気分が落ち着いたヒヨリは、ヨシエと一緒に執務室を後にした。
パタン、とドアが閉まると、クダリはいつもより少し低めの声でノボリに言った。

「行ったね、ノボリ兄さん」
「えぇ。クダリ。話を聞くと、同一犯であることは間違いなさそうですね。
ですが、これ以上、彼女を泣かせる不届きものは」

ノボリはそういうと、クダリに向き合った。
クダリも同じようにノボリに向き合う。

「僕たちサブウェイマスターが」
「「絶対に許さない/しません」」

ノボリとクダリの心に闘争心が芽生えた。


I love you


朝の通勤ラッシュの時間、ノボリはいつもより少し早目に家を出る。
ヒヨリの家まで彼女を迎えに行くためだ。
予定時刻に到着すれば、ヒヨリはちょうど玄関から出てきたところだった。
朝の挨拶を交わし、2人並んで歩く。


―――なんか、こういうの恋人同士みたいでいいな。


昨日と少し違うのは、これから毎日ノボリが朝迎えに来てくれるということ。
彼女ではないけど、ノボリが自分を大事に思っていてくれるのがよく伝わってくる。
ノボリと急接近しながらも、少しずつ近づいている感覚にヒヨリはただただ酔うだけだった。
そんな思いに浸っていれば、問題の地下鉄に到着した。
ホームで電車が来るのを待つが、正直電車に乗るのが少しばかり怖い。
身体がガクガク震えてくる。
きゅ、とノボリの服の裾を掴む。
それに気が付いたノボリは一瞬だけ驚いた表情をヒヨリに見せるが、すぐに優しい笑顔に戻った。

「大丈夫ですよ」

ノボリの言葉に安心したのか、ヒヨリの身体からは震えはなくなっていた。
電車が到着し、扉が開いた。ここは乗り降りが激しい駅のため、人がたくさん降りていく。
人が降り立ったところで、ヒヨリはノボリの服を掴んだまま電車に乗り込んだ。
乗り込めば、どんどん押し寄せてくる人人人。
ヒヨリの身体は必然的にノボリとくっつくような形になる。
ノボリはヒヨリの肩に手を置き、バランスをとってやる。

「ヒヨリ様、きつくはございませんか?」
「大丈夫…です」

そう言った瞬間、電車が急に揺れた。
反動でヒヨリの身体が傾くが、ノボリが倒れる寸前で受け止めた。

「おっと。大丈夫ですか?」
「はい・・・」
「バランスを崩さないようにこういたしましょう」

ノボリはヒヨリの背中に手を回した。
抱きしめられてるとわかった途端、ヒヨリの顔に熱が生まれる。
ふっと、顔を上げてノボリの顔をじっと見つめる。


―――不思議・・・。こうやってノボリさんに抱きしめられてるだけで落ち着く。私、これほどまでにノボリさんを好きになってたんだなぁ。


ぽぅっとした顔でそんなことを考えていれば、
視線に気が付いたのかノボリがヒヨリの顔を覗き込む。

「わたくしの顔に何かついていますか?」
「い、いえ!何でもないです・・・!」

ハッとして、視線を逸らす。
ちらっと横でノボリを盗み見すれば、優しい笑顔でヒヨリに視線を向けているノボリの姿が。
恥ずかしくなり視線を下に向けた時、下半身に違和感を感じた。

「・・・っ!」

無意識にノボリの服の裾を掴む。
ヒヨリの異変に気が付いたのか、ノボリはヒヨリに視線を落とした。

「ヒヨリ、様?」

身体が震えて声も出ていない。


―――出ましたね。


ヒヨリはただ、ただ自分の身体を這う手の感触に耐えるしか術がない。
ノボリがいるのにも関わらず、恐怖で涙さえ出そうだった。
そんなヒヨリとは裏腹に、ノボリは周りを1度見渡した。
怪しい輩はいなさそうだが、ヒヨリに伸びている手を頼りに目で追っていく。


―――あのお方は・・・。


ノボリが痴漢らしき人物を見つけ、その手を掴もうとした時だった。

『ライモン中央駅〜。お出口は右側でございます〜』

目的の駅のアナウンスが流れ、そのままノボリはヒヨリを連れ下車するのだった。


―――――――


「・・・っく・・・ひっく・・・」

この間と同じように、ノボリに休憩室に連れてこられまたもや泣き崩れたヒヨリ。
ヨシエにはきちんと連絡済みのため、出勤に支障はなかった。

「わたくしがついていながら・・・申し訳ございません」
「あ・・・やまらな、いで・・・下さい・・・ひっく・・・」
「しかし・・・」

すすり声で上手く声が出せない。
ノボリの表情は曇る一方だった。

「ノ、ボリ、さん・・」
「はい・・・」
「わ、たし、・・・」

ノボリの名前を呼び、一度深呼吸すると、ヒヨリは泣き腫らしてはいるが微笑んで言った。

「ノボリさんが朝傍にいてくれてよかったです」
「・・・っ!」

ヒヨリの思いがけない言葉にノボリの頬は微かに染まった。

「この間は本当に怖かったけど、今日はノボリさんも傍にいてくださったし・・・」
「ヒヨリ様・・・」
「早く痴漢、捕まってくれるとうれしいですけどね」
「全力を尽くしますので、もうしばらくの辛抱をなさってくださいませ」
「はい」

しかし、こうは言ったものの、犯人の検討はついている。
もし、あの場所で仮に捕まえられたとしても、”やってない”と言われるのがオチだろう。
確実に証拠を掴んで痴漢を追い詰めたい。
ノボリは一瞬考え込み、その後に笑みを漏らした。


―――2度も彼女を泣かせた罪は大きいですよ。


「あの、ヒヨリ様・・・」
「なんですか?」
「少々お願いがございます・・・」

犯人を捕まえるにはこうするしかない。
ノボリはヒヨリに殴られるかもしれない覚悟を背負い、淡々と彼女に話を始めるのだった。


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