ヒヨリの元へ行く前に交わしたノボリとの約束。
「ヤナップ、わたくしはあなたに先に謝らなくてはいけないことがあります」
「ナプ?」
「わたくしは、あなたにやきもちを焼いていたようでございます」
意味が分からない、とヤナップは首を傾げる。
「いつもヒヨリの傍にいたあなたが羨ましかった。わたくしもヒヨリが好きでございます故・・・」
「ナプ・・・!」
ヤナップはここで初めて意味が分かった。
ヒヨリが言っていた事を。
「ヒヨリは言っていました。ヤナップの幸せは仲間といることだと。でも、それは違ったんですね」
そっとヤナップの頭を撫でた。
「ヤナップにとっての幸せはヒヨリといること・・・ですよね?」
「ナァップ!」
ヤナップは嬉しそうに頷いた。
「ヤナップ、わたくしからお願いです。ヒヨリの傍にいて彼女を支えてあげて下さい。
先ほども申しましたように、わたくしはヒヨリが好きにございます。この気持ちも彼女に打ち明けました。返事は頂いていませんが、もし、ヒヨリもわたくしと同じ気持ちだったとしたら、この先ヒヨリを悲しませることもあると思います。その時、ヒヨリの傍にいて守ってほしいのです。男同士の約束でもあります。お願いできますか?」
「ナァップ!!」
ノボリが打ち明けた、その気持ち。ヒヨリを守りたい気持ちは同じだから。
ヤナップは応えるかのように宙で一回転すると両手を上げて喜んだ。
I love you
朝の満員電車。
いつもならノボリにぎゅ、と抱きしめられながら電車の揺れに身を任せるが、今日は違った。そう、ヤナップがヒヨリの腕にいるからだ。
電車の揺れでヒヨリの体重がノボリとヤナップに押しかかる。
ヤナップはノボリとヒヨリの間に挟まれるような形になり、ヒヨリの体重が身体を締め付ける。
時折、苦しそうな声を上げているので、心配になったヒヨリはヤナップの顔を覗きこんだ。
「ヤナップ、苦しくない?」
「ナプ」
「あんまり苦しいならモンスターボールに戻っていてはいかがです?」
「戻る?」
「ナップ」
苦しくないか、と聞けば、大丈夫と縦にふる。
ノボリがモンスターボールに戻ることを勧めれば、嫌だと首を横に振った。
ヒヨリはヤナップの返答に苦笑した。
「ヤナップは嫌みたい」
「左様ですか。ですが、我慢はしてはいけませんよ」
「ナップ!」
「苦しくなったら言ってね、ヤナ・・・!!」
「ヒヨリ?どうしました?」
ヤナップ、と言おうとしてヒヨリの口が止まった。
ノボリはヒヨリの光景に首を傾げた。
「ナップ?」
「の、ノボ・・・、リ・・・さ・・・」
ヤナップもどうしたの?とヒヨリを見上げていた。
ヒヨリは消え入る声で、ノボリのシャツをきゅ、と掴んだ。
身体が微かに震えている。
以前も同じようなことがあった。そう、それはあの時の。
「大丈夫ですか?次の駅で降りましょう」
ノボリがそう言えば、電車が停車駅に到着した。
ドアが開けば、ノボリはヒヨリの肩を抱き、彼女を守るようにして電車を降りた。
電車を降りると、ノボリはヒヨリの顔を覗きこんだ。
「大丈夫ですか、ヒヨリ?」
「ま、また触られた・・・」
顔を青くして、今にも泣きそうな顔をしていた。
その顔をじっと見つめていたヤナップ。
その表情は悲しそうだった。
「痴漢で御座いますか・・・」
以前捕まえた痴漢は、自分とクダリが協力して捕まえた。
ジュンサーにも引き渡し、万事解決したはず。
仮に釈放されていても、前科で捕まっていればそう痴漢は繰り返さないと思った。
ましてやフラれた腹いせにやったと言っていた痴漢だ。
失恋で傷ついても、時間がたてば癒える。だから、もうこんなことはしないはずだ。
それにサブウェイマスターのノボリが大事に思っている彼女だと相手もうすうすわかっているはず。
わかっていなくても、サブウェイマスター、がと思ってくれればいい。
では、一体誰がこんなことを?
「とりあえず、事務室に行きましょう」
そのまま、その停車駅の事務所へと足を運んだ。
未だガクガクしている身体を抑えるかのようにソファに座らせる。
ノボリは自分専用のインカムを取ると、すぐさまクダリに連絡を入れた。
「クダリ、ヒヨリが痴漢にあったので、わたくしは少し遅れていきます。ヨシエ様にもお伝えください」
「わかった」
そう言って、インカムを切った。
「ナップぅ・・・」
「ヤナップ、どうしたの?」
ヤナップは悲しく鳴くと、ドアの方へとぼとぼ歩いていく。
それに気が付いたヒヨリだが、立ち上がろうとしたらノボリに肩を叩かれ止められた。
「ヒヨリ、ここはわたくしが・・・」
それだけ言うと、ノボリはヤナップの後を追いかける。
「ナップ、ナップ・・・」
「ヤナップ」
ドアを横でヤナップは涙を浮かべていた。
ノボリに呼ばれ、顔を上げる。
その目には大粒の涙が浮かんでいた。
「ヒヨリを、守れなかったのが悔しいのですね」
「ナップ・・・」
ヤナップと同じ視線に合わせたノボリは、ヤナップの頭を撫でた。
ノボリに言われれば、その通りと首を縦に振った。
ノボリとの約束を守れなかった、ヒヨリが悲しんだ。
ヤナップの心は責任感が強いあまり、沈んでいた。
その気持ちを汲むかのように、ノボリはまたヤナップの頭を撫でた。
そして、微笑んだ。
「大丈夫ですよ、あなたは十分ヒヨリの力になっていますよ」
同じ、ヒヨリを好きなもの同士の約束だから。
ヤナップはまっすぐな目でノボリを見ていた。
「わたくしとの約束も守ろうとしてくださったのですね、ありがとうございます」
ノボリがそう言えば、ヤナップはノボリの懐に飛び込んでわんわん泣いた。
あれから少しして、ノボリの腕でスヤスヤと眠るヤナップの姿があった。
「ノボリさん、ヤナップは?」
「疲れて眠ってしまったようです」
「ふふ、疲れて寝ちゃうって私に似ちゃったのかな?」
自分と似ているところがあって、ちょっとだけ嬉しくなったヒヨリ。
持ち主に似るというのは、伊達ではなさそうだ。
「さて、落ち着いたみたいですし、わたくしたちも自分の持ち場へ向かいましょう」
「はい!」
幸せそうに眠るヤナップを連れて、ヒヨリとノボリは自分の持ち場へと歩いていくのだった。
[
Back]