『ヒヨリさん、ありがとう』

ユウコさんはそう言って、天に消えて行った。
あの時、私は立ちつくしてて言えなかったけど。

お礼を言うのは私の方だよ。
私もユウコさんに出会えてよかった。
だって、大切な気持ちに気づけたんだから。


―――ありがとう。


I love you


朝の通勤ラッシュの時間帯。
ヒヨリはいつものように、地下鉄を利用していた。
電車が止まる度に人の乗り降りが激しくて、時折潰されてしまうんではないかという恐怖さえ感じた。

今日は入り口付近に立っていたヒヨリ。
降りる駅まであとわずかのところで、お尻のあたりに違和感を感じるのだった。

「・・・っ!」


―――何、これ。気持ち悪い!


俗に言う、痴漢。
お尻を触っていた手は前へ伸び、服の中に入っては徐々に上に上がっていく。
怖くて身を捩じらすヒヨリの目にはうっすらと涙が出てくる。


―――怖いよ、助けて。・・・ノボリさん!!


きゅ、と目を閉じて心の中で好きな人の名前を呼ぶ。
痴漢の手が胸に差し掛かろうとした時、電車のアナウンスが流れた。


『間もなくライモン中央駅。お出口は右側になります』


アナウンスがそう言えば、電車は止まり、ドアが開かれる。
幸い、自分が降りる駅は人の乗り降りが激しい。
ドアが開けば、人が滝のように降りていく。
その流れに乗って、ヒヨリも下車した。
痴漢の手がなくなってほっとしたのか、ヒヨリはその場にぺたんと座り込んだ。
後ろでは扉が閉まる音がし、すぐに電車は次の駅に向かって発車して行く。

ヒヨリは身体を震わせ、自分の身体を抱きしめていた。

電車が去った後、一つの影がヒヨリの元へやってきた。

「お客様、大丈夫ですか?」

声をかけられて、差しのべられた手。
ゆっくりと顔を上げる。
声の主はヒヨリだとわかると、目を丸くした。

「ヒヨリ様!?」
「ノボ・・・リ、さん」

ノボリだとわかると、ヒヨリは安心したのか、わんわん泣き出すのだった。


―――――――


あの後、泣いたヒヨリをなんとか休憩室まで連れて来たノボリは、
速攻でヨシエに連絡を取ると、ヨシエはものすごい剣幕で休憩室のドアを少し乱暴に開けると、ヒヨリの元までやってきた。

「ヒヨリちゃん!大丈夫かい!?」
「ヨシエさん、お店・・・」
「休憩中の札を立ててきたから大丈夫・・・って、お店よりヒヨリちゃんだよ!」
「ふぇ・・・ヨシエさぁぁぁん」

ヨシエの優しい言葉に、ヒヨリはまた目に涙を浮かべてヨシエに抱き着けば、
ヨシエはヒヨリを優しく抱きとめ、背中を優しくさすった。

「よしよし・・・ノボリさん、クダリさん。なんとかならんのかね・・・」

震えるヒヨリを見て、ヨシエが真面目な顔つきになる。

「何とかしたいのは山々なのですが・・・」
「この痴漢は僕達も困っててね・・・」

どうやら、以前からこの痴漢の被害届があったらしい。
ヒヨリ以外にも何人かの女性が痛い目を見ていた。
サブウェイマスターの2人もこの犯人は捕まえたいのだが、
たくさんの人が利用している地下鉄、犯人を割り出すには至難の業がいるだろう。
車両1つ1つに監視カメラを付けるわけにもいかず、ノボリとクダリは頭を抱えていた。
だが、自分達の大切なヒヨリが被害にあったとなれば、一刻も早く犯人を捕まえたい。
捕まえるまでの間、どうにかしてヒヨリを守らねば。
ノボリの頭に一つの策が浮かんだ。

ヒヨリはただただ泣き続けた。
身体は小刻みに震え、止まる気配のないすすり声。
ノボリはこれ以上泣いているヒヨリを見ていられず、そっと言葉をかけた。

「ヒヨリ様」
「ふぁい?」

顔を上げたヒヨリ。涙でぐちゃぐちゃになっている。
ノボリは顔に熱が集中するのを感じながら、ヒヨリに言った。

「明日からは夕方のお迎えに加えて、朝も家までお迎えに参ります」
「ノボリ兄さん!?」

クダリが横で驚いている。ヒヨリも目を見開いた。

「そんな、夜送っていただいてるだけでも申し訳ないと思っているのに・・・!」

お迎えまで、と言おうとしたところでノボリの手が顔に伸びてきた。
ヒヨリの目尻にそっと指を寄せて、涙をとってやる。

「ヒヨリ様を怖がらせる輩からあなた様をお守りいたします」
「ヒヨリちゃん、甘えさせてもらいな・・・」

ヨシエが笑顔で言うと、ヒヨリはこくんと頷いた。

「よろしくお願いします・・・」


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