ノボリとヒヨリはゆっくりとオレンの実の木までやってきた。
今日、ヒヨリはヤナップを群れに還すつもりでここにいる。
クダリとヨシエには事情を話した。
2人は昨日、ヤナップにさよならの挨拶をしている。
案の定、ヤナップは意味が分かっているのかいないのか、
目を細めて鳴いた。その仕草にヒヨリの表情が曇った。
ノボリはヒヨリの肩に手を置き、ヒヨリが顔を上げれば笑って頷いた。
ヒヨリの身体が震える。今にも泣きそうな顔をしていた。


―――ヤナップが野生に還れなければ、今日は・・・。


ヤナップと一緒にオレンの木で仲間を探しているはずだったのに。
ヤナップと一緒に共有できる時間がまだあったはずなのに。

ここに来るまでの間も何度もヒヨリは泣きそうになった。
その度にヤナップを抱きしめている腕が強くなる。
ノボリもまた、その度にヒヨリに言葉をかけた。
時折、不思議そうに顔を上げるヤナップだったが、ヤナップからはヒヨリの表情は見えていなかった。

オレンの木の前でヒヨリはヤナップを下ろした。

「さ、ヤナップ。着いたよ」
「ナァップ」

嬉しそうにオレンの木の周りを走るヤナップは本当に元気になったようだ。
切なそうにヤナップを見るヒヨリ。

「ヒヨリ様・・・」
「わかってますよ・・・」


―――お別れを言ってしまえば、もうヤナップにも会えなくなってしまう。


走り回っていると、ヤナップが声を上げた。

「ナップ!」
「あ・・・。もう一匹、ヤナップが!」

その方を見ると、向こうの方にもう一匹のヤナップがいた。
手招きしているように見える。

「着いて来い、って言ってるのでは?」
「行ってみますか?」
「えぇ」
「行こう、ヤナップ!」
「ナップ!」

そう言うとヒヨリ達は、前を歩くヤナップの後についていくのだった。


―――――――


しばらく歩いていると、一つの囲まれた木が見えてきた。
そこにはたくさんのヤナップがじゃれあって遊んでいた。
ヒヨリとノボリは野生のヤナップの数に目を見開かせた。

「わぁ・・・こんなにたくさん・・・」
「ここはヤナップの住処なのかもしれませんね」
「見て、ノボリさん!ヤナップじゃないのが一匹いますよ!」

指差した方にはヤナップのような姿だが、どこか違うポケモンが一匹いた。

「あれはヤナッキーですね。多分、ヤナップの群れのリーダーでしょう」
「ヤナ・・ッキー・・・」

聞けばヤナップの進化系らしい。
ヤナップはヤナッキーに会えて目を潤ませていた。

「ナップ・・・」
「良かったね、ヤナップ。また仲間に会えて」
「ナップ!」

ヤナップはうん!、と言うかのように鳴いた。
ヤナッキーがヒヨリとノボリの方へ歩いてくる。

「ヤナナッキー!」
「え・・・?」
「もしかして、ありがとうって言っているのでは?」
「そうなの、ヤナッキー?」
「ナッキー!」

ヤナッキーは笑った。
そして、ヤナップに顔を向けると、ヤナップに何か話し始めていた。
それを聞くと、ヤナップは驚いた表情を浮かべた。
ヒヨリの足元に来ると、ヒヨリの胸めがけて抱き着いた。
ヒヨリはヤナップの身体を受け止めた。

「ナップ!?ヤナヤナァァァァ!!!!」

ヤナップは目から涙を流してヒヨリを見上げた。
ヒヨリは切なそうにヤナップの名前を呟く。

「ヤナップ・・・」

未だに泣き止まないヤナップ。
ヒヨリはヤナップを再度地面に下ろした。
膝をつき、ヤナップと視線を合わせるとヒヨリは微笑む。

「ヤナップ。今日はね、私たちお別れをしにここへ来たんだよ」

やだやだ、と首を横に振るヤナップ。
その仕草にヒヨリは泣きそうになるのを堪えた。
本当はヒヨリも同じ思いだ。
だがヤナップは野生のポケモン。
ヤナップの幸せを考えると、自分といるより野生のポケモンといる方がいいだろう。

ヒヨリはバッグから包みを取り出すと、包みを開けた。
それをヤナップに見せる。

「ヤナップ、これ・・・」
「ナプ!?」

見せたのは夜な夜な作っていた小さなショルダーバッグ。
それをヤナップの首にかけ、片腕を出させた。
ヤナップは吃驚してヒヨリを見上げた。

「私からの選別。これに大好きなオレンの実、たくさん入れてね。あと、このパジャマ。夜は冷えるからこれ着て寝るんだよ?」

そう言うとヒヨリはパジャマをショルダーバッグに入れる。

「ナップ、ナップ・・・!」

ヤナップは泣き通しだ。
涙が止まらない。

「ヤナップ」

ヒヨリはヤナップの顔に手を伸ばすと、額にキスを落とした。

「!?」

また驚いてキスされた額を抑えた。
顔が微かに赤い。

「私、ヤナップと一緒に過ごしたこの数日間、楽しかったよ。ありがとう・・・!」
「ナップ・・・」

そう笑えば、ヤナップの目からは大量の涙がボロボロ溢れていた。

「それじゃぁ、私達行くね。ヤナッキー、この子、とってもいい子だからよろしくね」
「ナッキー!」

ヤナッキーは任せろ、と言うかのように自分の胸を叩いた。

「さようなら。ヤナップ、元気でね」
「ナップ・・・!」

ヒヨリが背を向けて歩けば、ヤナップはヒヨリの方へ走ろうとする。
しかし、ヤナッキーの手によってそれを阻まれてしまう。

「ナッキー・・」
「ナップ、ナップ!!」

遠くからヤナップの悲しい鳴き声が響いていた。


―――――――


「良かったんですか?」

歩いていれば、ノボリがそんな問いかけをヒヨリに投げてきた。

「何がですか?」
「ヤナップ、泣いてましたよ・・・」
「良いんです。この方がヤナップにとっても幸せなことだと思うから」
「ヒヨリ様・・・」

そう言ったが、ヒヨリの身体が微かに震えているのがわかった。
無意識にノボリの服の裾を掴んだ。
立ち止まり、ヒヨリを見る。
ヒヨリは顔を上げて、震える声で呟いた。

「ヤナップ、仲間とうまくやっていけるかな?喧嘩とかしたりしないかな?
体調、壊したり、し・・・な、い・・・っく」

次第にあふれてくる涙を見ていられず、ノボリはヒヨリを想いきり抱きしめた。
最後は笑顔でヤナップと別れようと決めていただけに、泣くのをこらえていたヒヨリ。
その涙もヤナップ同様、止まる気配を見せない。

「ヤナップ・・・ヤナップ・・・!!」

狂ったようにヤナップの名前を呼ぶヒヨリ。
その度にノボリはヒヨリを抱きしめる腕を強くした。

「ヒヨリ様・・・」

ノボリは大丈夫、と言うようにヒヨリの名前を何度も何度も呟く。

「本当は・・・!できることなら、・・・っく、あの子と・・・ずっと、い、っしょ・・・に」
「ヒヨリ様・・・」

抱きしめながらノボリはヒヨリの耳元で囁いた。

「わたくし、ではだめですか?」
「・・・え?」

ノボリの言葉にヒヨリは目を丸くした。

「わたくしではヤナップの代わりにはなりませんか?」
「ノボリさん・・・!何言って、んっ・・・」

顔を上げたヒヨリに触れるだけのキスを落とせば、ノボリはもう一度ヒヨリを抱きしめた。

「わたくしはヒヨリ様をお慕いしております」
「え・・・?」


―――お慕いしてる、ってつまり・・・え?


「あなた様が好きにございます。わたくしが傍にいますから・・・そんなに泣かないでください」
「ノボリ、さ・・・。ありが・・・っく・・・ひっく・・・」

ヒヨリは震える手でノボリの服の裾を掴むのだった。


I love you
(ヤナップ、君が大好きだったよ)


「へへっ、ペンドラー楽々ゲット!!」

男は森からライモンシティ入り口付近まで歩いていた。
目の前にいる、一組の男女を見る。
どうやら抱き合っているようだった。

「あれはサブウェイマスターの・・・ヒヨリ!?」


[Back]

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -