甘い香りが漂う、キッチン。
その香りに誘われてここへとやってきたノボリとヤナップ。
「甘い、香りがしますね」
「ナプ?」
「あ、ノボリさん!ヤナップまで!!」
ヒヨリは何で今来るの、という複雑な表情を浮かべていた。
「何かお菓子でも作っているのですか?」
「う、うん・・・」
何とも曖昧な返事をするヒヨリ。視線が向こうへ泳いでいる。
ヤナップがキッチンへ入ろうとする姿が目に入った。
何ともにこやかな表情で。
「ナップナップ」
「あっ、ヤナップだめっ!!」
「ナップ!?」
慌ててヤナップを抱き上げれば、ヤナップは驚いた表情を浮かべた。
ヒヨリはあやすようにヤナップの頭を撫でた。
「ごめんね、男の子は立入禁止なの」
「ナップぅ・・・」
ヒヨリがそう言えば、ヤナップはしゅん、と項垂れてしまった。
ヤナップを高い位置まで抱き上げれば、その目を見て微笑んだ。
「明日になったらわかるから待っててね」
そう言えば、ヤナップをノボリに渡したヒヨリ。
「ノボリさんもこっち来ないでくださいね?」
「しかし、来るなと言われてしまえば行きたくなるのが人間の性で御座います」
「だーめっ、明日まで待ってて」
人差し指を唇に当てれば、ウインクをした。
ノボリは普段見ない、ヒヨリのその仕草にドキリと胸を高鳴らせた。
ここにいてもヒヨリの邪魔になるため、ノボリはヤナップを連れて自室へと向かうのだった。
ノボリ達が出て行った後で、シャンデラがヒヨリの方をじっと見ていた。
男の子がだめなら、自分はどうなのだろうかとヒヨリに聞いている。
「シャ〜ン?」
「そっか、シャンデラは女の子だもんね」
「シャン!!」
うん、とシャンデラはヒヨリの周りをうようよと駆けまわる。
ヒヨリはシャンデラを連れてキッチンへ立った。
そこには、溶かしたてのチョコが置かれていた。
不思議そうにシャンデラがチョコを覗き込んだ後に、ヒヨリを見上げた。
ヒヨリはシャンデラに微笑んで、口を開いた。
「何作ってるのかって?明日はね、バレンタインデーって言って、女の子が好きな人に告白するイベントなんだよ。本命チョコ作って、明日ノボリさんに渡すんだ。あと、ヤナップにもね」
それを聞けば、シャンデラの目の輝きが変わった。
「シャン!!」
「え、シャンデラも作りたいの?」
ヒヨリがそう聞けば、うん、と言うかのように返事をしたシャンデラ。
「わかった、一緒に作ろうか」
「シャン!」
そう言うと、ヒヨリはチョコを鍋に入れて溶かし始めた。
5分もすれば、チョコが液体へと変化していく。
用意しておいた型に湯気が立ったチョコを流していく。
「こうやってね、とかしたチョコを型に入れて冷蔵庫で冷やすの」
「シャン?」
「そう、これはヤナップに渡すチョコレートだよ」
ヒヨリがチョコを流したのは、ヤナップの型だった。
ヤナップの型のチョコを作っているようだ。
隠し味にヤナップが大好物なオレンの実をすりおろした粉をまぶして。
「で、こっちがノボリさんの分」
ノボリには生チョコを作っていた。
溶かしたチョコが少し甘すぎるので、隠し味にドリの実を入れてみた。
「これがこれからシャンデラが作る分だよ」
そう言ってシャンデラに四角い型を見せた。
そこには溶かしたてのチョコが入っていた。
シャンデラはチョコを見ると、そのまま自分の顔をチョコに突っ込んだ。
「シャン!」
「え、ちょっとシャンデラ!?」
「シャァァァァァァァ〜ン!!」
熱い!!、と叫びながらヒヨリの周りをうようよと周るシャンデラ。
シャンデラがした行動に、ヒヨリは苦笑した。
「そりゃ熱いよ!!溶かしたてだもの」
そう言うと、シャンデラの顔を濡れたタオルで優しく拭いてやる。
綺麗になったはいいものの、顔がまだ若干赤かった。
顔を突っ込んだ型を見れば、それは微かに固まり始めていた。
シャンデラの顔の形を残して。
「え、シャンデラ・・・」
「シャン?」
「もしかして、これをノボリさんにあげるの・・・?」
「シャーン!」
シャンデラはどうも、ノボリに自分の顔のチョコを渡したいらしい・・・。
―――――――
場所は変わってノボリの部屋。
ヤナップは先ほどのヒヨリの態度がよほどショックだったのか、耳をしおらせて落ち込んでいた。
「ナップぅ」
「ヤナップ、気を落とさないでください。きっとヒヨリは何か考えはあるのですよ」
ヤナップの頭を撫でてやる。
ふと、カレンダーが目に入った。
今日は2月13日。男の子は立ち入り禁止のキッチン。
そして、甘い香り。
「あぁ、そういうことでしたか」
ヒヨリが一生懸命になっている理由。
ノボリにはそれが分かったらしい。
ヤナップは不思議そうにノボリを見た。
「ナップ?」
「ヤナップ。明日になればわかりますよ」
何だろう、とヤナップは首を傾げるのだった。
―――明日が楽しみで御座いますね。
明日はバレンタインデー