「愛してるわ、ノボリさん・・・」
愛の言葉を紡ぎながら、ヒヨリはノボリの頬を指で撫でた。
普段のヒヨリからは考えられない行動にノボリは困惑するばかりだった。
「ヒヨリ?」
「抱いて、くれる?」
そう言ってヒヨリはノボリに顔を近づけていくのだった。
I love you
あと少しで唇と唇が触れる時だった。
急に部屋の扉が開かれる。
驚いてそちらの方を見れば、ヤナップとクダリだった。
クダリは目の前の状況に顔を赤らめ、ヤナップの腕を引いて部屋の外へ出ようとしたが、ヤナップの腕はクダリの手を空かした。
クダリの手の動きよりも早く、ヒヨリの元へ駆け寄るヤナップの行動が早かったからだ。
心配そうな表情をした後に、嬉しそうにヒヨリに駆け寄った。
「ヤナァ!!ヤナナ!!」
嬉しそうにヒヨリに甘えようとヤナップがのばした手をヒヨリが払った。
ヤナップがビクッと、身体を震わした。
これにはノボリとクダリも驚いた。
「ヤナナ?」
「・・・邪魔よ」
「ナップ!?」
怒りを含んだヒヨリの言葉に、ヤナップは目を見開く。
「聞こえなかったの!?邪魔だからあっち行ってって言ってるの!!」
今まで自分に向けられたことのない、その言葉とヒヨリの表情。
ノボリとクダリもこれには目を見開いた。
ありえない。ヤナップをとても大事に思っているヒヨリがこんな事を言うなんて。
ヤナップはと言うと、頭に鈍器で殴られるような、そんな思いだった。
「ヤナ・・・ヤナナ・・・ップ、ップ」
耳をしおらせ、今にも泣きそうな表情でとぼとぼと出口へ向かって歩いていく。
クダリはただただ、ヤナップが歩いていく姿を見つめるだけ。
「ヤナップ・・・」
ノボリが何か確信をしたかのように不敵な笑みを浮かべる。
ヒヨリの手首を掴み、起きあがる。
強く握られた手首にヒヨリは顔をしかめた。
「お待ちなさい、ヤナップ。この女はヒヨリでは御座いませんよ」
「え!?」
「ナップ!?」
ノボリの言葉にクダリ、ヤナップ、ヒヨリが目を見開いた。
少し慌てた様子でヒヨリは口を開いた。
「やだ、ノボリさん。私はヒヨリよ?」
「いいえ、あなたはヒヨリでは御座いません。まず、ヒヨリはわたくしに愛の言葉を囁くときは愛してるではなく、『すき』とおっしゃいます」
「え・・・?」
額に冷や汗が滲む。
「まだ御座います。わたくしとヒヨリはまだ身体の関係まで行っては御座いません。好きな人には傍にいてくれればいいと言っている彼女が自分からあのようなことは言うはずがないのです」
「まだそこまで行ってなかったんだ・・・」
クダリがポツリと言った言葉に、ノボリはカッと目を見開いた。
「クダリ!だまらっしゃい!」
「ごめん」
「決定打はあなたのヤナップに対する態度。ヒヨリは絶対にヤナップのことを邪魔者扱いいたしません。いかなることがあろうと、必ずヤナップに笑顔を見せて抱きしめて差し上げています。もしそのようなことを言うのであれば、必ず理由があるときで御座います。ヤナップ、そうで御座いますね」
「ナップナップ!」
ノボリの言葉に、ヤナップはうんうん、と首を縦に振った。
「そして、一途に純粋に人を想う・・・。これがわたくしが愛した女性なのです」
ノボリの言葉にヒヨリもといヒヨリに扮装していた女は言葉を失った。
ヤナップは目に涙をいっぱい溜めて、女に向かって体当たりをする。
「ヤナァァァァ!!!」
「きゃっ、何するのよ!!」
ヤナップに怒鳴り散らす女をよそに、ヤナップは女の胸倉を掴んで叫んだ。
「ヤナ!ヤナナッププ!ヤナ、ヤナナップヤナナヤナナナププププヤナ!!ヤナァァァァ!!」
訳:よくも!騙したな!!僕の、大好きなヒヨリどこやった!!返せぇえええ!!
外見や身体のライン、さらには声質までそっくり真似た目の前の女。
ノボリおろか、ヤナップまでも騙されたその変装術はまさにプロそのものと言えよう。
「ヒヨリをどこに連れて行ったのですか?」
「教えないと、痛い目見るよ?」
ノボリとクダリがずい、と女の前に顔を寄せた。
その表情は、いつもヤナップやヒヨリには向けられるものではなかった。
2人とも目が冷徹なのだ。女はその瞳に背筋に寒気が走るのを感じた。
「ひぃっ!わかった、言うわよ。あの女はここから東の山のふもとにある小屋の中に押し込めてあるわ」
「わかりました。行きましょう、ヤナップ!」
「ナップ!」
「クダリ、後は任せましたよ」
「了解。ヒヨリちゃんが無事であることを祈るよ」
「ええ。ヒヨリは必ずや取り戻して御覧に入れましょう!」
そう言うとノボリはヤナップを連れ、東の山のふもとを目指して走って行く。
2人の姿が消えれば、女はそっと涙を漏らした。
「何泣いてるの?」
「好きだった・・・。ノボリさんが本気で好きだった。あそこまで思われてるあの女が本当に羨ましい」
「形はどうであれ、君もノボリ兄さんが好きだったんだね。僕もね、彼女が好きだったんだ」
「え?」
クダリの言葉に女は顔を上げた。
「想いは伝えたけど、それ以上は望まない。だって、彼女が幸せだったらそれで良いと思うから」
彼女が幸せだったらいい。
どうして大切な事を忘れていたのだろうか。
こんなことをしてもノボリやヤナップが悲しむだけだというのに。
罪悪感でいっぱいになり、女はさらに涙を流した。
「ごめ・・・私、なんてこと・・・」
「罪を償ったらやり直せばいいと思うよ」
「え、これ罪になるの?」
「もちろん。誘拐と監禁罪の実行犯になるんじゃないかな?」
「・・・え?」
クダリはそう言うと、ニカっと笑った。
その手にはライブキャスターが握られていた。
よく見ると、それは仕事用のもので。
通話ボタンがオンにされていた。
その先には警察。つまり、ジュンサーに繋がっていた。
いつからボタンをオンにしたのだろうか。
女は顔を青ざめた。ここから警察署まで時間はかからない。
ジュンサーが到着するのも時間の問題だ。
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