今日も一日おつかれさま
もう少し、あとこの部分だけ……。
さっきから、もう何回それを繰り返したか分からない。
一つ解決するとついつい次が気になってしまうのは私の悪い癖だ。
それが急ぎの案件なら尚更で、来週には実戦投入される予定の兵器相手に私はもう定時を過ぎたあと四時間は格闘しているだろうか。
外はメテオの赤い光に照らされている以外は仄暗く、ジュノンの港は静まり返っている。
このプロジェクトを任されているのは私で、後輩達は先に帰らせた。
皆毎日遅くまで頑張ってくれているので、週末の今日くらいはと、渋る彼らを部屋から押し出したのだ。
けれどその後に発見してしまった不具合がなかなか直しきれず、一人こんな時間まで作業に耽ってしまった私。
モニターと睨めっこしながら、私は真新しい兵器のボディを撫でた。
「疲れたねー」
「こんな時間まで残っていればそうだろうな」
ついに私に応えた兵器が口を聞いた……訳はなく、私は声のした方を振り向かなくてもそれが誰だかすぐに分かる。
「ご苦労」
「お疲れ様です……!」
それは誰よりも愛しい、大切な人。
作業場の入り口で壁にもたれかかって腕組みしているのは、この神羅カンパニーの社長ルーファウス神羅その人だ。
彼は兵器開発部門に所属する私の雇用主にして、私の恋人……後者の肩書は少し前からのものではあるけれど。
「しゃちょ……ルーファウス」
二人きりの時くらい名前で呼べと言われているものの、未だ呼び慣れないそれを呼ぶのには、まだ勇気が必要だった。
ルーファウスは目を細め、フッと笑う。
私が彼の名を呼ぶ度何かが可笑しいらしく、いつもこうして愉快そうな反応をする。
「今は業務時間ではないのか?」
「……ではもう呼びません。社長」
「冗談だ。むしろ普段からそう呼べば良い」
「それは絶対に出来ませんからね」
「なんだ、そう拗ねるな」
ルーファウスは腕組みを解いて手招きする。
私は彼の顔と目の前のモニターを交互に見てから、手元のキーボードを叩いてシステムをシャットダウンした。
もう、今日の作業はおしまいだ。
「待っていてくれたんですか?」
「今日は週末だぞ? わざわざジュノンでの会議を入れた俺の気も知れ」
「……ありがとうございます」
未だに抜けない敬語。名前だけでも頑張っているのでここは多めに見てもらいたいと、慣れるまでしばし猶予をもらっている。
彼としてはもっと砕けて接して欲しいらしいけれど、今までは天と地の差もある立場だったのだからいきなり対等な態度にしろと言われても無理がある。
そう言って、ひとまずは納得してもらっているわけで。
しかし彼はこうして、忙しいスケジュールの合間を縫って機会があればこうして会いにきてくれる。
私の方もミッドガルに用事を作って会いに行きたいものの、空で燃えるメテオや北の果てで蠢くセフィロスのせいで兵器開発の忙しさも困難を極めており、なかなか動くことができないでいる。
「せっかくのチャンスをみすみす捨てろというのか、俺の恋人は?」
「そんな事は言ってませんけど……」
「ならば素直に喜べば良い」
ルーファウスは私の背中に手を回して自然とエスコートしてくれる。
こんなところを誰かに見られでもしたらそれこそ騒ぎになってしまうけれど、幸いもうオフィス棟に残っている社員はいないようだった。
私は相変わらずジュノン支社の社員寮に住んでいるため、部屋にルーファウスを呼んだことはない。
狭いというのもあるけれど、お隣も上も下も神羅の社員なので、私達のためだけではなく周りの人達のためにもさすがに寮に社長を連れ込むのは憚られた。
私達はルーファウスがジュノンに滞在する間生活する為の、社長用の私室にやってきた。
無骨なジュノンの雰囲気とは違って、まるで高級ホテルのスイートルームのような豪華な造りの部屋は、私にはまだ慣れないものだった。
けれどリビングがガラス張りになっている、私にとって思い入れの深いジュノンの街並みや海が一望できるこの部屋は好きだ。
幸いなことにメテオも視界に入らない方角なので、海が少し赤く照らされている以外は穏やかな景色だった。
「さて、飯にするか風呂にするか」
部屋に着くとジャケットを脱ぎながらルーファウスが私の顔を覗き込む。
私は手を伸ばして彼から白いジャケットを受け取るととりあえずそれをハンガーにかける。
「なんだか聞いたことがあるような台詞ですね」
ルーファウスはネクタイを緩めながら口の端を上げた。
「一度言ってみたかった。続きも必要か?」
「いえ……あの、そういうのは大丈夫なので」
「つれないな」
そう言って笑いを噛み殺すルーファウスはとても楽しそうだ。
私だって彼と二人きりで気分は高揚しているけれど、未だに緊張してしまって彼の冗談に対して上手い言葉を返すことができないでいる。
ルーファウスは銃の入ったホルスターも外して身軽になるとリビングへと進む。
私は上に羽織っていた作業着をしまうと、その後ろ姿に声をかけた。
「油っぽいので、先にシャワーを浴びさせてもらって良いですか?」
「洗ってやろうか」
「けけけ結構です! もう大人なので!」
揶揄うルーファウスから逃げるように、私はバスルームに走る。
ルーファウスはソファに腰を下ろして、くつくつと笑っていた。
「もう、からかいすぎだよ……」
熱いシャワーで髪や身体についたホコリや機械油を流せば気持ちもすっきりする。
遅い時間なのにまだ食事を摂っていないはずのルーファウスをあまり待たせるのも悪いので手短に済ませ、置いてもらってある部屋着に着替えると私は再びリビングに向かった。
私の部屋着はシルク素材のナイトガウンで、色は深い紺色だ。ルーファウスが用意してくれたもので、肌触りが心地良くて気に入っている。
「早かったな。何が食べたいか聞くのを忘れたから適当に頼んでしまったが」
「すみません、ありがとうございます」
ルーファウスの部屋に泊まるときはほとんどいつも、馴染みのバーにデリバリーを頼んでくれる。
休みの日なら私が食事を作ることもあるけれど、仕事がある日は今日のように遅くなることの方が多いので、手軽に食べたり飲んだりさせてもらえるのはありがたかった。
恋人としてどうなのかと言われると、返す言葉も無いのだけれど。
「では俺もシャワーを浴びてくるとしよう」
そう言って立ち上がったルーファウスはすれ違い様に立ち止まると、私の頬に軽くキスを落とした。
ちゅ、とわざとらしく音を立ててから楽しそうに笑うと、ルーファウスは何事もなかったかのようにバスルームに消えていった。
「悪戯好きなんだから……」
今の関係になってから気付いたけれど、彼は存外に子供っぽい部分がある。
普段の冷徹で合理的な神羅のトップとは思えないくらい、私を困らせたり照れさせる悪戯が大好きな少年のような一面を見せることがあった。
でも、そんな他の人には見せない姿も隠されない関係になれたというのは本当に幸せなことで。
私は頬に手を当てると一人笑顔を浮かべた。
夕食が届いたのでそれをダイニングのテーブルに並べようとしていると、白いシルクのナイトガウン姿のルーファウスが戻ってくる。
前髪を下ろした彼は副社長時代を思い出させて懐かしい。そのせいか少し、普段より年下に見える。
「あっちで食べないか?」
ルーファウスが指差したのはリビングのガラス壁に面したソファとローテーブル。
食事といっても時間も遅いしどうせ彼のお目当てはワインなので品数は少ない。
間違いなくローテーブルに乗りきる量なので、私もルーファウスの案に賛成した。
「景色が良い方が気分も良いからな」
用意が済むとルーファウスは革張りのソファに座る。そして目の前に広がる海を眺めてから、早速ワインをグラスに注ぎはじめた。
私もそんなルーファウスの隣に座る。
「ナマエも飲むだろう?」
「少しずつでよければお付き合いします」
「なに、酔って醜態を晒したとしても俺しかいない」
ルーファウスは私の分のワインも注ぐとグラスを手渡してくれる。
私達は乾杯をして、今日一日の頑張りを労いあった。
「相変わらず忙しそうだな、ナマエは」
少しの間食事を楽しんだ後、ルーファウスはワイングラスを傾けながら片手を私の腰の後ろに回してそう言った。
「ルーファウスには負けますよ」
「俺はただ踏ん反り返って偉そうにしているだけだ」
「そんな事ないくせに」
私達はどちらからともなく肩を寄せ合って笑う。
この些細な時間が本当に幸せで、あの赤い隕石さえなければもっと穏やかに過ごせるのにと、私は心の中でセフィロスを恨んだ。
ふと、ワイングラスを置いたルーファウスが私の両肩に手を乗せる。
そして私に背中を向けさせると、手を外して代わりに肩に顎を乗せてきた。
私が何かと小首を傾げていると、ルーファウスはそんな私の片手を掴むと腕を伸ばさせる。
そして空いている方の手で私の手首の筋から肘、肩にかけて優しく揉みほぐし始めた。
「あの、ルーファウス?」
「ん、気持ち良くなかったか?」
親指の腹と残り四本の指で私の腕を包んだルーファウスの手は、少しずつ位置を変えながら指圧してくれている。
「いえ……気持ち良いです」
「そうか、なら良かった」
肩には顎を乗せられて、後ろから両手を回されて手を掴まれているので私の背中にはルーファウスが密着している状態だ。
上質なワインと彼の愛用するシャンプーの匂いが香ってきて目眩がしそうになる。
少し顔を横に向ければ、ルーファウスの前髪が頬にかかってくすぐったい。
「なんだか、恥ずかしいです」
耳元でルーファウスがフッと笑うので、ゾクゾクとした私の腕の表面が粟立つ。
彼はそれすら愉しそうに喉の奥で殺した笑い声が漏れた。
「クク……そんなに緊張するな」
そんな事を言われても、緊張してしまうものは仕方がないのに。
「リラックスしろ。ほら、力を抜け」
「そう言われましても……」
「良いから。もっと俺に背中を預けるんだ」
言われるがままにルーファウスにもたれかかってみると、彼は揉みほぐしてくれていた私の腕を左右替えるようだった。
「良い子だ……全て俺に委ねれば良い」
そう言ってルーファウスは私の頬にまたキスをする。
吐息が耳にかかるたび、私は嫌でも身体に力が入ってしまうというのに。
「ナマエにはいつも苦労をかける」
ルーファウスは私の腕を揉みながらぽつぽつと呟き始めた。
「無理難題を振ってしまって悪いとは思っているんだ。だが、どうしてもお前をつい頼ってしまう……許せ」
それはきっと、ここ最近前にも増してひっきりなしに入ってくる兵器開発命令の事だろう。
「良いんですよ、それが私の役割ですから。それに、兵器を作れるのは楽しいので」
事情があったにせよ一時期禁止されていたこともあって、やっぱり好きな仕事ができるということは幸せな事なのだと実感する。
「ルーファウスの役に立てていれば嬉しいです」
「それに関しては文句の付け所がないさ」
そう言うとルーファウスは私の手を置いて、ぎゅっと抱き締めてくれる。
「だが頑張りすぎるのは心配になる」
ルーファウスの唇が私の肩から首筋へと、リップ音をたてながら這っていく。
「俺はそんなお前を癒してやりたい」
抱き締められた腕が緩められたかと思うと、ルーファウスは私を自分の方に向かせた。
向かい合うと彼の青い瞳は和らいでいて、優しく私を見つめている。
革張りのソファがぎゅ、と音を立てたかと思うと、ルーファウスは私を今度は正面から抱き締めた。
「愛している、ナマエ」
そしてルーファウスは私に顔を寄せ、私達の鼻先が触れた。
「私も……愛してるよ、ルーファウス」
私はそう言って目を瞑る。
間もなく唇に温かい感触が降ってきて、熱っぽいルーファウスの舌が割り込んできた。
角度を変えながらねっとりと味わうようなキスを続けられて、私は段々とくらくらしてくる。
ルーファウスは私の後頭部に手を這わすと、私を背中からソファに倒した。
一旦唇が離れるとなんだかとても名残惜しい。
「癒してやりたいのは山々なのだが、結局余計疲れさせてしまうな。すまない」
「ふふ、困った人ですね」
「お前のせいだぞ? 原因は……分かっているだろう」
そう言って困ったように笑うルーファウスが愛おしくて、私は彼の背中に手を回した。
明日はせっかくの休みなんだし、二人で遅くまで寝ていれば良いのだから。
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