忘年会忘年会会場の居酒屋にてクダリは絶句した。
目の前にはお酒に酔った自分の愛しい彼女の姿。
「・・・なんでナマエがここにいるの?」
「あ、クダリしゃーん」
ナマエは回らない呂律でクダリの名前を呼ぶと、クダリに抱き着いた。
忘年会
事の発端はこの一言。
「ナマエちゃんも忘年会来る?」
「えっ・・・?」
いつものように、クダリとお昼休みを過ごすため、サブウェイマスターの事務室に訪れたナマエ。
扉を開ければ、2人の姿がなかった。
しぶしぶナマエは目の前のソファーに腰を落とした。
カバンから最近気に入ってるファッション雑誌を取り出す。
しばらくすると、2人組の駅員がやってきた。
ノボリとクダリがいないことを確認すると、2人の机に書類を置いた。
一人の駅員が「あ、そうだ」とナマエにこの話を持ちかけた。
忘年会と言えば、1年の終わりを締めくくる会。
当然、お酒も絡んでくるわけだ。ナマエはうーん、と考える。
地下鉄で働く人々は皆、ナマエとクダリが恋仲だということを知っている。
その中にはナマエに思いを寄せる人もいたりするのだ。
ナマエがいれば、他のみんなも喜ぶと思う。そう、思った。
「おい、大丈夫か?こんなことクダリさんに知られたら・・・」
周りもまた、クダリがナマエを大事にしているのがよくわかっていた。
もう片方の駅員がナマエに聞こえないように耳打ちした。
「大丈夫だって」
コソコソ何かを言っている2人組に不信感を覚えつつも、ナマエはその誘いを受け入れたのだった。
―――――――
忘年会当日。
言われた場所へ、時間通りにやってきたナマエ。
地下鉄の忘年会のため、サブウェイマスターの2人も来ると期待していたのだが、いたのはノボリだけだった。ノボリはこの場にナマエがいることに心底驚いた。
「あれ、クダリさん来ないんですか?」
「クダリは少し遅くなります。先に乾杯してて良いそうですよ」
「え、あ、はい」
そう言うと、ナマエはノボリと誘ってくれた駅員の間に座った。
『かんぱーい!』
グラスジョッキを片手にお酒を飲み始める地下鉄の面々。
ナマエは乾杯の儀式が終わると、ジョッキをテーブルの上に置いた。
隣にいる駅員が不思議に思い、ナマエに声をかける。
「あれ、ナマエちゃん、飲まないの?」
「いや、私はお酒はちょっと・・・」
遠慮がちに断ったはずなのだが、この駅員は強引だった。
「遠慮しないで、飲みなよ・・・!」
「え、ちょっと待っ・・・」
顔を固定され、唇にジョッキをつけられる。
ジョッキが斜め上に傾き、ビールが顔の方へ流れてくる。
制止の言葉を出そうと、唇を開けば、ビールは口の中へ注がれていく。
それに気が付いたノボリは慌てて止めさせようとナマエと駅員を引き剥がそうとする。
「やめなさい、ナマエ様がお酒を飲まれると・・・」
が一歩遅くて、ナマエはそのままごくりとビールを飲みこんでしまった。
「あ・・・」
呆然とするノボリとわくわくしている駅員。
ナマエは頬を真っ赤に染めて、その場に倒れてしまった。
今度はその場にいた、ノボリ以外の駅員が唖然としてしまった。
ナマエからはすぅすぅと規則正しい寝息が聞こえてくる。
「寝ちゃった・・・?」
「はぁ・・・わたくしはもう知りませんからね」
ノボリは一つため息をついた。
すると、後ろの方から声が聞こえてきた。
「みんな、遅くなってごめんな。・・・なんでナマエがここにいるの?」
「あ、クダリしゃーん」
クダリの声が聞こえると、ナマエはうっすらと目を開けてクダリを呼んだ。
発せられた言葉は呂律が回っていない。
ナマエは起き上ると、クダリに抱き着いた。
ナマエはお酒にはめっぽう弱くて、一口飲んだだけで酔って眠ってしまう。
自分の体質を知っているナマエが自分からお酒を飲むはずがない。
心の底から沸々と怒りが湧き上がってくる。
クダリはナマエを抱き留めると、いつもより低い声で言葉を紡ぐ。
「ナマエ・・・。誰なの?ナマエにお酒飲ませたのは・・・」
「え、あ・・・俺です・・・」
クダリの低い声にはどこか刺々しいものがあった。
その場の空気が凍り付く。
ノボリに至っては、冷静にお酒をグビグビ飲んでいた。
「今回は許すけど、次、ナマエにお酒飲ませたら絶対許さないよ」
クダリはそれだけ言うと、ナマエを横抱きにして身体を反転させた。
「は、はぃぃぃぃ。すみませんでした!」
「クダリ」
「ノボリ兄さん、悪いけど僕は今日は帰るよ。ナマエがこんなだから」
いつの間に眠ってしまったのだろうか。
ナマエはクダリの腕の中でスヤスヤと眠っていた。
「わかりました。気を付けて帰ってください」
「うん、ありがとう。じゃあ、またあとでね」
「はい」
クダリはノボリにそう言うと、ナマエを連れて家に戻った。
それを残念そうに見送る駅員達。
「あー、ナマエちゃん帰っちゃったかぁ」
「まさかお酒に弱いとは・・・。ナマエちゃんと話したかったなぁ」
それを聞いて、今度はノボリが低い声を発した。
「もし、クダリとナマエ様の仲を裂くようなことをいたすのであれば、このわたくしが許しませんよ」
その場にいた全員が凍り付いたのは言うまでもない。
―――――――
「ん・・・」
気が付くと、見慣れた天井。
寝起きのせいか、まだ頭がぼんやりとしている。
クダリが水を持って、部屋へ入ってきた。
「あ、目、覚めた?どう、気分は・・・?」
「クダリさん・・・。ん、大丈夫。ってあれ、忘年会は?」
自分は確か居酒屋にいたはず。
いるはずのない場所にナマエは首を傾げた。
テーブルの上にコップを置くと、クダリはベッドに腰を落とす。
まだおぼろげなナマエの頬に手を伸ばす。
「君がお酒飲まされて潰れちゃってたからね。先に帰ってきたんだよ」
「え、ごめんなさいっ・・・!」
気を失う前の出来事を思い出し、ナマエの顔は真っ青になる。
「謝らなくていいよ。悪いのはお酒飲めないのに進めたあいつらなんだから。ちゃんと言ったんでしょ?お酒飲めないの」
「うん・・・」
「あそこにノボリ兄さんいてくれて助かったよ・・・」
ノボリだけはナマエのお酒が飲めない体質を知っていた。
心底、あそこにノボリがいてくれて良かったと思った。
「今頃、忘年会楽しくやってるのかな?」
そう言いながらナマエは上体を起こした。
「ナマエ」
「なぁに?」
「もう、忘年会とかお酒飲む席に行っちゃだめだよ?」
「え・・・?」
クダリの言葉にきょとんとするツバサ。
クダリは苦笑しながらナマエを抱きしめた。
「君がお酒弱いの知って、今回はノボリ兄さんいたから良かったけど、次何かあったら僕は気が気じゃないから」
「クダリさん・・・うん」
クダリのシャツをきゅ、と握った。
「もし、お酒飲むなら必ず僕も一緒に行くよ」
お酒を飲むというよりは、無理矢理飲ませようとする輩から守るためだが。
「クダリさん」
「ん?」
「酔いもなくなったし、これから私たちだけの忘年会する?」
「それもいいね、しよっか」
「うん」
そう言えば、クダリはナマエの手を引いてリビングへと向かうのだった。
―――クダリさん、今年1年もお疲れ様。来年もよろしくね。