朝。目覚ましが鳴り、ノボリがそれを止めた。
横ではヒヨリとヤナップが唸り声を上げ、背伸びをして半身を起こした。
まだ眠たそうな声でヒヨリが朝の挨拶を言う。

「ふぁぁ・・・ノボリさん、おはよう」
「ヤナぁ・・・」
「おはようございます。ヒヨリ、ヤナップ」

うっすらと見えたヒヨリの首元。
それを見たノボリは固まった。
ふるふると身体を震わすノボリにヒヨリは頭に疑問詞を浮かばせた。

「ノボリさん?」
「ヒヨリ・・・」
「はい?」
「その首の痕は何で御座いますかー!!」
「へ?」

自分の首元を指して叫んだノボリにヒヨリは首を傾げた。


キスマーク事件


出勤時間。いつものように売店の前までやってきたノボリとヒヨリ。
なんだか今日はいつもと空気が違う。
お互いに、不機嫌そうなそんな顔をしていた。
ヤナップはヒヨリの肩に乗っておどおどしている。

「おはよう!おや、どうしたんだい、2人とも?」
「どうしたもこうしたもないですよ・・・」
「ヒヨリはわたくしと言うものが居ながら浮気したので御座いますよ」
「・・・は?」

ノボリの言葉に目を丸くしたヨシエ。
ヒヨリに限って浮気?そんな馬鹿げたことがあるわけない。

「違うって言ってるのに・・・」
「では、その首の痣はどう説明するのですか!?」

ヒヨリがそっぽを向くと、ノボリはヒヨリの痣の位置を指でつついて指摘した。
よくよく見ると、赤いうっ血痕がついている。
ヒヨリは顔を真っ赤にして、首の痣を押えた。

「・・・っ。こんなの、知らないっ。言われるまで気が付かなかった・・・」

そう言うと、ヒヨリは視線を下に落とした。
ノボリも冷静さを失い、ヒヨリに暴言に近い言葉を吐いた。

「気が付かなかった・・・?本当はわたくし以外の男と寝たのでしょう?」

その言葉にヒヨリは顔を上げた。
次の瞬間には涙を浮かべて叫んだ。

「酷い、よっ・・・」

この言い争いに終止符を打ったのはヨシエだった。
手をぱんぱんと叩いて2人の間に割って入った。

「はいはい。喧嘩はそこまでだよ!これじゃあ、ヤナップがかわいそうだよ」
「え?」

言われて視線をヤナップの声の方を見てみた。
いつの間に自分の肩から降りたのだろうか。
ヤナップは瞳いっぱいに涙を溜めて泣いていた。

「ップ、プ・・・。ナップゥゥゥゥウウ」

その原因を作ったのはあからさまに自分たちで。
ヒヨリもヤナップにつられて涙を流す。
そっとヤナップを抱き上げて頬ずりをする。

「ヤナップ・・・。ごめんね?」
「さ、仕事の時間だよ!切り替えて!!」
「はい・・・」


―――――――


夕方、仕事終わりの時間にノボリはヒヨリのいる売店にやってきた。
しかし、ヒヨリとヤナップの姿がどこにも見当たらない。

「ヨシエ様、ヒヨリは・・・?」
「ヒヨリちゃんなら今日はもう帰ったよ」
「左様でございますか・・・」

ヒヨリはもう帰った。
今は自分に会いたくないのだろう。

ノボリの表情が曇った。

「ノボリさん。あんたはヒヨリちゃんが好きなんだろう?」
「ええ・・・」
「ヒヨリちゃんのどういうところを好きになったんだい?」
「それは・・・」
「ヒヨリちゃんの優しくて一途な心を好きになったんだろう?あの子は浮気なんてしてない。それは一緒に仕事してる私が保証するよ。少しはヒヨリちゃんを信じておやり。じゃないとヤナップもかわいそうだよ。ヤナップだってヒヨリちゃんの優しさが好きだから仲間より彼女を選んだだろうに・・・」

ヨシエの言葉にハッとする。
そうだ、自分が好きになったのは一途で優しい思いを持っているヒヨリだ。
そんな彼女が浮気をするはずがない。

ノボリは朝の自分のヒヨリに対する発言をつくづく呪った。

「失礼します。わたくし、ヒヨリに謝ります」
「がんばりなよ!」
「ええ!」

そう言うと。ノボリは走るのだった。
目指すはヒヨリがいる、自分の家。


―――――――


その頃ヒヨリはベッドの中で蹲っていた。
朝のことを思いだしては涙を浮かべてすすり声を上げる。
きゅ、とヤナップを抱きしめる。

「ヤナップ・・・。」
「ナプ?」

ヤナップの名前を呼べば、顔を上げてヒヨリの顔を覗きこんでくるヤナップ。

「私、悲しいよ。浮気なんてしてないのに、ノボリさんに信じてもらえないのが・・・」

次から次へと溢れてくる涙は止まる術を知らなくて。
こんなに泣いたのはいつ以来だろうか。

「ヤナナ・・・」

ヤナップが心配そうにヒヨリの目尻に手を伸ばした。
そっと、涙をぬぐってやる。

「ありがとう、ヤナップ。大好きだよ」
「ナップ」

ヒヨリはそう言うと、目を閉じた。
ヤナップもつられて目を閉じるのだった。


―――――――


玄関を開ければ、家の中は真っ暗だった。

「ヒヨリ?」

先に帰っているはずの存在の気配がまるでしない。
まさか家を出て行ってしまったのだろうか。
最悪の想定を考えながら、ノボリは恐る恐る家の中へと入っていく。
廊下の電気をつけ、リビングへ向かう。
真っ暗なリビング。電気をつければ、ヒヨリの姿はなかった。
荷物を置いて、ヒヨリの部屋へと向かう。
ガチャ、と扉を開ければ奥のベッドが丸くなっていた。
ゆっくり近づくと、ヒヨリの寝顔がそこにあった。
すぐそばではヤナップも寝息をたてていた。

「ここにいましたか・・・」

ほっと、目の前の存在に胸を撫で下ろしたノボリ。
今は大人しく寝かせておこう。
起きたら謝ろう。
そう思って身体を扉へ向けた時だった。

「ナップぅ」

ヒヨリと同じ向きをしていたヤナップが寝返りを打った。
そしてヒヨリの首元に自分の顔を埋める形となった。
ちぅ、と唇が肌を吸う音がした。

「・・・え?」

ノボリはヤナップが起きないようにゆっくりとヤナップの身体を動かした。
ヒヨリの首元には朝、喧嘩の原因になった痣が残っていた。
ノボリははぁ、とため息を一つついた。

「犯人はヤナップでしたか・・・」

ヤナップをヒヨリから少し離して寝かせてやる。

「ヤナップが犯人では怒るに怒れませんね」

そう言うと、ノボリは布団を捲りヒヨリの首筋に顔を埋めた。

「・・・んっ」

ちゅ、と一つ痕を残すとヒヨリの口から甘い声が漏れた。
ノボリはフッと笑うと部屋を後にした。

数時間後。
眠りから目覚めたヒヨリにきちんと謝り、何があってもヒヨリを信じると固く誓うノボリの姿があった。
ヤナップも2人が仲直りできて、また涙を漏らした。

ノボリがつけた赤い痕に気づいて、ヒヨリが真っ赤になるのはまた別のお話。

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