ギャルとトミセンのバレンタイン攻防戦



「とーみーセン!」
 びくり、思わず肩が跳ねる。頬張っていたぶどうパンが詰まらなくてよかった……。
「なへほほはわはっは」
「なんで分かったかって〜? かまタンが教えてくれたんだよ!」
 お前、俺の言葉が分かるのか。それも何故だ。というか竈門……教えるなよ!
「とみセンぼっちなのまじウケるんですけど」
 彼女が笑うと、ふわふわとした長い巻き毛が揺れる。
「俺はぼっちな訳じゃない。喋りながら食べられないだけだ」
「ふーん?」
 ふーんって何だ、ふーんって。大体人がどこで飯を食おうと勝手だろう!
「ま、イイけど〜」
 飯を食いながら喋れないので頭の中でだけ文句を垂れていると、彼女はつかつかと寄ってきたかと思えば俺の座っている外階段の一段下に座る。視界の端に写るのは短いスカートの裾から伸びる脚。太腿が階段に触れて冷たくないのか? 
 しかしこいつのスカート丈については何度指導しても一向に直らない。いかがわしい目で見る男も居るだろうから、早く直してほしいのだが。いや、俺は違うぞ? 単純に太腿が心配になっただけだ。生徒だからな、うん。
 ぶどうパンを飲み込んで、彼女の手元に視線を移す。すると膝の上には何やら紙袋が置かれていた。
「今から昼飯か?」
「んー? まぁそんな感じ〜」
 ここで食べるのか? わざわざ? と頭の中が疑問符だらけになっている俺を、振り向いた彼女が見上げてくる。おい、ブラウスのボタンはちゃんと閉めろといつも言っているだろう! ネクタイももう少し上で結べ!
「ねぇセンセー、コレなんだけど」
「胸元が……ん?」
「胸元〜? なにとみセンもしかしてウチのおっぱい見てたの〜!?」
「馬鹿! 違う!」
 えっちじゃ〜んとか言いながらケラケラ笑う彼女の手には、小さな紙箱が握られている。いやしかし、それも気になるが先に変な誤解は解かねばならない。
「いつも言っているだろう! 第一ボタンまで留めろ! ネクタイはきちんと首元で結べ! スカートは膝上五センチまでだ!」
 普段大声を出さないのでここまで一息に捲し立てると若干の息切れを感じる。体育の授業を何時間やったって、呼吸の乱れなど起こらないのに……。
 息を整えながら様子を伺うと、いつもはピーチクパーチク雛鳥の様に煩い彼女は何故か俯いて静まりかえっていた。言いすぎたか? いやしかし普通の指導だったよな? ああ、もしかして俺が大声を出したから驚いているのだろうか。その手に握りしめた箱が小刻みに震えているのが見える。
「……すまない、突然大声を出したのは悪かった」
 校則指導は必要だとは思うが、生徒を怯えさせるような真似をするのは不本意だ。慣れない謝罪の言葉を口にすると、ゆっくりと顔を上げた彼女の顔は、見たことないくらい赤く色づいていた。
「じゃあさ、そういうコからだったら貰うの?」
 差し出されたのはさっきから気になっていた箱。黄色い箱には、紫と緑のリボンが掛けられている。
「……イイ子達からいっぱい貰ってたんだから、何か分かるでしょ」
 たしかに、今日は朝から授業の開始や終わりに女子生徒たちからいくつもの小袋や小箱を貰っていた。何せ今日は二月十四日。俺たち教師も今日くらいはこのやり取りを多めに見てやろうと決めている日だ。
 俺もそれなりに貰ってはいるが、確かに宇髄なんかと比べると比較的真面目な生徒から貰うことも多かったように思う。話しかけやすいからだと、自分では思っているが。
「モチ義理だよ義理! どーせとみセンは優等生から貰う方が嬉しいの分かってるし」
 要らないならやっぱナシ、と苦笑いを浮かべて言いかけた彼女の手元に手を伸ばす。差し出されたままの箱に指をかければ、カラーコンタクトをしているらしい色素の薄い目が丸く開かれた。長いまつ毛が揺れている。
「生徒に優劣などない。真面目だろうが不真面目だろうが、皆俺の教え子だ」
 目を見て、宥めるように言い聞かせる。すると彼女は視線を逸らし、俺の手の中に箱を残してそっと手を引いた。薄い水色に彩られた爪がきらりと光る。
「……とみセン、ずる」
 そして立ち上がると、短いスカートの裾をパンパンと叩いた。ひらり、プリーツが踊る。
「勘違いしないでよねー。うずてんセンセにも獄センにもあげたし」
「そうか」
「カナエちゃんにもあげるし、ひめチャンにもあげるんだから」
「そうか」
「かまタンにもお礼であげるし、我妻にもまあオマケであげるかな」
「喜ぶだろうな」
 階段に座ったままの俺を少し離れたところから見下ろす彼女は、長い巻き毛を風に遊ばせてにこりと笑う。
「でも、とみセンのが多分一番おいしーから」
 義理だけど! と最後に一言付け加えて、彼女は校舎に向かって駆けて行った。風に揺れる巻き毛とスカート。あの格好は卒業するまで直らないのだろう。しかし立場を置いて考えれば、そんな自由な姿を見ているのは楽しかった。あくまで立場を置いて、だが。
「……どうしたものかな」
 真面目な生徒と自分を比較するなど彼女らしくない。何が彼女をそうさせるのか……今は深く、考えないようにする。だが手の中で存在感を放っているその箱のリボンを解いた時、俺の中で何かが変わってしまうような、そんな気がした。
「マジ、超困ったな」
 食べかけのぶどうパンにそう語りかけてみる。もちろん返事はない。
 本当に、お悩みが深い。

back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -