」

ノボリが挨拶をすると、年配の女性はナマエをみてにっこり笑った。

「そちらは彼女さん?」
「えぇ・・・」
「かわいいじゃないか!ささ、ゴンドラが来たよ。乗りな!」

そう言うと、スタッフの女性はゴンドラのドアを開ける。

「ありがとうございます。さ、ナマエ」

ナマエの手を引き、ノボリが先にゴンドラに乗る。
ナマエのもノボリに身体を支えてもらいながら、ゴンドラに乗った。

「ごゆっくり〜」

ゴンドラの閉まる音と、鍵がかかる音がした。
ナマエは椅子に腰をかけると、先ほどの女性のことを聞いてみた。

「ノボリさん、今の方、お知り合いなんですか?」
「えぇ。先日、迷子になったお孫さんを探されててその時にお助けした方にございます」
「さすが地下鉄の平和を守っているサブウェイマスター!」

関心してるナマエにノボリの表情が少しだけ曇った。

「ナマエ・・・」
「?」

ナマエの名前を呼ぶと、ノボリはナマエの隣に腰かける。
身体を少しナマエの方に向けて、ナマエの頬に手を添えた。

「確かにわたくしはサブウェイマスターのノボリです。
ですが、貴女の前では一人の男のノボリに過ぎません。そのことも覚えておいてください」
「その格好でそれ言われるのも説得力ないんですけど・・・」

ナマエは苦笑して、コートの裾を握った。

「仕事の合間なのですから、仕方ありません・・・」
「それもそうですね」

くす、と笑みを漏らしたナマエ。
ノボリはまた、ナマエの名前を呼ぶ。

「ナマエ・・・」

頬に添えていた手を肩の方へ移動させ、そのまま自分の方へ引き寄せる。
ぎゅ、と優しく抱きしめる。
ノボリの唐突な行動に、ナマエは驚いて目をぱちぱちさせた。

「え、っと。ノボリ、さん?」

顔を上げると、どこか切なそうなノボリの瞳と目があった。
ふいに、ノボリが口を開いた。

「寂しく、はないのですか?」
「え?」

突然言われた言葉に心臓がドキリと跳ねた。

「わたくしは職業上、あなた様と余りお会いすることができません」
「ノボリ、さん?」

さっきよりも強く抱きしめられた。
背中からノボリが力を少しだけいれて抱きしめてきてるのがよくわかる。
ノボリは言葉を紡ぐ。

「クダリに言われました。ナマエが寂しそうにしてるから、観覧車にでも誘ってみてはと。ほんの少しの時間なら、僕だけでも大丈夫だから、ナマエと一緒に行っておいで、と」
「クダリさん、が?」
「えぇ」

そう言うと、ノボリはすっと、ナマエの身体から離れた。
先ほどと同じように、ナマエと向き合う姿勢をとった。

ノボリの口から出た、「寂しい」という単語。
ナマエは耐えきれず、目から涙を零した。

ノボリは苦笑しながらも、ナマエの涙を手で掬ってやる。
手袋をはめたままだったため、涙は白い布に染みを作った。

「泣かないでくださいませ」
「だって、嬉しいんだもん」

自分を思って、観覧車のことを提案してくれたクダリが。
仕事が忙しいのに、自分のために時間を作ってくれたノボリが。

二人がくれたその思いで、ツバサは寂しかった心が満たされていくのが分かった。

会えない時間を少しでも減らそうと、短時間で策を考えていたノボリは、それをツバサに伝えることを決心した。

「ナマエ。ナマエさえよければ、わたくしと一緒に住みませんか?」
「え?それって・・・」
「結婚も視野に入れて、ということです。一緒に暮らせば、少しでも会えますし、何より、朝起きた時に一番にあなたに会いたいですし」

顔が微かに赤くなっているのは気のせいだろうか。
ノボリの精一杯のお誘いに、ナマエの表情はだんだん明るくなっていく。

「わ、私で良ければ・・・!」
「ありがとうございます」

話をしているうちに、ノボリとナマエを乗せたゴンドラは頂上付近に達していた。
もうこんなところまで来たんだ、と視線を外の景色へ移した。
そこには、綺麗な青空と小さいライモンシティの街並みが見えた。

「わぁ、綺麗・・・」
「・・・ナマエ」
「?」
「観覧車の頂上でキスをすると、その愛は永遠に続くそうですよ」

そう言って、またナマエの頬に手を添える。

「好きですよ、ナマエ。キス、してもいいですか?」

こくん、と頷いて目を閉じるのを確認すると、ノボリはナマエの唇にキスを落とすのだった。


―――ノボリさん、私はいまね・・・最高に幸せだよ!


唇にキスするのは、愛情の証
(誰よりも、貴女を愛しています)


おわり。
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