広い世界の片隅に




 午前7時。
 カーテンの隙間から射し込む朝日なんて、所狭しと乱立するビルに阻まれたこの場所とは無縁なもの。
 それでも少しだけ窓を開けると、確かに朝を感じさせるまだ少し冷たい風が部屋を通り抜けていった。

「おはよう」

 シーツに包まった物体にそう声をかけても身じろぎすらしない。
 
「レーノーおーはーよ!」

 軽く揺すってみると今度はうーんと唸り声が聞こえてきて、でもやっぱりそれだけだった。

「まだ時間あるか……とりあえずご飯作るね」

 別に返事がほしい訳じゃないんだけど、とりあえずそう宣言して私はベッドルームを出る。
 少しでも眠る時間があるなら寝かせてあげた方が良いかもしれない。
 
 昨日うちに来た時にはいつも以上に疲れ切っていた様子で、言葉を交わすのもそこそこにベッドに倒れ込んだレノ。
 どんな任務についたとか、何があったとか、仕事の内容に関する事を彼の口から聞いたことは今まで一度もない。神羅カンパニーのタークスという仕事はそういうものらしい。その事は最初から分かっていたから、無理矢理聞き出すことはしないけど。

 朝ごはんと言ってもどうせ軽くしか食べられないだろうから、簡単に栄養が取れる目玉焼きと、あとはパンとコーヒーがあればいいかな。
 
 開けっ放しのベッドルームのドアの向こうを見ると、シーツの中から少しだけ赤毛の毛先が覗いている。

「おはよ。そろそろ起きないと遅刻しちゃうよ」

 テーブルの上に朝食を並べて、私はベッドルームに入る。
 ようやくもぞもぞと動ける位にはなったらしいレノは、それでも相変わらずシーツにくるまったまま。

「怒られちゃうんじゃないの?」

 そう言って私がシーツに手をかけるとレノは薄っすらと目を開けた。

「良いかナマエ……今日は遅刻だぞ、と」
「何言ってんの。上司、厳しいんでしょ?」

 レノが尊敬している主任は仕事には厳しい人だとかなんとか。そう、よく話に聞いているんだけどな。
 顔をしかめたレノが大きなあくびをひとつした。そしてゆっくりと起き上がるとベッドの上で座る。

「……あー、もう、分かった分かった」

 悪態をつきながら、レノは両腕を伸ばして身体を伸ばす。纏っていたシーツがはらりと落ちて引き締まった上半身が顕になった。
 いつ見ても、傷だらけの身体。

「疲れてるんだ、と」
「うん……それは分かってるよ」

 私はベッドに膝で登るとだらりと腕を下げたレノの後ろに這い寄って、そっとその背中に寄り添ってみる。細身だけど私よりは大きいレノの身体を抱き締めると、彼はいつもの猫背を少しだけ正した。

「もっとゆっくりして欲しいよ、ほんとは……」

 首筋から脇腹まで伸びる、まだ新しい刀傷。腕にはすでに塞がって久しい銃創。それを横目に、私はレノの肩に頬を寄せる。束ねられた赤毛の一房が触れてくすぐったい。

「お前はさ、ナマエ」
「……うん?」
「なんで何も聞かねぇの?」

 レノは独り言のように呟く。

「聞いたら教えてくれるの?」

 質問に質問を返すのは良くないことだけど、私がそう言うとレノは少しの間黙り込んでしまった。

「……わりぃ」

 レノはそう言って俯いた。なんだかんだ優しい人なのは知っているから、きっと良心が痛んでるんだと思う。
 そんなこと気にしなくっていいのに。
 でも気にしてくれてたら、少しだけ、嬉しい。

 私はレノを抱きしめていた手を片方下ろして彼の手に重ねた。私より大きくて、節ばった手。
 多分たくさん人を傷付けて、殺してきた手。

「ここに、帰ってきてくれればそれで良いから」
「約束……できねぇかも知れないぞ、と」

 レノの男の人にしては細くて長い指が私の指に絡められる。

「無言の帰宅すら出来ねぇかも」

 私にとってのレノの手は、繋いで、引いて、抱き締めてくれる……私を幸せな気持ちにしてくれるもの。

「知ってる? 生命あるものは皆死んだらライフストリームに還るんだって」

 レノは緩く抱き締めていた私の腕から抜け出して、向き直る。

「ライフストリームはね、この星中を巡ってるんだって」

 レノの傷だらけの、綺麗な手が私の頬を包んだ。

「それなら約束できるぞ、と」
「じゃあ、約束ね」

 二人だけの秘密の誓いのキスをしたその時、窓の外から神羅カンパニーの始業時刻を知らせる鐘の音が聴こえてきた。

back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -