―――何だか気が重いな。でも、約束は守らなくちゃ。


朝、少し早目に家を出たヒヨリは、ノボリとクダリがいるであろう、
管理室へとやってきた。扉を開ければ、2人はそこにいた。

「ノボリさん、クダリさん」
「あ、ヒヨリちゃん。おはよう!」
「おはようございます、ヒヨリ様。どうしました?」
「おはようございます。今日、また昨日と同じ時間に、食品庫に行きませんか?」
「え?どうして?」
「ちょっと、会ってほしい人が、いるんです」


I love you


昨日と同じ時刻。ヒヨリ、ノボリ、クダリは食品庫へとやってきた。
ギィ、と扉の開く音が倉庫中に響いた。
だが、ヒヨリの言っていた”人”の姿はどこにも見当たらない。

「ヒヨリちゃん?」
「人などどこにもいらっしゃらないようですが・・・」
「まぁ、見ててください。ユウコさん!」
「「ユウコ!?」」

ヒヨリの口から出た名前にノボリとクダリは目を見開いた。
驚いて2人は顔を合わせる。

「ノボリ兄さん・・・!」
「まさか、とは思いますが・・・」

2人が思うユウコとヒヨリの言っているユウコは果たして同一人物なのだろうか。

「いるんでしょ?出てきて!二人を、連れてきたよ!」

ヒヨリの声に誘われてきたのか、突如天井から透明な影が現れた。
徐々に姿をはっきりさせていくと、ノボリとクダリの前に舞い降りた。
ノボリとクダリはさっきより目を丸くしていた。
その姿は、自分たちが思い描いてた人物だった。

「わわっ」
「ユウコ・・・本当にユウコなのですか?!」
『久しぶりね。ノボリ、クダリ』

2人は懐かしそうにユウコを見た。
ユウコは2人と再会できて、喜んでいるようだった。
ヒヨリはそんな3人を少し後ろの方から見ていた。


―――良かったね、2人に会えて。


ノボリとクダリに会えて嬉しいはずなのに、協力するって約束したはずなのに、
ヒヨリは胸のつっかえが未だに取れていない。
寧ろ、そのつっかえは大きくなる一方だった。
ヒヨリは胸元に自分の手を持ってくると、きゅっと握った。
そして、3人のやり取りを少し悲しそうな目で見ていた。

「どうしてここに君が?確か、君は2年前に・・・」
『えぇ、今は魂になってここにいるけども。私、あの世に行く前にどうしても言いたいことがあって』

ユウコの言葉にノボリとクダリは1度顔を合わせると、
再度ユウコへと向けた。

「言いたいこと?」
『えぇ。クダリ、私が死ぬ、数日前に好きだって言ってくれたよね。うれしかったわ。ありがとう』

そう言うと、ユウコはクダリの前に来て、クダリの胸元に額をこつんと当てた。
ブラウスの裾をに手を伸ばすが、手が透けているためそれは叶わなかった。
クダリの手は一度はユウコの背中に回ろうとしたが、途中で止まり空中で拳を作った。
拳がわなわな震えている。

「君の寿命が尽きてしまう前に言いたかった。僕が君を好きな事実は変わらないから。でも、君は・・・」
『クダリは本当に優しいのね。このぬくもり、やっぱりクダリだわ』
「どういう意味だよ、それ・・・」

クダリが笑うと、ユウコは顔を上げて笑いながら言った。

『クダリの優しいぬくもりって意味よ』

ユウコはクダリから離れると、ノボリと向き合った。
そして、ノボリの名前を紡いだ。

『・・・ノボリ』
「ユウコ・・・!わたくしは小さい時から、ずっとあなたをお慕いしておりました!」
『・・・私も小さい時からノボリが好きだった』


―――あぁ。やっぱり……、この2人は。


今のやりとりでようやくヒヨリは自分の気持ちに気が付いた。
少しずつ表情が曇っていくヒヨリを見て、クダリはヒヨリの顔を覗き込んだ。
ヒヨリの目からは涙が溢れていた。

「・・・ヒヨリちゃん?」
「クダ、リさ・・・」
「とりあえず。外、出る?」

クダリはヒヨリの肩に手を回すと、出口までヒヨリを連れて行った。
倉庫の外へ出ると、倉庫の扉を閉めた。
ヒヨリの方へ身体を向ければ、ヒヨリは本格的に泣き出してしまった。

「っく・・・ひっく・・・」
「ヒヨリ、ちゃん」

ヒヨリの泣き顔を見ていられず、クダリはヒヨリの身体をそっと引き寄せる。
驚いて顔を上げるが、クダリは何も言わずにヒヨリの身体を抱きしめる。

「クダリ、さん?」
「ごめん。でも、こうしてあげたかった・・・」

『クダリは優しい』

先ほどユウコが言っていたこと。
ヒヨリはこういうことなんだな、と思い、今は彼の優しさに甘えることにした。

「どうしてこういう状況で好き、って気が付くのかな・・・?」

ユウコと同じように、クダリの服の裾を掴むヒヨリ。
こちらは生身のため、きちんと服に皺もできていた。
ヒヨリの身体はカタカタと震えている。

「ヒヨリちゃん。ノボリ兄さんも僕もユウコが好きだったのは本当だよ。
小さい時からよく二人でユウコを取り合ってたからね。確かにユウコが死んだとき、僕もノボリ兄さんも深い悲しみに落ちた。だけど、それじゃいけないんだ。
現実を受け入れて、一歩ずつ前へ進まなきゃって思ったんだ。だから、ノボリ兄さんもユウコが好きだったのは、過去の話で、今は・・・」

何かを言おうとして、途中でやめたクダリを不思議に思ったヒヨリは首を傾げた。

「クダリ、さん?」
「いや、今はやめておこう」

ガチャ、と倉庫の扉が開かれた。
クダリとヒヨリは慌てて身体を離すと、扉の方に身体を向ける。
扉を開けたのはどうやらノボリだったようだ。

「クダリ、ヒヨリ様。こんなところにいましたか。ヒヨリ様!?どうされたのです!?」

ヒヨリの赤くなった目を見て、ノボリは声を張り上げた。
まさか、ノボリのことで泣いてました、とは言えず、ヒヨリは何もないことを貫き通すことを決めた。

「何でもないですよ。それより、どうしたんです?」
「最後に、ユウコがあなたに話があるそうです」
「私に?」

ノボリに言われ、再び倉庫内へ入る。
目の前にユウコは立っていた。

『ヒヨリさん』
「ユウ、コさん?」

切なそうにヒヨリの名前を呼ぶと、ユウコはヒヨリの頬に手を伸ばした。

『ごめんなさい。こんなことをお願いしたばかりにあなたを泣かせるようなことになってしまって』

ユウコの謝罪の言葉にヒヨリは驚きを隠せなかった。

「そんな・・・!私よりユウコさんのほうが辛いんじゃ・・・!」
『私、もう行かなくちゃ。それじゃあ、ヒヨリさん。頑張ってね』
「え?」

ユウコは意味が分かっていないヒヨリの耳元に唇を寄せ、そっと呟いた。

『好きなんでしょ?ノボリのこと・・・』

かぁぁっと顔を赤くするヒヨリ。
それをみて、クスリとユウコは笑った。

『告白、するの?』
「私、失恋してるんです。それで、もしノボリさんに告白して振られでもしたら今度こそ私は・・・」
『大丈夫よ、あなたなら』
「え・・・?」

ユウコの身体が地上から離れていく。

『気付いてないのね。ヒヨリさん、私、あなたに出会えてよかったと思ってるわ。ありがとう』
「あ!」

ありがとう、の言葉と同時にユウコの身体は消えてしまった。
ノボリとクダリはゆっくりとヒヨリの両隣まで来た。

「逝って、しまいましたね」
「そうだね。向こうでも元気にやってくれるといいな」

未だにユウコが消えた方を見て、立ちすくんでいるヒヨリ。

「ヒヨリ様?」
「あ、ううん。何でもないんです!」
「ユウコと何を話してたんですか?」
「それは秘密です」

そう言うと、ヒヨリはくるりとドアの方に身体を向けて歩き出した。
ノボリとクダリも顔を合わせて笑うと、ヒヨリの後を歩き始めるのだった。


―――――――


『好きって言ってくれてありがとう。
でも、それは過去のことでしょう?今は彼女のこと、好きなんでしょ?』
「ユウコ・・・あなた・・・」
『死んでからずっとノボリの傍にいたから・・・。ねぇ、ノボリ』
『彼女に、ヒヨリさんに好きっていうの?』
「ヒヨリ様は今、傷心中にございます。わたくしがすきなどと申したら、彼女は・・」
『気付いてないのね』
「はい?」


―――あなたに好きだって言ったときの彼女の切なそうな顔を。


『ノボリ。次こそはちゃんと思いを伝えてあげて。私の時みたいに、いなくなってからでは遅いのよ』
「ユウコ・・・」
『大丈夫。あなたなら絶対、彼女を幸せにできる。頑張ってね。・・・あら?彼女とクダリがいないわ』
「いつのまに・・・外にでもいるのでしょうか?」
『ノボリ、外にいるならヒヨリさんも連れてきてくれる?最後にもう一度だけお話したいから』
「わかりました」

『ヒヨリさん、あなたが羨ましいわ』

こんなにも彼に思われているなんて。
ユウコはノボリの背中をみながら、そっと涙を流したのだった。



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