夕食を済ませた私はスーパーの袋から節分の豆セットを取り出した。
横でその光景を見ていたヤナップが首を傾げ、鬼のお面を手に取った。
お面の穴に目を向けて、私の方を見ていた。

「ヤナナ?ナップぅ?」
「ふふ、それは鬼のお面だよ」


豆まきと立春と


「おや、豆まきですか?」
「うん!今日は節分だからさ、豆まきしようと思って」
「ナップ?」

ヒヨリとノボリの会話にヤナップは首を傾げた。

「ヤナップは豆まき知らないんだよね。えっとね、今日は節分って言って、厄を払うために豆をまくんだよ。簡単に言えば、悪いものを追い払う儀式、かな?」

ヒヨリの言っていることにいまいち理解できないヤナップは、また首を傾げた。

「ヒヨリ。ヤナップに言ってもわからないでしょう。実際にやって見せては?」
「そうだね」
「では、鬼はわたくしが」

ノボリがテーブルの上にある鬼のお面を手に取り、顔に着けた。
それを見たヤナップが目を見開いた。

「ナップ・・・!」

ヒヨリはお手製の豆を入れる箱を取り出すと、豆をそこに注ぐ。
にっこり微笑んで、豆を部屋に巻き、ノボリに向かって投げた。

「福はーうち!鬼はー外!!」

ノボリがベランダに向かって逃げていく。
それを追い出すかのように豆を投げるヒヨリ。
ヤナップはその光景を目で追っていた。

「ナップぅ・・・」

勢いよくノボリのところまで走って行けば、その前でぴょんぴょんと飛び跳ねた。
その目はキラキラと輝きを持っている。
どうやら、豆まきの鬼に興味を持ったようだ。

「ナププ!!」

ノボリは飛び跳ねるヤナップと視線を合わせると、その頭を撫でた。

「ヤナップも鬼、やりたいのですか?」
「ナップ!」

大きく頷けば、ノボリはお面を外してヤナップに着けてやる。

「どうぞ」

それを見たヒヨリは優しくヤナップに豆を投げた。

「福はーうち、鬼は―外!」
「ナァップ!!」

ヤナップは嬉しそうに部屋中を逃げていく。
ヒヨリも豆をまき続けていく。

「鬼はー外、福はーうち!」
「ナップナップ!」

ヤナップは開いているベランダへのドアを潜り抜ける。
ベランダの壁によじ登り、ぴょんぴょんその場ではねた。
それを見てヒヨリは目を見開いた。

「え、ちょ・・・ヤナップ危ないって」

そう言ってヤナップの元へ駆け寄ろうとした時、
ヤナップの足が滑って後ろへ真っ逆さまになった。
これにはヤナップも吃驚したようで。
お面は先にヤナップの顔から外れて、地面へ落ちた。

「ナップ?ナァップ!!?」
「ヤナップ!?」

ヒヨリは慌ててヤナップの足を掴もうとしたが、掴めなかった。
ノボリは急いでシャンデラが入っているモンスターボールを投げた。

「シャンデラ、サイコキネシスです!!」
「デラッシャーン!」

白い光と共に出てきたシャンデラは、ヤナップめがけてサイコキネシスを発動させた。
サイコキネシスの念力でヤナップの身体はふよふよと浮いた。
そのままヤナップはヒヨリの腕の中まで連れてこられる。
ヒヨリはヤナップを抱き留めた。

「シャンデラ、ありがとう」
「シャン!」

ヒヨリがシャンデラにお礼を言えば、ノボリはシャンデラをボールに戻した。
視線をヤナップに向ける。

「怪我はない?」
「ナァップ!」

ヒヨリがそう聞けば、ヤナップは嬉しそうに頷いた。
ヒヨリはヤナップの額に握り拳を作って、こつん、と当てた。

「こら、ヤナップ!ベランダによじ登っちゃ危ないでしょ!!」
「ナプ!」

わかっているのかわかっていないのか。
ヤナップは嬉しそうな声を上げていた。
ヒヨリはわざとらしくぐりぐりと額に拳を押し付けた。

「わーかーってるのかな?」
「ナァプ」
「ヒヨリ、ヤナップは鬼になりきったのかもしれませんよ」
「その割には落ちた時、あっけない顔してたような・・・?」
「さ、豆まきはこの辺にしておきましょう」
「うん」

にこにこと笑うヤナップと一緒にヒヨリはノボリと共に片づけを始めるのだった。


―――――――


片付けも済ませ、ヒヨリとノボリはのんびりとソファに座っていた。
ヒヨリはノボリの膝の上に座らせられて、抱きしめられる。
自分の体重をノボリに預けて顔を上げれば、唇にキスを落とされる。

ヤナップはノボリの横でノボリに寄りかかっていた。
その目はうとうととしていた。
ヒヨリはその光景を愛しく思いながら見ていれば、思い出したようにノボリに言った。

「そういえば、節分って季節の分かれ目の意味もあるみたいだよ」
「そうなのですか?」
「うん。今日がその分かれ目の日で、明日が立春なんだよ」
「立春、ですか」

ノボリが口角を上げて微笑んだ。
それに首を傾げるヒヨリ。

「ノボリさん?どうかしたの?」
「いえ、立春となるともうすぐ春で御座いますね。ヒヨリと出会った季節に御座います」
「あ・・・。もう1年なんだ。私とノボリさんが出会って・・・」
「ええ、1年は早いものです。ヒヨリ」
「はい?」

今では背中にかかるまで伸びたヒヨリの髪。
ノボリはその髪を掬い上げ、そっとキスをする。

「春になったらお祝いいたしましょう」
「何にお祝い?」
「出会った事のお祝いで御座います」
「ナップ〜!」

お祝い、と聞いてヤナップの目が見開いた。
ごちそうが食べられるとでも思ったのだろうか。
さすがは特性食いしん坊のポケモンだ。
ヒヨリはヤナップの頭に手を伸ばし、そっと撫でた。

「ヤナップとも3人でお祝いしようね」
「ナァップ!」

春、と聞いて私は雑誌に載っていた遠くの地方のジムリーダー特集のあるセリフを思い出した。
ここのジムリーダーさんは必ずと言っていいほど挑戦者の人に言っているセリフがあるらしい。

『氷と雪が溶ければ春になる。
君はこれからも長い時間、ポケモンと一緒にいられるんだ。
その時間を大切にな。』

このセリフにすごく感動したのを覚えてる。
だから、脳に焼付くように残っている。

ヤナギさんのセリフって、ポケモンだけに限らないと思う。
友達、恋人、家族。そしてポケモン。
自分の好きな人と一緒に居られるこの時間も当てはまると思う。

立春。冬から春になるこの時期。
まだまだ寒い日は続くけど、春はもうすぐそこまで来ている。

暖かくなれば、桜の花が舞い散る。
私と、ノボリさんの出会った季節がやってくる。

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