「あれ、ヒヨリちゃん、今日はヤナップいないの?」
「ヤナップ・・・うっ」

常連でやってくる、駅員さんに言われた。
ヤナップ、と聞くとやっぱり辛い。
ノボリさんとヨシエさんの前以外で泣くのは気が引けるけど、やっぱり涙は出ちゃう。
あ、クダリさんの前でも泣いちゃったことあったか。

「えっ?」
「こらアンタたち、今はその言葉はヒヨリちゃんには禁句だよ!!」

涙目になった私にびっくりした駅員さんにヨシエさんがちょっときつめの口調で言った。




I love you




ヒヨリに店番を任せ、ヨシエはノボリのところへ来ていた。
ここ2,3日のヒヨリの行動をノボリに話していた。
仕事はきちんとこなしてはいるが、時折ぼーっと上の空だったり、先ほどみたいにヤナップと言われれば涙目になって泣きそうになったり、休憩になるたびに奥の部屋で泣いているヒヨリをヨシエは見ていられず、ノボリに相談しに来ていた。ノボリの表情もだんだん曇っていく。

「そうでしたか・・・」
「これでもう何度目だろう。もう私はヒヨリちゃんを見ていられないよ。早くいつものあの子に戻ってほしいよ」

ヨシエが言った事は、ノボリ、そしてクダリとて同じことだった。
早く自分が好きなヒヨリの笑顔が見たい。
最近のヒヨリは笑っていても、心から笑っていないことをノボリはわかっていた。

「わかりました、わたくしが何とかしてみましょう」
「お願いするよ、ノボリさん!」



ヨシエはそう言うと、ヒヨリが待つ売店へ戻っていった。
その背中を見送った後、ノボリは顎に手を置いて考えた。



―――そういえば、ヤナップもヒヨリと別れた時・・・。まさか!



仕事の空き時間にやってきた、オレンの実の木。
もう、ヤナップと別れてから3日は経過していた。
あの日以来、ここには来ていなかった。
ヒヨリからすれば、ヤナップのことを思い出して泣き崩れてしまうだろう。
思い出の場所でもあり、悲しい場所でもあるここ。
そんなことを考えていると、すすり泣く声が聞こえてきた。
聞き覚えのある、その声。
ノボリはその声のほうへ歩いていく。
一つの木の穴を見つけ、中を覗き込む。
そこにはヤナップがヒヨリが渡したパジャマを見つめ、大粒の涙を流している姿があった。

「ナップ、ナップ・・・」
「ヤナップ。お久しぶりですね」

優しく声をかけると、ビクッと肩を震わせ、恐る恐る振り向いた。
ノボリの顔を見れば、ヤナップはさらに涙腺を緩ませた。

「ヤナァ・・・ナプナップゥゥゥウウ!!!」
「おっと」

泣きじゃくった声でノボリに抱き着いたヤナップ。
よっぽど寂しかったのだろうか。
ノボリのシャツに涙の染みを作っていく。

「ナップ、ナップ!!」
「ヤナップ、これはヒヨリがあなたにあげたパジャマ・・・随分シミになって・・・」

ヤナップが持っていた染み付きのパジャマを見て苦笑する。

「ナップゥゥゥウ」

今も尚、ノボリの胸で泣き続けるヤナップ。
ヤナップの顔を少し上げさせてその瞳を覗けば、充血していた。
よほどヒヨリとさよならしたくなかったのがわかった。

「あなたもヒヨリと離れてからずっと涙が止まらなかったのですね」
「ナップ・・・」

しゅん、と顔を下に向けたヤナップ。
ヤナップもまた、ヒヨリと言う言葉で涙を流していた。
ノボリはヤナップを地面に下ろすとおでこを撫でた。

「ヤナップ、ヒヨリと一緒にいたいですか?」
「ナップ!」

ノボリの言葉に泣きながらヤナップは頷いた。



―――やっぱり、この2人には絆が生まれていましたね。



ヤナップといるヒヨリ、ヒヨリといるヤナップ。
2人はお互いに大事に思い、本当に楽しそうで。

だが、ヤナップがヒヨリを選ぶとなると、問題がまた一つ出てくる。

「ですが、ヒヨリと一緒となるとあなたは仲間と離れることになるんですよ?」
「ナップ・・・」

そのことに目を見開いたヤナップ。
気付いていなかったのだろうか?

すると向こうの方からヤナッキーの姿が見えてきた。
どうやらヤナップを迎えに来たようだ。
何と優しいリーダーなのだろうか。

「ナッキー!」
「おや、ヤナッキーが来ましたね。今日のところは帰ります」
「ナップ!」

顔を八の字にしてノボリを見上げた。
ノボリはフッと笑うと、ヤナップの額をまた撫でた。

「また明日来ますよ。ヤナップもそれまでにけじめをつけてください」
「!」


そう言うと、ノボリとヤナップはそれぞれの場所へ帰っていった。





ポケモンセンターへやってきたノボリは、カウンターにいるジョーイの姿を見つけた。
足早にそこへ行くと、ジョーイがにっこり微笑んだ。

「いらっしゃいませ。あら、ノボリさん!どうかしたんですか?」
「ジョーイ様、折り入ってご相談があります」
「相談、ですか?」
「ええ・・・」

そう言うと、ノボリはヒヨリとヤナップのことをジョーイに話し始めた。

「・・・そうでしたか」
「もうわたくしもヒヨリとヤナップを見ていられません」
「ヤナップに会ったのですか?」
「ええ、ヒヨリがあげたパジャマが涙で染みになっていました」
「そうですか。何だかかわいそうなことをしましたね。わかりました、その件については私が何とかします。もしかしたら3、4日かかってしまうかもしれませんけど」
「大丈夫です!ありがとうございます!」

ノボリはそう言うと、地下鉄へと戻っていくのだった。




「ナッキー?(どうしたんだ?)」
「ヤナァ・・・(あのね、リーダー)」
「ヤナナッキ?(なんだ?)」
「ナップ、ナップ!(僕ね、大切な人ができたんだ)」
「ナッキー。ヤナナナッキー?(そうか。もしかして、この間の女の人間か?)」
「ヤナァ・・・ヤナナップ!(うん・・・とっても優しい人なんだ!)」
「ナッキー。ヤナナッキー!!(そうか。お前が決めたことなら俺は引き止めないぞ!!)」
「ナァップ!(ありがとう!)」



泣き顔なんてもうどこにもなかった。
ヤナップには何かの決心がついたように見えた。


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