明日はひな祭り。
世間一般的な女の子のお祭りだ。
小さい時、ひな人形をよく家に飾ったものだ。
あれを飾らないとお嫁に行くのが遅くなるって言うジンクスみたいなのあるけど、実際どうなのかな?
リビングで寛いでいると、ヤナップが1枚の紙切れを持って私のところにやってきた。
「ヤナナ!」
「どうしたの、ヤナップ?」
「ナププ!」
私に見せたのは、写真屋さんの広告。
どうやら明日1日ひな祭りのイベントをやるそうで。
「ヤナ、ヤナナ、ヤナナナヤナッププヤナナップ!」
「えっ、もしかしてヤナップ明日ここに行きたいの?」
「ナァップ!」
私がそう聞けば、ヤナップはうん!と大きく頷いた。
「ヒヨリ。ヤナップはもしかしたらひな人形の写真をヒヨリと撮りたいのでは?」
「ひな人形の写真・・・?」
チラシをよくよく見ると、カップルやポケモンと一緒にお内裏様とお雛様になって写真が撮れると書いてあった。
お内裏様とお雛様
夕方。
オレンジ色の光を浴びる、地下鉄バトルサブウェイ。
ヒヨリはいつものようにノボリと一緒に肩を並べて歩いていた。
昨日、ヤナップが写真を撮りたいと言ったので、写真屋さんに向かって歩いていた。
昼休憩の時にノボリが写真屋に連絡を取り、夕方なら開いていると言われたので、
仕事終わりに寄ることにしたのだ。
「良かったですね、ヤナップ。お店が空いてて」
「ナァップ!」
ヤナップはとてもうれしそうに手を上げた。
ヒヨリは少し顔を赤らめていた。
「どうしました?」
「ほら、あのチラシに自分がお雛様やお内裏様になれるって書いてあったから・・・。私がお雛様かぁ、って思ったらちょっと恥ずかしくて・・・。似合えばいいなぁ」
「そんなことは御座いません。ヒヨリは何を着ても似合いますよ」
ノボリがそう微笑んで言えば、ヒヨリはさらに顔を赤くして俯いてしまった。
「さ、着きましたよ」
写真屋を前にして、ヤナップは目を輝かせた。
居てもたってもいられず、ヒヨリの腕をすり抜け、店の中へと入っていく。
「あ、ヤナップ!」
「よっぽど楽しみにしていたのでしょう。さ、わたくしたちも」
「うん」
ヒヨリもノボリに手を引かれ、店に入っていく。
店に入れば、元気のいい店員がヒヨリ達を出迎えた。
「いらっしゃいませ!」
「昼にお電話を差し上げた、ノボリと申します」
「お待ちしていました。さ、どうぞこちらへ」
女性店員の案内のまま、ヒヨリとヤナップは更衣室へと案内された。
着物に着替えてる最中、ヒヨリは女性店員に声をかけられた。
「彼氏さんとも撮られるんですか?」
「今日はヤナップだけです。ヤナップが私と一緒に写真を撮りたいみたいで・・・」
「素敵な彼氏さんですね。こういうのに付き合ってくれるなんて。撮ったらきっとお似合いだと思いますよ!」
女性店員が微笑ましそうに言えば、ヒヨリは嬉しそうに顔を赤らめた。
―――――――
ヒヨリとヤナップが着替えてる間、ノボリは写真屋のオーナーと話をしていた。
「お兄さんは撮らないのかい?」
「今日は彼女とヤナップのみ、で御座いまして・・・」
「お兄さんも撮れば良いのに。お兄さん、ハンサムだし、あのお嬢ちゃんも可愛いからきっと綺麗に撮れるよ」
「そうで御座いますか?」
「そうだよ、そうだよ!なんならヤナップが終わったらあんたも撮ってやるよ!
お、お嬢ちゃんとヤナップの着替えが終わったみたいだな」
そう言うと、ヒヨリとヤナップがお雛様とお内裏様の格好をして出てきた。
「ど、どうかな・・・?」
顔を赤らめ、ヒヨリはノボリに聞いてみた。
普段の格好も好きだが、和風的な格好もよく似合う。
着物を何枚も重ね着して、頭には冠をつけて頬を染めているヒヨリの姿。
「・・・ノボリさん?」
何も言わないノボリにヒヨリは不安になり、恐る恐るノボリの名前を呟いた。
「はっ、申し訳ございません!あまりにお似合いなので、つい見とれてしまいました・・・」
ノボリの言葉にヒヨリは顔を赤く染め上げた。
恥ずかしそうに「ありがとう」と呟く。
「ナップ!」
「ヤナップもよく似合ってるよ」
ヒヨリがそう言えば、ヤナップは嬉しそうに鳴いた。
「お二人ともとてもよくお似合いですよ。さ、こちらへ」
店員に導かれ、セットされたひな壇へと進む。
ノボリから見て左側にヤナップ、右側にヒヨリが座り、ひな人形のポーズを取った。
「では、撮りますよ。はい、チーズ」
パシャ、とシャッター音が鳴り響いた。
「はい、お疲れ様でした!」
「ふぅ・・・」
「お兄さんも撮るかい?」
「いえ、わたくしは・・・」
「遠慮するなって!さ、着替えておいで!」
「あ、あの・・・」
半ば強引に、ノボリは女性店員に引きずられて更衣室へと消えていく。
しばらくすれば、ヤナップと同じ格好をしたノボリが姿を現した。
今度は先ほどのノボリのようにヒヨリが固まった。
「ヒヨリ・・・?」
「すっごくかっこいいよ・・・」
また頬を染めながら目を細めてヒヨリが言えば、ノボリもつられて赤くなった。
普段のワイシャツにネクタイ、サブウェイマスターのコートの格好も良いが、
こういう和風の着物を身に纏う格好もなかなか新鮮で良いと思った。
「2人ともいいねぇ・・・!さ、こちらに」
言われるがまま、ひな壇に座ったノボリとヒヨリ。
ヤナップが先ほど座った場所にノボリが腰を下ろした。
「ナップぅ・・・」
「あなたもあの2人がとてもよくお似合いだと思うの?」
「ナァップ!」
ノボリとヒヨリに見とれていたヤナップにスタッフが声をかければ、ヤナップは大きく頷いた。
「ふふっ、君はあの2人が大好きなのね。よく、彼氏に妬く彼女のポケモンとか見るけど、君は違うんだね」
「ナァップ!」
運命的に出会って、感動の再会を果たして。
自分に妬いてたこともあるって告白されて、その意味を知って。
たまにヒヨリの取り合いで喧嘩することもあるけど、それは仲良しだからできることであって。
ヤナップは目の前の2人を嬉しそうに目を細めて笑って見つめた。
「はい、お疲れ様でしたー!」
「ナァップ!」
「ヤナップ」
終了の合図とともに、ヤナップは一目散にヒヨリの元へ駆け寄り抱き着いた。
ヒヨリもまたヤナップを抱き留める。ノボリはその横で微笑ましそうに見つめていた。
シャッター音が切られていたとも知らずに。
「マスター?」
「あの3人を見てるとつい微笑ましくなって、な?」
「そうですね」
クスリと笑って3人を見つめるオーナーと女性店員。
「写真は後日郵送させていただきますね」
「お願いいたします」
そう言って、着替えを済ませると、写真展を後にするのだった。
―――――――
数日後、写真店から写真が届いた。
「ノボリさん、ヤナップ。この間の写真、届いたよ」
「見てみましょうか」
「ナプ!」
封を切って写真を見れば、それは素晴らしいものだった。
照れくさそうな、嬉しそうなそんな写真。
写ったものの表情が露わになっている、そんな写真だった。
「綺麗だね」
「そうですね」
「ヤナァ・・・」
写真を見ていけば、別に封がされている写真くらいの大きさのものが入っていた。
「あれ、何だろうこれ?」
「何か書いてありますよ。『この間のお礼です。ぜひ受け取ってください』だそうです」
「お礼って何かしたっけ?何だろう?」
「ナップ?」
カサカサと包みを開ければ、1枚の写真くらいの暑さの紙が入っていた。
ヒヨリはその写真をめくってみた。
「わぁ・・・」
「綺麗な表情で撮れていますね」
「ヤナァ!」
そこにはヒヨリとノボリ、そしてヤナップが3人でひな人形の格好をして笑いあっている写真が姿を見せるのだった。