ノボリとクダリのいる、執務室までの道のりを歩いていると、
後ろから悲鳴のような声が聞こえてきた。
「きゃあ!」
「どけ!!」
振り向けば、ナイフを握った男がヒヨリめがけて走ってきた。
その後ろからは、ジュンサーをはじめとした警察官が後を追いかけている。
傍にいたヒヨリもろ共、男を囲んだ。
「そこまでよ!」
「ちっ」
ジュンサーの声に舌打ちした男は、傍にいたヒヨリを見ると、ニヤリと笑った。
「え?」
ヒヨリの腕を掴み、自分の方へ引き寄せると、ヒヨリの首にナイフを突きつけた。
驚いてヒヨリは声も出なかった。
「おい!この女がどうなってもいいのか!」
「・・・っ!」
男は声を張り上げ、ヒヨリは怖さからか思わず目を瞑った。
―――やだ、なにこれ怖い・・・!助けて、ノボリさん!!クダリさん!!
「・・・しまった!」
ジュンサーの一瞬の隙をついて、男はヒヨリの腕を引っ張った。
「来い!」
「きゃっ!!」
小さい悲鳴と同時にヒヨリの持っていた紙袋がその場に落ちた。
―――――――
「ノボリさん、クダリさん!」
勢いよく執務室のドアが開かれる。
ドアの方に視線を向ければ、ジュンサーが息を荒げて立っていた。
「ジュンサー様ではないですか。どうかしたのですか?」
「男が女の子を人質に取って地下鉄に逃げ込みました!」
「なんですって?」
ノボリとクダリは驚いて椅子から立ち上がった。
嫌な汗が頬を伝う。
「連れて行かれた時、女の子が持っていた荷物です」
「・・・これは!」
ジュンサーが差し出した紙袋。
これはいつも自分達が目にしているものだった。
二人は顔を青ざめ、お互いの顔を見た。
そして、この袋の主を名を呼ぶ。
「ヒヨリちゃんのだ・・・!」
―――――――
男に連れられ、暗い線路を歩いているヒヨリ。
正しくは、引っ張られていると言った方が良いのだろう。
男に強く握られてる腕が悲鳴をあげた。
「痛い、痛いよ!」
「うるさい、黙って歩け!」
「どこにも逃げないから腕、離してよ!」
声を荒げるも、どこにも逃げないという言葉を耳にした男はヒヨリの腕を掴んでいた手を離した。
ヒヨリは小さく”ありがとう”と呟いた。
掴まれていた部分を触ってみれば、若干熱を帯びていた。
よほど強い力で握られていたのだろう。
―――この人、本当は悪い人じゃないのかも。
そう確信したヒヨリは、男に声をかけた。
「・・・ねぇ、おじさん?」
「あん?」
「どうしてこんなことしたの?」
ヒヨリの言葉を聞くと、突然男が立ち止った。
不思議に思って男を見れば、男の肩は小刻みに震えていた。
「おじさん?」
「俺な、リストラされたんだ」
話によると、男には妻と子供がいたらしく、先週仕事を首になったらしい。
妻は子どもを連れて実家に帰り、男には居場所がなくなり、
このようなことをしたらしい。刑務所に入れば、そこが自分の居場所だからと。
男の話を聞いたヒヨリは、やんわりと微笑んだ。
「1度や2度の失敗でくじけちゃだめだよ。やり直しだってできるんだから!!って、偉そうに言っちゃいましたが、実は私も失恋してて凹んでたんですよ。でも、ある人と出会って、私の心は少しずつですが癒えてきました」
そう言って、ヒヨリは胸に手を当てて目を閉じる。
ヒヨリの言葉に男の涙腺は緩んでいった。
「お嬢ちゃん・・・」
「ね、自主して、もう1度やりなおそ?」
話がちょうど終わったところで、奥の方から懐中電灯のライトが見えた。
「いたぞ!」
「ヒヨリ様!」
「ヒヨリちゃん!」
ヒヨリの姿を確認したノボリとクダリは一目散で彼女に駆け寄った。
「ノボリさん!クダリさん!!」
「無事だったんだね・・・!」
「はい!」
ヒヨリの姿を見て、一向に動かないノボリに不信感を抱く。
「ノボリ、さん?」
「・・・っ!ヒヨリ様」
ノボリは無我夢中でヒヨリの身体を引き寄せ、精一杯抱きしめた。
「の、ノボリさん、苦しい・・・!」
ヒヨリの言葉で我に戻ったノボリは慌ててヒヨリの身体を離した。
そして、ヒヨリに謝罪の言葉を述べた。
「申し訳ありません。あなた様が無事なのがわかってつい・・・」
「もう、ノボリさんったら・・・」
そう言ってヒヨリは微笑んだ。
―――いきなりのことだったけど、ノボリさんに抱きしめられたのは不思議と嫌ではなかった。
「お嬢ちゃん」
警察官に連行され、ヒヨリのことを呼んで立ち止まる男。
その眼には、迷いはなかった。
「はい」
ヒヨリの返事を聞くと、男は微笑んだ。
「お嬢ちゃんはまだまだ若いんだ。色んな恋をするといい」
「・・・はい!」
男の言葉を聞いて、ヒヨリは一層笑みを深くしたのだった。
そして、意を決意した男を見送るのであった。
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