クダリにソファに座るように施されたヒヨリ、言われたままソファに腰を下ろす。
クダリもその横に腰を落として、ヒヨリの顔を覗きこめば、ヒヨリは大粒の涙を流していた。

「ノボリさん、好きですって言われて抱きつかれてた」
「それで見てられなくて走ってきたんだ?」

クダリにそう言われれば、こくんと頷いたヒヨリ。

「女の人ね、私よりずっと綺麗で大人っぽかった。私なんて外見は可愛くないし、大人っぽくもないし」
「ヒヨリちゃん」

クダリがヒヨリの名前を呼んだのも気が付かずに、ヒヨリは続けて話していく。

「ノボリさんも本当はそう言う人の方がいいのかな?」
「ヒヨリちゃん」
「はい?」

もう1度ヒヨリの名前を呼べば、今度は返事を返した。
クダリはクスッと笑うと、ヒヨリの頭をポンポンと撫でた。

「君は自分のことを卑下しすぎだよ。もっと自分に自信を持って」
「だって、本当のことですよ?」

目に涙を溜めながら、クダリを見上げた。
瞬きをすれば、溜められた涙が頬を伝う。
クダリは一瞬、顔をしかめると、頭をかいた。

「ああ、もう!ヒヨリちゃんは十分に可愛いよ」
「可愛くないもん・・・」

いつまでたっても自分を卑下するヒヨリはクダリから視線を逸らせた。
クダリの手が自分に伸びてるのにも気づかず、ようやく気が付いた時には、クダリの手が肩に触れられ、視界が反転した時だった。

「え?」

驚いて目を見開く。一瞬で涙は引っ込んだ。
クダリの顔がゆっくりと近づいてくる。
抵抗しようにも、両手首はがっちり掴まれていた。
少しでも動けば、キスができそうなその距離。

「ヒヨリちゃん。君とこういうことしたいって思ってるのはノボリ兄さんだけじゃないってこと、覚えておいてね」
「え、クダリさん?それってどういう意味・・・?」

クダリの言ってることがまるで分らない、と驚いた表情をするヒヨリ。
そんなヒヨリにクダリは呆れたような表情を浮かべて言葉を紡いだ。

「まだわからないの?僕は君が好きなんだよ?」
「・・・え?」

君が好き。
その言葉にヒヨリは言葉を失った。

「失恋して泣いた君が、そしてノボリ兄さんを一途に思う君が僕は好きだ」
「すき?わたしを??」
「そう」

ニヤリと笑い、ヒヨリの頬に手を這わし、指伝いで頬を撫でる。
その指の動きにびくん、と身体を強張らせたヒヨリ。

「でも、クダリさん・・・!私は・・・」
「うん、わかってる。君がノボリ兄さんを好きだから、僕は君を諦めようと思ってた。そんなこと言うと、・・・」

口角を上げ、ゆっくりとヒヨリに近づいていく。
耳元に唇を寄せて、そっと囁いた。

「ノボリ兄さんから君を奪うよ?」

囁かれた言葉は、ヒヨリを怖がらせるのには十分で。
必死に叫んだ。

「い、言わないから。もう、言わないから!」
「うん、わかった。押し倒してごめんね?」

そう言えば、あっさりとヒヨリの手首を離したクダリ。
その表情は、先ほどの男の顔をしていたものとは思えないほどの笑顔だった。

「あ、そうだ。ヒヨリちゃんにお願いがあるんだ」
「お願い、ですか?私にできることでよければ」
「できることだよ。もし、君以外で好きな人が僕にできたら。その時は紹介するから、会ってくれるかな?」
「もちろんですよ!ぜひ、会わせてくださいね」
「うん、約束だよ!」

そう言って、指切りを交わした。


―――コンコン。


誰かが部屋をノックする音が聞こえてきた。

「ヒヨリ、そこにいるのですか?」
「あ、ノボリ・・・ひゃっ!!クダリさん!?」

ノックしたのがノボリだとわかると、クダリはいきなりヒヨリに抱き着いた。
そして、ヒヨリの耳元で囁いた。
驚いて、顔を上げれば優しく微笑んだクダリが頷いた。

「クダリですって!?ヒヨリ!?」
「ヤナナ!」

驚いたノボリとヤナップがドアを蹴破る勢いで部屋に入ってきた。
そこで目にしたのは、抱き合っているヒヨリとクダリだった。
ノボリはわなわなと身体を震わし、ヤナップは口を大きく開けてあんぐりとしていた。

「クダリ、ヒヨリから離れなさい!」

ノボリの怒声が部屋中に響いた。
頬を膨らませながら、クダリはヒヨリから離れて行った。

「ちぇ、もう少しヒヨリちゃんに触れていたかったなぁ」
「そう言う問題ではないでしょう!!」

こめかみに青筋を立てて、ノボリは叫んでいる。
そんなことはお構いなしに、クダリは微笑んだ。

「じゃあ、後のことはヒヨリちゃんに任せて」
「えぇ!?」

いきなり振られてヒヨリは声を上げた。
クダリは固まってるヤナップの手を取り、引きずっていく。

「行くよ、ヤナップ」
「ナップゥ!?」

クダリの声ではっと我に返ったヤナップはずるずると執務室のドアまで連れて行かれた。
パタン、とドアを閉めれば、クダリはしゃがんでヤナップの頭を撫でた。

「ごめんな、ヤナップ。吃驚したでしょ?」
「ナップ・・・」
「少しはノボリ兄さんも焦るといいよ。ヒヨリちゃんを好きなのはノボリ兄さんだけじゃないって思わせないと」
「ヤナ!?」

クダリの言葉に嘘だろ!?、とヤナップは声を上げた。

「あとはヒヨリちゃんがどうにかするでしょ。ヤナップ、仕事しようか」
「ナァップ!」

ほっといていいのかな、と思いながらもヤナップはクダリと一緒に歩いていくのだった。
定時になるまで、あと少し。


I love you
(ヒヨリちゃん、少しノボリ兄さんを焦らせようか)



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