クダリとヤナップが出て行った後の部屋は何とも居心地が悪い。
ノボリがものすごく不機嫌顔になっている。
沈黙が続く。ヒヨリにはどうすることもできない。
先にこの沈黙を破ったのはノボリだった。

「ヒヨリ」
「はいっ!」

静まりかえった部屋に、怒りを含んだような声が響く。
ヒヨリはそれにビクンと肩を震わした。

「クダリに何をされたのですか?」
「何って、なにもされてないよ?押し倒されて告白されたけど・・・」
「押し倒された…ですって?」

あっ、と口を押さえてももう遅い。
ノボリのこめかみがピクッと動いた。
さらには眉間に皺をも寄せた。
ヒヨリは慌てて弁解の言葉を探した。

「あのね、これはね!・・・え?」

急にぐわん、と視界が反転した。
ノボリに勢いよく押し倒されたと気付くにはそうかからなかった。
というか、1日で別の男の人に押し倒されるなんてあるのだろうか。

「クダリに押し倒された上に、告白されたとはどういう意味ですか!」

キリ、と押し付けられた手首に力が入る。

「答えなさい、ヒヨリ!!」

ノボリさんが怖い。
いつもの優しいノボリさんじゃないみたいで。
こんなに怒りに狂うノボリさん、初めて見た。

怖くなってヒヨリは涙腺が緩み始めた。

「ふぇ・・・」
「!?」

泣き出したヒヨリにノボリは焦りを見せ始める。
ポロポロと溢れる涙は止まらない。

「く、クダリさんには話聞いてもらってただけだもん!ノボリさんが綺麗な人に告白されてショックで・・・。励ましてくれただけだもん!私のこと好きだったのは意外だったけど、押し倒したことも謝ってくれたし・・・ノボリさんだって、女の人に告白されて・・・」

必死で叫ぶヒヨリにノボリは掴んでいた手首の力を緩め、ふわっとヒヨリの身体を抱きしめた。

「わたくしにはヒヨリがいます」
「じゃあ・・・」
「ええ、告白されてもわたくしはヒヨリ一筋で御座います。告白された時、どう断ろうか考えてただけで御座います」

そう言うと、ノボリは顔中にキスを降らせた。
額、瞼、鼻の上、頬、最後に唇。
くすぐったさで、ヒヨリは顔をしかめた。
ノボリの表情も、いつもの優しくてヒヨリの大好きな表情だった。

「ノボリ、さ・・・」
「先ほどは怒鳴ってしまい、申し訳御座いません」

そう言うと、ヒヨリの身体を起こしたノボリ。
ソファで向き合う形になる。

「ううん、良いの」
「ヒヨリ、約束してくださいますか?」
「何を?」

ヒヨリは首を傾げた。

約束ってどういうものなのかな?
まさか、少女漫画にありそうな自分以外の男とは話すなとか言うのかな?
でも、売店の仕事上そんなことはできないことはノボリさんもわかってると思うけど。

「これからは何か御座いましたら、必ずわたくしに話して下さい。何を聞いてももう怒りませんので」

何でも話してほしい。
それがノボリの約束事だった。
ヒヨリは素直に首を縦に振った。

「うん、わかった。・・・あ」
「どうしました?」
「クダリさんに告白されたって言ったじゃない?」
「ええ」
「あの時にクダリさんね、僕に私以外の好きな人ができたら報告するから会ってほしいって言われたの」

ヒヨリの言葉にノボリはフッと笑みを漏らした。

「そういうことで御座いますか」
「うん。だから、押し倒されたってだけで、他は何もないからね?」
「わかりました。さ、そろそろ仕事も終わります。ヤナップもクダリも戻ってくるでしょう」
「そうだね」
「戻ってくる前に・・・」
「?」

疑問詞を浮かべるヒヨリに、ノボリはそっと顔を近づけた。
触れるだけのキスをすれば、額をくっつけて笑いあった。


I love you
(ノボリさんも私も結構ヤキモチ妬きなのかも)


その光景をドアの隙間から見ていた人物がいた。

「何なのあの女・・・。ノボリさんは私の物なんだから・・・」



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