何も会話はしなかったけど、私の手を握って歩くノボリさん。
繋いだ手から伝わる体温が心地よかった。
「さ、ヒヨリ着きましたよ」
「ありがとうございます・・・」
私がそう言えば、離れていく手。
ちょっとだけ寂しいって思った。
「では、わたくしはこれで・・・」
「あの・・・!」
「どうかしました?」
「少し、上がっていきませんか?」
「しかし・・・」
「寄っていってください」
「わかりました」
ヒヨリはバッグから鍵を取り出すと、鍵穴に鍵を差し込んだ。
「ただいま」
ヒヨリが玄関へ一歩踏み出した。
脳裏にヤナップが嬉しそうに家へ入っていく姿がよぎった。
声さえ聞こえてきそうだった。
ぼーっとその場で立ち尽くしていれば、ノボリが顔を覗きこんだ。
「ヒヨリ?」
「ううん、何でもないですよ」
靴を脱いで家に入る。
リビングに行って、電気をつければヤナップがソファーめがけて走っていく姿が見えた。
ダイブして喜ぶ姿は毎度のことだった。
ヒヨリはソファーを見つめる。
ノボリの気配を感じると、ソファーに促した。
「そこのソファーに座ってて下さい」
「わかりました」
そう言うと、ヒヨリは部屋へ荷物を置きに行った。
ドアを開ければ、ヤナップがパジャマに着替えてる姿が見えた。
「この家ってこんなに広かったっけ?」
改めてヤナップがいない現実を思い知らされる。
泣きそうになるのを堪えながら、ノボリが待っているリビングへ急ぐのだった。
―――――――
紅茶を入れてノボリの前に置く。
「どうぞ」
「いただきます」
カップを手に取って口をつけるノボリの横にヒヨリは腰を下ろした。
「さっき、ヤナップの面影をみたんです」
「ヤナップの?」
「”ただいま”って言ったとき、ヤナップの声が聞こえた気がしました。リビングに入れば真っ先にソファーにダイブしたり・・・この家ってこんなに広かったかな?」
「ヒヨリ」
ノボリはカップをテーブルの上に置くと、ヒヨリに少しだけ身体を向けた。
「やっぱりヤナップと一緒が良かった・・・なんて今更だけど、・・・。私、やっぱりヤナップとずっと一緒が良かったよ・・・」
両手で顔を覆い泣き出したヒヨリをノボリはそっと抱き寄せる。
耳元で優しく囁く。
「ヒヨリ、大丈夫です。わたくしが、わたくしがいますから・・・」
「っく・・・ふぇ・・・」
ノボリの肩に顔を預け、ヒヨリは泣き続けた。
―――――――
「ん・・・」
いつの間に眠ってしまったのだろうか。
気が付いたら朝だった。
目をうっすらと開くと、隣で眠っているノボリに目を見開いた。
「!?」
ドキドキ、と心臓に悪い。
腰に回されている手を見て、ずっと抱きしめてくれてたんだと実感する。
ノボリの唇がピクリと動いた。同時に目もうっすらと開かれる。
「ん・・・おはようございます」
「おはようございます、じゃなくて!どうしてノボリさんが私のベッドに・・・」
「ヒヨリが離して下さらなかったのですよ」
「私、が?」
「泣き疲れて眠って、私の服をしっかり握って離してくれませんでしたから」
「・・・!?」
ノボリから発せられた言葉にヒヨリは言葉を失った。
顔を真っ赤にさせて口をパクパクさせている。
―――私ってばなんて大胆なことを・・・!
「さ、今日も仕事です。起きましょう」
ノボリが上半身を起こせば、ヒヨリもつられて上半身を起こす。
ベッドから先に出たのはヒヨリで。
「あ、私お風呂沸かしてきます!」
そう言って部屋のドアに向かうが、途中で思い出したように立ち止まり、ノボリに向き合った。
「あ・・・私の家に泊っちゃったんだ、ノボリさん着替えは・・・」
「それには心配及びません。地下鉄の事務所に着替えもろ共全てありますので」
「そっか、それならよかった。それじゃあ、お風呂沸かしてきますね」
「いってらっしゃい」
パタン、と扉が閉まれば、ノボリは切なそうな表情を浮かべた。
―――――――
オレンの実の木。
ヤナップはここでずっと立ちすくんでいた。
「ナップ、ナップ・・・」
ヤナッキーにヒヨリを追いかけるのを止められたけど、僕はここにいる。
僕はヒヨリと別れたあの時からずっと、ここで彼女を待っている。
また、ここに来てくれるんじゃないかって。
だけど、ヒヨリは来てくれない。
「ナップ・・・」
ヒヨリがくれたパジャマを着て、己の身体を抱きしめる。
ヒヨリからのぬくもりが伝わってくるようで、ヤナップの目からは大粒の涙が流れていた。
ヒヨリ、会いたいよ・・・。
できることならヒヨリと一緒に・・・。
I love you
(ヤナップの気持ち、ヒヨリの気持ち)
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