「明日、ですか?」
「えぇ、明日のこの時間に電車に乗ってほしいのです」
「・・・わかりました」

ノボリさん、どうしてこんなことを・・・?


I love you


今日はたまたまバイトはお休み。
私はノボリさんに言われた通り、指定の時間に地下鉄にやってきた。
例の痴漢がまだ捕まっていないし、ノボリさんが傍にいないから、
私は少しばかり不安だった。

ヒヨリは電車が来ると、例の車両に乗り込んだ。
座席の横に立ち、立ち往生する。
生憎、この車両にはいまヒヨリと数名しか乗っていない。
ぼんやりしていると、背後に男の影が回る。


―――え?


隅っこに追いやられ、男は手をヒヨリに伸ばした。

「・・・っ!」

下半身を這う、男の手。
助けを呼ぼうにも、怖くて声が出ない。
ヒヨリは身体を縮ませて、手の感触に耐える。
目にはうっすらと涙まで浮かんできた。


―――どうしよう・・・。ノボリさんいないし。やだよ、怖いよ。


後ろからは男の荒い息づかいが聞こえてくる。
気持ち悪いその声に、ヒヨリは吐き気さえ感じた。
その時、ぱしっと何か音がして、男の手が止まった。

「そこまでです」
「あ、あんたは!」

聞き覚えがある声がして、振り返るとそこには見慣れない格好をしたノボリがいた。

「の、ノボリさん!?」
「もう、大丈夫ですよ」

そう、ヒヨリに言った。
ノボリの優しい笑顔を見たヒヨリは安心したのか泣きそうになった。

「クダリ、写真は!?」
「え、クダリさん!?」

ノボリが振り返った方を見ると、そこには同じく見慣れない格好をしたクダリがいた。
手にはポラロイドカメラを持っていた。

「この通り!嫌がるヒヨリちゃんにばっちり触ってる写真、撮れたよ」

いたずらっ子のように、写真をひらひらさせながらクダリは言った。

「ありがとうございます・・・!」

そう言ったと同時に、ノボリは男を掴んでいた手を強く握った。

「さぁ、観念なさい!」
「・・・っ!俺は・・・」
「この写真見ても”やってない”って言えるの?」

クダリは持っていた写真を男に見せた。
男はヒヨリに触っている、自分の写真を見て固まった。


―――――――


次の停車駅でノボリ、クダリ、ヒヨリ、痴漢男は下車した。
事務室まで来ると、ノボリはジュンサーに連絡をした。
話を聞けば、昨日ノボリがヒヨリに痴漢していた男を見たららしい。
しかも、その男はこの地下鉄で働く若い従業員だった。
男のシフトを調べ、たまたまヒヨリと休みが被っていたため、今日の作戦を実行したとか。
ノボリとクダリは私服でヒヨリが乗った電車に乗り込んでいた。


―――だから、気が付かなかったんだ。


この痴漢騒動は考えれば男が休みの日に限って起こっているケースが多かったらしい。
ノボリはヒヨリに殴られる覚悟だったとか。
それを聞いて、ヒヨリは苦笑した。
ノボリは男に顔を向けると、詰め寄るように言った。

「どうしてこのようなことを・・・」
「俺、最近彼女にフラれて・・・。むしゃくしゃしてやってたら楽しくなったっていうかなんていうか」

ヒヨリの身体が一瞬、ピクンとはねる。


・・・は?何それ。それで手当たり次第、女の子に触ってたってこと?


心の底から怒りがわきあがって来る。
そんなことは知らずに、男はヒヨリを見て続けた。

「特にあんたはフラれた彼女によく似てて。
嫌がって強張ってるあんた見てたら止まんなくなったというかなんというか・・・」


じゃあ、なんですか。私をフラれた彼女に見立ててた、と。
何それ・・・許せない。


バチーン、という音が部屋中に響いた。
ヒヨリが男の頬に平手打ちをかまし、男は突然のことに驚き、ノボリとクダリはぎょっとしてヒヨリの方を見る。
そこにはこめかみに青筋を立てて、怒りに狂うヒヨリが立っていた。
男は叩かれた頬をさすりながら言った。

「痛って、何するんだよ!」
「あなたは・・・!あなたはこういうことされた人の気持ち、わからないの!?ましてや、好きでもない人にこういうことされて、嫌にならない女の子なんていない!あなたに人を好きになる資格なんてない!!私を、フラれた彼女と一緒にしないで!!」

はぁはぁ、と上下に肩を揺らしながらヒヨリは叫んだ。
顔を両手で押さえると、ヒヨリは泣き出してしまった。

「ふぇ・・・」
「ヒヨリ様・・・」
「ヒヨリちゃん・・・」

ノボリとクダリはヒヨリの両肩にそっと手を置いた。
男はヒヨリの言ったことに顔を曇らせた。
そこへ事務室のドアが開かれた。

「例の痴漢が捕まったというのは本当ですか!?」
「ジュンサー様、こちらが例の痴漢でございます」
「痴漢罪であなたを逮捕します!」

そういうと、ジュンサーは男の両手首に手錠をかけた。

「そうだ。これ、よかったら捜査に使ってください」

クダリは先ほどの写真とフィルムをジュンサーに手渡す。

「これは・・・!ありがとうございます」

写真を受けると、ジュンサーは男を連れて事務室を後にした。
ジュンサーがいなくなると、ノボリは少し悲しい表情を浮かべてヒヨリの名前を呼んだ。

「ヒヨリ様・・・」
「ノボリさん・・・?」

すっ、とヒヨリの目元に手を伸ばす。
まだ目に残る涙を指で滲ませながらノボリは言った。

「また、あなたを泣かせてしまいましたね」
「ねぇ、僕がいるの、忘れてない?」
「すみません、忘れてました」
「・・・やっぱり」

呆れたようにクダリは言った。

「ですが、これでヒヨリ様を泣かせる者はいなくなりました」
「そうだね。ヒヨリちゃん」
「はい?」

ノボリとクダリはヒヨリに笑顔を向けた。

「これからもずっと僕たちが君を守るから」
「はい!」

クダリの言葉にヒヨリも久しぶりに心からの笑顔を向けるのだった。



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