掌「ただいまー、って、あれ?」
いつも自分が帰ってくると、おかえりなさーい、と言って出てくる愛しき姿が出てこない。
視線を下に落とすと、そこに彼女の靴はきちんとあった。
買い物で外に出ていなければ、家にいるはずだ。
不思議に思ったクダリは、靴を脱ぎ、リビングへと向かった。
リビングのドアを開けば、ソファーで横たわっているナマエの姿があった。
クダリは彼女の顔を覗き込み、そっと名前を呼ぶ。
「ナマエちゃん・・・?」
返事がない代わりに、規則正しい寝息が聞こえてくる。
―――あらら、寝ちゃってる。
すぅすぅ、と気持ちよさそうな寝顔に若干癒されつつも、毛布を掛けてない状態で寝られては風邪を引いてしまう。
このままの状態で悪戯をしてみたい衝動に駆られるが、それはナマエの合意があってのこと。
理性で抑え込み、クダリはナマエの身体を軽く叩いて、彼女を起こそうと試みた。
「ナマエちゃん、起きて」
「んぅ・・・」
起きる気配は一向にない。
ナマエは一度寝たら、しばらくの間は起きない。
しかし、寝るのは構わないが、家の鍵も掛けずに寝られては空き巣が入るかもしれない。
万が一、空き巣に入られてでもして、ナマエを傷つけられでもしたらたまったもんじゃない。
とにかく、目の前で眠っている無防備な寝顔を早く起こさなくては。
「ナマエちゃん、起きて」
今度はさっきより少し強い力でナマエの肩を叩いた。
ぴくん、と身体が反応して、目がうっすらと開かれる。
寝ぼけ眼でクダリを見る。
その意識は次第にはっきりしていき、ナマエは飛び起きた。
「んぁ、く、だ・・・クダリさん!?お、おかえりなさい!」
「ただいま。こんなところで寝ると、風邪ひいちゃうよ?」
「す、すみません・・・!」
やっちゃった、と両手に手を置いて、頬を赤く染める。
その仕草にクダリは最後の理性が崩れていくのを感じた。
時計を見ると、時刻は6時を過ぎていた。
「わっ、もうこんな時間!今からご飯、作りますね!」
「その必要はないよ」
「えっ?」
腕を掴まれ、再びソファーに引き戻される。
あっという間に組み敷かれ、視界にクダリの顔が映った。
片方の手首をソファーに押し付ける。
その手首は微かに震えている。
「クダリ・・・さん?」
クダリはナマエの頬に手を当てる。
今まで見たことのない、クダリの表情にナマエは胸が高鳴った。
それと同時に少し怖くも感じた。
「ねぇ、ナマエちゃん」
クダリは己の唇をナマエの耳元へと寄せた。
「少しは警戒してよ」
「どうして警戒する必要あるんですか?」
まるで意味がわからない、という表情をする。
クダリは小さなため息をついた。
「家に空き巣が入ったらどうするの?さっきみたいに寝ちゃってて何かあった後じゃ遅いんだよ?鍵くらいかけてよ・・・。僕、心配したんだから」
「ごめんなさい・・・」
しゅん、と項垂れた。
そんなナマエにクダリはさらに言葉を紡いだ。
「それと、ナマエちゃん。僕って何?」
「え?クダリさんはバトルサブウェイでサブウェイマスターしてて・・・」
やっぱりわかってなかったか、とクダリは心の中で苦笑した。
「そうじゃなくって」
「え?」
クダリの言葉に目を丸くする。
「確かに僕はサブウェイマスターだよ。でも、君の前では一人の男にすぎないんだよ?この意味、わかるよね?」
「・・・っ!」
嫌でも意味を理解して、顔を真っ赤に染めた。
つまり、彼は、自分に・・・。
「ねえ、ナマエ・・・」
ナマエの手を自分の方へ引き寄せ、掌にキスを落とすと、自分の頬へ宛がった。
「君を、抱きたい。良いよね?」
さらに頬を赤く染めたナマエは、こくん、と頷くのだった。
掌にキスするのは懇願の証
(こうなってしまった責任、取ってよね)
おわり。