チン、とレンジ独特の音がした。
ヒヨリはレンジの窓を開けると、お弁当を取り出し、袋に入れる。
ヨシエのおかげもあって、すっかりこの仕事にも慣れてきた。
袋に入っているお弁当を手に持ち、注文した駅員ににっこり微笑んで接する。
「地下鉄お手製お弁当、お待ちどうさまです!」
「ありがとう、ヒヨリちゃん」
お弁当を受け取り、駅員もつられて笑顔になる。
自分の名前も徐々に覚えてもらい、気分は晴れやかなはずだった。
―――この話を聞くまでは。
駅員がヒヨリに顔をずいっと近づけながら言った。
「・・・ところでさ」
「はい?」
首を傾げるヒヨリに駅員はさらに続けた。
「ここ、いるって噂なんだ」
”いる”と言われれば、持ちあがってくるであろうあのネタ。
ヒヨリの顔がだんだんひきつっていく。
「な、何がです・・・?」
「幽霊」
顔をひきつらせたヒヨリとは逆に、駅員は実に爽やかスマイルで言い放ったのだった。
I love you
午後の休憩時間。
ヒヨリは重い足取りでサブウェイマスターの2人がいるであろう、管理室に足を運んでいた。
ヒヨリがこの仕事を始めてからは、午後の休憩時間が3人のお茶時間となっていた。
―――なんでよりによって幽霊の話なんて…。
ヒヨリは幽霊が大の苦手だった。
小さいころに、心霊体験をしてしまい、それからは幽霊に関するネタは苦手になってしまった。
ちなみに、ゴーストポケモンは大丈夫のようだ。
さっきの売店での話によれば、昼間は地下鉄のこの駅、夕方から夜になれば、自分がよく行くであろう食品庫に女の霊が出るらしい。
声をかけられた人もいるとかいないとか。
食品庫ということでヨシエに聞いてみたが、彼女は見てないと言う。
ヒヨリはカタカタ震えながら、一歩一歩進む。
ようやくたどり着いた管理室。
今日はなんだかここまでの道のりが遠く感じられた。
ゆっくりとドアノブに手を伸ばし、扉を開いた。
「こんにちわ〜」
普段通りの挨拶を交わすが、その声にはどこか元気がなかった。
ヒヨリの異変にノボリとクダリはすぐに気が付く。
「ヒヨリ様、いらっしゃい。おや、元気がありませんね。どうしました?」
ノボリの声を聞いて安心したのか、ヒヨリは顔を下に向けてしまった。
不思議に思ったクダリはヒヨリの顔を覗き込む。
「ヒヨリちゃん、何かあったの?」
「ふえ・・・ノボリさ〜ん!クダリさ〜ん!」
顔をあげたヒヨリは、目に涙をたくさんためて泣き出してしまった。
―――――――
泣いたヒヨリをとりあえずソファーに座らせ、落ち着かせたノボリとクダリは、泣いた理由をヒヨリに聞いてみれば、最近噂になっているあれのことだった。
「「・・・幽霊!?」」
ノボリとクダリの声が重なった。
「あぁ、最近噂になってるあれですか」
「なんでも女の人が出るとか」
「声をかけられるらしいですね」
「ひっ・・・!」
2人の言い草に、ヒヨリは声を張り上げた。
「もしかして、ヒヨリちゃん。怖いのだめなの?」
クダリの言葉にこくこくとヒヨリは頷いた。
ノボリはヒヨリの頭に手を置き、優しく撫でると、ヒヨリと視線を合わせて言った。
「大丈夫ですよ。これまで被害にあった方は報告されてませんし」
「でも・・・」
ノボリに言われても、不安が消えないヒヨリ。
それを察したクダリは、ヒヨリの肩に手を置くと、ノボリと同じように優しく笑って言った。
「心配しなくても良いよ。もし君に何かあっても僕たちが守ってあげるよ。ね、ノボリ兄さん」
「えぇ」
「ありがとうございます・・・!」
それを聞いて安心したのか、ヒヨリの表情は明るくなっていった。
ヒヨリのまぶしい笑顔に、ノボリは頬を赤く染めるのだった。
―――――――
「ヒヨリちゃん、悪いんだけど、食品庫からサイコソーダを持ってきてくれないかい?」
「わかりました・・・!」
本当は行きたくなかったが、仕事のために足を運ぶ。
ヒヨリは食品庫までやってきた。
―――こ、この中に幽霊が・・・!
2人が守ってくれるとは言ってくれたものの、やっぱり怖いものは怖い。
ヒヨリの身体がガタガタ震え始める。
「…大丈夫。大丈夫だよ」
自分に言い聞かせドアノブに手を伸ばし、先ほどと同じようにゆっくりと扉を開けた。
恐る恐るサイコソーダのある棚を探す。
「えっと、サイコソーダは・・・あった!!」
腕を伸ばし、サイコソーダを手に取ろうとした時だった。
『ねぇ・・・』
「え?」
声が聞こえたので、あたりを見回す。
だが、自分以外の人影は見当たらなかった。
ヒヨリの顔がだんだん青ざめていく。
―――どうしよう、怖くて動けない・・・!
すると、天井の方からすぅっと女の人影が現れた。
身体が透けている。この女が噂の幽霊だろうか。
「ひっ・・・!」
驚いて、小さな悲鳴をあげた。
構わず女の霊はにっこりほほ笑んだ。
『大丈夫、私はあなたに何もしないから。それより、あなたにお願いがあるの』
「お願い…?」
――この幽霊との出会いが、私の恋心を呼び覚ますのだった。
[
Back]