「では、ナマエ様。後のことはお任せしますので」
「うん、行ってらっしゃい」

そう行って、黒いコートに包み込まれた彼を見送った。
ドアが閉まると、私は一つため息をつく。
後ろから別の声が聞こえてきた。

「ナマエちゃん、おはよう」
「クダリさん。おはようございます・・・」
「ナマエちゃんは将来、ノボリ兄さんのお嫁さんになるんだから、
僕に対して敬語は使わなくても良いのに・・・」
「そういうわけにもいきませんよ。私よりクダリさんのほうが年上なのですから」
「まぁ、少しずつ慣れてくれれば良いよ。ところで、どうしたの?ため息なんてついて・・・」
「うっ・・・」
「わわっ、どうしたの!?」

突然、泣き出した私にクダリさんはおろおろし始めた。

「とりあえず、リビングに行こう・・・」

そういうと、クダリさんは私の肩をそっと抱いて、リビングまで連れてってくれた。


―――――――


リビングにつくと、クダリさんは私を椅子に座らせてくれた。
台所に行くと、手にマグカップを持ってこちらにやってくる。
マグカップを私の目の前に置くと、のみなよって言ってくれた。
一口、口に含むとあったかい、ココアの味がした。

「どう?落ち着いた?」
「はい・・・ご迷惑をおかけしてすみません・・・」
「いいよ。それより、ノボリ兄さんと何かあったの?」

そういいながら、クダリさんは向かい側の椅子に座る。

ノボリ兄さん、とは、目の前にいるクダリさんの双子のお兄さんで。
さっき私が見送った、黒いコートを身にまとった彼のこと。

「何かあったってわけじゃないんですけど・・・」

きゅ、とマグカップを握りしめる。

「じゃあ、どうしたの?」

マグカップをテーブルに置く。

「クダリさん・・・」
「ん?」
「私って、魅力ないですか・・・?」
「・・・は?」

クダリさんが口をあんぐりと開けている。
言わない方が良かったかな・・・。私にはすごい大事なことなんだけども。

「やっぱり、私・・・女の子としての魅力ないの、・・・かな?」

そう思うと、泣けてくる。
あ、目にまた涙がたまってきた・・・。

「もしかして、ノボリ兄さん・・・」
「キス、してくれないんです・・・」

付き合い始めてずいぶん経った。
デートもするけど、たまにこうしてノボリさんのおうちに泊まったりもする。

だけど、ノボリさんは奥手なのかよくわからないけど。
泊まった時は抱きしめて一緒に寝たりはするけど、キスはしてくれなくて。

友だちが彼氏とキスしちゃった、とか聞くとうらやましく思う。

「・・・」
「クダリさん?」

黙ったまま何も言わなかったクダリさん。
不思議に思い、首をかしげていると、いきなり椅子から立ち上がった。

「僕もそろそろ仕事に行くね」
「あ、はい・・・」

そう言って、私の頭を撫でてくれる。

「大丈夫だよ、君は十分魅力的な女の子だから。じゃあ、行ってくるね」

目を細めて、やんわりと微笑んだ。
そして、私に背を向ける。
この時のクダリさんの表情なんて、私は知る由もなかった。


―――――――


「ナマエ様!」

昼時。
お昼ごはんは何にしようかな、って考えながらソファーから立ち上がった。
すると、突然、リビングのドアが勢いよく開いた。
そこにいた人物は、黒いコートの人物で。

「えっ、えっ?」

なんでここにいるの?
仕事の時間じゃないの?

頭が状況に追いついていかない。
黒いコートの彼、ノボリさんは私の元へ来ると、私の腕を引っ張った。
バランスを崩し、私はノボリさんの腕の中に納まった。
息ができないほど、力強く抱きしめられる。

「い、痛いよ、ノボリさん!」
「あっ、申し訳ございません」

私がそういうと、ノボリさんは抱きしめてる力を弱めてくれた。
そして、私の肩に額を置くノボリさん。
何も言わない彼に、私は疑問詞が浮かぶ。

「・・・ノボリさん?」
「ナマエ・・・」

顔をあげて、片方の手が私の頬に置かれる。
ノボリさんと視線が絡み合う。
その表情は、切なそうな、今にも泣きそうな感じだった。
ノボリさんの唇が言葉を紡ぐ。

「申し訳ありません・・・」
「え?」

いきなり謝られて、さらに混乱。
そんなのお構いなしに、ノボリさんは続けた。

「クダリから聞きました。キスしてくれないってあなた様が泣いてたことを・・・」
「なっ・・・」

く、クダリさん!なんてことを!
恥ずかしい!恥ずかしすぎる!

顔に熱が集中する。

今すぐにこの場から立ち去りたい・・・。

「あなた様を大事にしようと思ってしてきたことが、逆にあなた様を傷つけていたなんて・・・」

そういうと、ノボリさんの顔が私に近づいてくる。
これから起こることであろう、出来事を想像して、私は目を閉じた。

唇に唇が押し当てられる。
触れるだけの、優しいキス。

あぁ、私、やっとノボリさんとキスできたんだ。
そんなことを思っていると、名残惜しそうにノボリさんの顔が離れて行った。
思わず、ノボリさんに抱き着いてしまった。

「私・・・」
「どうしました?」

そう言いながら、ノボリさんの厚い胸板に顔を埋める。
ノボリさんは私を優しく抱きしめてくれた。

「私、ノボリさんのこと、大好きだよ・・・」
「・・・っ!」

あれ?私、何か変なこと言ったかな?
ノボリさん、固まってない?

きゅ、とノボリさんのシャツを握りしめて、顔を上げる。
恥ずかしいけど、ちゃんと言わなきゃ。

「だから、どんなことされても大丈夫だよ!」

そう言って、私は目を細めた。

「どうなっても知りませんからね」

ノボリさんもほんのり赤くなって、私を再度抱きしめた。


あなたと一緒なら・・・
(どんなことだって乗り越えられる)


「ノボリ兄さん!」
「どうしました、クダリ?」
「僕、今日ほどノボリ兄さんを見損なったことはないよ!」
「それはどういう意味です?」
「ナマエちゃん、泣いてた・・・。ノボリ兄さんになかなかキスしてもらえないって」
「なっ・・・!」
「ノボリ兄さんがそんなんだったら、ナマエちゃん、僕がもらうから!」
「・・・クダリ。少しの間、席を外します」
「わかった、いってらっしゃい」

サブウェイの管理室でこんな会話が繰り広げれていたなんて私は知るはずもなかった。


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