翌朝、義勇とナマエはそれぞれの家路への分かれ道で立ち止まる。

「ここまで付き添っていただいてありがとうございます。お疲れ様でした」

藤の花の家紋の家で借りた杖に体重を預け、ナマエは頭を下げた。
義勇は彼女を一瞥し、あと少しなら一人で歩いて帰れるだろうと判断する。
ここまでの道中もナマエは杖をついて一人で歩いて来られたし、一晩休めたことで足首の痛みはだいぶ引いたようだった。

義勇が自邸へと続く道を一歩踏みしめた時、ナマエがその背中に声をかける。

「一晩考えました!でもやっぱり、水柱に相応しい方はあなたしかいません」
「……お前が知らないだけだ。水の呼吸を使う隊士は他にもたくさんいる」

振り向かず素っ気ない言葉を返した義勇に対し、ナマエは大きく首を横に振った。

「少なくとも冨岡様よりは詳しいですよ!隊士たちのことは、鴉たちが教えてくれるから」

ナマエが腕に止まった三統彦に目配せすると、大きな鴉は肯定するようにカァとひと鳴きする。
あまり他の隊士と関わろうとしない義勇よりは、各隊士についた鎹鴉から様々な話を聞いているナマエの方が鬼殺隊の事情に詳しいのは事実だ。

義勇が何も返事をしない代わりに、彼の肩に舞い降りてきた寛三郎がナマエに振り返る。
小さな丸い目を細めて寛三郎は頷いてみせた。
きっと義勇も分かっているはずだ、とでも言いたげに。

そのやり取りに気づきながらも、義勇は最後まで振り向かずに再び歩き始めた。

「ナマエ、三統彦。達者デナァ」
「爺サンモモウ迷子ニナルナヨ!」

最後に鴉たちが言葉を交わし、彼等は一日振りに自宅へと戻るのだった。


暁に鳴く 漆


それから何日か経った日のこと。
既に足は完治し、いつも通り若い鴉たちの訓練を終えたナマエの元に産屋敷家から文が届いた。
そこにはこの度入隊することになった隊士の名前と性別から始まり、使う呼吸などの特徴が綴られている。

「『育手、鱗滝左近次』……。元水柱様だ」

その中に覚えのある名前を見つけ、ナマエは文字を追う視線を止めた。
その名は人里離れた山でひっそりと育手をしているという、かつて柱にまで上り詰めた水の呼吸の使い手のものだ。
そして藤襲山の試練でナマエを助け、一人でほとんどの鬼を退けてしまった少年の師としてナマエの記憶に深く刻まれた名前だった。
少し前に、同じく鱗滝の門下である義勇と話をしたあの夜の事も思い出される。

「『竈門炭治郎。鬼と化した妹禰豆子を連れている』……鬼?」

文の続きを読み、ナマエは眉を顰めた。
この新入隊士は鬼殺隊の人間なのに何故討伐対象である鬼を連れているのか。
しかし妹と書かれているから何か事情があるのだろうとはナマエにも想像がつく。

いずれにせよ、文の主は産屋敷家なのだから許可出ているはずだと思い、ナマエは浮かんだ疑問をひとまず飲み込むことにした。
鬼は憎くて堪らないが、それよりも産屋敷家の意向が大切である。

「松はいたかな」

ナマエは文を手にしたまま鎹鴉の宿舎に向かった。
どうやら竈門隊士は正直者が故に融通の効かない頑固者らしいとも記載されている。
それならばナマエが胸を張って勧められる、少しばかり気は強いものの対等に渡り合えるであろう良い鴉がいた。
他にも数名の新入隊士たちは皆過去に類を見ないほど個性的で、鎹鴉の選び甲斐があるとナマエは笑みを浮かべる。

ナマエは思い浮かんだ鴉たちの幼名を呼び、集まった一羽ずつを腕に止らせては撫でた。
勿論これが今生の別れにはならないものの、雛から一人前になるまで育てたかけがえのない家族である。

新しい主人の名前を鴉たちに教えていると、気がつけばナマエの目頭には熱いものが浮かんでいた。
鴉たちは一堂にナマエを見つめ、心配そうに首を傾げている。
そんな視線を一身に受けるナマエは、幾度経験してもこの涙は止めることができないものだなと自分自身に苦笑を零すのであった。

この時はまだナマエも鴉たちも皆、竈門炭治郎と禰豆子兄妹が鬼殺隊の命運を大きく変えていくことなど夢にも思わない。
炭治郎が鬼殺隊に入るきっかけを与えた義勇ですら、それは同じだった。


それからまたしばらく経った。

義勇は鬼殺隊本部にて、既に集まっている他の柱たちから離れ一人暇を持て余していた。
半年に一度の集まりの日ではあるものの、まだ全ての参加者が揃っているわけでもないのに談笑して待つなど苦痛だったからだ。
とはいえいつ耀哉が顔を出すか分からないのですぐに戻れる距離にいなければいけない。

そういうわけで義勇は屋敷の周りを当てもなく歩き回り、油を売っていた。
柱たちが集まっているのとは反対側の裏庭に差し掛かったとき、義勇の視線の先に黒い羽織が見える。
紛れもなくそれはミョウジナマエで、彼女の周りには相変わらず何羽もの鎹鴉がいた。
その中でも一等大きな鴉が、義勇の姿を見つけるとナマエに呼びかける。

「ナマエ、義勇ガイル」

するとナマエは振り返って、パタパタと義勇の元へ走り寄ってきた。

「冨岡様、ご無沙汰しております」
「ああ。ミョウジも来ていたのか」
「はい、さっきまであまね様とお話ししておりました」
「あまね殿と?」

義勇はナマエと、その後ろで戯れ合う鎹鴉たちを見比べる。
三統彦以外は見覚えのない鴉ばかりだ。勿論、義勇が判別できる鴉はごく一部だけであったが。

ナマエは悲しげに眉尻を下げて、鴉たちを横目で見ながら声を顰める。

「あの子たちの主人は皆、那田蜘蛛山で……」

そこまで聞いて、義勇はなるほどと納得した。
下弦の鬼が巣食っていた那田蜘蛛山では、そうとは知らず任務に赴いた隊士たちが何人も犠牲になったのだ。
実は、義勇自身も那田蜘蛛山から帰ってきたばかりである。
ナマエが連れているのは、此度の任務で主を喪った鎹鴉なのだ。

「鴉の中にも静養が必要な子がいて。休ませるか訓練に戻すか、それとも近々引退する鴉の代わりに別の隊士につけるかなどをご相談させていただきました」
「……そうか」
「強い鬼が出た後はいつもこうなんです」

義勇はまだ若い鴉たちが戯れ合う姿を見て、そっと目を伏せた。
彼に判別はつかないものの、あの時決死の思いでこの屋敷まで伝令に戻った鴉も輪の中にいるだろう。
皆自分の主の最後を見届けたに違いないと思えば、自ずと悲痛な気持ちにさせられた。

「いつだって、最後には鴉だけが帰ってくる……」

ナマエの横顔には怒りと悲しみのどちらもが色濃く浮かんでいる。
彼女の元に戻ってきた鴉の数は、その作戦で死んだ隊士の数だ。

ナマエは任務に出ない時であっても、鬼殺隊士の死を誰より身近に感じているのかもしれないと義勇は考える。
遺された鎹鴉たちの想いや虚しさを受け止めるナマエには、彼女にしか分からない苦しみがあるのだろうとも。
すると、義勇の視線に気がついたナマエが顔を上げる。

「冨岡様も行かれたそうですね、那田蜘蛛山に」
「……ああ」
「柱の方にこんな事を言うのは失礼なのですが」

ナマエは胸に手を当て、今にも泣き出しそうな気持ちを落ち着かせながら言った。

「無事に帰ってきてくださって嬉しいです」

一人でも多くの隊士に生きて帰ってきて欲しい。
ナマエは遺された鎹鴉たちの身の振り方を相談しに来るたび、この庭でそう思い続けていた。
それが見知った隊士なら尚更だ。
だから、帰ってきた鴉たちの中に寛三郎の姿が無かったことに不謹慎ながらもほっとしたのだった。

対する義勇は複雑な表情を浮かべる。
彼はずっと、自分は本来藤襲山で死ぬべき人間だったと思い続けてきた。
それでも柱に選ばれたからには産屋敷家の指示通り任務に赴き、助けられる隊士は救い、鬼を殺す。

しかし、そもそも鬼殺隊士である以上死はいつでも隣り合わせなのだ。
彼らは皆、産屋敷家に遺書を預けているくらいなのだから。

「俺だってそのうち死ぬ」

死を恐れては鬼など殺せない。
むざむざと死ぬつもりはないものの、義勇にとって一人醜くもがいてでも生き抜くという未来は想像できなかった。
今の彼には生きる理由すら、明確なものが無いのだから。

ナマエは義勇の言葉に対し、首を横に振って否定する意を示した。

「でも……寛三郎が悲しみます」

小さく呟かれた一言に、義勇ははっと目を見開く。
今は他の鴉たちの輪に加わって若い鴉たちの話を聞いているらしい寛三郎には、ナマエの言葉は聞こえていないようだった。
ナマエはじっと義勇を見据える。

「寛三郎だけじゃないですよ。勿論、私も」

暗に死なないでほしいと言われていることは義勇にも分かっていた。
単なる社交辞令かもしれないが、しかし簡単に肯定することは出来ないでいる。

義勇は真っ直ぐに向けられたナマエの視線から逃れたくて無言のまま目を逸らした。
彼自身は生き延びることの大切さを弟弟子に説いたというのに、義勇には自分の命を大切にするという考えだけが抜け落ちていた。
彼を縛り続けるのは、拭えない自責の念だ。

「ナマエ!続キハマダカ!」

その時、若い鎹鴉が一羽声を上げた。
ナマエと義勇が彼らの方を向くと、鎹鴉たちは揃ってナマエの足元に近寄ってくる。

「ごめんごめん。でも、水柱様の御前だから失礼の無いようにね」
「俺に構うな。邪魔をしたのはこちらだ」

むしろ義勇はナマエに対して何と言って良いか分からなかったので、内心助かったと思っていた。
見れば、先ほどまで鴉たちが待っていた場所には地面に幾つもの紋様が描かれている。

「あまね様がいらっしゃるまで、そこで文字を教えていたんです」
「文字?」

義勇にはただの紋様にしか見えないそれは、どうやら文字らしい。
しかし一つも理解することができず、義勇は首を傾げた。

「ミョウジは思っていたより悪筆なんだな」

するとナマエは目を丸くして、しばらく固まったのち声を上げて笑い出す。

「あはははっ!やだ冨岡様、少しくらい配慮した言い方してくださいよ!」
「……それもそうか」

追い討ちをかけるような義勇の態度にナマエは余計おかしくなり、腹を抱えて笑う。
この男が遠慮ない物言いをすることは知っていたものの、捉えようによっては悪口とも思われることすら隠さずに述べられたのは驚きだった。
しかしナマエは怒るわけでもなく、息を整えながら地面を示す。

「ふふっ……。すみません、冨岡様は速記をご存知ではないですか?」
「そっき?」
「はい。普通のものよりも簡易化された字を使って、速く書くことができる文字です」
「いや、知らない」
「ナラ義勇モ学ンデイッタラ良イ。ナマエガ悪筆ナド二度ト言エナクスルタメニナ!」

ナマエの前まで飛んできて滞空している三統彦が荒い口調でそう言った。
どうやら三統彦は自分の発言に対して怒っているようだと、義勇にすら分かるほどだ。

「……なるほど、あれは速記の字なのか」
「この子達にはまだ教えている途中ですけど、慣れると便利ですよ。寛三郎はもう読めるもんね」
「本当なのか!?」

意外なことを聞いて、義勇は驚き寛三郎に向き直る。
義勇の後ろでのんびりと日向ぼっこをしながら待っていた寛三郎は、はてと首を傾げてから思い出したように口を開けた。

「アア、読メルゾ!ナマエガ教エテクレタカラノゥ」
「すごいぞ寛三郎……!」

寛三郎もやはり長年鎹鴉として訓練を受けてきているのだと実感し、義勇は素直に感動している。
そこでナマエは若い鴉たちに文字を教えるために使っていた木の棒で、地面にすらすらと線を描いた。

「問題だよ、寛三郎。ここにはなんと書いてあるでしょうか?」
「ムム……」

寛三郎は立ち上がると、一見ただの落書きにしか見えない線を視線で辿る。
義勇はその様子を固唾を呑んで見守っていた。頑張れ、寛三郎……と念じながら。

すると、しばらく考え込んでいた寛三郎が翼を開いて声高らかに告げた。

「ギ、ユ、ウ、ハ、カ……ワイイ!」
「……ミョウジがそう書いたのか?」

義勇は信じられないといった面持ちでナマエの顔を見る。
義勇は可愛い──それがここに綴られているのだろうかと。
しかしナマエは大慌てで両手を振って否定した。

「違いますからね!?もう、否定しにくい間違いしないでよ寛三郎……」
「違ッタカノ」

寛三郎は再び首を傾げる。
その隣で、一緒に文字を追っていた三統彦が溜息をついた。

「ギユウハカンザブロウノアルジ、ダナ。全然違ウゾ」
「全然違うな」
「寛三郎、途中まで合ってたじゃない……」

自分が教えた手前、是非とも当てて欲しかったナマエは肩を落とす。
しかし寛三郎は義勇を見上げると、あっけらかんとして言った。

「ソウジャッタカノ?」
「爺サン、途中カラ自分ノ意見ヲ言ッタダケダロ!」
「私もそう思う」
「ウム、ソウジャノ」

三統彦の言葉にナマエが頷いていると、寛三郎までうんうんと頷き出すものだから一同は盛大に転げそうになる。
ちなみに『義勇は可愛い』が寛三郎の本心であろうことには、誰も意を唱えなかった。

「……ふっ」

その時聞こえてきた小さな笑い声にナマエと三統彦は顔を見合わせ、音の発生源である義勇を凝視した。
すると義勇は彼らが見たことないくらいに柔らかい顔で、口元を押さえながら笑っているではないか。

「寛三郎、お前は本当に……ふ、フフッ」
「……ナマエ、義勇ガ笑ッテル」
「……そうだね、三統彦」

三統彦とナマエはこれは夢なのではないかと思い、互いの頬を突き合った。
三統彦の嘴に刺されたナマエは痛さのあまり涙を浮かべながらも、これが現実だということを実感してどこか嬉しい気持ちになる。

「いたた……良かったね寛三郎。喜んでもらえたみたいだよ」

ナマエにそう言われて、寛三郎も嬉しそうに翼をはためかせた。

「寛三郎は冨岡様が本当に大好きなのね」
「勿論ジャヨ」

恥ずかしげもなく言ってのける寛三郎には義勇の方が照れ臭さを感じたものの、それでも彼は内心とても喜んでいる。

「冨岡様がそんなに笑っているところは初めて見ました。寛三郎のお陰ですね」

義勇はそう言われて初めて、自分が笑顔を浮かべていることに気がついた。
ナマエもにこにこと笑みを浮かべて、寛三郎と義勇を見比べている。

義勇はふと、ナマエに向けて疑問を投げかけた。

「俺は寛三郎に好かれているんだな?」
「ええ、それはもう大層」
「そうか……」
「どうかなさいました?」

顔の下半分を覆ったまま動かない義勇を不審に思い、ナマエは彼の顔を覗き込もうとする。
すると義勇の手元からは、隠し切れない程にやけた口元が見えていた。

「冨岡様……?」
「……そうだ。俺は好かれている」
「へ?」
「いや、こちらの話だ」

やがて義勇は顔から手を外し、普段通りの無表情に戻る。
しかしナマエには義勇の呟きがはっきりと聞こえていたので、彼女は義勇が何か悩んでいるのかと少し心配になった。

そこでナマエは義勇を少しでも励まそうと、彼の手を取り大きく振る。

「大丈夫ですよ冨岡様!みんな冨岡様のことは大好きです!」
「……突然どうしたんだミョウジ」
「寛三郎は勿論ですし……三統彦も、私だって!」
「勝手ナ事言ウナナマエ!」

堪らずに三統彦が口を挟んだが、ナマエは聞こえないふりをして義勇を励まし続けた。それはあまり必要な行為ではなかったのだが。
とはいえ那田蜘蛛山で同僚の蟲柱・胡蝶しのぶに『みんなから嫌われている』と言われてしまった義勇には、ナマエの言葉はそれなりに響いているのであった。

「みんな俺のことが好き……?」
「ええ、そうですよ」
「それは本当か?」

義勇が真面目な顔で見つめてくるので、ナマエは自信満々に胸を張る。

「鴉は嘘をつきませんから!」

すると義勇はなるほどと頷いて、再び笑顔を浮かべるのであった。
義勇は男ながらに元々顔立ちは整っているので、笑顔となれば一層見目麗しいものである。
ナマエは無意識のうちに見惚れてしまい、しばらくの間動けずにいた。

そこへ砂利を踏みしめる音が響き、ようやく我に返ったナマエは掴んだままだった義勇の手を慌てて離す。温かい手だった。
ナマエの手に残ったぬくもりは、さっと吹いた風に溶けて消えていく。

義勇とナマエが振り向くと、そこには蝶の羽根を思わせる羽織を来た女隊士が立っていた。

「冨岡さーん。こんな所に居たんですね、探しましたよ。そろそろ皆さん集まります」
「分かった。今行く」

義勇を呼びにきたのは蟲柱である胡蝶しのぶだ。
しのぶは義勇の向かいに立つナマエを見て何があったのかと首を傾げる。

「そこにいるのはミョウジさんですね?お久しぶりです」
「蟲柱様!ご無沙汰しております」

ナマエは義勇から一歩離れ、しのぶに向かって深々と頭を下げる。
柱の御前で他の柱の手を握って振り回すなど有ってはならないことなので、ナマエは一人肝を冷やしていた。

しかししのぶは怒る素振りも見せず、自らの鎹鴉である艶を呼ぶと腕に止まらせる。

「いつも艶がお世話になってます。この前も脚を診ていただいたようで助かりました」
「いえ!何事もなくて良かったです。鴉の脚は細いので、少し捻っただけでも心配ですから」

実は先日、ナマエは艶が痛めた脚を手当てしてやっていたのだ。
寛三郎や艶に限らず、鎹鴉に怪我や不調があればナマエのところに預けられることは珍しくない。
産屋敷家に伺いを立てれば、必ずナマエの所に連れて行くよう案内されるからだ。

しのぶはナマエに微笑みを返すと、艶を伴って他の柱たちが待つ屋敷の正面へと足を進める。
すぐに義勇がついて行かないので、しのぶは数歩進んでから立ち止まった。

「行きますよ。あぁ、そういえば冨岡さんにお友達が居るようで良かったです」
「友達……?」

義勇は怪訝な顔をする。するとしのぶは顎に手を当てて、大袈裟な口調でとんでもないことを言い出した。

「違うんですか?ミョウジさんは……あれ、もしや恋人だったり?」
「ないないないない!そんなわけ無いです!」

そこへ割って入ったのはナマエだ。
少し前に義勇に見惚れてしまったせいで余計に気まずく、しのぶの発言を必死で否定する。
しかしその慌てぶりはしのぶの悪戯心に火をつけ、彼女の玩具となってしまうものだった。

「ですって冨岡さん。ミョウジさんにも嫌われているんですか?残念でしたねぇ」
「……俺は嫌われてない。ミョウジは、さっき俺を好きだと言っ」
「あーーー!お二方、集まりがあるんでは無いですか!?皆様がお待ちなのではありませんか!?」

義勇が言っていることは嘘では無いが誤解を招くものだ。
ナマエは彼が最後まで言い終わらないうちに大声で遮るものの、既にしのぶの耳には大半が届いてしまっている。

「ふふふ……本当に良かったですねぇ。冨岡さん、ミョウジさんに愛想尽かされないように気をつけてくださいね」
「どういう意味だ」
「別に?ね、ミョウジさん」
「蟲柱様、ご勘弁を……」

真っ赤になってしまったナマエは項垂れた。
鬼殺隊士たちの中では、胡蝶しのぶに口で勝てる人間などいないだろうというのが常識となっている。
そんな彼女の面白半分の追及から逃れられるわけもなく、ナマエもうこの場では黙っていようと決めたのだった。

「さ、今度こそ行きますよ。私まで怒られるのは不本意ですし、何よりそろそろ竈門くんが着く頃です」

そう言ってさっさと歩き去ってしまうしのぶの背中を、ややあって無言で追い始めた義勇。
ナマエは遠ざかる二人の背中を見送ってから、熱いままの頬を両手で覆うのだった。

 
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