ヒヨリは顔をしかめながらトイレ休憩から戻ってきた。
その足取りはとても重そうだった。

「あたた・・・」
「おや、ヒヨリちゃん。どうしたんだい?顔色が悪いけども・・・」

顔色が優れないヒヨリにヨシエが心配そうに声をかけた。

「ヨシエさん・・・。なんだか生理になっちゃったみたいで・・・」
「大丈夫かい?」
「お腹が、痛いです・・・」

女の子特有のものになると、どうしても出てくる。
ヒヨリは生理不順な上、生理が来るとどうしても下腹部に痛みが生じてしまう。
その痛みは初日から2日にかけてのものだったりする。
酷い時で、薬を飲んでも効果がない時もある。

恋をすると、この生理不順も治るらしい。
まさにその通りだと思う。
ノボリに恋してから、生理の不順もだいぶ治ってきた。
そう思っていたからこその油断なのかもしれない。
今回は久々に重そうだ。ヒヨリは痛みで顔をしかめた。
子宮が収縮されるような、まさにそれ。
さらには冷えも手伝って、痛みは増す一方だった。

「あんまり無理しちゃだめだよ。今日はもう上がっていいから・・・」
「でも、お仕事・・・」
「大丈夫だよ。今日のこのお客さんの人だかりだったら、私一人でもいけるよ!」

そう言って、ガッツポーズを見せるヨシエ。
自分の上司がヨシエで良かったとつくづく思うヒヨリ。
どうして彼女はこうも逞しいのだろうか。
ヨシエはそっとヒヨリの肩に手を置いた。

「ヒヨリちゃん」
「はい」
「私も若い時は酷かったんだよ。だから、休める時に休みなよ。
それに、普段、ヒヨリちゃんがいるだけでずいぶん助かっているんだから」

だからなのか。
酷いのを経験してるからこそのヨシエの言葉。
ヒヨリは涙腺が緩みそうになった。

「ヨシエさん・・・」
「ノボリさんには私から言っておくから、今日はもう帰りな」
「では、お言葉に甘えて。お先に失礼します。行こう、ヤナップ」
「ナァップ!」

そう言うと、重い身体を引きずりながらヒヨリはロッカールームへと足を向けるのだった。


女の子の秘密


お腹の痛みが悪化してきてる上に、今度は頭に血が上っていない。
ぼーっと駅のホームを歩くヒヨリ。

「ぁう・・・」
「ナップ?」

時折漏れる、辛そうな声にヤナップは心配そうにヒヨリを見上げた。

「ヤナップ、大丈夫だから」

心配させないように笑って見せるが、それはヤナップには逆効果だった。
心配でヒヨリの顔をじっと見つめるヤナップ。
歩いていくと、急にヒヨリの身体が傾いた。
フッと瞳が閉じられている。
どうやら意識を失ってしまったようだ。

「ヤナナ!?」

ヤナップは驚いてヒヨリの身体を支えに走る。
しかし、自分よりも体重のあるヒヨリを支えきれるはずもなく。

「ナァップ、ナァップ!ヤナナ、ヤナナナップ!?」

重力に引かれるままに、ヒヨリの身体はヤナップの上にのしかかった。
何とか自力でヒヨリの下から脱出したヤナップ。
ヒヨリの青ざめている顔を見て、泣きそうになる。

「ヤナァ・・・ナップ」

誰かいないか、と辺りを見回す。
視界に入ってきた黒いコートの人物。
それはヤナップが一番にヒヨリを任せられて、信頼できる人物。
その人物めがけてヤナップは大粒の涙を流しながら走って行く。

「ヤナァ!!」

遠くの方でヤナップの声が聞こえ、振り返ったその人物。
同時にヤナップはノボリの胸に飛びついた。
ノボリはヤナップを抱き留めれば、その尋常ではない表情に驚きの表情を見せた。

「おわっ、ヤナップ、どうかしたのですか?」
「ヤナナ、ヤナナ!」

大粒の涙を流し、ヒヨリのことを必死に伝えようとするヤナップ。
ノボリもヤナップがこうやって泣いている時は大体ヒヨリのことだとわかっていた。

「ヒヨリが・・・?」
「ヤナナ」

ヤナップはノボリの胸から降りると、すぐさまヒヨリが倒れている場所まで案内するのだった。
ヒヨリが倒れている場所に戻ってくれば、何人かの人だかりがヒヨリを囲っていた。
その中にはヒヨリ
に声をかける若い男の姿も見受けられる。

「おい、大丈夫か?」

男がヒヨリを抱きかかえ、起こそうとすると、後ろからノボリの声が聞こえてくる。
男はその声が地下鉄の管理人、サブウェイマスターだとわかると、ヒヨリのことを任せて目的の電車に乗り込んだ。
ノボリはヒヨリの身体を起こして、ヒヨリの名前を呼ぶ。

「ヒヨリ!?」
「ぅ・・ん・・・」

意識はあるようだが、目が開かない。

「ヒヨリ、しっかりしてください!」
「ヤナナ!」
「とりあえず、医務室へ運びましょう!!」
「ナァップ!」


ノボリはヒヨリの両膝と腰を抱え、医務室へ連れて行くのだった。


―――――――


「ん・・・」

目を覚ませば、白い天井に白いカーテン。
そして、白いベッド。
ヒヨリの声に気が付いたヤナップは、ヒヨリの顔を覗きこむ。

「ヤナナ?」
「ヤナップ・・・?」
「ヤナナぁぁぁ!!」

数時間ぶりに聞いた、大好きな声。
ヤナップはほっとしたかのように涙腺を緩め、ヒヨリに抱き着いた。
ヒヨリはヤナップの頭をよしよしと撫でてやる。
ヤナップの声に気が付いたのか、ノボリがベッドへとやってきた。

「ヒヨリ、気が付きましたか?」
「ノボリ、さん?私・・・」
「駅のホームで倒れてたのですよ。ヤナップがわたくしに教えて下さいました」

倒れた、と聞けば駅のホームまで行った後の記憶がない。
ヤナップが泣いたところを見れば、大方ヤナップがノボリを探して来て、ノボリがここまで運んでくれたのだろう。
ヒヨリは優しくヤナップの頭を撫でた。

「ヤナップ、ノボリさんを呼んできてくれてありがとうね」
「ナァップ!」
「ヨシエ様にお聞きしました。ヒヨリは今、女性の日になられていると」

女性の日。
つまりは、生理のことだ。
ヒヨリは恥ずかしくなり、顔を真っ赤に染めて布団に顔を埋めてしまった。
ノボリはポンポンとヒヨリの頭を撫でた。

「男やヤナップにはわからない事ですが、そういう時は無理をなさらずに」
「はい・・・」

布団に顔を埋めたまま返事をしたヒヨリ。
ノボリはふっと時計を見た、
どうやら、仕事に戻らないといけないようだ。

「さて、仕事に戻らねばなりませんね。ヒヨリ、仕事が終わるまでここで休んでいてくださいまし」

ノボリの言葉にヒヨリは思わず布団から顔を出した。

「え・・・?迷惑だから、帰りますよ・・・」
「駄目で御座います。また倒れられたらわたくしとヤナップの身が持ちません。今日はわたくしの家に連れて帰ります故・・・」
「ちょっと待って!お泊りの道具も何も用意してないのに・・・」

ノボリの家にはもう何度も行っている。
自分専用の部屋も作ってくれた。
しかし、生活に必要なものは基本的には自分の家だ。
ノボリの家に泊まる予定はなかったため、何も用意していなかった。

「途中で揃えれば良いでしょう」
「ナップ、ナップ」

ノボリの言葉にヤナップもその通りだと頷いた。

「ほら、ヤナップも首を縦に振ってますよ。今日はわたくしの家にいらっしゃいまし」
「うー、わかりました」

観念したのか、ヒヨリも首を縦に振った。

「では、決まりで御座いますね。夕方まで寝ていてください。ヤナップ、その間はヒヨリをお願いします」
「ナァップ!」

ノボリに頭を撫でられれば、ヤナップは任せろと言うように自分の胸を叩いた。
それを見たノボリはフッと笑うと、医務室を後にするのだった。
残された、ヒヨリとヤナップ。

「ノボリさん行っちゃったね。ヤナップ、夕方まで一緒に寝ようか」
「ナァップ!」

ヤナップはヒヨリが寝ているベッドに潜った。
ヒヨリはヤナップを抱きしめ、自分の胸に引き寄せる。

「暖かい・・・お休み、ヤナップ」
「ナァップ」

そう言うとヒヨリとヤナップは目を閉じた。
仕事を終えたノボリがヒヨリとヤナップを迎えに来て、気持ちよさそうに寝ている姿をみて微笑んでいたのはまた別のお話。

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